職業教育を考える

−全ての生徒に職業・技術教育を−


2000年5月

神奈川県高等学校教職員組合
高校教育問題総合検討委員会

職業教育グループ




目次

はじめに

1.職業教育の現状
(1)教育制度上の位置付け
(2)教育政策と職業教育
(3)学科制度
(4)日教組教育制度検討委員会(第1次報告)
(5)教育課程

2.職業教育に関わる問題点
(1)後期中等教育の多様化
(2)高校教育の多様化
(3)職業学科の多様化
(4)臨教審以降の多様化
(5)技能連携
(6)技能審査
(7)専修学校の問題点

3.日教組・労働組合の職業(専門)教育の歴史
(1)日教組など労働組合の職業教育政策(1970年まで)
(2)職業訓練に関する国際的動向(1970年前後)
(3)70年代の日教組の職業技術教育
(4)80年代の職業教育に対する日教組・労働組合の政策
(5)90年代の日教組の職業(専門)教育政策

4.神奈川における職業教育政策
(1)職業高校を中心とする高校教育の多様化
(2)多様化政策の破綻
(3)細分化から統合へ
(4)先端技術への対応
(5)職業高校の再編

5.最近の答申・報告等について
(1)「今後の専門高校における教育の在り方等について」(理産審答申98年)
(2)「県立専門高校の役割と改善の方向について」(県産審報告99年)
(3)「県立高校改革推進計画」(県教育委員会99年)
(4)「高等学校学習指導要領」(文部省告示99年3月)
(5)「高等学校指導要領の移行措置」(文部省99年6月)
(6)「ものづくり基盤技術振興基本法」(99年3月)
(7)「体系的な情報教育の実施に向けて」(協力者会議97年10月)
(8)「情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて」(同98年8月)

6.高総検、技教研、高問協からの提起
(1)「神奈川の高校教育改革をめざして」(第I期高総検報告77年6月)
(2)「神奈川の高校教育改革をめざして」(第III期高総検報告83年3月)
(3)「神奈川の高校教育改革をめざして」(第IV期高総検報告86年6月)
(4)「小・中・高校を一貫した技術教育のための教育課程試案」(技術教育研究会95年8月)
(5)「高等学校教育問題について」(神奈川県高問協84年3月)

7.最近の高校職業(専門)教育政策の特徴と問題点
(1)総合制高校
(2)総合学科高校
(3)総合学科高校への転換
(4)「新たな多様化政策」政策としての専門コース
(5)神奈川の単位制高校

8.職業高校と入試制度
(1)神奈川県の専門高校の入試制度の変遷
(2)現場の状況を無視した推薦枠50%以内への拡大
(3)高総検の対応
(4)推薦制の問題点
(5)高校在校生の希望実態と専門高校
(6)複雑な入試制度

9.生涯学習
(1)生涯学習−その日本的受容

おわりに

資料


はじめに


 1991年4月第14期中央教育審議会は、「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」を答申し、これを具体化するために文部省内に設置された「高等学校教育の改革の推進に関する会議」は、第1次報告(92年6月)から第4次報告(93年2月)までを発表した。現在、文部省の高校教育改革はこの報告に沿って全国的に進められている
 また、神奈川においては、「県立高校将来構想検討協議会」が1998年9月「これからの県立高校のあり方について」を答申し、職業教育については「今後の専門高校における教育の在り方について」(理科教育及び産業教育審議会答申 1998年7月)や「県立専門高校の役割と改善の方向について」(神奈川県産業教育審議会報告 1999年1月)等で今後の専門高校の方向性を示した。
 さらに、「教育課程審議会」は1998年6月に「審議のまとめ」を公表し、文部省は「高等学校学習指導要領」を1999年3月に告示した。県教委は「県立高校改革推進計画」(仮称)を1999年6月にまとめ、県立高校再編の具体案を提示した。
 現在、我が国で職業教育を行う機関としては、いわゆる一条校の高校、高専、短大、大学と、それ以外の公的職業訓練機関、専修学校、各種学校等がある。
 本報告では、これらの中から高校で行われる職業教育を、国・文部省や神奈川の職業教育政策、あるいは高総検報告等を振り返り、最近の職業教育を取り巻く情勢等を見ながら現状と問題点のふたつの観点から整理し、今後の職業教育の方向性を考える一助としたい。

※「スペシャリストへの道」―職業教育の活性化方策に関する調査研究会議(文部省初等中等教育局長の私的諮問機関 最終報告1995年)において、「職業高校」という呼称を「専門高校」と改めるとしたが、ここでは、あえて区別していない。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

