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高校神奈川 No.534

2006年11月22日

いやがるものを強制したって得るものはない

 06年10月28日(土)神高教第49次教育研究集会が横浜平沼高校で開催されました。
 全体会は都留文科大学文学部比較文化学科教授の福田誠治さんを講師に迎え、「『いま学力を問う』−フィンランドの教育から学ぶ」と題する記念講演が行われました。
 今、教育基本法の改悪、教育再生会議の設置、教員免許法、バウチャー制の導入など、戦後民主教育の抜本的転換が企図されています。こうした時こそ、改めて私たちにとっての「教育」とは何かを考える上で、有意義な講演だったのではないでしょうか。  午後は、特別分科会を含め12の分科会が開かれ、熱心な討輪が行なわれました。

講師の福田誠治さんは、ヨーロッパを中心とした諸外国の教育、文化が主な研究分野で、最近ではPISA(OECD生徒学力到達度調査)で世界一となったフィンランドについての調査研究を行っている。著書「競争をしなくても世界一」「競争をやめたら世界一」のなかでは、そのプロセスを探るとともに、日本の教育のあり方に疑問を投げかけている。
 以下その議題を報告する。

「量」を問題にしないフィンランドの教育
 いま日本は、50年前のような古いスタイルの学習方法を政府が進めようとしている。イギリスをモデルにしようというわけで、昨年は小中学校で全国一斉学力テストを実施する。4月に入ったらどの学校も、テストのための勉強をし始めることが目に見えている。何のために勉強するのかというところで若者たちが悩んでいるときに、さらにテストの点と順位でで競争させよという、そういう方法しか考えつかない日本の教育行政や誠治のレベルがあまりにも低すぎる。
 フィンランドは不思議だ。授業時間はほぼ最低。だから授業を増やせばいいという問題ではなく。学び方だろうと推測がつくわけだが、実際にいってみると、「なんだこれは?」というくらいみんなのんびりとしている。日本の学校の先生はフィンランドの学校の先生に比べると3倍くらい働いているのではないか。私の結論は、日本はやり過ぎ、だから子どもたちがやる気をなくしてしまっているのであり、そこに大きな問題があると思う。
 国が画一的に教育内容を策定するのをやめ、教育の権限を各自治体や学校教師に移譲したこと、それにより教師のモチベーションを高めるとともに、知識偏重を脱して社会で生きる力を重視する教育を実現したこと、習熟度別編成授業を廃止して、できない子は教師が引き上げ、できる子は自由に学ばせるという方針をとったこと、これがPISAでフィンランドの平均得点を押し上げた要因の一つだと考えられる。結論から言うと、授業量や勉強量の問題ではないであろうということである。ところが日本では子どもが怠けていると、もっと競争させて追い立てなくてはいけないという発想をして、とても古い学力勧しかもっていない。
 来年、日本にたぶんロンドンとイギリスでは小中学校で多くの欠員があったり、困難校の教師や校長のなり手がいなかったり、様々な問題を抱えている。だから競争して学校選択をしたその先に何があるかということが、イギリスで20年間やってきた状況を見ていると、とてもよく見えてくる。

知識は知ろうとする本人の問題
 日本の教育観では、要するに使える知識とはテストで点が取れる知識だった。違っていたらどこで間違えたか、やり直し、ゆっくり学習しなければいけないのに、結論だけ覚えればよしという方向に進んでしまった。
 事実は一つだ。しかし、それをどうやってつかみとるかが問題だ。知識になるかどうかは、知ろうとする本人の問題で、知りたい人があちこちの知識を編成し、て自分なりのものを作り上げるものであり、これが新しい学習観である。事実は一つだが、その知識は多様にあるということであり、フィンランドはそこに突入した。
 フィンランドの教育は何で競争しないのか、高校以上は専門教育、職業と結びついた自分のやりたいところだけをやる。16歳までは人間を育てるという発想で、高校では社会に出てやっていける市民を育てるという発想でやっている。

