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高校神奈川 No.548

2007年12月10日

監視社会に立ち向かう学習のあり方
神奈川県高教祖 第50次教育研究集会全体会 記念講演

 講師の池田さんは、フランスの移民の教育などを専門にしている方で、エールフランスのストでやっとの事で前日の夜の11時頃フランスから帰られたばかりで、しかも講演開始の時間は現地では夜中の3時頃という、極めて悪条件の中でのお話でした。当日のお話しを、〈はじめに〉〈1現状の教育改革は何を目指そうとしているのか〉〈2拡大する格差の問題〉〈3学習の具体的構築−「何からはじめればよいのか」〉の順で紹介」ます。

〈はじめに〉
 まず、今春の「全国一斉学力調査」の話から始まり、同様の試験はフランスでも行っているが、点数の公表もないし、むしろ点数の低いところに財政支援が行われているということです。
 日本は、大学でも学生による教員評価があり、板書がうまいか、シラバスどおりに授業が行われているかといった評価がなされているが、いい数学の教員が必ずしもいい授業を行っているわけではなく、数字と実感とはずれがある。
 フィンランドの教育を研究されている福田誠治さんが「全国学力テストとPISA」の中で指摘しているが、岡山県で出題された応用問題で麓から頂上までどういくか、という問題にバスの時刻表がついていない、もっとも重要な情報が欠けている。応用問題といっても、現実的に考えるとペーパーでは測れないのではないか。

〈1、現状の教育改革は何をめざそうとしているのか〉
  • 子どもたちに未来の「自由」を許さない→「国への貢献」度で評価
  • 執育の「権利」を後退させる→「義務」としての教育
  • 教育の「評価」を徹底させる→「監視体制」の確立
  • 自由「競争」を浸透させる→「格差」拡大の正当化

人々を「分断」し、「批判力」を禁じ、「閉鎖的」で「多様性を否定」する社会の確立

(1)学校教育法等改悪の問題点
  1. 教育目的・目標に関する問題点(原理的問題点)
     法律で子どもたちの目指すべき社会が規定され、それにあわせて子どものあり方が規定されていく、民主主義の根幹・人権尊重の大前提である人々の決定権が失われていく危険がある。
  2. 目的と手段の逆転現象
     改悪前の「興味を養うこと」か改悪後「親しむことを通じて・・・態度を養う」と社会が求める規範意識の涵養が入り、子どもたちが自由な発想で社会を形成していく過程を断ち切っている。
  3. 高校での「心身の発達および進路に応じて」(「進路」が追加の問題点)
     早期の職業教育につながり、この高校ではこういう生徒を求めていくという、「特色」という名の個別化が、ゆとりを持って豊かな学びを志向する子どもたちの排除につながるのではないか。
  4. 達成目標と評価の問題−「達成に窮めなければならない」から「達成するようおこなわれるものとする」へ
     学ぶ権利よりも義務を強調し、またその達成歴を見るための学力調査、あるいは様々な評価が必要だ、という議論の下地をつくる。また全国学テの実施を正当化するものになり、たとえば「障害」児の分離・排除につながっていく危険性がある。
  5. 教育課程編成の問題−「教科」ではなく「教育課程」を文科大臣が定める
     「教育課程」の編成主体は学校であるが、教育課程となると学校で行われていることすべてが当てはめられ「日の丸・君が代」の強制も含め、画一化の助長、監視の強化につながっていく。
  6. 教職員の階層化・給与体系のあり方、免許更新制について
     教職員の階層化は、チームとしての教職員集団を分断すると同時に、子どもたちに、階層や格差を当然とする意識を受け入れる素地をつくる。
     免許更新制については、目的が暖昧で、実施の具体案が雑であることなど問題ばかり。講習を行う大学は、文科省に認可を受けるためもあり混乱している。更新制を通じて文科省は「競争」と「脅し」により大学への監視体制を確立しようとしている。
(2)教育基本法改悪の現実的問題点
  1. 愛国心の教育目的化(2条)→閉鎖性=多様性の否定
  2. 保護者の第一義的責任(10条)→家庭問題に矮小化
    「親たたき」により学校に対してものをいえない状況が生じつつある。
  3. 学校・家庭・地域の役割と責任(13条)→地域総監視体制の確立
〈2、拡大する格差の問題〉
貧富の差の拡大→教育格差→経済面等での格差(格差拡大への再生産)→自己責任として正当化
「格差」を「埋め合わせ」ていく発想では平等は達成されない。
  • それぞれの特徴(文化)を格差たらしめているものは何か、なぜ、それが学校教育での有利・不利と結びついてしまうのかを問わなければならない。
  • そのような教育のあり方を克服していく道筋を探らなければならない。