1.職業教育の現状

(1)教育制度上の位置づけ
 高校職業教育の目的を「特定の職業分野に必要な知識、技能を修得させる教育を学校教育として実施することにある」(佐々木享「高校教育論」)と規定すれば、現在の高校教育における職業教育の位置づけと実態はどうであるのか見てみることにする。
 高校は初等教育、中等教育、高等教育という区分の中等教育に位置し、中等教育は一般的に前期と後期に二分され、高校は後期中等教育に位置づけられる。
 高校は学校教育法第43条の規定を受けて、高等学校設置基準で普通教育を主とする学科、専門教育を主とする学科及び総合学科とに分かれ、職業学科は理数科、体育科等とともに専門教育を主とする専門学科に属し、それが工業科、商業科、農業科、水産科、厚生科等各分野別の学科に分かれ、更にそれが工業でいえば機械科、電気科、工業化学科というような小学科に分かれる。念のためにいえば、普通科も職業学科も普通教育や職業に関する専門教育を”主として”行うのであって、それのみではない。高校のこうした位置づけは、一部のものに限られていた戦前の中等教育(尋常小学校から旧制中学校への進学者は同世代の13〜14%)を国民共通のものにするという目的のもとに実施された戦後教育改革の結果である。
 だが、当時の時代状況があったにせよ、結果として中学だけが義務制になったために、高校を国民共通のものにするという目的の達成には長い年月を要し(高校進学率が90%を越えたのは74年)、その間、高校教育の性格をめぐって教育現場と行政側の対立が先鋭化し、加えて政府、資本の側の労働力政策が教育政策をも左右した結果、高校現場にはさまざまな歪みや混乱がもたらされた。
 とりわけ卒業生の大半が若年労働力として企業に雇用されてゆく職業学科が、そうした歪みや混乱の影響を最も直接的なかたちで受けてきた。
 高校教育の性格をめぐる教育現場と行政側との対立は、高校教育を希望するもの全てに保障すべき国民共通教養と考え、それ自体自立した価値をもつものとみるか、大学等上級機関への単なる準備教育とみるか、という高校教育の本質についての理解の相違にあった。いうまでもなく戦後教育改革は前者の立場に立って行われた。
 それが証拠には、戦後しばらくの間、高校は希望者全入と考えられて原則的に選抜が排除されていたのであり、学校教育法も高校の目的を「高等普通教育及び専門教育を施す」(41条)と規定している。
 入学に対するそうした措置や学校教育法の目的規定は、高校を上級教育への予備機関とする立場からは出てこない。一方、政府、資本の側は戦後の一時期を除いて、高校を大学進学者等適格者のためのものと見る見方を一貫して変えていない。また高校を大学等への中間形態とみる見方が広く一般にあるのも事実である。こうした大学進学を自己目的化するような見方に立てば、普通教育と職業教育の分離(現在では更に第三の学科と呼ばれる総合学科が加えられている)や学校間の格差は当然のことと考えられる。
 職業学科は普通教育と専門教育を併せて行うとする高校の設置目的に、少なくとも形態上は最もかなった制度であるにもかかわらず、「低学力」などの面でのみ取り上げられることが多く、受験シフトに偏った普通教科中心の普通科の歪みを是正し、戦後改革の理念に立ち返って高校教育そのものを捉え直す可能性をもつという観点から論じられることは、少なかったように思われる。
 「人間の成長を基本的に保障すべき教育機関が、高校間格差によって国民の階層化を促進する機関になっているという深刻な状況にもかかわらず、格差問題が教育問題として取り上げられないで、社会問題としてのみ取り上げられる」(幡野憲正)現状を打破するためにも、職業教育を含め高校教育を戦後改革の理念に立ち戻って捉え直すことが必要だろう。
 ただし、こう言ったからといって、現在の職業学科のあり方をそのまま無批判に容認するものではない。

(2)教育政策と職業教育
 戦後改革の理念であった総合制高校を突き崩し、進学者向けと就職者向けとに分断するきっかけをつくったのは、吉田内閣の私的諮問機関として設置された政令改正諮問委員会(以下諮問委と略)の「教育制度の改革に関する答申」(1951年11月6日)である。同答申は戦後の教育反動化政策を考える上で欠かせないものなので、引用を交えて整理してみたい。
 戦後教育改革に関して大きな役割を果たしたのは1946年に発足した教育刷新委員会だが、諮問委答申は刷新委員会が積極的に推進していた民主的教育改革を否定し逆転させる契機をつくった。諮問委は連合国最高司令官を罷免されたマッカーサーに替わって着任したリッジウェイによって、1951年の憲法記念日翌日の5月4日に設置された。
 目的は”行き過ぎた戦後民主主義”の是正とサンフランシスコ条約成立後における日本の体制の自立にあった。諮問委の答申は多岐に渡り、戦犯追放解除、独禁法緩和(財閥復活)、自治体警察廃止と警察行政の中央集権化、ゼネスト禁止、国鉄等の人員整理、労働弾圧、保安省設置、そして教育答申であった。(三一書房「戦後日本教育資料集成」より)
 教育答申の中身は中学での普通課程と職業課程の分離、高校総合制の廃止と普、職別建て単独校の設置、学区制廃止、中高一貫校設置、教科書統制、任命制教育委員会設置などで、戦後民主主義を総否定する反動性が一目瞭然である。諮問委答申から高校及び職業教育に関する部分を抜粋してみる。

 中学校の普、職分離以外はすべて法整備され実行に移されたことから考えて、この答申の影響力の大きさが分かる。刷新委員会はこの答申と前後して役目を終え、以後新設される中教審へと引き継がれるのだが、その実態が諮問委答申の後追いであったのは周知の通りである。
 答申には建前として普、職分離を否定した学校教育法の目的規定を形骸化する普、職別建て単独校化の崩芽が既にもられている。その後の流れは大筋においてこの答申の線から外れることはなく、「能力主義」再編、高度成長に合わせた職業学科の細分化と増設、臨教審以降の高校全体での新たな細分化と共通分野の切り下げ、90年以降の急速な弾力化と、戦後改革の理念を否定するかたちで高校の統一制解体が推進されている。
 しかも現場サイドでは予算措置や定数増などの利害が絡んで、こうした動きを歓迎する空気もある。経済の沈滞、パート的労働の進行、普通科の就職希望者の増大、それに行政の後押しなどにより、資格取得や技術の修得に有利な職業学科でここしばらく一定程度の”上昇”がみられるが、高度成長期に集中的に現れた問題点は拡散されただけで、諮問委答申以来「能力主義」的再編の中で職業学科が負わされてきた矛盾が解消したわけではない。