日本の教育の問題
 ヨーロッパでは25の国が国境を越えて移動する時代に入っている。その人たちが一緒に働いている。そうすると異質なものが社会の中で協力して生きているんだという発想になる。異質が集まることは意見の違うものが集まるということ。すると新しいものが生まれる、そういう発想である。
 だから今、世界の常識からしたら愛国心などということは御法度だ。国際化した社会の中で、外国人帰れ、移民帰れなどといったら生活できない。読解力というのは自分とは違う意見をどう理解するか、自分の意見を突き詰めて考えて、もっとよい方法がないかを考える、そして考えた結果を相手に表明する、そこまでぴ読解力である。
 PISAでは日本の生徒は、三分の一くらい何も書かなかった。自分の意見を持ち、持ったら主張をし、そこでコミュニケーションが起こる。日本の生徒は自信を持てなくて書かない、そういう教育の方向に日本は行っている。社会に出て使えるような思考力を持っていない人たちが日本には多い、そこが問題だと思う。
 日本の高校生は、自分で計画を持って自己コントロールしていないのではないか。また、授業以外の勉強時間がOECDの平均と比べても、とても少ない。勉強する気もない。にもかかわらず、学校の先生はいやがる生徒に勉強させて、すごい効果を上げている国である。それをイギリス、アメリカ型にしようというが、どの位置にアメリカが出てくるかを見ると、なんでそんなことを政治家が考えるのかと思う。

教師は生徒を支援し行政は教師を支援する
 いやがるものを強制したって得るものはない、自ら学ぶ子を作るには我慢するしかない、やる気が起きるまで待つ・・・フィンランドの学校ではそういう勉強の仕方をしていた。
 先生はいるけれど見ているだけという授業。できないときに助けてもらうのが先生。先生は支援、援助をする。PISAでは、成績の高い国は教師に支援されたという意識がデータに示されているが、日本は特別で、子供たちは先生たちから支援されたと思っていない。そこが日本の教育が陥っている最大の問題ではないかと思う。
  勉強は家に持ち帰らず、学校で全部やってしまう。学用品は学校で使いたいだけ使う。給食もタダ。フィンランドには経済社会的な格差は何が何でも埋めていくという姿勢がある。OECDの調査にも出てくるが、学校間格差はほとんどない。学校間格差がないということは、どこの小学校に行っても、中学校に行ってもほとんど同じ、だからたいていは地元の学校に行く。フィンランドでは、学校の先生が一番やりやすいように行政が支援する。OECDに出した公式見解には、フィンランドの教師は、教師になるまではとても難しいが、いったん教師になった後は査定、人事考課は行わないと書いてある。なぜ行わないか、それは子どもたちは一人ひとり違うから、その子供たちにあわせて教師の仕事も一人ひとり違うのであり、それを比較して評価することはできないからだという。

生徒の未来を保障するために
フィンランドのような国があることは心強いが、大きなビジョンを持ってやっていかなければならない。日本はまだできないこともない。保険制度とか、平等化のシステムはあるわけだし、まだ質のいいものを持っており崩壊状態ではない。それを考えると、進むべき道は国民にとっても財界から見てもアメリカ型ではない方がよいと私は思う。それをどれだけ説得しながら進んんでいけるかだと思う。
 PISAの結果から、日本では学力低下が指摘され、ゆとり教育や教員の指導力不足などが要因としてあげられている。その対策として、学習指導要領の見直し、成果主義による教員の指導力向上、全国学力調査などが導入されようとしているが、フィンランドをはじめ、欧米諸国ののこれまでの教育制度のプロセスを考えると、その行き着く先は見えてくる。
 その動きに流されることなく、生徒達の未来を保障するために、本当の知識・学力、本当の教育とは何かを追求しながら、ねばり強くとりくみを進めていかなけらばならないことを、この講演は私たちに教えてくれた。
(桜陽分会)

神高教第49次教研アピール(案)