学力像の転換

 生活の格差の広がりとそれが教育の格差と連動している実態を資料の表で確認していきます。
(1)拡大する生活格差
東京都23区における準要保護児童の割合(表1 教研誌6ページのp7)

(2)教育格差の実態
足立区の場合(表2 同前6ページのp31)
神奈川県の場合(表3 同前 8ページのp41、42)

(3)格差拡大に立お向かうために
  1. 教育財政の転換
     格差問題を各家庭・個人の自己責任にとして放置することは、教育の機会均等原則の精神に反し、社会の公正原理にも反する。教育費負担に格差が出ないような政策が必要。すべての人には、必要な教育機会を均等に提供される権利があり、その保障のための学校改革と条件整備が自治体財政の責務である。
  2. 学力観の転換
     人は真空の中で育つわけではなく、ここバラバラな状態で成長できるわけでもない。そこで、植生学的な観点から〈人間の森〉づくりとして教育をイメージ化してみる。
〈3、学習の具体的構築として〉−「何からはじめればよいのか・・・
a)異質協同の学習
 模倣や他人の助けを借りる過程において自己の相対化、他者への認識、社会形成への具体的課題を自覚

b)学習内容の3局面
  • 対象として知る
  • 社会的な位置づけを知る
  • 自分との関りを知る→関係を築いていく力としての学力
尚、このa)b)については、「自己の精神的内面の形成にとって、他者ないし外部の存在は、先行条件である」とするヴィゴツキーの考察が大いに参考になるということです。

c)憲法学習の必要性
 その際次の3条が今とくに子どもの権利との関係で重要になってくる。13条→個人として尊重(幸福の中身は国が決めない)、24条→集団(例、「家」)ではなく、個人に着目。99条→立憲主義。憲法は国民が国に守らせるもの。

〈最後に〉
 講演開始前、演題が「監視社会」となっているのを見て、「格差社会」の間違いではないかと思ったりしたのですが、教育現場での評価の徹底が、監視体制を確立させるというロジックがまさに現在の教育改革の根幹に存在するという感を深くしました。
 「格差」「評価」「監視」が密接不離の関係で教育現場に広がっていく状況を何とか食い止めていかなければという思いを強くしました。その際、子どもたちの学習・教職員集団の働き方それぞれに〈協同〉の復権・再構築ということがカギになるのだと受け止めました。
 尚、当日の話を聴いていない方で、興味のある方は、池田さん編集の「教育格差格差拡大に立ち向かう」(国民教育文化総合研究所15周年記念ブックレット現代書館)が出版されていますので参考にしてください。

(新羽分会)

