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高校神奈川 No.530

2006年07月21日

第66回定期大会
新たな職場民主化に向けて踏みだそう!

 

 神高教は7月7日・8日の両日、保土ヶ谷公会堂において第66回の定期大会を開催しました。参加代議員は両日で、のべ850人。教育基本法改悪反対運動、観点別評価問題、新たな学校運営組織などについて活発な議論が展開されました。

 今定期大会では、一号議案について、60人ほどの代議員が発言に立ち、6月の通常国会で教育基本法「改正」案が継続審議となったことを受けて、秋の臨時国会にむけてどのように改悪反対運動をつくっていくか、観点別評価など県教育委員会が現場に拙速に実施を求めているさまざまな「施策」にどのように対応するか、今年度から導入された「新たな学校運営組織」の中でどのように協力・協働の学校現場をつくっていくか、第二の基地県の教職員組合として米軍再編反対をはじめとする平和運動にどう取り組んでいくか、などを中心課題として議論がすすめられました。とりわけ観点別評価問題では、混乱している現場の実情を訴える発言がつづき、拙速な当局の導入の問題点が浮き彫りにされました。また、「新たな学校運営組織」については、職員会議の形骸化を危惧する発言がつづき、「企画会議への権限の集中の排除と職員会議を中心とした学校運営」についての修正案が賛成多数で可決されました。大会は、第一号議案(運動方針案)について、可決修正案、受け入れ修正案を含む原案が賛成多数により可決。二号議案(決算・予算の会計関係議案)についても賛成多数で可決承認されました。定期大会には日教組荘司中央執行副委員長をはじめ多くの来賓が激励にかけつけましたが、8日朝、松沢県知事はさまざまな施策について「施策の取捨選択を含めて各学校で十分議論していただきたい」と挨拶しました。


2006年定期大会挨拶
神奈川県高等学校教職員組合
執行委員長 竹田邦明
第65回定期大会、出席いただいた代議員のみなさんごくろうさまです。
また、お忙しい中おいでいただいた、日教組荘司副委員長、連合神奈川小西事務局長はじめ来賓の皆様に心からお礼申し上げます。
今年度の高校奨学金の応募状況を聞きますと3296人の枠に対して4500人を超える状況です。現在所得条件だけですから、昨年と同じ水準で貸与するとすれば数億円足りないとしています。小泉構造改革・規制緩和がもたらした市場原理主義・競争主義が普遍化し、経済、所得面を中心にしてさまざまな格差が拡大し、市民生活の階層化を一段とすすめてきています。教育もその例外ではありません。
部落・女性・障害者・民族・外国人差別、などさまざまな教育差別、格差は解消されずにいます。すべての子どもたちに対する差別を認めず、教育の機会均等を実現し、学歴社会の打破を目指してきたわたしたちはこれを放置することはできません。