 私たち神高教は、本日、第49次教育研究集会を開催します。全体会、各分科会を通じて、教育に関わる実践と研究を交流し、その成果を共有して教育現場からの教育改革をめざします。
 今次教育研究集会は、安倍新内閣が成立し、第165臨時国会において教育基本法「改正」案の成立が強行されようとしている中で行われます。日教組は「非常事態宣言」を発し、不退転の決意を持って、教育基本法改悪阻止の運動を展開しています。このことは、憲法理念に基づく民主教育を守る闘いであり、平和と人権を守る闘いです。
 安倍首相は、教育改革が最重要課題であるとして、閣議決定をもって教育再生会議を設置しました。再生会議は、教員の免許更新制度、学校評価制度、教育バウチャー制度など、管理強化と競争原理に基づく改革を推進しようとしています。子どもたちは、過度の競争に疲れ果てています。競い合い努力する事も大切ですが、子どもたちが学び成長していく過程で、自らの個性を確認し、そのことを生かしていける社会をつくることが重要です。性急とも言える教育再生会議の議論は、子どもたちの実態からかけ離れています。今こそ、現場からの教育改革が求められています。
 神奈川においても、「県立高校改革推進計画後期計画」がすすめられています。この間、生徒の授業評価、学力状況調査、観点別評価など十分な検証や議論のないままに導入され、現場の混乱をもたらしています。「改革」を標榜する教育のとりくみが、真に子どもたちの立場に立ち、私たち教職員の主体的な教育実践を支えるものなのかどうか、きびしく検証する必要があります。私たちは、自主研修への圧力を跳ね返し、主体的な研修体制を確立し、教育研究活動の活性化をめざします。
 今時研究集会は、この間続けた「多文化共生」のテーマから離れて、再度教育の全体を見つめることとして、12の分科会で開催されます。1年間の各分野での教育研究活動の成果を確認し、教育課程の自主編成、職場の自治の再構築をめざします。私たちは、この研究集会の成果をもとに、「子どもたちに豊かな学びを保証する」との立場に立って、高校教育の新たな創造にむけてとりくんでいくことを宣言します。

2006年10月28日
神奈川県高等学校教職員組合第49次教育研究集会


神高教第49次教育研究集会
教基法改悪に抗し、平和・平等・人権尊重の教育実践を!

日本語教育分科会
一文一文をていねいに

 日本語教育分科会では、「羅生門」と「山月記」についての授業実践(元石川・鈴木篤、上鶴間・須田一郎)と学年卒業文集の実践(大和東・佐藤宗男)の研究レポートが発表されました。日本語教育小委員会では、一文一文を丁寧に読んでいくことを基本に、「描写」「解説」「視点」等の読解のための武器を駆使しながら、生徒にどうすればわかりやすく深く理解させていくかという実践方法を研究してきました。「羅生門」と「山月記」の報告では、それらの成果を、とりわけ生徒の作文を見ることによって確かめることができました。学年卒業文集は、学年団の協力を得て、総合の時間や情報教室を利用して卒業生全員が執筆した実践でした。報告者は、「低学力の生徒は観察力が不足している。文集作成によってその力を身につけられる」と発言されていましたが、参加者から「書けなかった生徒が書けるようになっている」との声も上がりました。今年は委員以外の参加者も増え、明日の実践に通じる三時間でした。
(有馬分会)

家庭科教育分科会
刺激的な「スローライフ」の授業実践。
この視点を広く家庭科に!


 昨年度の県教研で話題になった、「スローライフ」の実践報告を弥栄西の中内さんからしてもらいました。昨年の話で、「農作業を中心にやっているんですよ・・・」と聞いていたので、普通科高校の選択授業で少人数の1クラス程度でやっているのかなと思っていたらとんでもない。必修選択で170人近い生徒がとっている。1クラスも23〜39人。「よくやれるよね〜。」授業の視点、実施内容も刺激的。話の途中で目が点になるようなこともしばしば。
約1時間半の報告を受け、若干の質疑を行って終了。「絶対に全国教研に行ってもらわなくては。」
 短いスペースではとても紹介しきれないけど、「スローライフ」の視点は、効率主義と大量生産・大量消費・大量廃棄を見直すきっかけづくり。そして、高校生が体験を通して「自分にもできることに気づく」こと。
 昨年はグランド周囲の花壇で前期はじゃがいも、後期は小松菜と蕪の栽培。その合間に有機農法に考えを巡らし、保存食やエコクッキングの実習。9月にはじゃがいもが44〜5sほど収穫。文化祭で無料配付もしたそうですが、それを使った調理実習がなんと「フライドポテト」。「ファーストフード」の代表選手です。中内さん曰く、「やってみたかったんです。ファーストフードと言いつつ実際の生産から考えれば・・・。それに、実習では揚げ物をあまりやらなくなっているし、その後廃油で石鹸づくりもやりました。」
 環境にも触れ、郷土料理の「とっちゃ投げ」もやり、1月からは住生活で化学物質の問題も扱い。広範囲にバラエティーに富んだ授業報告は魅力的なものでした。
 「再編を控え、この授業が続く要素はないのですが、行った視点は家庭総合でも、家庭基礎でもしっかりと維持していきたい、いく必要があるでしょうね。」
(大秦野分会)