神高教第50次教研アピール

 私たち神高教は、本日、第50次教育研究集会を開催します。全体会、各分科会を通じて、教育に関わる実践と研究を交流し、その成果を共有して教育現場からの教育改革をめざします。
 昨年政府与党は教育基本法を改悪し、「我が国と郷土を愛する態度を養う」ことを教育の目標に位置づけました。また、今年の学校教育法の改正では「規範意識」や「公共の精神」を強調するとともに、教員免許法の改定では10年ごとの免許更新を義務づけ、地方教育行政法の改定では国による教育委員会への指示権と是正要求権を導入しました。これらの改定により、国による学校教育への管理統制が強化されようとしています。
 教育基本法や学校教育法の今回の改定をうけて、新たな学習指導要領の告示に向けた論議が中教審で始まりました。そこでは、確かな学力を確立するためには授業時数の確保が必要であるとしています。
 しかし、これらの改革は競争に疲れ果てている子どもたちの実態をふまえたものになっているとは思えません。子どもたちが自らの個性を確認し個性を生かしていける、そのような教育をつくることが必要になっています。
 今年、教科書検定で沖縄での「集団自決」問題が大きく取り上げられました。明確な根拠を示さずに日本軍の関与を否定することは、検定意見を一方的に押し付けることであり、政府による教育内容に対する支配であり容認することは決してできません。また、昨年入管法が改悪され、上陸審査時に外国人は指紋等の個人識別情報の提供が義務づけられました。海外修学旅行においても、外国籍生徒にとっては、再入国するためには指紋と顔写真の提供を余儀なくされます。今、平和教育や生徒の人格が脅かされてします。
 このような状況ですすめられようとしている「教育改革」が子どもたちの学びを保障し、わたしたちの教育実践を支えるものとなるのでしょうか。私たちは自主研修に対する圧力を跳ね返し、主体的な研修体制を確立する必要があります。「教育改革」が叫ばれている今こそ、教育研究活動が重要であるとの共通理解のもとで、私たちは教育実践を積み重ねてゆきます。
 今回の教育研究集会では、1年間の各分野での教育研究活動の成果を確認し、教育課程の自主編成をめざします。私たちは、この教育研究集会の成果をもとに、「子どもたちに豊かな学びを保障する」との立場に立って、高校教育の新たな創造にむけてとりくんでいくことを宣言します。

2007年10月27日
神奈川県高等学校教海風組合
第50次教育研究集会


各分科会からの報告

環境・開発教育分科会
コンビニで環境によいことできたら

 環境小委では、開発中の「工ココンビニゲーム」を紹介しました。このゲームは、「新しい環境学習をつくるネットワーク」という先生方中心の小さな研究会がつくっているものです。昨年もこの研究会がつくった「エコトラベルゲーム」をこの県教研で紹介しました。(研究会のメンバーは、環境小委のメンバーと一部重なっています。)
 さて、本題。都会の高校生にとってなくてはならないコンビニ。そのコンビニで環境によいことが出来たら、どうでしょう?あるいは、地域の人たちにもっと役立つものになったとしたら?ゲームをやりなから、コンビニのそんな可能性・役割について高校生達に考えてもらうためにつくってみました。ゲームの中では、環境によいことをすればするほど、地域に貢献すればするほど、お店が儲かるように仕組んでみました。現実にはあり得ないことかも知れませんが、参加する高校生達にそんな可能性に気づいてもらうために、仕組んでみたのです。ゲームの要領は、一般的な「人生ゲーム」や「モノポリー」といったボードゲームとおなじで、要するにサイコロで進む、すごろくです。
 参加した先生達は、子どもに返ったように遊び興じてくれました。制作に携わった者として、まず、楽しんでいただけたことにほっとしています。
 試してもらってわかった今後の課題は、最初にゲームをスタートするときに、お店の設計から始めるのですが、現実のコンビニを意識してゲームをつくりましたので、高校生かが行うゲームとしてはやや難易度の高いものを盛り込んでしまった感じで、スタートするまで先生達でも時間がかかってしまいました。事後の反省で、この部分は更に簡略化して出来るように改造するつもりです。・・・ちなみに、改造した後、実際に勤務校で高校生相手にやってみて、うまくいきました。・・・というわけで、ご協力ありがとうございました。また、次のゲームをつくっていきたいと思います。

(永谷分会)

