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高校神奈川 No.556

2008年7月15日

教育・職場における格差を是正し、ゆたかな高校教育を子どもたちに!
−神高教第68回定期大会−

7月4日、5日の両日保土ヶ谷公会堂において神高教第68回定期大会が開催された。定期大会では08年度の運動方針、予算等が審議され、本部受け入れ、可決修正案を含む原案が圧倒的多数の賛成により可決された。また大会では、横須賀への原子力空母ジョージワシントン配備に関わって「原子力空母の横須賀母港化に反対し、基地のない、平和な神奈川をめざす特別決議」が提案され満場一致で可決された。

 大会には2日間で、各分会から延べ699人(1日目324人、2日目375人。定数は各447名)が出席、議長に市が尾分会宗田代議員、新磯分会山崎代議員、綾瀬西分会浜田代議員を、議事運営委員に藤沢工科分会武田代議員他6名を選出、園部執行委員長の挨拶(2面に全文掲載)、日教組木下高校大学局長をはじめ来賓の挨拶を受けて討議に入った。
運動方針に関わる質疑・討論では延べ61人が討議にたち、82本の修正案が提出され、「募集計画問題」「多忙化問題」「民主的学校づくり問題」「教職員賃金問題」など現在神奈川の高校現場と教職員がかかえる様々な課題が浮き彫りにされ、その後議案は採決に付され本部修正受け入れ2カ所、修正案可決3カ所(修正箇所については2面に一覧)を含め原案が賛成多数により修正可決された。(特別決議、大会宣言については下に)

大会宣言

 私たち神奈川県高等学校教職員組合は、本日、第68回定期大会を開催し、この1年のたたかいを総括するとともに、2008年度の運動方針を決定しました。
小泉政権以降構造改革の名の下に進められた規制緩和は、経済至上主義、過度な競争原理を生み出しました。その結果経済格差が顕著となり、さらに教育格差が生み出され、格差と貧困の固定化が進んでいます。このような中で、全日制への進路が得られない中学卒業生が増加しており、公立全日制高校の定員枠の拡大は、子どもたちの進路希望実現に欠くことのできない課題となっています。この運動を広く県民に訴え、県民運動をつくりあげていくことが重要です。私たちは全日制高等学校の募集定員確保に全力を尽くすとともに、全定通すべての学校での教職員定数・施設整備の改善など教育条件整備にとりくみます。
 教育基本法に続いて教育三法が改悪されました。免許更新制は、服務、内容、費用など多くの課題を残したまま09年度導入がはかられようとしています。また、小中学校の学習指導要領は、道徳教育の強化、愛国心の強調などが盛り込まれたかたちで、11年度から実施されようとしています。私たちは、国による教育統制や教職員の分断と管理強化に反対し、力強く運動を進めていかなければなりません。
 08年6月より勤務成績が勤勉手当に反映されました。また、09年1月からは昇給に反映されるしくみが導入されることとなっています。私たちはこのしくみが、職場を分断することのないよう交渉をすすめてきました。ひきつづき、制度の実施状況を検証するなどのとりくみをすすめていきます。
 新たな学校運営組織も3年目をむかえ、企画会議・総括教諭の位置づけや役割が、導入時に確認したものと異なっているケースが指摘されています。企画会議の廃止を求めつつ、導入時の確認に基づき、職場状況の是正にむけたとりくみを分会、本部一体となってすすめ、全教職員の共通理解のもと、民主的な学校運営を追求していきます。
 私たちは、この間ワーク・ライフ・バランスが質の高い教育を実現するという視点から、教職員の多忙化の解消に向けて交渉をすすめてきました。引き続き職場実態の検証をすすめながら、具体的数値目標をともなう行動計画などの作成を求めてとりくみます。
 日教組の全国教研会場使用拒否、DVをテーマにした講演会や映画「靖国」の上映にたいする妨害など、言論・表現の自由が脅かされています。「改憲手続法」成立により、2年後には改憲発議が可能となる状況のなか、私たちは「立憲主義」「基本的人権の尊重」「国民主権」「平和主義」といった憲法理念の実現に向け、運動を広め、強化していく必要があります。
 神奈川の豊かな高校教育を創りだし、生徒が希望を持って生きていける平和・人権・共生の社会の実現をめざし、今定期大会で決定した方針に基づき、全力でとりくむことを宣言します。
2008年7月5日