(3)学科制度
  高校の学科を法的に規定するのは次のようなものである。

 また学科の規定ではないが、職業学科の実験、実習に必要な施設、設備、備品、教職員の待遇等条件整備については次のような規定がある。
 高校教育を考えるとき、いわゆる高校三原則と呼ばれる原則を無視することができない。以下にその要点(辞典より抜粋)を略記してみる。
 戦後、高校が発足するにあたって、戦前の中等学校の特権的性格を払拭するために単一の制度が構想されたが、現実には旧制中等学校(中学校、高等女学校、実業学校)の生徒、教員、校舎をほぼそのまま継承して出発したため、戦前の性格を色濃く残していた。こうした問題や校地の偏在(旧制中等学校は都市部に多かった)、新制中学発足による校舎難などを解消するのと併せて新制高校を設置するために、1948年から49年にかけて公立高校の大規模な統廃合が行われたが、その過程で強調された施策目標が男女共学、総合制、小学区制であった。
 地域によってはこの他に全、定の差別廃止、教職員の人事交流、希望者全入、進学率向上、新制中学の校舎確保などをあげたとことろもあり重点の置き方も異なっていた。しかし最初にあげた3つの目標はほぼ全国的にあげられていたことと、後年これらを守ることに熱心だった京都の例が1960年代以降の高校増設運動の高まりの中で注目を浴びるにつれて、「高校教育の三原則」として広く知られるようになった。(第一法規「新教育学大事典」より)
 高校三原則は1960年代、第1次ベビーブームを契機として全国的に展開された高校増設、希望者全入運動の高まりの中で、日教組教育制度検討委員会が最終報告で示した地域総合制高校構想にも大きな影響を与えた。構想は無償の普通教育、新たな総合制、男女共学の推進、小学区制などを打ち出したが、職業教育の位置づけをめぐる論争があっていまなお決着をみてない。(労旬「現代教育学事典」より)

 職業学科について論ずるとき、敗戦直後の総合制高校の例がよく引き合いに出されるが、これが後に日教組教育制度検討委員会が提起した地域総合制高校と混同されることが往々にしてあるので、両者の違いを簡単に整理してみたい。おおざっぱな言い方をすれば、戦後の総合制は多学科併置であり、教育制度検討委員会が構想した地域総合制は普通科と職業科を統合した単一の形態である。
 なお旧ソ連など社会主義国で実践された総合技術教育(ポリテクニスム)は、社会主義思想に基づき学校教育と工場などでの生産労働を結びつける教育方法と思想のことで、今述べた戦後の総合制や地域総合制とは関係がない。これらが混同されるのは、この三者にたまたま「総合」という日本語がついているからだろう。(佐々木享「高校教育論」より)
 また日教組が95年5月に公表した報告書「どの子も希望する高校へ」(日教組高校準義務化促進委員会、同研究協力者会議編)の中でもこうした混同があることが指摘されている。(日教組が総合制を含む三原則を打ち出したのは57年の15回定期大会・和歌山大会以降だが、上記報告書は62年の中央委員会だったとし、更に三原則での総合制を「総合技術教育」という表現で規定している。(幡野憲正)
 敗戦直後の総合制高校は、実態としては多学科併置であった。これは新制高校を発足させる時点で既存の旧制中等学校を統廃合したことによる。併置のされ方は旧制中学校または高等女学校に職業学科を増設付加したもの、旧制実業学校に普通科を増設付加したもの、2校以上をそのままの課程として1つの学校として看板を上げたものなどであった。
 多学科併置であったが、学科の枠を越えた選択制やミックスホームルームなどの工夫が広く行われており、京都では1校ではあったが入学時に学科を決めず修得した単位によって卒業の専攻を決定する制度がしばらく続けられた。
 だが総合制は全国的には1951年の諮問委答申を契機とする反動化の中で潰されてゆく。多学科併置の総合制は1995年の学校基本調査では1724校となっている。ただしその中身については、選択制やホームルームの工夫があるのか、単に併置されているだけでまったく交流がないのかは基本調査からは分からない。

(4)日教組教育制度検討委員会(第1次)報告「日本の教育改革を求めて」
 この報告で注目されるのは職業教育の廃止が提起されたことである。

 報告は膨大多岐にわたっているが、上記引用のうち二番目と四番目は教育改革の教研レポート等では必ずといっていいくらいよく引き合いに出される部分である。
 ちなみに高総検I期報告も以下にみられるように、職業教育に関しては教育制度検討委員会報告と同じ考えに立っている。
 「そこ(高総検の構想する地域総合制高校:筆者注)では端的にいって、進学準備教育及び職業準備教育を否定し、普通教育と職業教育の隔離を認めない。そして新たに普通教育と職業教育を併せた基礎的な学力を重視する共通な課程を基盤にした、地域社会の要求に応えうる総合制の高校を構想する」
 教育制度検討委員会報告に対しては、当然のことながら、職業教育関係者から批判や疑問が出された。「職業教育の必要性を認め、かつ、専門科目の授業が学力回復に大きな役割を果たしている現実の中で、力を尽くして実践に取り組んでいる参加者(全国教研:筆者注)からそうした不安が提示されるのは、もっともといえよう。(中略)職業教育でない専門的に分化した選択教科とはどのようなものか」というものや、職業科廃止論に過ぎない(佐々木享、原正敏)とするものなどが主なものであった。また制度委の委員の中にも、教研や学習会に参加した経験から報告に問題点があることを認識するものも出てきた。ただし、教育制度検討委員会自体は報告公表後に解散したために、現場の批判や意見を汲み上げることができなかった。

(5)教育課程
 現行の職業学科の教育課程は昔通教科目と各学科に対応した専門科目からなり、必修は普通教科目35単位と各学科に対応した専門科目30単位(下限)である。指導要領(総則3−3)は専門科目のうち、商業科で10単位分を外国語で、それ以外の学科では5単位分を関連する普通科目で代替することを認めている。
 商業科の外国語による代替は従来から貿易に関する学習が行われていたことによる。商業科以外の学科での普通科目による代替は、理数科で「数学I」を「理数数学I」で、体育科で「体育」を「スポーツI」の代替などがあるが、商業科以外での代替はあまりない。またこの逆に専門科目による必修普通科目の代替も認められている。「公衆衛生」を「保健」(家庭科)、「工業数理」を「数学I」(工業科)、「看護基礎医学」や「母子看護」等を「保健」や「家庭一般」(看護科)などの各代替である。

