高総検レポート No 63

2003年8月11日発行

公立高校 学区なくしていいんですか??

読み返してみよう!「入学者選抜制度・学区検討協議会 第2次報告」(2003年2月)
 &「神奈川県立の高等学校に係る通学区域改正方針(案)」(2003年7月)

はじめに
 神奈川新聞は6月26日朝刊で、「県立高 05年度春から学区撤廃」と報じた。県議会での教育長答弁の中で明らかになったもので、新知事がマニュフェスト(注1)の中で公約している方向性が示されることとなった。正式な記者発表が、7/3に行われ「神奈川県立の高等学校に係る通学区域改正方針(案)」(注2)を県教委は発表した。この方針案は、本年2月の「入学者選抜制度・学区検討協議会(以下、入選学区協)第2次報告」(注3)の答申を受けてのプランで、その中で行政として(知事公約より早めに)、いかに県民に理解と安心を与えながら施策実行していくのかが、問われることになる。東京都が既に先行実施をし、あたかも時代の流れのようにも見受けられるこの「学区撤廃」について、今後どのような事態が起こってくるのか、再度きちんと見ておく必要がある。なぜなら、入選学区協(注4)の2次答申(学区問題)には、5つの重大な「懸念」の意見が付帯しているからだ。きめ細かな対応が必要なこの問題を、大鉈を振るうことで、片づけられてはたまらない。今回のレポートでは、学区問題の神奈川県の一連の動きを概括したい。
 また、今後この県の「方針案」について、県教委は、8月末までに、意見募集を手紙・FAX・e-mailで受け付けている(FAX: 045-210-8922 神奈川県教育長教育部高校教育課 企画教育担当tel 045-210-8524 、e-mail: kyoikukikaku.199@pref.kanagawa.jp )。10月に最終案を発表すると言う段取りだが、ここへの意見反映も、現在できる大事な取組といえよう。

 注1)松沢知事・マニュフェスト
 「政策20 県立高校の「学区制」を撤廃し、生徒の選択の幅を拡大するとともに、高校間の競争によって教育サービスの向上を図ります。また、県立高校の再編統合に対応して、環境高校、福祉高校、中高一貫校など特色ある高校づくりを進めるとともに、校長への権限移譲や民間人登用など県立高校の経営改革(マネジメント改革)を行います。」「【目標】1.県立高校の「学区制」を撤廃し、生徒の学校選択の幅を拡大します。」「【方法】1.県立高校の「学区制」を撤廃します。」「【期限】17年度から学区制撤廃(予定)、18年度までに改革を実施」
 注2)「神奈川県立の高等学校に係る通学区域改正方針(案)」
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kokokyoiku/kenritu/senbatu/kaiseihosinan.htm
 注3)「入学者選抜制度・学区検討協議会 第2次報告」(概要と全文で表現に温度差がある。「方針案」には概要版がついている。)
http://www.pref.kanagawa.jp/press/0302/22066/index.htm
 注4)入学者選抜制度・学区検討協議会の審議記録に関しては以下のページ。最終の第7回だけは、発言者の氏名と発言内容が公表されている点が興味深い。
http://www.pref.kanagawa.jp/osirase/kyoikusomu/syorai/kyogikai.htm

 我々は、4月に発表した「第11期高総検報告冊子」の中で、学区問題のここに至るまでの議論を整理し、学区の撤廃に反対を表明してきた。神奈川においての歴史的経緯を追いながら、学区のあり方を巡る議論がどうであったのか、それは現在きちんとした形になっているのかという事や、学区の必要性(選択の自由にとっては、マイナスだといわれるが、プラスの効用がきちんとある事など)を述べてきた。学区に関しての何の説明もなく行われた県民のアンケートの、意図的、誘導的な質問項目から透けて見える「まず、学区撤廃ありき」の姿勢の不備も問うてきた。今回方針案がでたが、優れた行政的な手腕があるとすれば、入選学区協の審議の中で、浮かび上がってきた「懸念」を解決をしながら、施策として進め、安心感を与えるものであるはずだ。今回の方針案は、果たして、その解決になっているのだろうか。
 
