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高校神奈川 No.551

2008年3月24日

神高教08春闘要求書を提出!

■神高教は2月9日の第15回分会代表者会議までの議論をふまえ、2月22日、県教育委員会に対し、神高教春闘要求書を提出しました。
 また、同日、連合神奈川は春闘総決起集会を関内ホールで開催し、08春闘が本格的にスタートしました。
 経団連会長や福田首相までもが賃上げの必要性を口にする中ではあるものの、アメリカのサブプライムローン問題などの影響もあり、厳しい情勢が続いています。


竹田委員長から古谷教育局長に要求書を提出(2月22日)


日教組 第57次教育研究集会報告特集

 2月2日から東京で開催された日教組第57次教育研究集会は、全体会が、新高輪グランドプリンスホテルの会場使用拒否により、教研集会史上はじめて開催できないという異常事態で幕を開けました。この間の経緯や日教組としての対応については分会代表者会議等でお知らせしています。また、神高教としても2月23日の第16回代表者会議で抗議決議を揚げ、神教組とともに、県内の系列施設にも抗議をおこなっています。
 分科会は予定通り開催され、神高教からもレポート参加、一般参加を含めて約50人が参加しました。なお、今回掲載できなかった分科会報告は次号に掲載します。                                

 

環境・公害と食教育分科会
 2007年7月16日、新潟中越沖地震により柏崎刈羽原発7基がさまざまな事故を起こし、地震列島に本当に原発は大丈夫なのか、との衝撃が走ったことが反映したのか、原発関連のレポートが多かったことが、今年の大きな特徴である。全国教研参加者に配布した『かながわ平和通信』の最新号の特集も「原発炎上」であり、タイムリーで好評であった。
 突出していたのが岩手教組のレポートである。なんと六ヶ所村再処理工場反対の署名活動まで行っている。
 レポーターが転勤して行ったときには環境教育はほとんどなされていなかった宮古市の中学校で、少しずつ仲間を増やし、「総合学習」の時間や修学旅行の取り組みなどで展開していった。4年目を迎え、「総合」のテーマは宮古市。子供たちは宮古市に住んでいてもほとんどが海の体験をしたことのない状況であった。海を考える内容を練って、ダイナミック海体験2日間 @重茂漁協で植樹や合成洗剤追放運動など、海を守るために行っている活動の説明を受け、わかめの芯取り作業やあわびの種苗生産施設での作業体験、Aリアスハーバー宮古でNPOのいわてマリンフィールドの指導でヨットやシーカヤックの体験を楽しむ。
 こうした活動の実績の上に、六ヶ所村核燃料再処理工場の問題がつながった。重茂漁協が再処理に反対する署名活動をしていたことを知り、「三陸の海が放射能で汚染されてしまう危険にさらされている。体験学習でお世話になった漁協が署名活動を展開している」ことを紹介し「協力してみないか」と生徒に呼びかけた。運営委員会、職員会議を経て、堂々と学年として署名活動に取り組めた。2・3年生への呼びかけは文化祭の頃の総合学習の発表会を利用。2・3年生のみならず、参観に来ていた保護者の協力も訴えることができた。
 レポーターは、「総合の時間」の負担感も聞こえてくる、自分もどんなに大変だったかとも考えるが、これからも「楽しんでしまおう」と言い切っている。
 さて、文字通り授業を「楽しんでしまおう」というのが、神奈川高教組の根岸レポート『自作ゲーム「エコトラベルゲーム」を用いた授業』である。ワークショップをやって、実際にゲームを体験してみないと本当のところ、よさが見えてこないので、全国教研の今のようなレポート発表のシステムでは、うまくかみ合わず、質問もまったくなかった。中味には自信があるのだが、残念!