神奈川県高等学校教職員組合
第68回定期大会

原子力空母の横須賀母港化に反対し、
基地のない、平和な神奈川をめざす特別決議

 この夏、横須賀を母港として原子力空母が配備されようとしています。

 1973年の空母ミッドウェーの横須賀母港化以来、米軍の空母は横須賀を母港として35年居座り続けています。この空母の艦載機が引き起こす爆音が厚木基地周辺住民の生活を脅かし、厚木の爆音訴訟は、現在、第四次訴訟にまでなっています。しかし、「静かな空を返せ」という思いはまだ実現していません。

 米軍基地のあるところでは米軍人軍属による犯罪が続いています。横須賀でも、空母キティーホーク乗組員による女性強盗殺人事件や汐入路上でのタクシー運転手殺害事件など、米軍人による犯罪が続いています。犯人の引き渡し問題など、日米地位協定に関わる問題が指摘されています。空母が交代しひきつづき母港として居続ければ、その危険性は今後も続くことになります。

 しかも、今回配備されるジョージワシントンは原子力空母であり、原子力災害の危険性も高まります。空母ジョージワシントンの原子炉は日本の中規模の原子力発電所にあたり、日本の基準では原子炉を作ることができない場所である横須賀にそれが出現することになります。
 5月22日、原子力空母ジョージワシントンは太平洋上で火災事故を起こし、負傷者が出ました。高濃縮のウランがある原子炉、航空燃料、弾薬などがある原子力空母での火災は、一歩間違えば大惨事となることはいうまでもありません。万が一の原子力災害では原子力空母から8qの範囲では、急性放射線障害で全員が死亡する基準を超え、165qに及ぶエリアでの深刻な放射能汚染も予測されています。

 私たちは、基地のない、平和な神奈川を次の世代に手渡すため、原子力空母の母港化に反対し、最後までたたかいぬきます。
以上決議する。

2008年7月5日
神奈川県高等学校教職員組合第68回定期大会


原子力空母母港化反対で7・19に1万人集会
 横須賀ヴェルニー公園に結集しよう!

「フォーラム平和・人権・環境」(略称平和フォーラム、日教組・自治労・全水道などで構成)を中心に、7月19日、横須賀ヴェルニー公園において「原子力空母の横須賀母港化を許さない全国集会」が開催される。神高教は日教組、神奈川平和運動センターの要請を受け、この集会の成功に向けて全力を尽くすこととし、全県の分会に対して合計約500人の参加要請を行っており、全国第2の基地県神奈川の教職員組合として奮闘が要請される。
 
 今集会は2005年11月現在横須賀を母港とする米第7艦隊のキティ−・ホークが原子力空母ジョージ・ワシントンに交代することが発表されて以来、最大の1万人規模の集会となる。横須賀でこの規模の集会が実施されるのも85年の反トマホーク集会以来23年ぶり。
 当日は他都道府県からも5000人以上が結集、原子力空母の米国外初の母港化反対をアピールする。神高教も今年の平和運動の最大のとりくみと位置づけ全分会から合計500人の参加体制を確立し、県内外の労働組合、民主団体とともに集会の成功に全力をあげることとしている。
 原子力空母ジョージワシントンは5月22日、太平洋上で火災事故を起こし、負傷者が出した。しかし、米軍から横須賀市にこの事故は約2日も後になって通報されたものの、その事故原因や被害状況、原子炉の状況や事故との関係、安全性といった点についてはあきらかにされていない  
 この事故の影響で、6月上旬に予定されていた、現在横須賀を母港としている通常型空母キティーホークとの交代式もおこなわれておらず、6月〜7月にかけておこなわれるリムパック(環太平洋合同軍事演習)にも火災での損傷を修理するために参加しないと報道されている。
 原子力空母の横須賀への母港化を食い止めるために7月19日はみんなでヴェルニー公園に集ろう。