 現行学習指導要領による特徴は、工業科の場合、情報関連内容の増加、「課題研究」の新設、学科の改編(標準15学科)、科目の増加(64科目から74科目に増加)などである。原則履修科目が「工業数理」、「工業基礎」、「情報技術基礎」、「課題研究」、「実習」、「製図」の6科目に増え、「家庭」も必修化されたことにより、全体として専門性の希薄化が進んだといわれている。
 職業学科における専門性については議論の分かれるところだが、専門性重視であっても安易に専門科目単位増に頼るべきでなく、必修扱いとされる上記6科目についての検討などもされるべきだろう。標準学科数15というのはひところの学科の乱立から較べれば改善のように見えるが、実際は科目数が増えていることや、従来の学科の枠に括れない「その他の学科」も含めて種類が膨大に増えていることから考えて(97年度225種類)、従来にも増して多様化が進行している点は留意しなければなるまい。
 以下で学習指導要領を参照しながら必修扱いの6教科についてみてみる。

 ○工業数理
 〈目標〉工業の各分野における具体的な事象を数理的、実際的に処理する基礎的な能力と態度を育てる。
 〈内容〉工業の事象と数式:面積、体積、質量などの計算:量の単位や誤差など数値の取扱い:液体などの流れと圧力:構造物などの部材の設計に関する計算:時間とともに変化する事象のモデル:予測と計画に関する基礎的な手法:情報と制御に関する基礎的な計算技術。
 数学の補修的要素があるが、数学としての系続性に欠けるという指摘もあり、また内容には相当高度なものも含まれていることから、数学や理科の理解が十分でない生徒の多い現場では、単なる計算技能訓練に終始する点が懸念されている。授業展開例の調査では、実施目標では専門科目の導入、中学の復習、それらの両方として、指導形態では座学、電卓等による練習、それらの両方というタイプが報告されている。

 ○工業基礎
 〈目標〉工業の各分野にわたる基礎的技術を総合的な実験・実習によって体験させ、各分野における技術への興味・関心を高め、工業に関する広い視野を養うとともに、問題解決の能力を伸ばし工業の発展を図る意欲的な態度を育てる。
 〈内容〉形態の変化を伴う加工:質の変化を伴う加工:エネルギー及び動力の変換、伝達、計測:管理と自動化:産業と職業。
 工業基礎は60年指導要領改訂により工業教育の専門性が質、量ともに引き上げられた結果、多くの現場で”消化不良”問題が発生した反省から生まれた。そのために当初は、専門教科及び関連する普通教科の双方で内容の精選をして、集約化と一体化をはかる、職業教育を受けるすべての生徒が専門の別によらず技術に関する基礎的な力を確実に修得し、かつ将来の変化に対応できる柔軟性を身につける、などの点が検討されたが、結果的には基礎の内容が専門性に偏ることとなり、実際の授業展開では製作課題が中心で実験的な面より「ものづくり」が強調されているという指摘がある。
 日高教の調査では、職業学科の共通基礎科目について、家庭58%、農業54%、商業75%、水産76%と大方がその必要性を認めているのに対して、工業では必要、不必要、不明がそれぞれ3分の1づつとなっていて、工業科ではこうした科目の必要性は認めつつも現行の「工業基礎」に対してはその位置付けや指導方法に難しい点があると分析している。
 「工業の基礎・基本については、それぞれの専門学科の基礎・基本なのか、『工業』の基礎・基本なのか、の論議が、『工業基礎』の導入以来、解決を見ない」という現状を変えていくためにも、「各専門学科に共通した領域(生産加工・情報・エネルギー・環境保全など)」を手がかりにして共通認識を広めてゆくことが必要であろう。(ねざす19巻、横山滋より)
 なお、基礎教育については、「初めに広く浅くという考え方でなく、初めにやや本格的な内容をふれさせることによって専門教育の面白さや充実感を味わせる」(佐々木享)という考え方のあることも付け加えておく。

 ○情報技術基礎
 〈目標〉社会における情報化の進展及びコンピュータの役割を理解させるとともに、コンピュータに関する基礎的技術を習得させ、実際に活用する能力と態度を育てる。
 〈内容〉プログラミング:ハードウエア:ソフトウエア:制御・通信:コンピュータとその活用。
 授業展開では操作主義に埋没することなく、実体験のなさ、情報管理の脆弱さ、VDT障害等コンピュータの負の面にも目を向けさせることが必要である。なお、予算面ではコンピュータ関係が最優先される結果、従来の設備の保守や更新が後回しにされる等の問題が出ている。