高総検分科会
観点別評価は生かせるか


 「高総検レポート」の最近のテーマからふたつを選び、まず高総検委員から説明を行った後、会場参加者と活発な討論を繰り広げました。以下、議論の内容を紹介します。

観点別評価について
(I-1高校)観点別評価についてはまだ手をつけていない。その理由は制度そのものが今後まだ変化する可能性があるから。実際このところ県教委の姿勢が大きな変化をみせている。「学力不足に対応できるのか」の強い声に押され、腰砕けになっている。この件に関して最大の問題は「法的根拠」「観点別評価の意味合い(基準と規準)」だろう。
 (I-2高校)観点別評価は基本的に授業担当者がつくっていくもの。県が全てを統一しようとしているのは間違い。4つの観点のうち「関心・意欲」を除く3観点は互いに切り離して考えることができない。10段階の通知表を生徒に渡して、その2週間後に観点別の通知表を渡すというやり方をとっている。
 (H高校)観点別評価は担当者ごとに任せてくれれば問題は少ない。全体を統一しようとすると大変なことになる。むしろ統一的なやり方をすると所謂「説明責任」を果たすのが困難になる。それぞれの観点のウエイトのかけ方などについても生徒との関係の中でやればいいこと。学習の成果について生徒に「途中経過を手持ち資料で知らせる」という目的に限定すれば、観点別評価は生きてくる。
(意見交換)
○観点別評価の導入によって現場の作業量が増え、それ仕事のミスを誘発する結果を招く。
○「説明責任」の強調は、「制度の整合性」に力点を置くことになり、かえって丁寧なやり方が困難になる。
○中学校で実際行われているようなやり方に今後収斂していくのではないか。
キャリア教育について(省略)
(生田分会)


環境・開発教育分科会
「地球データマップ」と「エコトラベルゲーム」を使って


 今年も環境と開発のふたつの小委員会がタイアップしての環境開発分科会となった。前半は、開発小委がNHKの番組「地球データマップ」の教材化について提案した。「地球データマップ」は温暖化、飢饉、女性などすでに15のテーマが放映されててる。今回はそのうち「遠くからくる食べ物」をとりあげ、番組を見てからグループに分かれて話し合った。約20分の番組であるが、内容はもりだくさんで、一度見ただけでは、はたして生徒が内容を理解できるか疑問であった。実際に授業で使うには生徒の理解を助けるためにどのようなフォローをしていくかが課題である。なお分科会にはNHKのプロデューサーもオブザーバーとして参加しており、意見交換をすることができた。番組を授業で扱うのは著作権からもOKとのこと、どんどん使ってほしいとのことだった。
 後半は環境教育小委員会の「日本列島エコトラベルゲーム」に挑戦した。このゲームは、神奈川新しい環境学習をつくるネットワークが作成したものだ。稚内から沖縄まで旅行するすごろくゲーム、ストップ温暖化ゲームに似ているが、フェリーや飛行機、鉄道など交通機関で必要なポイントが異なる。また途中全国各地でエコツアーに参加するとポイントを下げることができる。勝負は得点の小さな人が勝ちとなり、早く終わっても勝てない。ゲームが終わってデータの数値でいくつか気になるところがあったが、発見のほうが多かった。
 どちらのワークショップも、それぞれ興味深いものであり、このようなワークショップが増えることはいいことだと思った。
(伊勢原分会)