「観光でない沖縄」を実感
 第2回うちなツアーを実施
記憶の継承、平和を求めるたたかいの継承を考える

 神高教は青年委員会の主催により6月14日、15日、第2回うちなツアーを実施した。県立高校では毎年約半数の県立高校が沖縄修学旅行を実施しており、そうした現状を踏まえ、採用三年目までの組合員を対象に一泊二日の強行軍ながら参加費1万円の沖縄ツアーを企画、今年は12人が参加した。現地では戦跡めぐり基地の現状視察、現地沖縄高教組との交流など盛りだくさんの企画ではあったが、「観光でない沖縄」を実感する旅となった。
 一行は6月14日朝、羽田を出発。初日はひめゆり平和祈念資料館〜轟壕〜平和の礎などを見学、翌日は海上基地建設をめぐる緊張が続く名護市辺野古を訪問した。現地での案内は昨年に引き続き、虹の会(学生を中心とした平和ガイドのグループ)の北上田源さん(26)。夜の沖縄高教組との交流会も含め、非常に充実した二日間となった。
 地元のマスコミでもたびたび紹介されている北上田さんのガイドは、淡々とした語りながら、しかし戦争の実相を正確に伝えていきたいという思いがひしひしと聞く者に伝わる印象的なもの。また、辺野古では、基地反対の座り込みを続ける方々から直接お話を伺うことができ、参加者は「観光コースでない沖縄」を実感した。ではあなたたちは何をなすべきか? という問いを投げかけられた二日間となった。