 ○課題研究
 〈目標〉工業に関する課題を設定し、その課題の解決を図る学習を通して、専門的な知識と技術の深化、総合化を図るとともに、問題解決の能力や自発的、創造的な学習態度を育てる。
 〈内容〉作品製作:調査・研究:実験:産業現場における実習:職業資格の取得。
 当初この科目は教育課程の新しい「領域」として考えられていたため科目としての位置付けが明確でなかったが、設置時には単位修得による実質必修科目となっていて、看護科以外の職業学科すべてにおかれている。内容からも分かるように、性格の異なる要素で構成されているため、恣意的運用にならないような現場の工夫が必要とされる。設置の狙いのひとつに専修学校との連携拡大があるといわれている。
 五つの内容のうち、「産業現場における実習」は後述(「技能連携」の項)するように現場実習が過去多くの混乱をもたらした経緯があり、慎重な対応が求められる。「職業資格の取得」は、昨今の資格ブームへの対応だろうが、合格率を優先させるあまり高校教育の目的から外れて「検定漬け」にならないような配慮が必要である。公的職業資格取得のための施設の認定を受けている学科(電気科、自動車科等)では必修単位が多くなるから、これを活用した授業展開も効果があるだろうが、公的職業資格以外の技能審査(漢字検定、珠算検定等)の補習等への安易な振替えは避けるべきである。また専修学校との連携による資格取得の奨励は、学校の設備を安上がりにするのと生徒の自己負担増につながる点を見落とすべきでない。
 課題研究は評価の面で大きな問題を含んでいる。現行指導要領はすべての教科目にわたって、知識の理解や技能修得よりも「関心、意欲、態度」を積極的に評価する「新学力観」による評価を強要しているが、とりわけこの科目のように体験的要素の強い教科目でその影響が大きい。文部省はこの科目の評価について「学習によって修得された『知識理解』や『技能』の発達度のみに偏らないように、生徒が課題に対して、いかに積極的に学習し、努力したか、という情意面を重視する」、「『「関心・態度』等に関する評価が、『知識・理解』や『技能』に関する評価に較べて大きな比重を占めている」と明確に述べている。「新学力観」が到達度評価を放擲したと言われる所以である。ちなみに、総合学科で実施される「産業社会と人間」の評価に関しても文部省が全く同じ説明を行っていることは看過されてはならないだろう。

 ○実習
 〈目標〉各学科の専門分野に関する基礎的な技術を実際の作業を通して総合的に習得させ、技術革新に主体的に対応できる能力と態度を育てる。
 〈内容〉学科の専門分野に関する実習及び総合実習。
  *要素実習(機械系は機械工作、原動機等:電気系は計測、電子回路等)
  *先端技術に対応した実習(機械系はNC工作機械、マシニングセンタ:電気系は光通信、データ通信等略)
  *総合実習(FAシステム実習など)
 学習指導要領は「総授業時間数の10分の5以上を実験・実習に配当すること」と説明し、総則(6−1)で総時間数の10分の7までを現場実習で代替できるとしている。このほかにも実験・実習に配当する授業時間を十分確保すること、実験・実習によって基礎的学習を行い、各科目と実習との関連を留意する等の説明がある。これらは職業教育で実験・実習の占める位置が大きいことを示している。
 職業教育で実験・実習が重要なのは当然だが、特に重視されるようになったのは78年の指導要領改訂からで、それまで縛りのなかった時間配当が10分の5と明確にされ、教育課程全体が弾力化されている中で、ここだけが指導が強くなっている。
 現場実態に合わせた体験的学習の成果が見直される中で、実験・実習が座学と有機的に結合すれば技術教育の原点へ立ち帰る糸口になると積極的に評価する意見の反面、単なる低学力対策の面があり時間さえ増やせばよいというものでもないという意見もある。実習は科学と技術に裏づけられた理論的学習と、身体を使っての技能的内容とが有効に結びついてはじめて教育効果を発揮するものだが、指導要領の説明は理論軽視、体験重視の傾向が強く、座学との連携や実験における科学の要素とのつながりが十分でない場合、効果が期待できないということも指摘されている。
 実習の中でも特に現場実習が重視されている点は注意を要するだろう。現場実習は「課題研究」でも導入されていて、一週間程度の企業実習が効果を上げている、という報告もあるが、本県の技術高校で行われた企業等との技能連携にみられたように、企業の労働力対策に呑み込まれた場合、大きな混乱を学校現場にもたらす懸念もあるので手放しでは歓迎できない。

 ○製図
 <目標>製図に関する日本工業規格及び各学科の専門分野の製図について基礎的な知識と技術を修得させ、製作図、設計図などを正しく読み、図面を構想し作成する能力と態度を育てる。
 <内容>製図の基礎、各専門分野の製図、設計製図、自動設計製図装置の基礎。
 CADシステムによる製図が盛んになった。電気、機械、建設等の分野によって適したアプリケーションソフトの違いがある。記号やシンボルの意味を理解していなくても、ただ、コンピュータの操作のみに時間を費やし、ソフトが変われば、またそれに慣れなければならないということが起こっている。手書き製図との関連等この科目全体の指導についての方針を確立すべきであろう。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

2. 職業教育に関わる問題点

 現在の公教育の多様化は、日本版レ−ガノミックスともいうべき小さな政府と規制緩和による民活という経済効率の意図が根底にあることは否定できない。高校教育もこうした状況の中にあり、多様化ないし弾力化は”高校教育の分裂”(山岸俊介)にまで到りそうな勢いである。多様化が問題とされるのは、多様性への対応という肯定的な意味を越えて、権力側による”差別的な分断という意図”(佐々木享)が窺われるからである。ここでは、職業教育に関わる様々な問題を多様化と連携等の面からみてみたい。念のためにいえば、職業教育に関わる問題であって職業高校ないし職業学科に限定した問題ではない。
 初めにごくおおざっぱに整理しておくと、現在の多様化の節目は(1)戦後改革の理念を否定し普通科と職業科の別建て強化や類型を打ち出した1955年の改訂学習指導要領、(2)経済成長に合わせた高校の「能力」別再編の端緒となった1963年の経済審議会答申、(3)それにもとづく多様化を推進した1966年の中教審答申及び1968年の理科教育及び産業教育審議会(以下理産審と略)答申、(4)1970年代以降顕著になってきた産業現場でのME化、経済のソフト化とそれに伴う労働の流動化、社会の情報化等に対応するとして、これまでにない規模の多様化を打ち出し、戦後教育の解体をも企図した臨教審(1985〜1987)答申と理産審答申(1985年)、である。