「国際連帯の教育」分科会
<痛み>を感じられる「多文化共生教育」に                   
 例の中国産の餃子による中毒事件以降、全国各地で中国出身の子どもたちがいじめられている。北朝鮮で何かあるたびに、在日コリアンの子どもたちが被害を受けていたのと全く同じ構図である。いまや文部科学省でさえ「多文化共生教育」を言うような時代になってきたが、「多文化共生教育」が本物であるかどうかが試されている。たとえ餃子事件の原因が中国の企業であっても、在日中国人の子どもたちへのいじめに加担したり、傍観者にならない日本人の子どもたちが育っているのかどうか。
 第15分科会「国際連帯の教育」は、@足下からの国際化をどうすすめるか Aゆたかな世界認識と地球規模でものを考える教育をどう創造するか という2つが討議の柱になっている。この分科会ができた15年前から感じていたが、@とAの柱がなかなかかみ合わない。@はいわゆる「在日外国人教育」の取り組みであり、Aは「国際理解教育」や「多文化共生教育」と呼ばれる取り組みである。
 特に後者は、「『国際化』は『国粋化』に直結しており、常に批判的に捉え続けなければ権力側に絡めとられてしまう構造を持っている」「日本人の子どもたちが結果的に他の国の人びとを利用したり、消費していることにつながっていないかが常に問われ、自分たちの社会の構造変革が迫られる歴史的視座なしにこの学びが成立しないことを確認したい」という共同研究者からのよびかけにもかかわらず、残念ながら今年もいくつかのレポートにそのような傾向が見られた。
 「みんな違ってみんないい」という口当たりのいい「多文化共生教育」ではだめなのではないか。「みんな違う」のは当然のことで、それを認め合うだけでは足りないのではないか。さまざまな国の文化を尊重するだけでは、この社会にある支配ー被支配、差別ー被差別構造を壊せないのではないか。何より外国につながる子どもたちがそれで元気になっているのだろうか。
 目の前にいる外国につながる子どもたちを見ようとせず、留学生を呼んで行う3F(フード、ファッション、フェスティバル)中心の「国際理解教育」が取り組まれてきた。「国際理解教育」を「多文化共生教育」と言い換えても中身が変わらなければ同じ事である。韓流ブームで韓国のスターやドラマの事は詳しくなったが、北朝鮮バッシングで偏った北朝鮮情報には詳しくなったが、なぜ韓国・朝鮮人が日本に住んでいるのかを知らない日本人が増えている。そのような「多文化共生教育」になっていないかが常に問われている。
 また同時に、「在日外国人教育」は、外国人の子どものための教育ではなく、マジョリティの日本人の子どもたちがいかに変わるかにポイントがあることも忘れてはならない。  共同研究者の榎井縁さんが、「痛みを伴わない多文化共生教育が流行している」と発言されていたが、何のための「多文化共生教育」なのか、自らに問う必要がある。外国につながる子どもたちがエンパワメントし、同時に日本の子どもたちが自ら立っている社会の構造に気づき、両者が真につながり会えるような関係をどうすれば作れるのかを考えられるような多文化共生教育をめざしたい。

弁証法的に高め会う場所として
 「国際連帯の教育」分科会では、わが「開発小委員会」の田中さ んが、発表をおこなった。とてもすばらしい実践だったのだ が、1年間の長期にわたる授業の紹介だったので10分で 話すのは無理があったかもしれない。お疲れさまでした。 この分科会では、民族的マイノリティの学習権をいかに保障して いくか、というようなドメスティックな課題課題と、ゆたかな世界 認識・歴史認識をどう作り上げていくか、というようなグローバル な課題の両者が併存してきている。ドメスティック論者は、グロー バルな流れのなかで自らの方法・課題を再構築しなくてはならない (もはや、1、2年先には、日本の外国人で一番人口の 多いのは、韓国・朝鮮人ではなくなるだろう)のだが、関西の動き などをみても、必ずしもそれが達成はされていない。教材論も少ない。 また、グローバル論者は、ドメスティック論者が持つ虐げられた もの、権利を奪われしものへの熱き共感を共有すべきなのだが、 往々にして、国家の提唱する「グローバル化」を無批判に受け入れ てしまう。生徒像が見えないきらいもある。 両者が弁証法的に高め合っていける場所が、この「国際連帯の教育」分科会であるはずなのだが、1年のうち2〜3日だけの会合で、初参加も多いというなかでは、儀礼的な発表が続いてしまうのはしかたがないのかもしれない。継続的・発展的な議論ができる枠組み作りを期待したい。