解放教育分科会
「神奈川の部落史」と狭山再審請求

 今回の解放教育小委員会分科会は、翠嵐分会の烏山さんから「神奈川の部落史」の出版にあたってのお話と、狭山弁護団事務局の島谷さんから狭山第3次再審請求の状況、「光市事件」に対するメディアの取り上げ方についてのお話を話題とし、質疑と意見交換を行いました。
 烏山さんは20年前から「大礒助左衙門文書」の解読にかかわり、神奈川における部落の人たちの生活をあきらかにする努力を続けています。解放小委でも神奈川の部落を歩き、聞き取りを行ってきました。その中で時折出される「なんで私たちは差別されるようになったのですか。先生教えて下さい。」という質問に対する鳥山さんの答えがこの本の中で丁寧な検証を基に語られています。戦国時代には大切に扱われていた職人の位置付けが、江戸時代には技術の進歩によって変化したことや、長吏(被差別身分の人たち)の仕事はケガレを清めるという一般の人たちにはできないものだったこと、長吏が非人を支配する事に対して百姓たちがこころよく思っていなかったことなど、私たちが教科書で習ってきた被差別身分の人たちの生活とは随分と異なっていたことがわかりました。古文書の中でも長吏と百姓の争いごとはあったようですが、それが差別によるものだったかどうかの判断は難しいようです。差別意識が明確になったのは明治以降であり、四民平等になって逆に序列化が進んだと言います。
 石川さんの第三次再審請求がはじまりました。島谷さんからは、「より厳しい状況の中での闘いですが、石川さんの無実を勝ち取るために一人ひとりが運動をつくり支援の輪を広げていくことが大切」との言葉をもらいました。(補足ですが、10月31日は「狭山事件の再審を求める市民集会」が日比谷野外音楽堂で行われました。高教組からの参加は少なかったのですか、部落解放県共闘会議の仲間と共に良いデモができました。)
 最近「光市事件」についての報道が目立ちます。被害者の立場にたって加害者に厳罰を与えるべきというスタンスでの報道です。「冤罪」「裁判員制度」「刑事裁判の被害者参加制度」など、司法制度をめぐる状況は大きく変化しています。被害者の参加やメディアの取り上げ方によって、裁判での結果に大きな影響を与えてしまう可能性があります。当たり前のことですが、被害者の立場は第一に尊重されるべきですし、そのための対策は様々な視点から考えなくてはいけません。しかし、社会が成熟していくためにも事実を解明し、二度と悲劇が繰り返さないよう考えることも必要です。重いテーマですが考え続ける必要があります。
 「何故差別されたのか。いつから差別されたのか」「冤罪事件をなくすためにはどうすれば良いのか」「被害者の人権、加害者の人権をどのように考えていくのか」難しい問題が話題になりました。全体会の記念講演を行っていただいた池田先生にも参加していただき、活発な質疑と意見交換がで自ました。烏山さん、島谷さん、池田さんありがとうございました。

(茅ヶ崎分会)