 (1)後期中等教育の多様化
 これが政策化されるもととなったのは1963年の経済審議会答申と1966年の中教審答申「後期中等教育の拡充整備について」及びその具体的詰めを行った1968年の理産審答申である。63年の経済審議会答申は、60年安保後の日本経済を人的能力(マンパワー)活用によって「所得倍増」にまで発展させようという狙いのもとに出された。「ハイタレント」と呼ばれる少数者を早期に抽出してエリート教育を施し、彼等に国の未来を委ねるというもので、公教育をそのための選別システムにしようとした。66年の中教審答申と68年の理産審答申はその詰めである。以下に関係する部分を抜粋してみる。

 ○経済審議会人的能力部会答申「経済発展における人的能力開発の課題と対策」(63年)
 「教育における能力主義徹底の一つの側面として、ハイタレント・マンパワーの養成の問題がある。ここでハイタレント・マンパワーとは、経済に関連する各方面で主導的な役割を果たし、経済発展をリードする人的能力のことである。(中略)ハイタレントは大学教育によって突如として生まれるのではなく、山の頂上は厚い裾野の上にあって初めて確固たる存在を得るように、国民の幅広い教育の中からくみ出される。(中略)ハイタレントには社会的責任感が必要だということである。(中略)ハイタレントに社会的責任感がなければ社会の危険人物になるおそれがある」(仮りにハイタレントを同年齢人口の3ないし5%とすれば、戦前の帝国大学進学者数、同一年齢の3%、とほぼ同じになる。筆者注)
 ○中教審答申「後期中等教育の拡充整備について」(別記「期待される人間像」)(66年)
 「教育の内容及び形態は、各個人の適性・能力・進路・環境に適合するとともに、社会的要請を考慮して多様なものとする。普通教育を主とする学科及び専門教育を主とする学科を通じ、学科等のあり方について教育内容、方法の両面から再検討を加え、生徒の適性・能力・進路に対応するとともに、職種の専門的分化と新しい分野の人材需要とに即応するよう改革し、教育内容の多様化を図る」
 ○理産審答申(68年)
 「高等学校における職業教育は、生徒の能力、適性等の伸長ならびにわが国産業経済の発展に必要な有為な人材の育成にきわめて大きな役割を果たしてきた。しかるに、近年、義務教育終了者の高等学校進学率が著しく上昇したことにより、生徒の適性能力が多様なものとなっており、これに即応できるよう高等学校教育の内容を改善することが必要となってきている(中略)これらの点から、高等学校における職業教育の充実整備ならびに多様化が強く望まれている」
 後期中等教育の多様化が公然と政策化されたのは66年の中教審以降だが、それに先だって63年、行政側は高校適格者主義を採るために、それまで選抜試験は定員を越えた場合のみとし希望者全入の建前を採っていたのを棄てた。そして学校教育法施行規則改正により一律に選抜試験を課すとともに、その代替として各種技能訓練施設や専修学校、各種学校等中卒者対象の教育訓練施設を連携により後期中等教育の枠に入れようと考えていた。理由は第1次ベビーブームによる中卒者増を背景に昂まりつつある高校進学要求を高校以外の機関で代替吸収させ、高校増設を抑制することにあった。だが行政側の目論見は実現せず、定時制、通信制での技能連携(職業訓練校、専修学校、各種学校、企業等での学習や作業を高校の単位として認めるもの)というかたちで制度化された。これはその後全日制へも拡大され、専修学校や企業との連携が「課題研究」によって可能となった。
 ちなみに、「課題研究」を窓口としたこうした連携は、教員免許をもたない社会人講師が職業教育に係わる、高校の実習設備を外部で代替させ公費削減と生徒の私費負担増につながる、専修学校優遇に公教育が手を貸す、企業の雇用体系に学校が組み込まれる等の問題が指摘されている。さらに専修学校高等課程(中卒者対象、3年制)に大学入学資格が付与されたこととあいまって、高校教育そのものの変質という点でも大きな問題を含んでいる。また中卒後5年を修業年限とする高専(高等専門学校)の設置は、現在一部で実施されはじめた6年制中等学校や実施が検討されている飛び級等、これまでの6・3・3・4制の枠組を破る先駆的役割を果たしたという点で留意されるべきだろう。

 (2)高校教育の多様化
 いわゆる「能力別編成」による振り分けのために、差別的選別に見合った受け皿として制度と内容の多様化・細分化が行われた端緒は55年改訂指導要領である。ここで注目すべきは、文部省が改訂指導要領公表に先だってその法的拘束性を明らかにしていることである。現在のような官報告示という強制力をまだもってなかったが、「それまで必ずつけられていた(試案)の文字がなくなった点からみて、教育課程に対する国家統制の第一歩であった」(佐々木享)と言われている。内容は政令改正諮問委員会答申(前出)通りに、普通科と職業科の別立ての強化(戦後”新制”高校が出発したときから、両者はごく一部以外は別立であった)、それぞれの科でのコース制等であり、これにより戦後教育改革の柱のひとつであった総合制が崩され、総合制は単なる多学科併置になってしまう。更に学区の拡大や理数科等の設置に伴い、生徒は「学力」によってこうして種別化された学校のどこかへ振り分けられてゆくこととなる。
 先ず、普通科の多様化を文部省側の資料でみてみる。
 ○47年学習指導要領(通達「新制高等学校の教科課程に関する件」)
 「生徒に共通に必要な基礎的教養として38単位を必修(普通科)としたほかは、生徒が自由に教科、科目を選択履修することになっている(中略)生徒が自主的に教科・科目を選択履修することを建前とした」
 (生徒の学習量を計算するための共通の尺度として、単位制が採用された。筆者注)
 ○55年改訂指導要領
 「この改訂では、生徒の教科・科目の履修に計画性を持たせるため従来の大幅な科目選択制を改め、教育課程の類型を設けることとし、第1学年においては、生徒の履修する教科・科目をできるだけ共通にし、第2学年以降においては、生徒の個性や進路の傾向を重んじ、重点を置いて学習すべき教科群を中心として教育課程を編成するものとした」
 A.平均的:B.芸術、家庭、職業等に重点:C.国語、社会、数学、理科、外国語に重点:D.国語、社会、外国語に重点:E.数学、理科、外国語に重点
 (A、Bは就職、Cは国立大学、Dは私大文系、Eは私大理系の各類型に対応。筆者注)
 ○60年改訂指導要領
 「進学率の上昇に伴い生徒の能力・適性・進路などが多様化することを予想し、これに対処するため、必修科目をいわゆる絶対必修と学科別必修の二本立てとし、これによって各学科の特色を発揮するとともに、科目を必要に応じてABや甲乙の二種類に分け、類型を設け平易で実用的なA類型とアカデミックなB類型に分けることができるようにされた」