地域における教育改革とPTA分科会
学校現業の制度を守る必要がある
 全国教研は、一般の組合員が全国の仲間と情報交換し意見交流できる数少ない機会です。期待に違わず貴重な時間を過ごすことが出来ました。
 「民主的職場づくり」分科会で、神高教からは大津分会の渋谷さんが「現業のセンター化問題」を中心にレポートしました。外部委託・センター化攻撃は、全国に共通する問題です。いま、行革の嵐のなかで、全ての少数職種さらに教員にまでも外部委託化などの攻撃がかけられようとしています。それは私学で先取りされています。ワーキングプアも生み出します。現業職を外部委託しようとする攻撃は総務省の方針であり、こちら側も総力をあげて全国連帯でたたかう必要があると思いました。生首を切られなければいいといった問題ではありません。学校現業の制度を守っていく必要があるとあらためて思いました。
 教員の多忙化・過労死・労災死、東京の新採用のパワハラによる自死、非民主的学校運営、北教組の学テ反対のとりくみ、大阪の夜間中学、若い人の仲間づくり、共感したり、驚いたり、でも全国で皆同じような問題を抱え苦労し、頑張っていることが分かったのが大きな収穫でした。
 私は神奈川の総括教諭・企画会議導入に伴う職場の現状と職場民主化の課題について話してきました。日教組が賃金改善のために「新たな職」導入をすすめようとしていることへの全国の仲間への警鐘になったのではないかと思います。
 教研の全体会の中止問題も分科会で論議になりました。プリンスホテルの対応は許せない、ひどいものです。背景に黒い政治的圧力があったことは想像に難くありません。でも日教組本部もまた一日で2300万円(契約はその半額)の会場をなぜ借りようとしたのか、財界や連合がこの会場を使っていて方向違いのステイタスを手にしたかったのではないか、日教組の「転換」と関係がないのか。組合費はかつてのように全国連帯のたたかいに使うべきです。
 
マイノリティの職の存亡が
 3年前、分科会の司会を要請され、この分科会の討議の柱である「民主的な学校作り」を運動の方針として掲げている現業組合執行部として断るわけにもいかず、現業職として全国教研で初めての司会を引き受けることとなりました。
 今、全国的に吹き荒れている現業職に対する賃下げと職転による民間委託化攻撃はすさまじい勢いで、つい最近も北海道で民間委託化が決まってしまいました。神奈川においてもご存じの通り退職不補充とセンター化攻撃がかけられましたが、神高教一体となったたたかいの結果、臨任補充と近隣校での共同実施という形での決着をはかることができました。
 今、政府・文科省の考えは極端に言えば学校は教員だけいればよい、他は全て民間委託でできると大きな勘違いをしています。分科会の討議では学校は教員だけではなく養教・実教・事務・司書・現業等(もちろんそれぞれの臨任・非常勤も含む)が学校現場に配置され、日々協力協働しあいながら運営されることが本来の姿であることが改めて意思統一されました。そして、学校における少数職種(マイノリティー)の職の存亡が、「今そこにある危機」ととらえ全国の小・中・高校における課題として共有することができたと思います。
 来年以降も何らかの形で全国教研に関わり合い、更なる共通理解を深めていきたいと思います。


自治的諸活動と生活指導分科会 
対人援助職にはカバーする人が必要
 各レポートの共通項は「生徒自身が持つ、内に秘めた力を信じる」ことと感じました。それを土台にして、教師が生徒とともに奮闘した様子が伝わってきました。共感を覚え、うなずいている人、今後の活動に有効な情報を得ようと聞き入っている人、休憩時間をも使い、直接質問をする人・・・・・。会場内はエネルギーで満ちていました。
 いじめは人権侵害である。これを再度確認し、人権のレベルでとらえ直し、自治的活動へと展開させていく。いじめは最大値0であるが、人権はプラス無限大である。人権意識には、いろいろな可能性があり、そして発展していく。教師はその種をまくことが大切である。子どもは自分自身に権利があることを知らない。意識すらしていない。権利の意識を持てば子どもは変わる。権利は子どもをやさしくする。横のつながりが豊かになり、荒れは縮小へとむかう。このように子どもの権利条約・権利保障の観点から、教育活動を見なおすことが次年度のテーマとなった。
 最後に、次の発言を紹介しておわりにします。「対人援助職はバーンアウトしやすい。おおくの仲間が追いつめられ、最悪の事態も起きている。教師・看護師などの職種には、その人を支える・カバーする人が必要である。」