解放教育分科会
部落の人たちの何を差別したのか


 今回は「部落問題の語り方、語られ方」をテーマに、翠嵐分会の鳥山さんから@「かながわの部落史(仮称)」編纂事業からみえてきたこと。ひばりが丘分会の井上さんからA「はじめての部落問題」(角岡伸彦 文集文庫)を読んで。この二つの内容を通して神奈川の部落問題にどう係わっていくのか考えました。
 鳥山さんの報告は大磯の小頭助左衛門文書の解読を通して、江戸時代における部落の人たちの生活を明らかにしています。教科書にかかれている部落の人たちの様子とはずいぶん違った様子がうかがえます。また、鎌倉時代との関係も興味深いものでした。「差別とは何か。部落の人たちの何を差別したのか。歴史を研究することで現代の差別問題ともつながるのではないか。」鳥山さんの言葉が印象に残りました。
 井上さんは鳥山さんの報告を受けて、参加者の素朴な疑問に答える形で進みました。その中で印象に残ったものは、「部落差別の事を知らなければ、いつかはなくなるのではないか」に対し、「現代のネット社会においては、どのような形で情報がもたらされるかわからないので歴史をふまえた事実を知ること、そして差別の構造を知ること、それが差別をなくすことにつながる」との事でした。部落問題との係わり方は難しいところもありますが、ヒントを与えてくれた報告でした。
 以前、部落のおばあちゃんから「わたしたちは何故差別されているのですか。いつから差別されるようになったのですか。」と質問されたことがあります。私たちはこの質問に真摯に向き合っていきたいと思いました。
(茅ヶ崎分会)


女性解放教育小委員会
時代錯誤のバッシングなど、続くわけがない


 昨今のジェンダーバッシングで神奈川の教育はどんな影響を受けているのか、あるいはどのように教育を守っているのか、そんな疑問から今回「ジェンダーフリー教育の明日を求めて」というテーマで分科会を持ちました。浜教組で活躍されている添田さんをお招きし、小中の状況と浜教組のジェンダーフリー教育を進める運動を語っていただきました。参加者が少ないことにもめげず活発な話し合いが持たれました。
 小学校では「〜さん」が当たり前!こどもを呼ぶとき@ほぼ全校で男女ともに「〜さん」で呼んでいる学校が55%、A担任により男女に「〜さん」と呼んでいる学校が42%、あわせて97%です。ところが中学校では「〜さん」で呼ぶのは@Aあわせて24%と下がります。高校では皆さんどう呼んでいますか?小学校で「〜さん」で育った生徒が中高で君・さんと区別されてどう思うでしょうか。使い方は異なりますが、会社での君呼びは上司から部下に向かっての言葉です。このように区別することは差別することにつながることです。女と男を教育の中で区別するのは「隠れたカリキュラム」のはずです。けれども筆者も含め高校では各職員の呼び方は様々で、男女ともさん呼びのとりくみは少ないようです。「〜さん」と呼ぶことで相手の人格を大切にすることになる、これは人権の問題だと添田さんは語っておられました。今後高校で考えていくべき課題であると思いました。
 添田さんご自身個人的に大変なバッシングを受けた経験をお持ちですが、教育そのものに対する直接的な攻撃は小中を含め神奈川ではまだ数が少ないようです。けれども行政がジェンダーフリーという言葉を不使用にしたり、文科省が自民党の安倍氏や山谷氏のグループの要請を受けて性教育の実態調査等を行ったり、目に見えない形での圧迫を日々感じているのも事実です。
 ジェンダーバッシングの嵐は、今期政府の体制を見るとまだまだこれからひどくなると思われます。しかし、懐古趣味的な発想しか持てない時代錯誤の人間達がどれだけ声高に主張しても一時のこと、世界でみると日本の女性の地位は低いし、少子高齢化で女性の労働力が必要であるし、年功序列型賃金制度の崩壊やリストラ企業の続出で性別役割分業に甘んじていられないということを多くの女性が学んでいる今日、ジェンダーバッシングを続けて本当に困るのは誰かと言いたいものです。
 最近、都筑区の2つの中学校で女子にパンツスタイルが導入されたというお話がありました。高校でも女子のスカート強制を無くすとりくみが進んでいます。今はできることをひとつひとつ選びながら,運動を進めていきたい!できることはいくらでもある。どんな嵐が吹こうが誰もが納得できるジェンダーフリーの運動は必ずある!崩れない確かな一歩一歩を歩んでいきたいと思いました。
(百合丘分会)