 こうした流れは63年の経済審議会答申、高校の多様化を政策として公然化した66年の中教審答申、67年の理産審答申による理数科設置等により拡大強化されてゆく。
 66年は職業科の増設が進んだ年でもあり、富山県の3・7体制(普通科3割、職業科7割)が有名になった年でもある。その後更に79年の都道府県教育長協議会報告(「新しいタイプの高校」として単位制、集合型総合選択制、全寮制、単位制工業高校、6年制等が示された。)や臨教審答申による多様化が促進され、これまでの学科の枠では括れない「その他の学科」の乱立とあいまって、従来の高校の枠組を豹変するほどの変動をもたらして現在に至っている。

 (3)職業学科の多様化
 職業学科の多様化は67年の理産審答申以降急速に進んだ。
 67年(第1次)、68年(第2次)の理産審答申による新しい学科には次のようなものがある。
 森林土木科、金属加工科、電気工作科、衛生工学科、事務科、経理科、営業科(販売科)、貿易科、秘書科、調理科、和裁科、洋裁科、手芸科、商業家庭科、建築施工科、漁業経営科、服飾デザイン科。
 秘書科を例に取ってみると、理産審答申はその目標を「企業経営における秘書の職務に関する知識と技術を習得させ、秘書の仕事に従事するものを養成する」としたが、実態は”卒業しても秘書になれない”秘書科だったようである。
 職業学科の細分化の先進県といわれる富山では次のような学科がつくられた。
 農業機械科、生産管理科(男子)、営業科(女子)、設計計測科(女子)、産業科(地元中小企業と連携)、生産機械科(自動車会社と連携)、薬品製造科(富山売薬を作る町工場の工員養成)、薬品分析科(薬局の女子店員養成)、薬業経営科(富山の”薬売り”養成)。大阪には被服産業科(紳士服仕立工養成)もあったし、全国的には無線通信科、印刷科、塗装工芸科、製靴科、溶接科、時計計器科(修理)、電気工事科、板金加工科などもあった。(労旬「教育国書」より)富山ではこうした行き過ぎた細分化に県民も改善要求に立ち上がり、県も普・職の比率を3対7から4.5対5.5に修正せざるをえなくなり、細分化を強引に推進してきた教育長を更迭している。
 学科の多様化は60年代以降職業学科を中心に急速に進んだが、75年の理産審答申による一定の見直しの後、臨教審答以降再び増加に転じ、従来の学科では括れない新種のものが急増している。また普通科に設置されているため統計には出てこないコース制は、選抜の段階で別枠で募集するため実質小学科であり、これも急増している。

学科の種類の数
 普通農業工業商業水産家庭看護その他総合学科
196651131121310
19705313920131114
19756712820141519
19807311719141423
19858111228141533
199113717067353349
1994 199 1
19952101
1996 223 1
19972251
(日高教技術・職業教育検討委員会報告「高校における技術・職業教育の発展のために」87年、文部省職業教育課編「産業教育」、「工業高等学校基本調査」〔全国工業高等学校要覧〕等より作成。94年度以降は資料の関係で工業のみ)
 工業系の過去2年間の新設学科は、土木情報科、総合科学科、情報建設科、機械設備システム科、メカトロ情報科、システム機械科、機械・造船科、情報処理技術科、総合科、情報通信科、建築工学科等以上96年度。総合システム科、工業技術I・II科、都市建築科、材料技術システム科学科、電気応用システム科、機械生産システム科、生産情報科、情報総合科など以上97年度。
 1960年代にはじまった職業学科の多様化は、富山の3・7体制にみられるように、職種に直結した細分化で、中にはひとつの学科が1校にしかないようなものもあり、とうてい高校教育はおろか要請した産業界の技術の進展にも耐えられるものではなく、破綻していった。
 その一方で、いわゆる進学校を筆頭に普通科では技術や労働と結び付いた教育はほとんど行われず、受験一辺倒の教育課程の歪みが議論されることもなかった。「能力別」再編による「学力」の遅れや問題行動などが職業学科に集中したために、職業教育を廃止すれば問題が解決するかのような議論(第1次教育制度検討委員会報告にみられるように)が従来行われてきたが、学科の細分化が問題を深刻化させたとしても「以上にあげた困難な問題のどれをとってみても、高校の職業教育自体が根本的な原因となって生み出されたものはほとんどない」(佐々木享)という視点を見落としてはなるまい。学科の細分化もなく職業教育も行われてない普通科の一部で多くの問題が頻発している事実は、そうした視点を裏づけているだろう。
 1996年度の高卒者のうち24%が就職、30%が専修学校進学となっている(学校基本調査)現実は、職業教育は後期中等教育終了後(日教組教育制度検討委員会報告)といって済まされないものがある。

