本文へジャンプ

ホーム > 機関情報 > 高校神奈川 > 高校神奈川 No.578

高校神奈川 No.578

2010年03月12日

2010神高教独自春闘スタート

−学校現場における「プライオリティ」とは−
要求書て提出にあたっての挨拶より

 執行委員長  園部 守

 15年ほど前だったでしょうか、ある経済誌の特集「ノープラ上司は会社を亡ぼす」というのが記憶に残っています。「ノーブラ」の「ブラ」は「プライオリティ」の略です。つまり仕事の優先順位をつけられない管理職は組織を衰退させる、というのが特集の趣旨でした。 私は、このことはおよそすべての組織体にあてはまる、リーダーシップの基本ではないかと考えています。仕事に何の優先順位もつけず、部下のキャパシティにも配慮せず、仕事を上から下へとたれ流す管理職や上部機関は組織を崩壊させます。リーダーの第一条件はきちんとプライオリティをつけられる、ということだということに、おそらく異論はないのではないでしょうか。
 教育現場の喫緊の課題である「多忙化の解消」「生徒と向かい合う時間の確保」を阻害する要因の一つに、この「ノーブラ」状態があると思います。「子どもと向き合う」仕事を後回しにせざるを得ない現実が現場には山積しています。「ノーブラ」状態の最大の被害者は、とりもなおさず「生徒」ということだと思います。
 県教委は1月12日、「適切な定期試験問題等の作成について」という通知を発しました。定期試験に、ミスがあってはならない、細心の注意を払え、という趣旨に反対するものではありません。しかしながら、そのことのプライオリティを業務総体の中でどこに位置づけるか、ということは検討すべきです。
 入試問題のミスや採点のミスは、確かにいわゆる「事故」です。しかし定期試験のミスは、その内容にもよりますが、私は必ずしも「事故」だとは思いません。なぜならば定期試験は生徒との関係性の中で行われているものだからです。これは、「関係性のない人」に対して発せられることを前提とした行政文書とは、決定的に異なるところだと思います。最もおそれるべきは、「ミス防止」に過剰になるあまり、それに忙殺されて生徒との関係件を希薄にしてしまうことです。形式的な体裁上の不整合を「ミス」としてあげつらうことで、より本質的な「ミス」を引き起こすことも危倶されます。
 県教委がこのような通知を出すに至った事情についてはある程度理解しているつもりです。しかし、このような通知を全体に発出することが、想定外の反応を現場に引き起こす可能性も、また認識していただきたいと考えます。
 近年、教頭や副校長の多忙化が激しいという指摘もあります。問題は、なぜ忙しいのか?ということです。これも多くの現場から指摘されていることですが、職員から提出される内部文書の「てにをは」にまで修正をかけている、ということです。教頭の仕事のプライオリティはそんなところにはありません。教職員の状況をきちんと把握し、とりわけ若い教職員が困難を抱えたときには、それに対して有効なアドバイスを行う…これ抜きにして「赤ペン」を人れている姿は滑稽です。
 知事は「残業ゼロ革命」を宣言しました。教員に「超過勤務手当」が措置されていないことを考えれば、「残業ゼロ」なのか「残業手当てゼロ」なのかは学校現場の実態が試金石になるように思えます。
 知事はまた、2月9日の政策会議で「…日常業務の中で、保険をかけるような仕事を一つひとつ見直し、職員のマンパワーを本当に必要な業務に振り分けることができるようお願いしたい」とも述べています。これもプライオリティの問題だと思います。
 昨秋の県労連確定交渉の中では、「いわゆる学校現場における多忙化の問題については、教育局において業務分析を行い、教員が、子どもたちと十分に向き合う時間等の確保の視点を踏まえ、徹底した業務の廃止・休止を検討する」ということを確認しました。この検討の中で、いま申し上げたプライオリティの問題もご検討いただくことを要請させていただきます。
※要求内容については分代配布議案または神高教ホームページから分代議案ページを参照してください。