平和教育分科会
戦死者とは「国家の被害者」なのだから

 32418人。うち、アメリカ人11508人、イギリス人9564人、オランダ人7091人と言えばお分かりになる方もおられるにかもしれない。日本が降伏した時の外国人捕虜の数である。ちなみに中国人はいない。日本側は中国とは宣戦布告しておらず、戦争を「事変」といい、国際法上の「捕虜」はいないという立場をとった」そして、「匪賊」として多くを処刑していた。
 台風の影響で急遽、フィールドワークは中止した。「戦争をする国作りと戦死者の顕彰を考える」をテーマに戦犯の慰霊碑がある久保山墓地、上大岡のかながわ平和祈念館を予定していたが残念である。
 案内役を務めていただく予定だった手塚尚さんに、久保山墓地の「A戦犯らの供養塔」「東條首相ら60名の忠魂碑」や墓地の歴史について解説していただいた。また、戦犯について詳しい説明を受けた。冒頭の捕虜の数は手塚さんの報告からである。手塚さんの調べによると、久保山墓地で火葬され忠魂碑に刻まれた60人のA級戦犯7人を除く軍の階級の内訳は、将官2人、左官7人、尉官18人、軍曹や上等兵など10人、通訳1人、そして軍族が15人である。彼らのほとんどが、捕虜の虐待の罪を問われている。軍人だけでなく、軍属の多さも注目すべきだが、捕虜の生体解剖者については一人の処刑者もいないと言うことだ。
 次に、もう一人の案内役である鈴木敏江さんから「かながわ平和祈念館」の概要のほか、ここができた経過について説明を受けた。1995年、全国にある平和関係の資料館の展示について「自虐的」であるという攻撃があり、戦争展示については日本の加害性を示させない流れが作られてきた。東京の「昭和館」も1999年にその流れの中で作られ、「かながわ平和祈念館」も「昭和館」のミニチュア版だ。しかも、運営は「日本遺族会」が行い、館内に日本遺族会の支部があるという。
 イラク戦争に派兵され帰還した自衛隊員の自殺者はすでに14人という。現在も自衛隊はイラク戦争に参戦しており、今後さらに米軍と一体となった戦闘も可能とされようとしている。自衛隊に戦死者が出るのは時間の問題だ。そのとき、国家は最大限に隊員の死を利用し、国民の憎悪を煽り次なる戦争へと邁進するだろう。「この犠牲を無駄にするな」と騙されてはいけない。戦争は殺人を国民に強要する国家的犯罪であり、戦死者とは「国家の被害者」なのだから。

(保土ヶ谷分会)

青年の心を考える分科会
3人の助言を迎え活発な意見交換

 台風にもめげず、一般参加者11人に加え、フリースクールNPO楠木の木学園代表、NPOアンガージュマン横須賀事務局長、県教育相談センター所属のカウンセラーの3人を助言者として迎え、活発な意見交換が行われた。
 冒頭に、私たちの会が隔年で実施している「定点観測アンケート」(隔年で今回は第4次)をもとに過去のデータと比較し、生徒の「心的状況」と、課題を抱えている生徒を「サポートする校内システム」という二本の柱で報告が行われた。それによると「不登校」は依然高率で存在している上に、新たな傾向として抑うつの増加と低年齢化、AD/HD、(高機能)自閉症等の発達障がいが目立ってきている。これに対して助言者より、発達障がいについては、環境を整える対応でサポートが可能である。すでに小・中では個別指導計画が定着しておりその情報が高等学校にも保護者から提供される時代である。その情報を的確に捉えて、高校においてもサポートして欲しい。また、不登校は依然として減ってはいない。様々な理由があろうが、加えて地域差が目立っている。現在の競争社会が続く限り減らないであろう。」との指摘がなされた。また、スクールカウンセラーは導入当初に比較してかなり定着している。生徒のみではなく保護者との相談が増えている。また、生徒をサポートする「校内システム」も充実しつつあるが、学校格差間がある、との報告がなされた。これに対して助言者より「スクールカウンセラーやコーディネーターの果たす役割は大きい。ただ、全ての生徒をカバーできない。サポートの必要な生徒に出会った機会を是非とも生かして欲しい。また、単位認定、進級等について学校としての柔軟な対応も必要である。」との助言がなされた。
 午後に行われた全体会における池田先生の講演と重ね合わせると極めて有意義な分科会であった。

(追浜分会)