「見る側」「見られる側」の相互理解
 本分科会の柱は二つありました。「不登校・いじめを考える」と「子どもの自治力をどう高めていくか」です。初日の全体討議では共同研究者から、「いじめ」は重大な人権侵害であるということを子どもたち一人ひとりに懇切に教えていくことが今こそ必要である、という提言がありました。
 実践報告の中では、集団の持つ力がいかに生徒個々人によい影響を与えるものであるか、という観点からの取り組みが印象に残りました。生徒が生徒を育てるという相互作用によりプラスの連鎖を創る工夫をしたり、自分の生活を言葉にすることでお互いの気持ちがわかりクラスの風通しがよくなったなど。また、養護学校からは「ぼくは障害者ですか?」という問いかけに思わず答えに窮してしまったという報告がありました。「見る側」と「見られる側」との相互理解という点から、自分たちがやっていることをもう一度捉え直す必要性を感じたというものです。
 討議の中で、「いじめ」の解決にあたる教師の健康管理の問題も見逃せません。担任が最初に責められて、保護者との関係が険悪になる場合は非常に危険です。チームで対応するようなシステムを上手に作ったり、ストレスを抱えている担任をサポートすることで危険を回避する工夫がぜひとも必要であると感じました。


両性の自立と平等をめざす教育分科会
 労働をどう教えるか、これはこの分科会の古くて新しいテーマである。
 差別的雇用形態が広がり格差社会が進みニートが社会現象として問題視されてから、教育現場ではキャリア教育が上からの要請でどんどんはいってくるようになった。ニートは経済政策として作られたものであり、その解決はしっかりした雇用政策以外の何物でも無のだが。そうした状況を意識した発言が今回の分科会では目立った。私も高校生のアルバイト実態と卒業生の就労実態報告をもってこの分科会に参加した。
 気になったのは、労働の形態にパート、アルバイト、派遣、契約社員、正社員などいろいろ違いがあると教えたというある県の報告である。確かに多様な生き方を認める社会では多様な労働形態があるほうが望ましい。しかし、現状はそんな生易しいものではない。賃金差別から始まって諸々の差別を受ける。共同研究者の古田さんは労働者派遣法を当たり前のように教えて欲しくない、差別を刷り込むのはやめてほしい、同じ労働者として同じ権利をもつべきだという階級的視点をもって教えてほしいと言う。
 気がついたら、報告者のなかでかなり発言回数の多い存在になっていた。性別制服、デートDV 、名簿・・・私が発言しなければ素通りされてしまうテーマがいくつもあった。神奈川から発信し全国の仲間に続いてもらうためには慣れない発言を重ねていくしかない。そんな思いだった。私にとって最後の全国教研であったが、十分メッセージを送ることができたと思う。前回の私の報告から1年、性別制服については福島、東京、神奈川中等しっかり運動を展開してくれている。うれしい限りだった。
 女性解放教育小委員会ができて約20年、この全国教研や両性研を通じて、私たちはさまざまなメッセージを全国発信してきた。性別で分けない名簿(混合名簿)のように今では当たり前のようになったテーマや性別制服のように現在全国で改善がすすんでいるテーマもある。女子マネージャーやデートDVのようにまだまだその深刻さが理解されなかったり解決されてないものもある。
 共にやってきた委員会の二人の仲間は本部執行委員として今後も活躍が期待され、私は一応退職する。残ったテーマは気になるが、ジェンダーフリー社会をめざすたたかいはこれからも神高教の若い仲間でつないでいって欲しいと思う。


家庭科教育分科会
 高校については大秦野分会・堀尾さんからのレポートを含め、4本のレポート参加がありました。神奈川高からのレポートは『キャリア教育をどう捉えていくか』という視点でこれからの家庭科教育の活路を拓くことを狙ったレポートであり、「家庭科教育の発展に向けて」という討議の柱の提案レポートに位置付けられたことは、まさに意図したところでした。また、他の高校のレポートのテーマには「家庭科教育の現状」と題するものが2本あり、家庭科男女共修が始まり14年、さらに必履修2単位科目の「家庭基礎」が出現してからのこの数年の家庭科教育を取り巻く状況の変化について、早急にアクションを起こさなければならないとの認識が他県の状況の中にもあるという共通項が見出されました。
 小・中学校からの参加者の発言の中には家庭科専任教員数の減少についても目立ちましたが、大変熱心な実践報告が多く、困難な状況の中でこそ、その状況の打開につながればと、個々に懸命に日々の教育に取り組んでいる姿を感じました。
 今回の研究成果を、またこれからの教研活動に活かしていきたいと思いを新たにしました。