学区撤廃:入選学区協の最終答申と浮かび上がってきた懸念
 学区撤廃の方向性を示した2003年2月の入選学区協第2次報告には以下のように書かれていた。
3 今後の学区のあり方
<一人ひとりの個を生かす学校選択幅の拡大>
  • (中略)
  • また、学区の拡大や学区撤廃を実施する際に懸念される課題についても、その対応について検討を行った。
  • (中略)
  • その上で、今後の学区については、特色ある高校の選択幅を拡大する視点から、一人ひとりの個を生かすことができるよう現行学区の拡大を図ることが必要であり、今後の具体的検討にあたっては、高校の選択幅をより一層拡大することができ、住んでいる地域によって規制を受けることなく、高校選択の量的均等、質的均等を図ることができるよう、学区を撤廃する方向で検討することが望ましい。
 神奈川県では一貫して学区分割・縮小の歴史を経てきており、今回の報告はこれまでの流れに逆行していた。この報告について新聞各紙は、次のように報じた。
 (中略)神奈川県教委の「入学者選抜制度・学区検討協議会」は(中略)「学区を撤廃する方向で検討すべき」との報告書をまとめた。県教委は早ければ05年度から実施する意向だ。公立高校の学区撤廃は、すでに東京都や和歌山県が03年度から実施。04年度には三重県も実施する予定だ。 (毎日新聞2003年2月22日神奈川版から)
 (中略)一方、撤廃の方向性に賛成する委員らは「偏差値重視の高校選択が短期間に変わるとは思えないが、これを変えようと背中を押すことが大事。学区拡大は高校の再編整備の流れからは当然。『撤廃もしくは学区拡大を』と、あいまいに提言したのでは議論した意味はない」と主張。十分な周知期間を設けたり、中学校の進路指導の条件整備を前提に撤廃の方向性を是認する意見が大半を占めた。(神奈川)

 同時に二紙は、反対意見のあったことも報道している。
 学区撤廃の影響を懸念する委員らは「撤廃は飛躍した結論。偏差値で高校を選択している現状を過小評価しては砂上に楼閣を築くようなもの」「学力が振るわない生徒には学校選択をかえって狭める」と主張。「教師は子供を大海に放り出し、後は自分でやれとは言えない」などと、進路指導の不安を吐露する声や、「学区拡大から段階的に進めるべきだ」といった意見もあった。(神奈川)
 協議の中では、学区撤廃による弊害も論議された。(1)受験競争の激化の懸念(2)学校の序列化の懸念(3)近隣の高校の入学を希望する生徒への影響(4)地域とのつながりの希薄化の懸念(5)中学校の進路指導への影響 の5点について対応の必要性が指摘された。加藤紀一・鵠沼女子高校長は「さまざまな弊害が未解決だ。条件整備と周知期間の徹底という条件を付した上で、学区の拡大あるいは撤廃とすべきだ」と反対した。一方、県教組は「学区撤廃によってもたらされる事態を想定すると、学区撤廃には慎重であるべきだ」との見解を発表した。(毎日)

 上記の下線部5項目の「懸念」の詳細な内容は「入選学区協第2次報告」(全文)を一読願いたいが、今回、答申の懸念に対して、きちんとした対応策を出さねばならない「方針案」だが、その案は県民が安心感を抱けるものになったのだろうか。
 
通学区域改正方針(案)で懸念は払拭されるのか?
 今回の県教委の方針案では、下記表にある、それら5項目の懸念(=課題)への対応を、「1.特色ある高校づくりの一層の進展」、「2.入学者選抜制度改善の着実な実施」、「3.中学校の進路指導の一層の充実」「4.進路希望に基づく募集定員策定上の配慮」という4点にくくり直し、項目を起こして説明を加えているが、「特色ある高校づくり」にせよ、「中学の進路指導」にせよ、現状やっていることの実態を数字をあげて解説しているにすぎないのではないか。4の「策定上の配慮」にいたっては、わずかに3行でおわりである。これで対応なのだろうか?
 それぞれの課題と対応(方針案より)
課題対応
受験競争の激化への懸念 各校の特色ある高校づくりの一層の進展
入学者選抜制度改善における個性に応じた選抜方法の拡大
学校の序列化への懸念 入学者選抜制度の改善の着実な進展
中学校での進路指導における将来のあり方を考えた高校選び
特色に応じた選抜の基盤となる高校の特色づくりの一層の充実
近隣の高校の入学を希望する生徒に対する影響 通学時間の要素を含め、通学可能な地域について生徒や保護者の主体的な判断
中学生の進路希望などに基づく募集定員策定上の配慮
地域とのつながりの希薄化の懸念特定のエリアにとらわれず、高校が所在する地域との連携・交流の推進
中学校の進路指導への影響 中学校における将来の生き方、あり方を踏まえたきめこまかな進路指導の充実
各高校の特色づくりの理解促進、広報活動の充実
入学者選抜における選考方法や選考基準の明確化
 