4月28日、政府与党は「教育基本法」の「改正案」を提案しました。先の国会で約50時間の審議が行われました。いまなぜ「教育基本法」を変える必要があるのでしょうか。文科省大臣官房審議官はインタビューで答えています。「戦後60年たち、いろいろな意味で社会が大きく変わった。いま、子どもたちの学力低下や学習意欲・体力の低下をはじめとして、規範意識の希薄化、対人関係能力の低下、生活習慣の乱れ、など、さまざまな問題が指摘されている。また、本来は家庭や地域社会で行われるべき子どもの育成までもが、学校に期待されるようになってしまった。そこで、今一度基本に立ち返って、教育の理念として何を大切にしようとするのか、これからの時代にふさわしい教育理念を国民の共通理解として打ち立てるために「教育基本法」を全面改正しようということになった。」と説明し、「愛国心」の表記(伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する)については「国を愛することは確かに重要なことだが、「改正案」の焦点はそれだけではない。教育の目標には5本の柱を掲げ、豊かな情操と道徳心、公共の精神なども盛り込んでいる。全体を読んで、何を国民の共通理解として持つべきか、という考えを読み取っていただきたい。」といっています。
しかし、そう説明されても、今回の改正の趣旨は国家と個人のあり方を教育の面から再構築しようとするものだといえます。教育の目標が細かく書き込まれれば、現場には細かくコントロールされることに道が開かれてしまうでしょう。
条文ごとにみるなといっても、義務教育の年限は消え、男女共学も消えています。この間私たちは数次に及ぶ中央行動、調査会設置署名(全国200万)、国会議員要請行動、国会前座り込み、全国キャラバンなどを展開してきました。県内でも実行委員会や神教組の皆さんを中心に40箇所での集会、駅頭行動、新聞意見広告などにとりくんできました。結果的にその後提出された民主党案もあわせ、廃案を追及してきましたが、残念ながら継続となり、秋のたたかいに引き継ぐところとなりました。廃案をめざしとりくんでいきます。
さる5日、北朝鮮(朝鮮人民共和国)がミサイルを発射しました。これをきっかけに憲法特に9条「改正」論がいっそう強まり、また朝鮮学校の子どもたちへの嫌がらせなどがおこることが懸念されます。わたしたちは4月に「朝鮮学園を支える会」をつくり事務局を担っていますが、子どもたちを支えていきたいと思います。
最後に一冊の冊子を紹介したいと思います。去る3月に発刊されたもので、日教組高校改革推進プロジェクト報告です。タイトルは「荒野をゆく高校生のために−2006からの旅立ち」です。高校教育の現状と課題から高校生の「学び」の今、現在の高校改革政策の分析などを展開し、いくつかのすぐれた教育実践を紹介しています。「今日ほど『大人になる旅』がかくも難しいものであることはなかった」という認識から「荒野をゆく高校生のために」というタイトルがつけられています。ぜひ読み合わせをしたいと思います。
今日、明日の定期大会が職場の明日からの教育実践、運動に活力となるよう活発な議論をお願いして執行委員会を代表しての挨拶といたします。


大会宣
 わたしたち神奈川県高等学校教職員組合は、本日、第66回定期大会を開催し、2005年度の運動を総括するとともに、2006年度の運動方針を決定しました。

 小泉内閣の推し進めてきた規制緩和・行財政改革は経済的格差を拡大し、わたしたちに「痛みに耐えること」を強要してきました。経済・景気の拡大は労働者への波及をもたらすことなく、富裕層をより富ませる結果となっています。
 また、小泉内閣は安全保障・外交政策においても米国追随の姿勢を続け、キャンプ座間への米陸軍第一軍団司令部の移駐などを含む「在日米軍基地の再編成」をおこない、日米共同の軍事協力体制を強化しようとしています。また、横須賀基地への原子力空母の母港化についても政府間合意をおこない、地元への受け入れを強要しようとしています。
 第164通常国会には、国民投票法案、教育基本法改正案、共謀罪、入管法改正案など、人権を制約するとともに憲法改悪につながる危険な法案が数多く提出・審議されてきました。多くの法案は秋の臨時国会への継続審議となっていますが、ポスト小泉内閣の動向を踏まえ、広範な世論を集めながらの運動が重要です。

 教育現場に対して矢継ぎ早に投げかけられる政策は、統合性を欠く中で現場に混乱をもたらしています。また、こうした「政策」による多忙化はわたしたち教職員が生徒たちと向かい合い、その実態から学校づくりを行っていく自立性やゆとりを奪っています。生徒ひとりひとりの人権・学びを保障していくためにも、教職員定数・教育施設など、教育条件の改善が何よりも必要です。

 今年4月より主任制に替わる新たな学校運営組織がスタートし、総括教諭が任用されています。この中で、企画会議への仕事・機能の集中や校長による独善的学校運営が報告されており課題となっています。全教職員による協力共同の学校運営体制の確立を求め、学校民主化のとりくみをすすめます。

 政府は歳出・歳入一体改革を標榜し、そのなかで人件費の削減を強く押し出しています。また、こうした政治的状況をうけて人事院は、今年の民間調査において小規模企業の調査を強行しています。教職員賃金にあっては、人確法の廃止を含め、引き下げをはかる方向性を政府・与党が示しています。こうした労使合意なしの一方的な労働条件の切り下げは、決して許されるものではありません。また、教職員採用が多くなってくる中で「人材確保」の観点からも問題を生じる危険があります。ひきつづき、日教組・公務労協に結集する中で公務員・教職員の賃金水準の維持向上に積極的にとりくむ必要があります。