第68回定期大会執行委員長挨拶

 学期末の忙しい中で神高教第68回定期大会にご参集の代議員の皆さんごくろうさまです。また公務ご多忙のところ本定期大会にご臨席をいただきました、日教組木下高校大学局長、連合神奈川野村事務局長、をはじめ、上部団体、県内労働団体、民主団体、福祉団体の代表の皆様に、大会参加者を代表して御礼を申し上げたいと存じます。ありがとうございました。
 さて、本定期大会は言うまでもなく08年度の運動方針についてご議論・決定をいただくとともに、この間の各分会の教育活動や運動を交流いただく場であります。その点を踏まえつつ、執行委員長として若干の所見を述べ討論の素材としていただければと思います。
 「希望のある奴には分かるまい」これは先日秋葉原で無差別通り魔事件を起こした青年が言ったと報道された言葉です。もちろんどんな理由であれ人を殺傷することは絶対に許されません。その行為は断じて断罪されなければならないと思います。
 しかし、その一方で彼を何がこのような犯行に駆り立てたのか、そこに私たちの今生きているこの社会の歪みが投影されているとはいえないでしょうか。
 「格差社会」と言われます。しかし現在私たちの目の前にある格差は、すでに単なる「格差」という範囲を超えているといえます。日本はOECD諸国15カ国の中で貧困率がアメリカに次いで2番目に高い国となっています。ワーキングプアの定義は年間所得200万円未満の人を指すといわれていますが、2006年に1985年以来21年ぶりに1000万人を超え、全労働者の20%に達しています。
 経済的な格差が教育の格差を生み出していることは、様々な調査から指摘されています。高校教育会館の教育研究所の調査では、授業料減免者数は県立高校間においてすら55倍の差があり、いわゆる学校間格差とパラレルの関係が指摘されています。そのような調査を待たずとも、教育現場に働く私たちの日々の実感の中でそのことは明らかであろうと思っています。
 私がかつて所属した県立高校では、厳しい家計の中から授業料を納め子どもを高校に通わせている保護者ばかりでなく、自分のアルバイトで家族の生活費の一部をまかなっている生徒すら決して少ないとはいえませんでした。まして私費の徴収にはきびしいものがありました。そうした状況はその後の数年で厳しくなりこそすれ、決して改善されているとは思えません。県費予算が厳しい中で、学校がいきおい「私費」に依存する体質に傾いていないか危惧されます。昨年度の定期大会で竹田前委員長は修学旅行費の問題を取り上げてその点を指摘しました。この間の運動の成果もあって修学旅行費の見直しは少しく進んだように見受けられます。しかし、私費に依存しての空調設備の導入や業者依存の進路指導体制など憂慮される状況の報告も続いています。その背景に県費での設備整備の遅れや教職員の多忙化などやむにやまれぬ状況があることも承知しつつも、あえて、その裏で声を出せずに悩んでいる保護者や生徒がいることを指摘せざるを得ません。また、県教委がこのような状況を放置・助長するならば、設備格差・教育格差を通じて学校間格差がさらに拡大することにもつながりかねないことを指摘しておきたいと思います。
 一方、経済的な条件から私学への進学者数が減り続け07年度の全日制高校への進学率は89.3%と90%を割り込みました。もちろん経済条件が許せば私学への進学を希望する子どもたちへの経済的援助は重要であると思います。しかしそれとあわせて公立全日制の定員枠を拡大していくことは緊急の課題といえます。08年度入試では、私たちの呼びかけに応えて、多くの全日制高校で定員を超えて合格者を出しました。その結果07年度と比較すれば混乱は緩和されたものの、それでも全日制進学率は90%を下回ることは確実であり、本来小規模散在すべき定時制の多くで過大規模の解消が解消されていません。全日制高校を希望しながら定時制や通信制に進学せざるを得ない、また進学自体をあきらめねばならない子どもたちを出さないために、連合神奈川の全面的な協力もいただきながら現在署名活動を展開しています。今後数年続く生徒増加期を展望しつつ県民運動へと発展させていきたいと考えています。
 国連児童基金の昨年の調査で「孤独と感じる15歳の割合」は日本が30%で第1位あるのに対して、2位のアイスランドが10%、3位のロシアが8%となっており、日本の突出が目立ちます。秋葉原の事件の中でも、携帯メールでの犯行予告に誰からも止めてもらえないその孤独感が犯行を決断させた、との報道もあります。格差社会を背景に「自己責任」という名ですべてを個々の人たちに押しつけ、一人ひとりを分断し競わせる社会。そんな社会は青年の目から見たらどのように見えるのでしょうか。救いようのない「格差」を前提とした激しい競争の中で、その階段を一度でも踏み外した子どもたちの目にこの社会はどのように映るのでしょうか。
