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横浜市教委「つくる会」系採択

神奈川新聞2009年08月05日

8区の中学歴史教科書

 横浜市教育委員会は4日、定例会を開き、市内18区のうち8区の市立中学校で使う歴史教科書に、「新しい歴史教科書をつくる会」(藤岡信勝会長)が主導し、自由社(東京)が発行する教科書を採択した。来年4月から2年間、同市立中学校全145校のうち71校で使われる。同教科書は、文部科学省の08年度教科書検定に合格しており、自由社によると採択は全国で初めて。(報道部)

 同教科書を使用するのは、港南、旭、金沢、港北、緑、青葉、都筑、瀬谷区の各中学校。残る10区では、帝国書院と東京書籍の教科書が採択された。
 定例会では6人の教育委員が、自由社を含む7社の歴史教科書を審議。18区それぞれについて無記名投票を実施し、賛成多数で決めた。
 今田忠彦教育委員長は会見で、自由社の教科書について「内容に深みがあって、歴史的事象が分かりやすく説明されている。日本人としての誇りを取り戻させた日露戦争を、愛情を持って書いている」と評価した。
 つくる会が主導する歴史教科書は、当初は扶桑社(東京)から発行され、文部科学省の検定に合格したが、過去2回は県内の各教委で採択されなかった。その後、編集方針の違いなどから、つくる会は発行元を自由社に変え、新たな教科書を出版した。
 扶桑社版を採択しているのは全国で東京都杉並区、栃木県大田原市などの5教委。自由社によると、横浜市の8区は、つくる会系の教科書としてこれまでで最大の採択規模になるという。
 つくる会が主導する2社の教科書は、「自虐的な歴史観を払拭する」ことを主眼に、近現代史に多くのべ−ジを割いている。太平洋戦争を「大東亜戦争(太平洋戦争)」と記述するなど、従来の教科書と記述内容で一線を画す部分が多い。そのため、国内外で「戦争を美化し、歴史を歪曲している」と批判の声が出ている。
 この日の教育委員会には市民などから310件の請願と要望が提出され、すべて両社の教科書を採択しないよう求める内容だった。

◆自由社の歴史教科書
拓殖大学の藤岡信勝教授が会長を務める「新しい歴史教科書をつくる会」が主導して自由社が出版。同会の中心メンバーが2001年に扶桑社から出版した教科書がペースになっている。扶桑社版と異なるのは、見開きで昭和天皇を紹介したり、戦艦「大和」に1ページを使うなどしている点。

学校現場、保護者へ波紋
「国際化に逆行」「子どもが混乱」

 横浜市内8区の市立中学校で「新しい歴史教科書をつくる会」のメンバーらが執筆した歴史教科書が使われることが決まった。歴史認識をめぐって物議を醸してきた教科書の採択に踏み切った横浜市教育委員会の判断に、学校現場や保護者へ波紋が広がった。(報道部)

 「子どもたちにどう受け止められるのか」。市内では、中国籍をはじめとする外国籍生徒が増えていることもあり、ある市立中学の社会科教諭は表情を曇らせる。
 教諭が問題視するのは、太平洋戦争を「大東亜戦争」と表記し、「自存自衛のため」と正当化するなどの記述。「国際化の流れに逆行する教科書。開港150周年を迎えた国際都市に、まったくふさわしくない判断だ」と憤る。
 戦艦大和や昭和天皇の発言について、それぞれ1ページを割いて紹介していることも特徴で、長女が都筑区の市立中学に通う男性会社員(40)は「戦争の歴史はきちんと教えるべき部分があると思うが、あおるのは怖い。これまで習ってきた考えとあまりに違うと、子どもが混乱しはいか」と心配する。
 青葉区の中学2年の男子生徒の母親(45)は「歴史はどの部分を強調するか、どう表現するかで印象が変わる。心配なので教科書を取り寄せたい」と話した。
 なぜいま、この教科書なのか。社会科教育の問題に詳しい横浜国大の北川善英教授は「戦争を美化し、よりどころとしての国家を素晴らしいものと考える。そうすることで不況で失った自信を取り戻そうという風潮があるのでは」とみる。
 一方、前出の教諭は「現場の教員は、子どもの貧困など目の前の課題に追われてしまい、来年使う教科書についてまで関心を持てなくなっている。物言う教員がいなくなり、トップダウンで物事が決まっていく現状も問題だ」と、こぼした。

「中身濃く、詳しい」
自由社支持 8区多数、8区同数

 委員6人が意見を交わした横浜市教育委員会。自由社の歴史教科書については、「戦争賛美的」などの否定的な意見が出たものの、港南、港北、青葉、都筑の4区で5人が投票するなど、最も支持を集めた。
 口火を切ったのは小浜逸郎委員。「自由社の教科書は一長一短だが、中身が濃く、詳しく書かれている」と述べた。野木秀子委員は「読みやすく分かりやすいが、戦争賛美的な部分がある」と懸念を表明。中里順子委員は「教科書は子どもの学習意欲を高め、教えやすいものであるべきだ」と述べ、吉備カヨ委員は「内容が難しい」と指摘した。今田忠彦委員長は「日本人に生まれたことを悲しませるような教科書は駄目だと思う。日本文化の素晴らしさをどれだけ示しているのかが重要。自由社のものは分かりやすく理解しやすい」と評価した。教育委員でもある田村幸久教育長は意見を述べなかった。
 投票結果は、8区で自由社が多数を占め、8区でむ3対3の同数、残る2区では従来の教科書が多数となった。同数の場合に決定権を持つ今田委員長は現在使っている教科書の継続使用を選び、「じよう社が望ましいとは思ったが、教科書を買える踏ん切りがつかなかった」と説明した。
 各区で異なった教科書が採択されたことについて、田村教育長は各区の有識者らて゜つくる審議会による答申で、自由社の教科書への評価が異なっていたとした上で、「各委員が答申を読み、総合的に判断した結果だと思う」と述べた。

中田市長の「置き土産」?
教育委員の人事に影響

 来春から、145校ある横浜市立中学校のうち約半分の71校で使われることになった「つくる会」主導の歴史教科書は、任期満了を待たずに辞職表明した中田宏市長の「置き土産」とみる関係者が多い。というのも、教科書の採択権限を持つ教育委員は、市長が「意中の人」を市会の同意を得て任命する仕組みだからだ。
 6人の委員のうち、元市総務局長の今田忠彦委員長は、前回の2005年の採択の際、委員としてただ一人、「つくる会」主導の教科書採択に賛成した経緯があり、同会の歴史観に好意的な立場の委員として知られていた。
 今田氏を除く当時の委員はその後の人事で入れ替わったが、同氏は現在3期目で、06年7月から委員長を務めている。「つくる会」系の教科書採択に反対する市民団体は、今田委員長の下で初めて行われる今回の教科書採択では、同氏を重用した中田人事の当然の帰結として「つくる会系の教科書が採択される可能性が高い」と身構えていた。
 中田市長は自身のホームペ−ジで「自分が今ここにいることの裏付けとなる『日本の歴史』を肯定できなかったら、自信をもつことなど不可能」と記述している。
 今田委員長は会見で、採択した教科書についてこう論評した。「日露戦争における勝利が日本人に誇りを取り戻させたことなどが、物語として体得できる素晴らしい内容だ」
(宮本敏也)