平和教育分科会
 この国には憲法で保障された集会の自由はもはやない。1951年日教組の全国教研集会が始まって以来の事態だが、世間の関心は薄い。教研集会の全大会がグランドプリンスホテル新高輪の一方的な契約解除で開催中止となった。東京地裁、東京高裁の命令も無視してである。「右翼の街宣活動によって、他の客や周辺の地域に迷惑がかかる。」というのがホテル側の理由で、ホームページでは事実を歪曲した宣伝をしている。批判されるべきは何十台もの大音響で街宣車を走らせる右翼であり日教組ではない。
 平和分科会では冒頭、全体会中止について日教組本部からの簡単な経過と今後の対応が報告されたが、レポーターからも説明が不十分や傍聴者からも発言を求める声があり、異例の意見交換が行われた。その中には日教組の民間ホテルを会場にするという計画そのものの甘さを指摘するもの他、「東京から日本を変える」といったある種勢力の影があるのではという、ありそうな指摘もなされた。
 今回右翼団体は「運動の成果」と自賛している。全国から動員された右翼の凱旋行動は市民に恐怖心を与え、半ば暴力的と言っていい。ホテル側はこの「暴力」を是認したのだ。ことは日教組だけの問題ではもはやない。今後、右翼の凱旋行動を理由に全国的に集会が拒否される動きが一挙に高まるだろう。さらに深刻なのは裁判所の決定を平気で無視できるという前例ができたことである。暴力や恐怖心がはびこる社会は決して居心地がいいものではないし、この国には法はないかのようである。外国の「無法国家」は盛んに報道するのに、国内の無法状態には沈黙のマスコミには期待できない。 
 9条が無視され自衛隊が派兵され、今度は言論表現の自由も無視されようとしている。憲法は守ってくれない。憲法は守るものではない。憲法は運動によって勝ち取るものだということを再認識すべきだ。
  

抗議決議

 日教組は2月2日から4にかけて開催を予定していた第57次教育研究全国集会の中止を余儀なくされた。1951年から56回途絶えることなく続けてきたものが中止されるという異例の事態である。これは、会場使用契約を締結していたグランドプリンスホテル新高輪(株式会社プリンスホテル)が会場使用を拒否したことによるもので、許すことはできない。

 そして日教組は、プリンスホテルに契約解除撤回を求めたが、聞き入れられないため、やむを得ず東京地裁に「仮処分申立」を行った。その結果、O7年12月26日、08年1月16日に出された東京地裁の「日教組に会場使用させなければならない」との裁定に加え、1月30日には、東京高裁が、日教組の会場使用を認めプリンスホテルの抗告を棄却し、日教組の主張が全面的に認められた。

 プリンスホテルは、こうした三度にわたる司法判断を公然と無視するばかりか、2月1と5日の二度にわたって自らの不法行為を正当化する「説明」をホームページ上に明らかにしている。このホテルの行為は法の支配と司法の意義をゆるがしかねない行為であり、強く批判されなければならない。また、同ホテルは、組合員の宿泊予約も解除しており、旅館業法に違反していることも明らかとなっている。

 教研集会は、年に1回、全国の組合員が自らの教育活動の研究成果を発表する場であり、その全体集会は、今日的な教育探題を共有化するとともに、教育研究の目標を明らかにすることを目的としてきた。現場の視点から学校教育のあり方を研究することは、学校教育を支える日教組運動の大きな柱であり、これらの教研集会は、教育研究の機会として社会的にも幅広く認知され、国内外から高い評価を受けている。

 私たち神高教は、法令順守が各企業・団体にきびしく求められている今、プリンスホテルの不法行為を断じて容認することはできない。断固抗識する。
2008年2月23日
神奈川県高等学校教職員組合

■シリーズ「共生への道」L
「食文化」の授業で知った難民の現実


■日教組定時制・通信制教育集会報告


■全国人権・同和教育研究大会報告