 漫画家西岸良平の「三丁目の夕日」が映画化されて大ヒットとなりました。元号で恐縮ですが、ここに描かれた昭和30年代に多くの人々が郷愁を感じるのは、「格差」や「競争」の中にあっても「人と人とのつながり」すなわち「連帯」を感じることができたからだと思います。もちろんあの時代は貧困や差別など現代と比較のしようもないほど厳しかった時代であります。しかし、それを乗り越えてもあの時代を「懐かしい」と感じさせる厳しさが現代の日本社会を覆っています。
連合の提唱する「労働を中心とした福祉型社会」に向けたとりくみを積極的にすすめるとともに、それを担うべき若者たちに、知識や技能が、競争の道具としてではなく、自分や自分以外の人々をつなぎ、ゆたかにするもの、という意味で「生きる力」として獲得されていくような授業を、そして学校を創りあげていく必要があります。
 職場ではこの何年かの間に、土石流のように押し寄せてくる行事や業務、調査の数々による多忙化が極限に達しています。先日の教育改革要求の要求提出交渉の中で私は教育長に対して「今『善意』という名のモンスターが学校を徘徊している」と指摘しました。県が学校に実施させた様々な事業は、それこそ善意に解釈すればそれ自体は「教育を良くしよう」「生徒にわかりやすく」「保護者・県民への説明のために必要だ」などの『善意』から出発したものであるのかもしれません。しかしそれが何の脈絡や整理なしに職場に降りかかり、個別の『善意』は全体として『怪物』に変質し、その意図とは正反対に学校や職場の機能を麻痺させているのではないか、との指摘です。
 個々の事業の意義や効果は別としても、それぞれの学校現場がもっている課題やプライオリティを無視して一律一斉に事業を実施しようとする県教委のこの間に姿勢には猛省を促すとともに、それこそが「仕事」だとする風潮が学校現場に広がることを警戒したいと思います。私たちの第1の、そして最大の仕事は授業やクラス、学校行事を通じての生徒とのふれあいであり、そのための教育条件整備である、という当たり前のことを確認しつつ多忙化解消に全力をあげたいと考えています。
 昨年7月の参議院選挙により参議院での与野党逆転が実現し、ねじれ国会が現出しました。しかし、「テロ特措法案」「ガソリン税暫定税率法案」など7法案が衆議院の3分の2で再可決されました。憲法の規定に形式的には則っているとはいえ、直近の民意を反映した選挙結果を無視し、民主主義をないがしろにする暴挙といえます。「多数であれば何をしてもよい」という政治姿勢は「金が全て」「なんでもあり」といったバブル以降の風潮を政治の場で体現したものといえます。中教審答申を超えて学習指導要領に書き込まれた「愛国心」、中教審を超えて専門的な論議なしに県独自で必修化する「日本史」なども、政治が土足で教育内容に踏み込まない、という原則すら、いとも簡単に踏み越えたという点で共通のものといえます。「道徳」とか「日本人の美徳」を強調する政治家が、「法」の裏に流れる「理念」や「歴史」を無視する様は喜劇ですらあります。
このような政治状況の中で、参議院では先の選挙で再選を果たした神本さん、次期選挙で改選を迎える神教組出身の那谷屋さん、両議員をはじめとする日政連候補は日教組の出身議員として、日教組と一体となって政治の場で現場の要求反映のために頑張っていることを付け加えておきます。
 小林多喜二の「蟹工船」が若者の間でブームになっていると聞いて、何十年かぶりに読み返してみました。戦前の、船員法も工場法も適用されない蟹工船の中で、過酷な労働を強いられ人間として扱われぬ労働者たちが、団結していく様がリアルに描写されています。この小説が数十年を経ていま若者たちに読まれているのは、格差の底辺であえぐ若者たちの中で「孤独」から「連帯」を求める動きがはじまったことを示しているのではないかと思います。フリーターたちのユニオンがあちらこちらでつくられ始めています。ガソリンスタンドユニオン、マクドナルドユニオン、マッスルユニオンなど、「組合」が状況を変える主体として再認識され始めています。
 神高教は今年結成60周年を迎えます。ここに至る道は決して平坦ではありませんでした。とりわけ1960年からの数年間は組織分裂攻撃の中で、耐えに耐えた時代もあったと先輩から聞いています。「犬と執行部は校門より入るべからず」との立て札がたてられた学校もあったときいています。その中から諸先輩たちのさまざまな努力の中で、現在組織人員全国2位の高教組となっています。
 私たちは、新たな状況の中で、私たちだけでなく私たちの傍らで苦しむ人々、私たちの後に続く人たちのためにたゆまずに組織の拡大強化と運動を続けていかねばなりません。
 今日明日の議論がそのための糧となる実り多きものであることを期待して執行委員会を代表してのご挨拶といたします。
 


