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高校神奈川 No.574

2010年01月01日

本年もよろしくお願いします
協力・協働・団結の2010年にしよう!

「公共事業」としての教育の再生を!   執行委員長 園部守 

 新年あけましておめでとうございます。
 自公政権下の10年、教育は「商品として消費されるもの」とされてきたと思います。「学力」とは、測定可能・比較可能の「よい商品」。よい商品のためには、高い値を払うのは当たり前。商品が気に入らなければクレームをつけて当たり前。クレームに反論するには丁寧な「但し書き」と「アカウンタビリティ」という「言い訳」の事前準備が何より大切。
 そんな中で教育現場は翻弄させられ続けてきました。私たちが直面している「多忙化」の根源がここにあります。
 この流れは、「教育」とは人と人との関係性の中でともに創りあげていくもの、「非行は宝」としてきた日本の教育の原点を大きく踏み外すものとなっています。
 「商品」としての教育から、「人による公共事業」としての「教育」の再生に向けて、今年も力を合わせて頑張りましょう。


無駄な我慢は…   副委員長 畠山幸子

 「無駄な我慢はしてはいけない」これ、私の座右の銘である。
 例えば、暑さ寒さを精神論で凌がず、好きなものを好きなだけ享受するというと、我が儘に聞こえるかもしれない。が、無駄な我慢を強いられるのは、主張すべきときにきちんと主張しなかったとか、きたるべき事態への準備を怠ったとか、自らの責任に帰することがほとんどだ。
 でも今、二つばかり、「これは我慢しよう」と決めていることがある。一つ目は「地デジ」。テレビの右隅に浮かぶ「アナログ」の文字が何ともガサガサと心に引っかかるが、どう考えても、2011年7月アナログ完全廃止は無理、まだ使えるテレビの廃棄は環境問題でもあるし、そのうち地デジも値崩れる?
 そしてもう一つは免許更新講習。第1回目の対象となった私としては、実際受
講しなかったらどうなるのだろうとツラツラ考えていたら政権交代、たまに我慢もいいものだということになるのかどうか。


「はたらくこと」の再定義を   書記長 佐藤治

 毎年、12月の声を聞くと海苔を買いに行く。三浦半島の東京湾側、観音崎の少し手前の走水は隠れた海苔の名産地である。わき水の存在のおかげかもしれないが、肉厚で風味ゆたかな海苔は市販のものに代え難い。しかし、最近買いに行ったところ、高齢のために海苔作りを断念したとのこと。手作りの逸品を、慣れ親しんだ生産者から購入できなくなってしまった。
 ときおり包丁を研いでもらいに鎌倉に行く。帰ってきた包丁は買った時よりも切れるようになっている。こうした昔ながらの業者は減ってきている。昔を懐かしむだけではいけないけれども、「プロ」と尊敬できる人たちが減るのは寂しいことだ。
 構造改革の中で「職業」と「プロ」との間には大きな亀裂が入ってしまった。低コストのみを求める雇用のもとでは「働くよろこび」や「プロ意識」は育たない。私たちの中だけでなく、生徒に伝える言葉として、「はたらくこと」の再定義が必要だ。


変革…「始まり」から「実行」の年に   書記次長 佐々木克己

 あけましておめでとうございます。
 昨年は政治変革の始まりの年でありました。積年の自民・公明の連立政権の制度的なゆがみが国民生活を脅かし、とりわけ若年層や社会的弱者の層に格差と貧困をもたらしてきました。
 社会の生産力の拡大が人々の生活向上へとつながらないという、社会システムの問題が大きな社会問題としてたちあらわれてきました。単に生活の貧困化だけでなく、貧困とはいえない人々の生活も流動化し不安定なものとなってきています。昨年の政治変革の始まりはそのように理解すべきものだと思っています。
 今年は政治変革の始まりから実行の年にしなければならないと思います。労働組合は政党ではありませんが、組合活動の活動範囲の中で、生活向上と安定した社会の実現のために努力したいと考えています。


政権交代したものの   書記次長 川野典子

 昨年、政権交代が実現し今までと違う政治のあり様が少しだけ見えてきた。長年にわたって培われた政治に対する不信感が一掃されるべくもないが、信頼を取り戻そうとする姿は見え隠れしている。
 さて、日教組女性委員会では、この間定年前退職の調査を行っている。全退職者のうち定年前退職者が、義務制では約57%、高校では約27%を占めている。退職理由はそれぞれにあろうが、多忙化や働き続け辛い環境が広まっていることは確かである。
 人事院は09勧告の中で、定年年齢の延長について言及している。連合はディーセントワークを掲げている。近未来の社会の姿が見えそうで見えない。
 それでも、誰もが気持ちよく働ける職場環境を求めて、今年も共に汗をかきましょう。