 被爆・敗戦から61年を経過する中で、わたしたちの社会は大きな転換点を迎えようとしています。憲法・教育基本法の「改悪」が俎上にのぼってきている今だからこそ、「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンのもと、人権・平和・環境・共生のとりくみを力強くすすめていく必要があります。教職員の採用増加期を迎える中で、組合員の団結のもとで、教職員と子どもたちがともに将来を語れる学校・社会づくりをすすめていくことが重要です。本定期大会で決定した方針に基づき、組織の総力を挙げてとりくむことを決意します。
2006年7月8日
神奈川県高等学校教職員組合
第66回定期大会

憲法・教育基本法の改悪に反対する特別決議
2001年4月の成立以来5年間、小泉内閣は「構造改革と規制緩和」による労働者の権利や市民生活を破壊する一方で、テロ特措法・イラク特措法・有事法制の成立、自衛隊の海外派兵など、平和と民主主義、憲法を危機的状況に追いつめてきました。
そして政府・与党は、さきの第164通常国会に小泉政治の総決算として、行政改革法を成立させるとともに、憲法「改正」を想定しながら、国民投票法案、教育基本法「改正」案、共謀罪新設法案、防衛庁の省昇格法案など平和と民主主義をさらに危機に追い込む諸法案を提出しました。
私たちは、日教組・連合・平和フォーラム・市民団体などとともに諸行動にとりくみ、これらの法案を廃案にはできなかったものの、継続審議に持ち込むことができました。

憲法改悪の先駆けとして国会に提出された「教育基本法案」は、現行法の「人格の完成」から「人材の育成」へと公教育のあり方を根本的に変え、グローバル化した大競争時代を勝ち抜くための国家戦略の手段として公教育を位置づけています。そして、教育に市場原理・競争主義を持ち込んだ結果分断される個人を、「公共の精神」や「我が国と郷土を愛する」ことで国家の枠組みで統合しようとしています。そこからは、連帯や共生の視点、平和な社会の主体的な形成者を育む観点は見いだせません。「改正案」はまさに「国民の教育権」から「国家のための教育」へ大きく転換するものです。
また、継続審議となった国民投票法案は、政治主導の憲法「改正」を容易にすることを意図し、報道・表現の自由や運動にさまざまな制限・規制を設けるなど、基本的人権の尊重や主権在民という憲法の基本理念に反しています。
私たちはこのような教育基本法改悪法案、憲法改悪のための国民投票法案を、断じて容認することはできません。

秋の第165臨時国会では、与党は新体制のもと、継続審議法案の成立をめざしてくることは必至で、これまで以上に厳しい状況が予測されます。
私たち神高教は、憲法・教育基本法の理念を生かすために、「教え子を再び戦場に送るな」のスローガンのもと、「国民投票法案」「教育基本法案」などの廃案をめざして、広範な人びととともに、組合員一人ひとりが力を結集したより説得力のある運動を構築し、組織の総力をあげてとりくんでいきます。
以上、決議します。
2006年7月8日
神奈川県高等学校教職員組合
第66回定期大会


シリーズ共生への道3
きれぎれの発言

 しばらく前のことだ。川崎の地で開かれてきたアリラン祭に参加した在日コリアンのOB・OG二人と再会し、酒を酌み交わす機会をもった。ほろ酔い機嫌となり、互いに口も滑らかになる頃、議題は帰化の是非をめぐっていた。その時のことだ。大学卒業を間近に控えた彼女が、「やっぱり朝鮮人の血かな」と語った時、ボクは咄嗟に「それは違う」と言いかけて、言葉を呑んだ。
 なぜ、ボクは言い淀んだのだろうか。近代以降の日朝関係史を背景に、加害者たる日本人の一員たる負い目がそうけせたのか。それは違う。断じてそうではない。その程度には彼(女)らとの関係を築いてきた自身はある。では何がそうさせたのだろうか。
 「民族の血」という物言いが孕む危うさや錯誤を指摘するのは易しい。あるいは、その語りを彼女を囲む在日の家族や社会の中で一世から二世へ、二世から三世へと語り継がれてきた物語、とくに苦難の歴史の「記憶と忘却」の共有(E・ルナン)と読み替えたとしても、大過なかったであろう。そうすることもできたはずだが、しかし、そうもしなかった。
 ボクの中には、その時にも、そして、今も、民族をめぐるある言説に対する違和が拭い難く宿っている。それは、たとえば、ナショナリズムについて語る論者が、国民を「想像の共同体」と捉えたアンダーソンの議論に言及するその仕方にある。圧倒的に多くの者が、その定義に言い及ぶ時、国民など「想像の共同体にすぎない」とうそぶくのだ。国民国家の相対化を意図してのことなのだろうが、その軽々しい物言いに、ボクは暗然たる気持ちを抑えきれない。社会学を中心に展開されている構築主義の議論をまつまでもなく、民族(文化)に固定した不変の本質などないことは明らかだろう。民族は自他の関係の中で、その都度作り上げられる「虚構」であり、「幻想」であり、そうして「擬制」なのだ。しかし、「すぎない」のではない。むしろ、「虚構」だからこそ、人間の「現実」をつくり、動かし、変化させる大いなる力を秘めているのだ。このことを、かつて青臭いボクにシタタカに教えてくれたのが、他の誰でもない在日の存在たちなのであった。
 ポストモダンの風潮が支配的な今日、ボクらの足元でもシニカルな相対主義がしたり顔で大手をふっている。そうした思想的頽廃を拒否し、さりとて、多文化主義の論議にも根深く残る民族の実体視からも自由でありたい。そのような地平から、三世、四世たちによって紡ぎだされる新たな物語に耳を澄まし、国家の手によるのではない、ボクら自身の手作りの、まったく新たな民族関係を、じっくりと手間隙かけて織り上げてゆきたい。
(川崎北分会)