もし横須賀港で原子力災害が起きたら!

 原子力空母が横須賀基地またはその近辺で、原子炉が暴走しメルトダウンを起こした場合、原子炉から放出された放射性部室を含む放射能雲が広がり、風下の地域で放射性物質が降ります。その地域の住民は被爆し、地表は汚染されます。
 風速4.0m/sで放射性物質が拡散したときの被害想定を原子力資料情報室がおこなったものです。原子力空母から8qの範囲では、7シーベルト(急性放射線障害で全員が死亡するという基準)を超えると考えられます。また、放射能作業従事者の年間被爆限度である、50ミリシーベルトを超えるのは165qに及びます。これは横須賀からの距離で考えると、前橋や宇都宮までを含むもので、そのエリアでの放射能降下の影響で、120万人から160万人がガンなどで死亡すると予測しています。


うちなツアー参加記

□線香の匂いのたちこめる壕で戦争を実感
 私には以前訪れた修学旅行の影響で「沖縄は戦地」という印象が強烈にありました。そして、昨年うちなーツアーのパンフレットを見かけたとき、採用されたら絶対に参加する!と決めていました。参加して学びたい、と思っていました。
 私は考えが甘かった、これがツアー終了後の率直な感想です。ツアーに行く前の私は、なぜか沖縄の戦争についてもっと知りたいという気持ちがあった。ただ、なぜ知りたいのかというと、戦争がどんなものであるのかを知りたいからというものであり、興味本位の気持ちが大きかった。どうしても自分とは無縁のように思えてしまう戦争。もう60年以上も昔の話だし、これからの日本には当分関係のなさそうなものとして考えてしまう。自分のいる世界ではなく別世界なのである。戦争について頭では考えられて、わかっているが本当はどうなの? と疑問があったのだ。
 今回のツアーは衝撃が大きかった。戦争は別世界のことではなく間違いなく日本であったのだということを感じたのは轟壕である。壕についてはテレビや本で知っていた。また、壕は以前にも入ったことがあった。そのときは暗い、とか、こんなところで生活したくないな、とかそんなことしか感じなかった。
 慰霊の日が近かったため線香を持って訪れていた方がいました。その線香の煙や匂いを実際に感じたとき、はっとしました。今私がいる壕で本当に亡くなった方がいる、しかも戦争で、と今更ながらに感じたのでした。恥ずかしながら壕という場所で、戦争で使われたのと同じ形の施設にいるくらいの感覚でしかなかったのです。
 私同様、「戦争」=「別世界」の人が多いのではないでしょうか。生徒に平和学習を行ったとき、戦争というものは表面的にしか理解できないかもしれません。事実、深く学びたい、戦争を理解したいと思って意気込んで参加した私でもやっぱり表面的にしかわかりませんでした。しかし、だからこそ「教育」という場で「平和学習」が必要なのだ。表面的にしか理解できないからといってやらなくてもいいわけではない。表面的にしかわからないからこそ学習していかなければならないのである。
 「教育者としてなにができるか」と問われるならば、現代のなかで生徒に「平和」について考えるきっかけを与え、そして表面的であっても本当のことを伝え教えていくことではないでしょうか。

□「沖縄」との対話
 6月14、15日沖縄に平和学習に行って来ました。参加者は12名。まず、こういった機会を設け、様々な段取りを組んでいただいた神高教の皆様に心から感謝の意を表明します。どうもありがとうございました。さらに、当日沖縄の平和ガイドとして、我々に大いに沖縄を考えるためのヒントを与えてくださった北上田源さん、並びに沖縄の今を伝えてくださった沖高教の方々どうもありがとうございました。
 そもそも僕にとって「沖縄」は2008年6月13日まで未踏の地であって、様々な文字や写真からぎらぎらした楽園としての憧憬を懐かせ続けていた地であった。1と0の羅列で描かれた「沖縄」を、実際に、自らの五感で沖縄の存在を確かめ、その記憶をかろうじてつなぎとめている今でも、「沖縄」は今までより強く僕の心を鷲掴みして離さない。こうして沖縄を再び文字情報として再構築しようとしても、「沖縄」との距離をとれずに客観視できずにいる僕がいることに驚く。
 なるべく簡略化して述べようと努力すると、僕の前に現れたのは様々な理由で虐げられ、呪われた歴史を持つ沖縄だった。沖縄の歴史を学んでいく中で自らの日本人としてのルーツを発見していくことになる僕は次第に息苦しさを感じ、疲弊していってしまう。沖縄の方々は圧倒的な生きる力に漲っていて、その力強さは我々の脆弱さを明るみにだしてしまうように思えた。
 しかし、それでも僕を魅了して離さない楽園としての「沖縄」もやはり、沖縄の方々の中に息衝くものであった。沖縄の方々が持つ陰鬱な表情、妖しげな雰囲気は楽園に住む人々が持つ特有のそれであり、やはり、「沖縄」は存在するのだ、と僕に感じさせるのには十分な要因であった。
 今、僕の中で沖縄=「沖縄」は息衝こうとしている。もう一度あの場所へ行きたい。出来ることならばもう一度腰を据えて沖縄と対話してみたいのだ。
 