男の育児休業を増やそう    執行委員 飯川賢

 あけましておめでとうございます。
 私事ですが、私が6ヶ月の育児休業を取って育てた上の子が、この春に中学を卒業します。その間、子育て支援の必要性は様々な場面でいわれるようになりました。組合でのとりくみの成果として、今年の4月からは、複数子の看護休暇は10日まで取れるようになるなど、子育てのための権利は少しずつですが、拡充されてきています。それでも、男性の育児休業取得者はまだまだ珍しく、女性が子育ての中心になっている状況に大きな変化はありません。
 自分がやりたいことが10%くらいしかできないことなどを通して、子育ては現代社会の非人間性が実感としてよく見える経験だと思いました。若い教員も増えている中、個人的には、教育にかかわる多くの人にとってほしい権利だと思っています。
 我が家の節目にからんだ個人的な話で恐縮ですが、今年もよろしくお願いします。


神高教・現業労組一体となったとりくみを    執行委員 具志堅進

 09年は現業職員にとって非常に重要な年でした。「新規採用を再開させるとりくみ」として、@「共同作業」を成功させるために全県でとりくみ、A2校で行われた「業務委託の試行」を失敗させるために、分会の協力のもと県と交渉してきました。どちらもまだ結論は出ていません。しかし、私たちは、子ども達が安全に、安心して学校生活をしていく上では「学校には直採の現業職員が絶対に必要だ」と考えています。
 今年度、各地域で実施された現業業務の「共同作業」はそれを証明するためのとりくみであり、新採用を再開させるためのとりくみです。それを可能にするのは、「共同作業」の成果に対する他の職種や生徒、保護者の「学校には現業職員が必要だ」という世論です。
 現業組合は、この「共同作業」を「民間委託反対」の運動と位置づけています。神高教、現業組合が一体となったとりくみが必要です。協力・支援をよろしくお願いします。


去年最大の後悔    執行委員 阪本宏児

 昨年、ある事案で当局と交渉中、「あんたら何が言いたいんだ!」云々と怒鳴られた(当方2人、当局1人)。オープンスペースでのテーブルを囲んでいたから、周りで仕事をしている課員たちに丸聞こえ。
 私もカチンときてしまい、「言い合い」は平行線に終わった。でも正直、自分は迫力不足だったと思う。向こうがキレることなど想定外しておらず、面食らってしまった。
 思うに担当者の琴線に触れる内容だったのだ。センシティブでイタイところに踏み込まれたから、「おまえらに言われたくねえ」的に逆ギレしたのだろう。それにしても、課員たちにはどう聞こえていたのか…すごく気になる。
 正直、後悔している。課内全体に聞こえるよう、思いっきり怒鳴り返すべきだった。「試験問題の選択記号の後が、半角空いているとか空いてないとかなんてのを、ミスの事例にあげて管理職に配るんじゃねえ! 特定の県民から自分たちを守るためのアリバイだろうが!」って。 


タイでみた光景に思う    執行委員(日教組派遣) 成田恭子

 明けましておめでとうございます。昨年度は神高教の皆さんの暖かい後押しをいただいて、日教組中央執行委員になりました。子どもの貧困・教職員の多忙化・教育の商品化……山積する課題の中で政権交代。鳩が豆鉄砲を食らったままの状態で立ち往生していた私です。
 昨秋EIAPの会議でタイに派遣されました。活気のあるバンコックの街。華やかなデパート。印象に残った光景がありました。路上の物乞う人。疲れきり片手に紙コップを突き上げて眠った母親の横で路上で子犬とぐっすり眠る少女。彼女のために私は何ができるのか。もしかしたら、いやきっと、「コンクリートから人」への施策転換が、特に教育への公的資金の投入が、経済危機を脱するための有効な手立てであることを日本人が実証できたら、あの少女たちの夢は明るいものになるかもしれないと思ったのです。
 寅さんではありませんが、「労働者諸君!一緒にがんばりましょう!」


問われているのは「国のあり方」    執行委員(日教組派遣) 藤本泰成

 新政権が生まれて、早4か月がたちました。様々な試みがなされていますが、小手先だけの改革に見えるのは私だけだろうか。先にある「国のあり方」なしに、改革が成功するとは思えません。この国はどのような国であるべきなのか。能力と競争の国のあり方が、格差が拡大していく「国のあり方」が問われた政権交代ではなかったのか。
 経済成長を競う時代は、豊かさを競う時代は、終焉を迎えています。飢餓人口が10億を超える時代に、世界は豊かさを平等に分配せざる得ない時代に突入します。日本の社会も、ちょっと後退して、自分の足下を見つめ直すことが必要です。例えば、食料の6割以上を世界に求め、発展途上国を飢餓に苦しめながら、飽食を繰り返す日本であってはならない。例えば、地方の人の命を危険にさらしてつくるエネルギーを、基本にしてはならない。
 人の命に関わる「国のあり方」、今年はそのことをじっくりと議論しようではありませんか。