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高校神奈川 No.621

2014年05月02日

退任役員ごあいさつ

◇「李仁夏先生に叱られたこと」〜退任に当たって

前執行委員長 園部 守

 李仁夏(イ・インハ)先生は川崎の牧師で、社会福祉法人青丘社の理事長、ふれあい館館長を長く務められ、日立就職差別事件や指紋押捺問題など在日外国人の人権確立・多文化共生社会実現に向けた運動をその中心で推し進めた方だ。
 組合活動では賃金・権利・組織などを担当することの多かった私は、李先生とは面識はあったものの、親しくお話のできる関係ではなかった。そんな私が李先生から厳しくお叱りを受けたことがある。
 私が城郷高校に赴任し、非専従でもあったために「人権研修会担当」の役割を分担した。私は組合で人権問題を担当していた円谷副委員長にお願いして李先生に講演を依頼し、快諾をいただいたところまではよかったのだが、組合と学校の二足のわらじの多忙さの中で、ついその後の連絡を怠ってしまい、また組織としてともに運動をすすめてきたという気安さも手伝って、具体的な連絡が直前になってしまった。それも正式な依頼文もなく電話で、である。
 当日になって、講演時間が迫ってくる中、校長室から校内電話がかかり、校長から「李先生がお見えになったが、大変ご立腹であるのですぐに来るように」との命。慌てて駆けつけると、確かに李先生が汗をふきふき、それもいつもの凜としながらも温厚な先生とは別人のような厳しい表情をされている。ご立腹の趣旨は「講演を依頼するにしては、連絡は遅いは正式案内状はないは、学校への道順の案内はないはきわめて失礼千万」ということ。当然のご立腹だ。ただ彼がそのとき「こんな失礼な対応をするのは私が在日だからではないか」と強く抗議されたことについては、私は経過をお話しし、学校というより運動体としての気安さから対応が雑になったということ、その責任はひとえに自分にあることを詫び説明した。(李先生は私が担当者であることをご存じなかった)
 先生には何とかご了解いただき、その日の講演は職員全員が集まって全員が熱心に先生の話をうかがう大成功となったが、その後駅までお送りする道すがら、李先生は普段の温厚な表情で、ご自身と私に諭すように語られた。「園部さん。私は『失礼な扱いを受けたのは在日だからか』と言いましたが、今回のことがそうでないことはよくわかりました。しかし私は自分が不当な扱いを受けるごとに、どうしてもそのように感じてしまうのです。そうでないことでもそう感じてしまう自分がときどき嫌になることがあります。しかし、長い間様々な差別の中に置かれてきた、ということはそういうことなのだと思います。」
 李先生に限らず、30年間組合員の皆さんをはじめ、本当に多くの方々に巡り会い、失敗し叱られ教えられ励まされ支えられてきた。おそらく私のものの感じ方や考え方生き方のすべてがその方々によって形作られたもの、と言っても過言ではない。そういう出会いを提供してくれた神高教と組合員の皆さんに本当に感謝したい。
 ますますの発展を祈念する。


◇八年間、ありがとうございました

前執行副委員長 佐々木克己

 8年前、役員となると同時に、観点別評価と総括教諭制度がスタートしました。大変なこともたくさんありましたが、充実した8年間を過ごさせていただきました。昨年4月から鶴嶺高校に勤務しています。教員集団も若手が増えてきています。新しい神高教運動を作り上げていくことが必要となってきています。私は今年1年で退職となりますが、神高教運動を一組合員として支えていきたいと思っています。8年間ありがとうございました。


◇長期出張に行ってきます!

前書記次長 西原 宣明

 2年間ありがとうございました。教科書採択、成績処理など課題を残したまま退任することとなりましたが、たくさんの組合員(そうでない人も)のみなさんと出会ったこと、現業職員の採用再開にめどがついたこと、臨任・非常勤職員の社会保険の継続が実現したことなど、神高教役員としての2年間は充実したものでした。養護専門委員会、現業労働組合のみなさん大変お世話になりました。日教組本部で山積する高校課題にしっかりとりくんでいきます。ではまた。


◇−人は自分で思うほど自由に思考していない−

前執行委員 中尾 光信

 いつか、なんかの本(曖昧ですみません)で出会ってから、常に頭の片隅に置いている言葉だ。執行部入りし、様々な人、考え方と出会い、多くの刺激をいただいた。現場復帰ついでに異動となったが、新たな場で、自分を型にはめず、思考を止めず、これまで得た財産をいかに生かすか…新たなスタートに胸が躍る。この2年間、たくさんの方に支えていただいた。本当にありがとうございました。