「格差拡大社会を撃つ!」 神高教地域学習会2006報告】

 
6月の20日21日、23日、県内3ヶ所で神高教地域学習会が開かれました。小泉内閣が推し進めてきた規制緩和・行財政改革の中で、さまざまな格差が広がっています。今年は、「格差拡大社会を撃つ!」と題して、ジャーナリストの立場から斎藤貴男さん、教育社会学の立場から本田由紀さん、そして高校教育会館の教育研究所代表であり、日本社会臨床学会運営委員である佐々木賢さんを迎えての学習となりました。

「非才・無才」に反逆精神を!

    講師 斎藤貴男(ジャーナリスト) 
 斎藤貴男さんの講演を聴くのは、今回で3回目。
 今回のテーマは「格差拡大社会を撃つ!」というものであった。格差社会を生み出している教育の構造を長崎、大阪、千葉の具体的例から説明された。さらに、教育「改革」の背景を、小学校低学年から能力を決めてしまうような「ゆとり教育」の<真相>から説き起こし、それが格差社会をますます拡大させるものだと、明確に指摘された。その後、95年日経連報告書などの財界の動きを交え、小泉版「構造改革」を見事に斬って見せた。さらに、米軍再編の話もされた。
 そして、このような格差社会拡大の最大の責任をマスコミ社会にあるとした。ジャーナリストとしての面目躍如の思いがした講演ならぬ、<好演>だった。
 斎藤さんが講演の度に引用する、三浦朱門や江崎玲於奈の議論を取り上げる論者は多くいて、それを指摘するのが<流行>のようになっている。いわく極少数のエリートと多数の<できない子ども>に分け、<できない子ども>、すなわち「非才・無才」の子どもには実直な精神を植えつければよい、という議論である。とんでもない議論で承服できかねるし、それを批判する点では斎藤さんと全く一緒である。
 しかし、巨大な教育「改革」の流れに正面から立ち向かうことが数的に困難だとしたら、ここは一つ、三浦や江崎の議論を逆手にとって、「非才・無才」に反逆精神を育む教育をしたらどうだろう。いわゆる受験知が乏しくとも精神の上で体制に迎合しない反逆精神を陶冶することは可能ではないか。その意味で、いわゆる進学校では服装・頭髪や校則に<自由>があって、いわゆる課題集中校ではそれらに厳しい生徒指導が行なわれている現状をどうにかしたいものである。進学校の生徒はのびのび高校生活を送り、課題集中校の生徒は「実直な精神」を養うべく<統制>されている。このままでは、まさしく三浦や江崎の思うままではないか。課題集中校の生徒に学力(単に受験知ではない)をつけさせるとともに、自律や自治の精神を育むことこそ、今、求められているのではないだろうか。
 最後に、これからも斎藤貴男さんの言動に注目していきたいと思う。「右向け右!」の大潮流のなかで、組織に頼らない手漕ぎボートを巧みに操り、何が<時代の核>であるかを的確に示してくれる数少ない論者の一人であることは間違いない。心から斎藤さんに<自立>と<連帯>のエールを送る。 (高浜分会)