在日外国人教育分科会
目の前の生徒の本音は聞けているか


 当日の参加者は14人でした。養護学校から1人の参加があり、外国人生徒が在籍しているということで、質疑・討論に積極的に参加していました。
 最初に、在日外国人教育小委員会の、この1年間の活動について報告し、11月23日におこなうフィールドワークへの参加をアピールしました。また、5月に全分会に協力要請した、在日外国人生徒・日本語を母語としない生徒の状況調査の集計結果と、そこから見えてくる課題について報告をしました。今後もこの調査は実施していく予定ですが、今回の調査で気になったのは、「突然の帰国」という回答が13校からあり、生徒数としては29人であったことです。これらの中に強制退去による事例があるとすれば、その生徒の教育を受ける権利の侵害ということになるので、それがわかるような調査方法を今後検討します。他にも、進路保障の関わる課題、学校生活における課題など、検討課題は山積していますが、各現場で役立つような情報提供ができればと考えています。
 今回は実践報告として、多文化共生教育ネットワークかながわの吉田美穂さんから「『かながわ外国人教育相談』から見えてきたこと」、川崎分会の山根俊彦さんから「外国人生徒交流会から見えてくるもの」という報告がありました。
 吉田さんからの報告で印象に残ったのは、大学・専門学校の受験の問題でした。日本では、小・中・高校の12年の教育を修了すれば受験資格が認められるのですが、中南米では、11年で修了するため、大学・専修学校を受験するには、文科省が認定した1年ないし1年半の準備教育課程の修了が必要というのです。これは生徒にとっては大変なことだなと思っていたら、2003年9月の学校教育法施行規則の改正で、大学・専門学校が入学資格を個別に審査する権限をもつことになり、受験できるようになったのだそうです。当時は、国内の民族学校卒業生がこの改正によって大学・専門学校を受験できるようになることが報道されていましたが、外国人教育相談を通して、日本の初等中等教育12年に相当する教育を11年でおこなっている国の出身者にも適用できることがわかったのです。私たちが出会う生徒にとって有益な情報は共有していかなければ、ということをあらためて、強く感じました。
次に、山根さんからの報告の中に、外国人生徒にとって、差別やいじめは学校内だけのことなのではなく、学校外においても日々差別やいじめを受けているのだという指摘がありました。
私たちは、目の前の生徒が、差別やいじめを受けたことに対して、どんなことを感じ、どんなことを考えているのか、その本音を聞くことができているでしょうか。交流会に参加した生徒のさまざまな声の記録を前にして、互いに元気をとり戻し、前進できるになるには何をすればよいのかを考えさせられました。
(横浜平沼分会)


健康教育分科会
新職への戸惑い


新しい校内組織と養護教諭〜都立高校の現状に学ぶ〜というテーマで、都高教の北村美佳さんをお迎えしました。
今年度から導入された新職については、養護教諭も積極的にかかわり、学校運営の中核として位置すべきなのか、7月に実施したアンケートでも現場の戸惑いと不安が浮き彫りになっていたところです。
今回の分科会では03年度から導入された主幹(神奈川の総括教諭と似た位置付け)制度を、石原都政の教育行政改革のひとつとしてとらえ、学ぶことができました。近いうちに神奈川も追随するのだろうと思うと恐怖さえ覚える。評価と管理の連鎖に縛られた都立高校の実態を知り、先を見据えたねばり強いたたかいが、今こそ組合に求められていると実感した一日でもありました。
(翠嵐分会)


