神奈川新聞(2004.5.17) |
揺れる絶対評価 ”不公平”入試の背景 8 |
「信頼」はタテマエ 「中学生に申し訳ない」 |
難関校の、ある県立高の校長が打ち明けた。 「高校側だって、その差にがく然としてしまった校長は多いですよ」 その差とは、昨春の入試で、中学校側が高校に提出した調査書記載の五段階評定の二年生のときと、三年生のときの数値の違い。絶対評価が導入されたのは二〇〇二年度からで、昨春の受験生の調査書は二年生時は相対評価、三年生時は絶対評価で付けられている。校長たちは、同一の生徒が絶対評価に切り替わって急に高い評定になったことに、言葉を失うほど驚いた、というわけだ。 ■極端な上昇 ある学習塾講師によると、相対、絶対の両評価の差とは、その学区のトップ校を受験する生徒の場合、二年生で「5」が九教科中で一〜二教科、残りは「4」の生徒が三年生にオール「5」となるようなケースだ。学力的に中位にランクされる高校の場合、相対評価で九教科のほとんどが「3」の生徒が、三年生時にオール「5」になる極端な急上昇の例もあった。 今春の入試も絶対評価の内申点の信頼性に不安があったというが、難関校の、ある校長は「中学校が出した絶対評価を信用せざるを得ない」、別の校長は「だって、入試制度上、そのまま使わざるを得ないでしょう」と言う。両校長から異口同音に、歯切れ悪い「ざるを得ない」との言葉に悩み深さがうかがえる。 難関校は、前期選抜で湘南高や横浜緑ケ丘高が絶対評価による内申点だけを点数化したのをはじめ、総じて内申点の比重を高めた。面接や作文などを点数化しなかったり、わずかな配点にとどめたのは「客観的な採点が難しい」(複数の校長)との理由から。「前期選抜でも簡単な学力検査を、県教委に認めてほしかった」との声もある。 新入試制度の下地をつくった県教委設置の「入学者選抜・学区検討委員会」会長を務めた渋川祥子・横浜国大名誉教授は「前期選抜を設けたのは自己推薦の作文や面接などで生徒の個性を生かす入試にしてほしいためだ」と言う。さらに「絶対評価問題は入試改善の趣旨とは違うテクニカルな話だ。学力主義だけで特色を出す高校があってもよいが、絶対評価だけをよりどころに機械的選抜にしたのではないか」とも批判、「大学は高校側の内申点をそのまま用いず、一定の是正をしている。高校も中学校の評定の甘さ、辛さを加味するなど、もっと工夫ができたはずだ」とも指摘した。 ある難関校の校長は「制度上、絶対評価は信用前提の資料。公立高側が勝手に一定の係数を乗じるなどして内申点を加工したなら、その校長はクビになる」と言う。 ■私立は防衛策 絶対評価の内申点は私立高入試でも多く用いられている。県教委が「調査書の評定は絶対評価を活用する」方針は公立高が対象であり、私立高側には縛りはなかった。 昨年七月。神奈川私立中学高校協会は県公立中学校民会と、ある申し合わせを行っている。それは、生徒が志願先にした私立高の求めに応じ、中学校側は絶対評価の評定分布資料(二年生三学期、三年生二学期)を渡すという約束。請求した私立高は昨年十二月末までに資料を手に入れた。 私立鵠沼高(藤沢市鵠沼藤が谷)は推薦や併願の選抜で各中学校の絶対評価の内申点を活用。その際、五段階評定に一定の修正を加えている。 同校の加藤紀一校長によると、「5」「4」の割合が60%以上のような中学校も、「甘く付けた」とはみなさず減点しなかった。修正したのは「5」「4」の割合が40%以下になった場合。その中学校の生徒の評定には「1」を加えたという。 加藤校長は言う。「本来、絶対評価は入試で使うべきではなかった。是正は苦肉の策であり、私立側の防衛手段だ。評定が低かった鎌倉市立中の校長からは、『助かりました』と感謝された」 県内の私立高で最難関の一つ、慶鷹義塾高(横浜市港北区)も志願者の各中学校側に評定分布資料を請求した。合否判定には学科試験が重視されるが、同校側は「各中学校の調査書も一応は参考にする。頭から信用しないとは言えない。それなりに、というふうにしておかないと、中学校印も押されているわけだし、失礼だから」と言う。 ■対症療法の策 ある難関校の県立高校長は持論を展開した。 「内申点の比重が高い前期選抜の定員枠(現行は募集人員の30〜50%)を20%まで下げるべきだ。後期選抜は内申点と学力検査の比重は今春は六対四だったが、来春は四対六まで認められる。これをさらに三対七ぐらいにすればいい」。窮余策として絶対評価の影響度を弱める方策を強調する一方、同校長は一絶対評価の影響を薄める力法を考えること自体、そもそも絶対評価の入試活用が妥当なのか、本質的な疑問がわく」とも嘆く。 別の難関校の校長は「市町村間、中学校間で評定格差が大きすぎる。このままの入試制度はもう持たない」と断言。同校長は「学力検査が並んだ受験生の合否は内申点の一点差で決まる。絶対評価の影響を薄めるやり方では、不公平感は解消しない。対症療法にすぎない」とし、全中学校があらかじめ平均評定を決めるなど統一基準で足並みをそろえる手法で、評定格差を是正すればよいのではないか、と提言した。 難関の県立高校長らは現実の格差を前に、「制度上は信頼できる」と、”二枚舌”の釈明はしなかった。厳しい評定をした中学校の生徒らを「不合格」にしてしまったことに心が痛む。ある校長は「改善をしなければ、中学生たちに申し訳がないよ」と漏らした。 (古賀敬之) |