神高教のインド「教育支援プロジェクト」
現地から2人が来日、分代で挨拶 

  民族衣装を着て分代で挨拶するシャクンタラさんとローズさん

 6月21日(土)の分会代表者会議に、インドNGO「ニューホープ」の代表ローズさんとスタッフのシャクンタラさんが挨拶にみえた。神奈川のNGO「草の根援助運動」の招きで来日したのを機会に、神高教を訪問したのだ。私たち神高教は毎年組合員カンパを行い「草の根援助運動」のインド少数山岳民族への教育プロジェクトに協力してきた。彼らは文字文化を持たない民族だが、それゆえ市場経済が侵攻しつつあるなか、伝統の生活が壊されていく。貧困と死の恐怖に苛まれている。自立・生活改善のためにも子どもたちに学習の機会を与えようというプロジェクトだ。シャクンタラさんは現在は町に住むが、その少数山岳民族(ドンゴリア・コンド)の出身。「草の根援助運動」によればインドでも最古の先住民族の流れをくむらしい。
 シャクンタラさんは今回の旅で初めて飛行機に乗った。生活しているインド・オリッサ州ムニグダから17時間の列車の旅でハイデラバードへ。そこから飛行機に乗り、バンコク経由で成田へ。16日夜横浜へ入ったがまるまる2日間かけての来日だ。28日に離日するまで神奈川と新潟で彼らの活動を支援する各団体を訪問したり、講演会を行ったりした。彼女は町で初めてバイクを運転した女性だ。男しかハイスクールへ行かない社会にあって私も行きたいと12歳で学校へ行った。14歳からNGOの手伝いをし、今では民族の言語、オリッサ州の公用語、英語を話す。自分たちの民族では海外に出たのも彼女が初めてだという。エスカレーターや動く歩道を降りる最後の一歩がスムースに出なかった彼女だが、日本を離れる成田空港ではエスカレーターの降り方も自然だった。箸の使い方も一週間で完璧に。
 今回、県立高校3校(旭・大楠・緑園総合)で神高教組合員の協力を得て、特別授業を行った。(3校での授業の様子は「草の根援助運動」のホームページやリンク先ブログに詳しい。旭高校での授業は、朝日新聞に、大楠高校での授業は神奈川新聞に掲載された。)パワーポイントを使って、現地の民族の生活やNGOの活動を紹介するローズさんの熱心な語りかけや、民族衣装を着たシャクンタラさんによるプロジェクトの具体的な話に、普段は賑やかな生徒も熱心に耳を傾けていた。         


6500人の参加者と心を一つに平和を訴える
ピースアクション2008 5・15沖縄平和行進に参加して
                   

 「神奈川からまいりました!!ではっ、シュプレヒコールおねがいしますっ!!」先頭を走る街宣車に乗り込みしっかりマイクをにぎりしめ、私は叫びました。「沖縄に基地はいらなーい!!」「歴史の歪曲を許すなぁー!!」長蛇の列を成しながら行進している数千人もの方たちが、私の後を追ってコールします。暑い中をひたすら行進しながら、大勢の人々と、心を一つにした瞬間でした。
 延べ6500人もの人が、平和への思いを(先述のシュプレヒコールのように)叫びながら東から西から南から沖縄全土を行進し、最終日は県民大会が開かれる宜野湾市海浜公園屋外劇場に大集結する、これが5・15平和行進の全貌です。これだけの数の人間が、「平和」という目的のためだけに集結しているその行進は、エネルギーに満ち溢れていて、自らが行動を起こすことで「社会」を変えていくことが出来る!という原点を目の当たりにしたようで、熱い気持ちになりました。
 今回実際に行進に参加してみて驚いたことは、「行進」に対する沖縄の方たちのあたたかい反応です。ほとんどの人たちは行進団が通りかかると、立ち止まって手を振ってくれました。小さい子供たちから中高生にいたるまで、まるでそれが礼儀のように。行進をしながら、沖縄の方たちとも一体になれたように感じ、なんだかうれしくて私は行進のあいだ中、元気いっぱい!でゴールについてもまだ走り出したい程でした。「暑い中大変だったでしょう?」神奈川に戻るとみなさんが声をかけてくれましたが、消耗するよりむしろ沖縄からたくさんのエネルギーをもらって帰って来たのでした!