教研青年期の心を考える会分科会
生徒の問題を複眼的に見るために〜スクールカウンセラーとの協働


 最初に、実に100を越える分会から、「スクールカウンセラー(SC)制度に関わるアンケート」にお答え頂きましたことについて、心よりお礼申し上げます。おかげさまで、神奈川の高等学校におけるSCの現状や問題点が明確になりました。重ねてお礼申し上げます。
さて、今回の分科会には、ある拠点校のスクールカウンセラー、教育相談センターのカウンセラー、さらにフリースクールの代表を含め3人の助言者お迎えし合計17人で活発な論議が行われました。冒頭で、発表者よりアンケートをもとに報告が行われましたが、その要旨は以下の3点に集約できると思います。1)拠点校と対象校(非拠点校)との間には、派遣回数や相談機会の点で大きな格差が存在するため、大多数の対象校から現状の制度への不満が寄せられています。さらに全体の半数の学校がグループ内の連絡会を開催していません。2)全体の90%がSCの「有効性を感じ」ています。その中でも50%が有効性を「強く感じ」ているようです。3)SC制度そのものから一歩進んで、特に「コーディネーター」の導入やその果たす役割などの問題提起が多数なされています。
 これらの報告について、現場のカウンセラーの助言によれば「SCとしては一人の生徒に対しての面接頻度は一月半に一回程度が望ましい」。従って、「SCを一校に一人という要求は理解できるが、3校に一人程度」が着地点ではないか。ただ、これには条件があって「全ての問題をSCに繋ぐのではなくて、各々のケースについて、心理専門家(SC)に委ねるべき問題か、それとも学校として他機関と協働して解決していかなければいけない問題(例えば経済問題、虐待等)なのかについてある程度見立てを予め行って欲しい。そのためにはその力のあるSC担当者、いわゆるコーディネーターが是非必要である。県レベルで行っているコーディネーター養成講座の受講者をこの役割を担う担当として活用して欲しい」とのことでした。
 議論の中で、ある参加者から気になる報告がありました。某学校では「やることもなく1日職員室の机に座っているSCがいる」ということでした。この学校では、SC担当者も明確ではなく校内の受け入れ体制が整っていないようです。ただ、職員室に机があり、関心のある教員との相談活動には活用できているところは救いのようですが・・・もったいないですね。
 また、聞くところによると北海道などでは、SCの導入は一切拒否しているようです。理由は「教員の敗北である」とのことです。しかし、神奈川はその道を選んでいません。学校に教員以外の職があり、協働して、複眼的に、生徒の問題解決ひいては成長を援助するという体制を目指したいものです。教職員自身が一人で抱え込むと必ず限界がやってくるのではないでしょうか。
(追浜分会)


図書館教育分科会
「読書教育を考える!〜ブックトークの実演もあります〜」


 日本に、読書教育は存在するのか?という問題提起から本分科会は始まった。
教育として読書を捉えていくためには、体系的なものを求めねばならない。そこで読書教育の[ねらい・発達段階・方法]それぞれの現時点の状況をおっていき、間に出席者全員が各自「読書の発達段階」を表にする演習を行った。その発表は、それぞれの思いや時代背景等の窺われるもので興味深かった。
 ブックトークは、休憩を挟んで行われ、レポーター(高橋恵美子 上溝分会)の報告はそこで終了となった。

 その後のフリートークでは、
・ 個人の体験である「読書」に教育や指導がなじむのか?
・ 一対多の方法であるブックトークの位置づけをどう考えるか?もっと表現することにつなげていけないのか?
・ 国語等の教科とは異なる図書館の関わる領域とは何なのか?
ほか、活発な意見の交換が行なわれた。

 自由な読書を保証することを大前提にしつつも「読まないままにはさせられない」という難しさはある。ガイドラインを作ることの重要さを含め今後の研鑽にかかっていることを確認し、分科会は終了した。
(橋本分会)


後期中等教育問題分科会
教育現場はどう変えらていくのか

  1. 人事評価が学校に及ぼす影響
    富士通など民間企業では、人事評価制度を導入した結果、士気が低下し、頭脳流出し、業績が落ちたという。民間企業で失敗した形のものを、これから公務員は真似をしていくわけだが、はたして、職場はどうなるのだろうかという点に議論が集中した。
  2. キャリア教育について 
    キャリア教育がいう「育みたい力」という言葉の裏には、「能力観」固定の企図が読みとれる。県の能力区分の根拠は何かという質問がでた。観点別評価、生徒による授業評価、キャリア教育の3点セットが、今後学校現場にどういうことをひきおこすのか、批判的に検証する必要を感じた。
  3. 「日の丸・君が代」強制問題について
    05〜06年の状況の概観と、東京9.21判決について紹介した。「東京判決をどんどん職場に広めよう」など活発に意見がでたが、討論する時間に制約もあり、今後は定例会で続けようとなった。

(平塚農業分会)