日本語教育分科会
3分会のレポートの報告

 今回はのべ約十名の参加を得て、3本のレポートの報告が行われた。1本めは、平沼(通信)分会の小嶋による、〈通信制における「言語の教育」のとりたて指導〉で、これは「国語表現II」のレポートの課題に、日本語文法の基礎を盛り込み、あわせて文章の書き方を身につけさせようとするものである。2本めは、有馬分会の冨田による、〈経験に基づく小論文を書く指導〉で、これは「日本作文の会」の高校部会での実践レポートを参考にして実施した授業の報告だった。質疑のなかで、経験作文を〈焦点化〉していくための手続きのなかに、生徒自身の経験の社会的な文脈の中での位置づけのし直しや、自身の経験を補強したり、その経験の背景を取材したりするという作業をするための過程が必要なのではないかという意見が出され、今後の研究の方向が示された。3本めは、上鶴間分会の須田による「山月記」の授業で、従来のように主人公の孤独と絶望を強調するのをやめて、むしろその告白を聴いてやった側の友情により自己の運命を受け入れるに至った主人公の変化に光を当てて読もうとするものだった。本文の筆写など、あまり学習に熱心ではない生徒たちにも作品のおもしろさを理解させるための手続きを踏み、文の構造と語彙の意味を丁寧に確認していくやり方の有効性を確認して須田の報告は行われた。

(元石川分会)

後期中等教育問題分科会
生活指導の厳罰主義を分析

 今年度の討論の柱は、
 (1)後中教作成の「生活指導アンケート」に表れた厳罰主義を分析して
 (2)「日の丸・君が代」問題。特に「不起立者氏名報告」の神奈川県個人情報保護審査会答申を中心に
 (3)観点別評価、「撤回の運動」に向けての3点だった。
 (1)の生活指導の厳罰主義化では、「立ち番」「巡回」が76%の高校で実施されている実情、頭髪や服装指導で「帰宅指導」という登校した生徒を一度自宅に戻してルールを守った状態で登校させるという、生徒の学習権を侵す恐れのある指導実態が未だに幾つかの学校で存在していることがアンケート結果から明らかになった。また問題行動の謹慎指導が累積加算される学校が87%(異なる事項違反の累積加算は29%)あり、その際「誓約書」を書かせ自主退学に追い込む例なども報告され、もっと生徒の人権を守るためにも、教育法研究を組織的に行う必要があることなどが確認された。
 (2)の「日の丸・君が代」問題では、久しぶりに明るい話題に終始した。10月24日、神奈川県個人情報審査会の答申が出されたのである。「卒業式や入学式の国歌斉唱時に、起立しなかった教職員の名前の報告を県教育委員会が求めることは、原則取り扱い禁止とされている思想信条に該当する情報であると判断する」という答申であった。この分科会会場には異議申立人の内の数人が出席していて、今後の闘い方に対しても久しぶりに勇気が湧いてくる話し合いに終始した。
 (3)の「視点別評価」問題では、出席者の学校の実情を話してもらう形で進められたが、仕方なく形骸化に重きを置いているという学校がほとんどであった。やはりこの観点別評価方法は真剣に「撤回の運動」に取り組むべきだと思われる。学期末に長時間かけて生徒の成績評価を出す作業が、これほどまでに無意味で徒労と思われる評価方法など今後続けて行くべきではないと思われた。

(平商分会(定))

家庭科教育分科会
「産業社会と人間」と家庭科教育

 教研家庭科小委員会では、2004年度より、キャリア教育の視点と家庭科教育のねらいの対比を明らかにし、家庭科教育の意義をさらに深めていこうと議論を継続してきました。本次研究集会では、キャリア教育に関する検討をさらに深めることを目的として、大秦野高校の堀尾さんから「産業社会と人間」の実践報告がありました。「産業社会と人間」のねらいを明確に把握し、キャリア教育に家庭科教育の視点を持って関わっていくことが可能なのか、またキャリア教育に関わっていくならば、それを家庭科教育の発展にいかに繋げていくかをテーマに議論を行いました。
 また、家庭科小委で毎年実施している、各分会の家庭科教育に関するアンケートの結果や3日前に行われた対県課題別交渉の報告が行われました。アンケートの記述からは家庭科単位数減の傾向が目立ち始めています。そして各分会におけるそのやり取りの中で、管理職や会議での他教科教員の発言からは、教育現場における管理強化や教職員の分断といった問題点が浮き彫りになり、各分会で家庭科教員の孤立感が増している様子が伺われます。
 共学家庭科が実現して以来、私たちはこれまでにない大きな危機に直面していると認識しています。この状況の打開策を模索する中で、中教審の意見に現れた「キャリア教育と家庭科の関連性」に関する記述は注視すべきものとも考えます。学習指導要領改訂の勤向を見据えつつ、常に先手を打つ形で対応すべく今後の検討を進めていくことを確認しました。