「『ニート』っていうな」の意味
  講師 本田由紀(東京大学大学院情報学環助教授)
 横浜会場の地域学習会は6月21日、東京大学大学院情報学環助教授の本田由紀さんを講師に迎えて行われました。本多さんは教育社会学の立場から社会の階層化の問題をこの間研究されており、『若者と仕事』『多元化する「能力」と日本社会「『ニート』って言うな!」などの著書がある。
 講演は豊富な統計資料を用いて行われ、今の若者の雇用動向の最大の問題点として、非典型雇用(派遣、アルバイトなど)の拡大と正規雇用との格差の問題をあげ、さらにその処遇に大きな格差がある点や、一度非典型雇用になると正規雇用にトランスファーする道がほぼ閉ざされている点をあげた。また、「ニート」という言葉が非常に曖昧かつ多義に使われており、若者の雇用問題の本質をむしろわかりにくくしていることを指摘した。
 このような状況の中で、若年層が学校を離れたあとで典型雇用へと移行できる環境を整えていくことや、学校、特に高校のなかで職業意識を育てていくことが重要であると述べた。
 高校が果たしていくべき役割の中では、現状の専門学科高校が果たしている役割のメリットが指摘され、いくつかのヒントが述べられた。こうした教育社会学と高校現場の議論の中で新たな道筋が見いだせればと期待を感じることができる講演であったと思う。(佐藤治)


「平等感」があるところに、「幸福感」が高まる 
   講師 佐々木賢(日本社会臨床学会運営委員)
 今年度の地域学習会第3日目の講師は高校教育会館の教育研究所代表であり、日本社会臨床学会運営委員である佐々木賢さんでした。
 ご自身が、以前から細かくメモを取っていて、現在は、それに加えて、さまざまな新聞の切り抜きを整理されている、ということから話がスタートしました。今回の地域学習会の連続テーマである「格差拡大社会」について、この講演の中で示された膨大な資料の中から、いくつかのデータを並べてみただけでも、こんな感じになります。
 ・ 生活保障の点から見ると、医療制度も、年金も、福祉も、失業対策も切り下げられ、雇用確保という点で改善されたのは、短期雇用が増える、という点だけであった。
 ・ OECDの調査によれば貧困率はアメリカが第1位で17.1%、日本は15.3%であり、デンマークなどの4.3%と比べて高い。
 ・ 生活保護基準以下の経済状態のものは96年頃に7.5%であったものが02年の段階で10.8%になっている。
 ・ 95年から06年までの10年間で正社員は439万人減っているのに対して、非正社員は662万人増えている。
これだけのデータを見ても、社会のありようとして、生きにくい社会が出現している、ということが見てとれると思います。
 講演の中では、単に日本社会の格差拡大、というだけではなく、世界的な格差拡大についても、さまざまな角度でその状況についてふれていました。ニューヨークタイムズから紹介された記事では、アメリカの15の州で教育予算が削減され、スクールバスがこれまでのようには運行できなくなり、親の経済力が低いところでは、約100の地域で学校週4日制になってしまったという。教育予算の拡充は教職員組合としてはゆずれない、という思いも強くしました。
こういった世界的な格差拡大は、GATS体制として紹介されていましたが、最後のところで、「格差社会への反撃」として紹介されていた話が印象に残りました。一つは、国のあり方として格差を縮小し、若年失業者を解消し、環境保護についても成果をあげる政策をとっている国が、世界にはいくつもあることです。二つめは政権が交代したことによって、世界的な格差拡大を否定する動きが強まっている国がいくつもあるということです。
例えば、ブータンという国は、平均年収は83600円で、日本の50分の1であり産業も発電くらいしかなく他国からの援助に大きく依存しているところです。しかし、幸福感を表すGNHという指標によると、98%もの人が幸福だと感じているということでした。経済的に豊かになることだけが幸福につながっているわけではない、ということを改めて考えました。貧しくても、平等感があるところでは幸福感が高くなるという解説でしたが、環境問題などを考えると、望ましい社会のあり方についてもっと考えなくてはいけないと思いました。
 新聞で報道された情報を整理して眺めると物事がはっきりと見えてくる、ということを改めて実感した講演会でした。 (飯川賢)