新型コロナウイルス感染症の法的位置付けが季節性インフルエンザ並みの「5類」に引き下げられ、8日で半年がたつ。感染者数の把握が「全数」から「定点」に変わり、目に見えないウイルスの動向はより潜在化した。対策が大幅に緩和されるなど社会が「アフターコロナ」へと移りゆく中、高リスク者を抱える福祉、子どもたちが学ぶ教育、患者を受け入れる医療の、それぞれの現場から移行後の現在地を見つめた。 (山本昭子、成田洋樹、井口孝夫)
「冬場に向けて換気を万全にしようと思ってね」
10月下旬、高齢者約100人が暮らす特別養護老人ホーム「陽光の園」(小田原市)。換気システムの点検に訪れた業者に目をやりながら、加藤馨施設長(62)はそう説明した。
移行後、感染症対策と利用者の生活の豊かさとのバランスに腐心してきた。今は、職員のマスク着用など基本的な対策を続けつつ、15分程度を目安に面会を実施。屋外や玄関先のほか、みとり期は部屋で迎える。この夏は、地域住民にも開放する納涼祭を復活させた。
「この半年間で対応力が培われた」と加藤施設長。それを実感したのは「第9波」とされる流行期が訪れた9月だ。
本人や家族が陽性となり、職員10人ほどが出勤できなくなった。そこで、感染した職員と接触した利用者の陰性が確認できるまで、フロアの全職員は高機能マスクを装着。療養期間を終えて復帰する際、検査キットで陰性を2回確認させた。結果、利用者にまで広がることなく収束。歌手を招くレクリエーションも無事に開催した。
それでも、クラスター(集団感染)が起きた時の苦い記憶までは拭い切れていないという。加藤施設長が会長を務める「県高齢者福祉施設協議会」の調査では、昨夏に起きた「第7波」でクラスターを経験したのは回答した69施設のうち44施設。収束に平均26日間、最大59日かかった。
コロナがもたらす懸念は、大半が持病を持つ利用者の重症化リスクだけではない。人繰りや経営面でも大きな打撃を受ける。検査キットや高機能マスクの備蓄が底を突けば買い足す必要があり、物価高騰で光熱費も上がる。これからの冬場には、季節性インフルエンザやノロウイルスへの注意も怠れない。
加藤施設長は、ため息をつく。「荒波をくぐり抜けるサーフィンのよう。今は少し波が小さくなったが、また乗り越えていかなければ」
冬を警戒 対策続けて 同時流行と後遺症注意
新型コロナウイルス感染症下、教育現場は一斉休校や行事中止を余儀なくされてきた。感染症法上の分類が「5類」に移行して以降、かつての日常を取り戻しつつあったが、10月に入り、今度は季節性インフルエンザが猛威を振るい始めている。
横浜市立小学校教諭の勤務校では、10月下旬の運動会後からインフルエンザの感染者が増え、複数の学級を閉鎖。低学年の遠足を11月から12月に延期した。
同市教育委員会によると、市立学校の学級閉鎖は、夏休み開けの9月に急増。要因別で、コロナが84校166学級、インフルエンザが124校に288学級と共に多かったが、10月(11月2日現在の集計)は一桁台に落ち着いたコロナと比べ、インフルエンザは700学級を超えた。
教諭の勤務校も、飛沫が飛ぶ可能性がある鍵盤ハーモニカを音楽の授業で使ったり、感染リスクが高まる給食を提供したりするため、移行後もコロナ対策に気を配ってきた。この半年間、コロナによる学級閉鎖はなかったが、感染症自体が増える冬場を前に「手洗いやうがいを励行するよう、引き続き子どもたちに伝えたい」と教諭。市教委も「冬になると換気がしづらくなるが、全学級に設置した二酸化炭素濃度測定器などを活用し、対策に努めたい」と気を引き締める。
コロナとインフルエンザの同時流行に対する医療現場の警戒心はより強い。2020年秋からコロナ患者を診療している伊勢原石田内科クリニック(伊勢原市)の中井賢二院長(73)は同時流行の可能性が高いとみる。
県全体で見ると、県内定点医療機関から報告されたコロナの平均患者数は、9月4〜10日にピークの21・43人まで増えたが、直近の10月23〜29日には1・67人まで減少。対照的に、インフルエンザは5週連続で増加し、直近は22・80人。県は10月5日、2月以来となる注意報を発令した。
同クリニックは内科の通常診療が滞るのを避けるため、移行後はコロナ診療を午前の外来後のみに縮小した。受診者は減少傾向で、救急搬送が必要な重症患者もほとんどいない。ただ「感染者自体が減ったわけではないと思う」と中井院長。移行によって受診控えが起きている可能性もあり「自宅療養している人も多いのでは」と推察する。
コロナは後遺症のリスクも見逃せない。食事が約1カ月取れなくなった、強い倦怠感で出社できなくなった、味覚障害が続く、など症状もさまざま。期間も「1カ月から半年」とバラバラだという。
移行してから初めて迎える冬。中井院長は「インフルエンザは治療薬があるが、コロナは安全で有効な薬がまだない」と説明し、強調した。「コロナ対策はインフルエンザの感染を防ぐことにもつながる。これまでと同様、マスクと手洗い、手指の消毒を続けてほしい」(山本昭子、成田洋樹、井口孝夫)
全国の感染者 8週連続減少
厚生労働省は6日、全国約5千の定点医療機関に10月23〜29日に新たに報告された新型コロナウイルスの感染者数は1万4125人で、1医療機関当たりの平均は2・86人だったと発表した。前年比0・88倍で、8週連続で減少した。
都道府県別では35都府県で減少した。1医療機関当たりの感染者数が多かった北海道7・08人、長野6・39人、山梨4・56人。少なかったのは島根1・55人、神奈川1・67人、三重1・68人など。
約500の医療機関から報告された新規入院患者は1074人で、前週比0・94倍だった。
インフル感染 10週連続増加
厚生労働省は6日、全国約5千の定点医療機関に10月23〜29日に新たに報告されたインフルエンザの感染者は計9万7292人で、1医療機関当たり19・68人だったと発表した。前週比1・20倍。10週連続で増加し、3週連続で自治体の「注意報」の基準となっている10人を超えた。国立感染症研究所によると、全国の推計患者数は約67万4千人に上る。
都道府県別では、44道府県で前週に比べて増加。愛媛が1医療機関当たり51・46人と最多で「警報」の基準となっている30人を大きく上回った。
愛媛に次いで多いのは埼玉33・08人、山梨29・56人。少なかったのは福井3・95人、岩手4・63人、富山5・67人など。休校や学級閉鎖などになったのは全国で計4706施設だった。
国立国際医療研究センターの大曲貴夫国際感染症センター長は「今後も感染者が増える恐れがあり、重症化リスクの高い人が多い高齢者施設に広がらないよう注意する必要がある」と話している。