沖縄県名護市辺野古沖で船2隻が転覆し、同志社国際高校(京都府)の女子生徒(17)ら2人が死亡した事故を巡り、文部科学省が同校の研修旅行や平和学習について政治的中立を定めた教育基本法に違反すると認定したことに、県内の関係者らから批判や教育現場への影響を懸念する声が上がっている。事故の重大さや安全管理上の課題を重く受け止める一方、同省が同法施行後初の判断に踏み込んだことで「学校が平和学習の実践に萎縮しないか」と危惧する。(報道部)
「命を落としてしまったことは非常に残念だ」
横浜市立高校教員の鈴木晶さん(65)は声を落とす。
市内の戦争遺跡をたどり、横浜大空襲の惨禍を教え子らに伝え続けている。平和学習の本質は「一人一人の命を大切にする意識を育むこと」。でからこそ「安全管理は怠ってはいけない」と強調する。
その上で、同省の認定には「事故と平和学習の内容は関係がない。何をもって政治的中立を判断しているのかも不透明だ」と首をかしげる。
教員になった頃、平和学習に取り組みたいと希望すると、管理職に難色を示された。あれから約40年。現場の意識も変わり、「とても重要なこと」と背中を押してくれる教員も増えた。
国際社会は「力による支配」に傾き、分断が進む。今こそ「非暴力で、人権を尊重する社会を目指す教育が求められている」と感じており、「国の意向に沿わない教育が排除されてしまわないか」と憂慮する。
平和学習に携わってきた別の公立学校の関係者も「米軍基地など複雑な問題を知り、いろいろな意見を出し合うのが『学び』」と説き、現場に「事故、基地反対運動、政治的中立という三つをごちゃ混ぜにして萎縮すべきでない」と呼びかける。
現地で体験の意義を 辺野古学習 中立違反認定
沖縄県名護市辺野古沖での船転覆事故を巡り、同志社国際高校(京都府)の研修旅行などが「政治的中立性を欠いた」と認定した文部科学省の判断について、市民団体「川崎中原の空襲・戦災を記録する会」の對馬労さん(78)も学校が平和学習を実践することに萎縮しないか、心配する。
2009年に川崎市中原区民の有志らで結成。記録や資料の展示会や学校での講演を通じて、川崎大空襲の実相を語り継いでいる。
事故後、転覆した船が海上輸送法に基づく事業登録をしていなかったことや運航団体が出航基準を明文化せず、船長が風速を目安に可否を決めていたことなどが明らかになった。對馬さんは「生徒の安全管理を徹底するのは当然」と力を込める。
對馬さんにとって、平和学習は戦争の悲惨さを一方的に伝える場ではない。体験者の証言や現地で見聞きしたものを手掛りに子どもたちが自分で考える機会を提供する場だ。「平和学習は、一度勉強しただけで定着するものではない。見て、聞いて、調べて、考えることで理解が深まっていく」と実感している。
それだけに、同省の認定によって「平和学習を避ける流れが学校現場に広がらないか」と懸念する。特に「学びの内容が教科書を超えない範囲など当たり障りのないものにとどまり、子どもたちの考える機会が狭まること」を危ぶむ。
「今回の事故を平和学習の在り方を見直す契機にすべきだ」。對馬さんはそう提案し、続ける。「萎縮するのではなく、むしろ学校と市民団体が一緒になって子どもたちに求められる学びを考えたらいい」
「文科省は事故に乗じて教育に介入している」。そう警戒するのは元教員らによる市民団体「子どもと教科書全国ネット21」事務局長の糀谷陽子さんだ。
同省は認定の理由として、同校がさまざまな見解を十分に提示せず、特定の見方や考え方に偏っていたことなどを挙げた。同校も教育内容に足りない点があったことを認めている。
ただ「特定の政党を支持、または反対した学習でも、政治的活動でもない」と糀谷さん。現在使われている教科書の近現代史では、政府の統一的な見解や最高裁の判例に基づいた記述を載せなければならない。「米軍基地の辺野古移設は国策であり、国の考えを(教科書で)学んでいないとは考えにくく、文科省の指摘は当たらない」と解説。「現地で五感を使って体験するのは何物にも代え難い。文科省は研修旅行の意義を理解していないのでは」と苦言を呈した。(報道部)
知事「踏み込み過ぎ」
相模原市長「驚いた」
文部科学省の認定について、黒岩祐治知事は「踏み込み過ぎかなという感じ」と述べた。相模原市の本村賢太郎市長は「少し驚いた」と語った。
知事は「いろいろな見方がある。判断は難しい」とした上で「国が一律にこれは駄目、あるいは良いというのはちょっと踏み込み過ぎかなという感じ」と指摘。最も大事なこととして「生徒の安全を守りながら課外活動をすること」を挙げた。
本村市長は、現段階では不透明な部分が多く「率直に違反かどうかは分からない」と前置きした上で「ただ、文科相があそこまで踏み込んだのは少し驚いた」と受け止めを述べた。
横浜市の山中竹春市長は「国の判断。個別にコメントすることは差し控えたい」と述べるにとどめ、市の平和学習に対する「影響はない」と説明。川崎市では複数の市立学校が昨年度、修学旅行で広島や長崎、沖縄を訪問。福田紀彦市長は「何かを変更することはない」とし、平和学習を継続する考えを示した。(報道部)
| 根拠示さず「不当支配」
名古屋大
中嶋哲彦名誉教授
文部科学省の認定について、教育法学に詳しい名古屋大の中嶋哲彦名誉教授は「明確な根拠が示されておらず、不適切。教育への不当な支配に該当する」と指摘する。(構成・松島佳子)
同省は「特定の政党を支持、または反対するための政治教育、政治的活動をしてはならない」とした同法14条、2項に違反すると判断した。だが1項で政治的教養を育む教育をするよう求めており、2項は例外的な規定だ。
どういう状態を2項違反と言うのか、また同校の研修旅行のどの部分が2項違反なのか、同省は説明していない。明確な根拠も示さず違反と判断するのは、同法16条1項の「教育への不当な支配」に該当する。
研修旅行の目的は米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対することではなく、生徒が現場に足を運び、自身の考えを形成することだった。社会的、政治的対立を含む事柄を学び、考える機会を持つことは政治的教養を育む教育に他ならない。
同省は「教員の相当数が、生徒らを乗せる船が抗議船である認識を持ちながら見学を実施した」と説明した。抗議船に乗ったことを政治的活動と言うなら、どんな行為でも違反になり得る。法隆寺を見学したら「宗教活動を行った」と言われかねない。こうしたことがまかり通れば、教育現場は萎縮する。
事故を口実に、適切な教育活動を抑え付けることは許されない。同省の判断は教育学、教育法学のどちらの観点からも誤りだと発信しなければいけない。 |