(瀬谷分会)

健康教育分科会
「保健室」をとりまく課題

 健康教育分科会では「なぜ、なに保健室〜保健室の今と昔〜」というテーマで教研集会を行いました。今回は、これまで養護専門委員会が取り組んできた「複数配置」「集団献血の廃止」「衛生管理者」の3つについての活動を振り返り、要求の背景や実際の取り組みを知り、私たちの今後の活動に活かそうという主旨で企画しました。というのも、その時期に直接関わっていなかった方や、採用されて間もない方の中には、そのような取り組みが起こった根拠や課程について詳しく知らない、また知る機会がないという現状があったからです。今回は、これら3つの課題に中心となって取り組んでこられた養護教諭3名の方々から勉強させていただきました。
 話の中には今まで知らなかった事が多く、先輩方が長い年月と努力と情熱をかけてきた取り組みに、参加者は真剣に耳を傾けていました。質疑・応答ではたくさんの意見が飛びかい、”なぜ学校での献血が行われなくなったのかを知ることができてよかった””先輩たちの行ってきた活動を守っていきたい”など、企画の主旨が十分伝わったと感じることのできる意見が出ました。今後も、先輩養護教諭の取り組みを引継ぎ、常に疑問を持って職務に取り組むことの大切さを感じることのできた教研集会となりました。

(大井分会)

高総検分科会
「観点別評価」の拙速な導入への怒り噴出

 「観点別評価を評価する」と題して、高総検委員が以下の2つの問題提起を行い、その後、フリートーキング形式で討論を行った。
 (1)今年度、「授業改善のための実践研究」の研究指定校となり、そのテーマの1つとして「観点別評価の評価方法」の研究を行っている。あわせて学力向上推進事業の実践研究校として「観点別評価・授業評価に基づく授業改善」にも取り組んでいる。
 学校評価もあわせて、今回の研究のキーワードは「改善」だと認識している。この「改善」という視点から考えると、観点別評価のアセスメント的側面とジャッジメント的側面の未整理が大きな課題になると考えられる。
 (2)論点格理として…今回の観点別評価は、行政主導で強引に導入されたという側面がある。一方で組合運動の中にも、知識偏重への対抗軸としての「評価(観点別?)」があったはずで、それをいったん分けて論議する中で、見えてくるものがあるのではないだろうか。

(フリートーキングから)

  • シラバスの次には「指導と評価の計画」を作らされ、観点別評価の生徒への公表はほとんどの分会で実施されている。本来あるべき「評価の意味を考える」等が完全に抜け落ちていて、日常的な作業として行われているようで、非常に歯がゆい。
  • コンピュータ入力のシステム等が出来上がると、何となく疑問も持たずに実施してしまう傾向が強くないだろうか。
  • 評価と評定がいつの間にか結びつけられて、それが数字化・序列化して示される。このことへの疑問なり問題提起なりをもっとすべきではないか。
  • 観点別評価が授業を改善する方法として論議され、その研究もされているようだか、数字化の問題点に対する意識が希薄する。
  • 県の教育内容への介入という視点で追求すべき、この制度の導入が何をもたらしているのかを、県にきちんと検証させる取り組みをすべさだ。
  • 学習指導要領でも明確化されていない高校での観点別評価を、神奈川県が先走って実施したことも、周知させ、指摘すべきではないか。
  • 「内心の評価」・「4観点の関連性」・「教育実践の無視」・「多忙化」等の多くの問題点があり、徹底的な論議が本来必要だ。だか、多くの分会で生徒公表も含めて実施されている現状を考えると、「細かな観点化を行わない。」とか「少なくとも、興味・関心・態度を序列化しない。」といった工夫がか必要ではないだろうか。
  • 総合教育センターの示した「授業実践事例集」には、内容のまとまりごとに総括した観点別評価と定期考査の結果をあわせて、学期ごとに評価を算定する。」とあり、観点別評価(生徒に公表した)と評定とに必ずしも相関がなくても支障はないのではないか。
  • 観点別評価とは、授業毎に「よくできたね。」といった言葉をかける等のかたちで行われるもので、それが本当の授業改善につながると思う。