 県教委の方針案に対し、いくつか問題点を述べておきたい。
  1. 一番懸念されるのが、対応が数行だけの「進路希望等に基づく募集定員策定上の配慮、学区の改正は、自らの進路希望に基づいて、特色に応じた学校選択ができるようにするものであるが、その際、近隣の高校への入学を希望する生徒もいることから、生徒の進路希望や通学圏に配慮した募集定員の策定を行っていく。」という部分だ。学区毎に学級数を決めていた今までの作業が無学区になるとどうなるのか。全県一学区で、交通体系まで、読み切ってのクラス数の策定作業は、並大抵のものではすまない。今よりも丁寧にきめ細かな入学定員策定が必要になるだろう。
  2. さらに、二次報告では、通学可能な地域について、「生徒や保護者の主体的判断」がなされるとされ、あらかたは経済的負担の少ない、無理のない範囲で通うだろうと想定されている。とするならば、一定の地域の中で希望を生かせるように考えねばならない。県内に多様な高校をばらまいて、どこでも好きなところを受験できるようにすれば、事が済むわけではない。現状は、前期の高校再編計画が、見直し、修正の上始動しようと言うときだが、後期再編に関しては、何も発表されていない状態だ。再編計画の進行によりできあがる、すべての種類の県立高校の配置、規模は明確になっていない。
  3. 「受験競争の激化への懸念」や、「学校の序列化への懸念」を「特色ある学校づくりの一層の推進」で乗り切ろうとしているのは、認識が大雑把すぎないか?別の意図を勘ぐるならば、去年から事業化された「将来を担い、社会のリーダーとなる人材の育成」を特色の一環としてめざす学校で、受験競争が激化するのは仕方がないというのであろうか。あとは、それぞれの個性に応じて、横並びで多様化していけば良い、そう言う生徒は近くの学校から動かないだろうから、混乱は少ないという考えだとすると、安直ではないか。全県一学区で起こってくる過度な受験競争の余波は、思わぬところまで広がるのではないだろうか?
  4. 新入試制度は来年が初年度であり、不安定な要素が多い。特色を出せば出すほど、入試の個別化指向が強まり、それに対応するための中学生の準備も大きな負担になる。まして、その翌年に連続して、学区がなくなり、全県一学区に広がったときに、一気に中学生の混乱と不安は増大する。進学指導が、進路指導ではないが、中学現場の混乱も目に見える。そう言う中で高校の特色化と進路指導の充実とは、いったいどんな役割を果たすのだろうか。高校受験に翻弄される中学時代であってはなるまい。開門率を上げることを含めて、十分な対応が望まれる。
  5. また、地域とのつながりの希薄化の懸念が指摘されているが、有効な対応策は、開かれた学校と言うだけで、棚上げされているように思える。そこには、元々学区が備えていた地域との結びつきを、長い間かけて壊してきた歴史的な背景がある。新しい地域の創世を言うとしたら、学区の撤廃などは、元来相反することなのではないかとも思える。それだけに今後、理解をより一層深めていかなければいけない大事な点であろう。
おわりに
 冒頭にも書いたように、県教委は、方針案についてメールでの意見を募集している。また、神高教も、「神奈川の入試問題を考えるシンポジウム実行委員会」を構成して、九月に高校入試問題を考えるシンポジウムを開く予定だと聞く。学区の撤廃の問題は、個性の重視と学校選択の自由の拡大の名の下に、あらたな競争を作り出す制度として、動き出そうとしているが、やっと、実感をもって話題になる段階にきたようにも思う。さらなる教育市場化の足音が近づいてきている気配もするだけに、まだまだ、これから短期的なしぶとい取り組みが必要になるであろう。神教協による見解は
 「神奈川県立の高等学校に係る通学区域改正方針(案)」http://www.fujidana.com/news/gakku03.htm
 「入学者選抜制度・学区検討協議会第2次報告」http://www.fujidana.com/eduinfo/s_kikan/no203/nyusikenkai.htm
を参照してください。参考になります。