全休を通じて、今の行われている「観点別評価」が、授業改善に結びつくという意見は皆無であり、拙速な導入への怒りや疑問、「評価の意味の問い直し」といった意見が噴出した。

(新城分会)

在日外国人教育分科会
生徒の国籍や在留資格と海外修学旅行

 「在籍調査の集計結果と分析」については「教研ニュースNo123」をごらん下さい。簡潔にまとめられています。
 「海外修学旅行と指紋採取義務化の背景」については、高橋徹さん(総合産業)から、ていねいな説明があった。現実にこれから海外修学旅行にでかける方も参加されていて、議論はおおいに盛りあがった。
 学校の特色を出そうということで、海外修学旅行も増加傾向にあるが、生徒の国籍や在留資格も、しっかり把握できていない現状では、あまりに課題が大きいという感想を持った。
 最後に、「在留資格のない生徒と出会って」というテーマで笹尾祐一さん(鶴見総合)から実践報告をいただいた。
 非常にきびしい生活を続けながら、日本で学び続けることを願っていた高校生。そのささやかな夢さえ無情にうち砕いてしまう日本社会に、激しい憤りを感じた。入管での生々しい体験談も、深く心に残るものであった。

(旭分会)

図書館教育分科会
「ケータイ小説」をテーマにディベート

 今回は「ケータイ小説」をテーマに取り上げた。いまや女子高生のマストアイテムとも呼べるほどの大人気であり、書籍の形での出版も次々にベストセラーを出している。学校図書館にも「ケータイ小説ない?」とやってくる生徒も多い。その一方で、内容が過激だ、表現がうすっぺらいといったマイナス評価も聞く。そこで、ディベートという形式を取り、「ケータイ小説は小説として評価できるのか、できないのか」を検証してみることにした。
 参加者は教員4名、司書8名。その場で見た資料と自分自身の持つイメージだけで討論というのはかなり難しかったが、とにかく30分ほどの話し合いのあと、立論・反対尋問・反駁及び結論を発表した。肯定派・否定派ともつっこみどころが山盛りのうえ、立脚点がずれているなどディベートの体をなしていなかった感があり、どちらの方が説得力のある発表だったか、のジャッジは仲良く引き分けとなった。しかし、話をするなかでいろいろな収穫もあった。携帯で読んだけど本を借りてもう一度読むという生徒がいることに対し、「同じ作品を繰り返し読もうとさせる力があることに驚いた」。ケータイ小説はまだ成熟していないジャンルなので「内容も広がりもこれから、の文化なのではないか」等々。参加者はそれぞれの学校で検証を続けることになりそうだ。

(津久井分会)

女性解放教育分科会
労働者の権利を伝える必要性

 高校生のアルバイト実態と卒業生の就労実態というテーマで、アンケート結果と卒業生からの聞き取り調査の結果の報告から始まった。アルバイトにしても就労状況にしても、きびしい労働実態が参加者からも報告された。同時に現在、各校で進められているキャリア教育の問題点も報告されたが、有効な実践報告もあった。今後、生徒に対して「労働者の権利」や「働く職場の実態」を伝えていく必要性を全員で確認した。

(住友分会)