 (4)臨教審以降の多様化

高度成長期の多様化が職業学科の細分化を中心としたものだったのに対し、臨教審以降現在までの多様化は、従来の高校の枠組を解体するほどの勢いで進行している。以下に主な事項を整理してみる。

 ○3年制専修学校高等課程(中卒者対象)卒業者への大学入学資格付与
 臨教審1次答申(85年6月)を受けて85年10月より実施。1条校以外の教育機関を従来の後期中等教育機関と同列にみなす点で大きな転換点といえる。また、臨教審答申で提起された民活(教育産業優遇策)と公費削減、受益者負担を促進するものでもある。指定を受けた専修学校は高校と同等に認定されたことを売り物にしている。
 ○定時制・通信制の修業年限短縮
 「4年以上」とされていた修業年限を、臨教審2次答申(86年4月)を受けて88年11月学校教育法の一部改正により「3年以上」とし、89年4月より実施。夜間定時制では3年間で修得できるのは最大72単位だから、3年で卒業するためには不足分を専修学校との連携や通信制との併修、大検などで補わなくてはならず、すべての生徒が3年で卒業可能となるかのような行政側の宣伝は事実を正しく伝えていない。それにもかかわらず3年制課程の開設が強行されている。3年制の専修学校高等課程が高卒資格取得のために通信制と連携するケースも増えている。これも教育産業優遇策のひとつである
 ○単位制高校
 高校は小、中学校と異なり従来から学年制と単位制を併用してきた。これとは別に、臨教審1次答申を受け、学年区分によらない単位制による教育課程が実施されることとなった。88年3月に単位制高等学校教育規定が定められ、定時制と通信制に適用された。93年3月の規定一部改正により4月1日から全日制でも実施されはじめた。制度上HRがなく青年期の人格形成に不可欠な集団の場での学習が成立しにくい、専修学校での学習や大検合格科目等も卒業必要単位として認められるため履修の順次性や系続性が崩される、安易な選択に流れやすい、大幅な選択制を利用して受験体制が強化される等の問題点がある。選択や時間設定の自由という本来の利点が生かされているのは条件整備に恵まれたごく少数の学校だけであり、こうした特例的ケースをもって単位制高校を代表させるようなマスコミの風潮は実態から目をそむけさせるものである。94年から実施されている総合学科は単位制が前提となっている。
 ○その他の学科
 上の表からも分かるように、従来の学科の枠組を越えた新しい、中にはネーミングだけからは内容が推測できないような奇抜なものが増えている。観光科、美容科、ホテル科等従来各種学校で行われていた技能教育までが高校の教育内容として認められつつある。
 ○コース制(普通科の専門コース)
 実施している多くのところが専門科目の単位が専門学科に必要な30単位以下(20単位前後が多い)なので、統計上普通科として扱われているため実態を把握しにくいが、増加していると思われる。学区制がないことや推薦枠が大きいなど、普通科の枠外しにされている面がある。学校によっては専門科目が10単位ぐらいしか開設されていないところもあり、普通科のままでも十分対応できると思われるが、導入することによって予算措置が受けられるので積極的に導入しようとする現場も少なくない。但しコース制の先進県では大幅な定員割れによる行き詰まりが報告されている。
 ○履修方法の多様化
 従来は学校外施設での学習成果を高校の単位として認定していたのは、60年代以降の技能連携による技能教育施設での学習と76年改訂指導要領で可能となった大検(大学入学資格検定)合格科目で、いずれも定時制と通信制に限られていた。しかし92年6月に発表された高校教育改革推進会議第1次報告が、全・定すべてにおいて、 ア.他校での学習(普通科と職業科との連携)、イ.専修学校での学習、ウ.技能審査の三つを単位認定することを提起し、93年3月省令改正により4月から制度化された。これら三つの措置による認定は合計20単位までで、ア、イは科目のひとつとして認定され、ウは該当履修科目の増加単位として扱われる。なお、技能教育施設の指定権限が文部大臣から都道府県教委に移されたことにより、指定を受ける専修学校が増加している。また文部省は94年7月文部大臣認定の技能審査を積極的に活用するよう通知している。これらに係わる問題点として、アとイは当該高校の条件整備の手抜きに利用される面がある。イは定・通との技能連携の際には学校教育法の一部改正によって実施されたが、全日への拡大はそれをせずに実施した(省令改正のみ)。その窓口が新設科目「課題研究」設置だった。ウは増加単位とはいえ、学校の教育計画とは無関係に実施されるものを単位認定するという、教育上きわめて大きな問題がある。

 ○自校以外での学修による単位認定
 県教委は1999年3月30日付で「学校外における学修の単位認定に関する実施要領について」を各学校に通知した。
 それによると、学校外における学修を単位認定する場合は、その他特に必要な教科「学校外活動」に「その他の科目」として(1)「校外講座」、(2)「技能審査」、(3)「ボランティア活動」、(4)「就業体験活動」、(5)「スポーツ・文化活動」を教育課程に位置づけるということである。
 そして、この制度によって認定できる単位数は20単位以内(学校間連携及び専修学校における単位認定数と合計して20単位を越えない)とし、卒業に必要な単位数に含めることができるとなっている。対象は全・定・通の課程である。
 各科目の内容は次のようになっている。
 科目「校外講座」
 ・大学または高等専門学校における科目等履修生、研究生または聴講生としての学修
 ・専修学校の専門課程における科目等履修生または聴講生としての学修
 ・大学において開講する公開講座における学修、公民館その他の社会教育施設において開設する講座における学修その他これらに類する学修で、高校教育に相当する水準を有すると校長が認めたもの
 科目「技能審査」
 ・「技能審査の成果の単位認定実施要領」(96年3月5日)に示された技能審査に準じたもの
 なお、上記の要領に基づいて、増加単位として実施することも可能となっている。
 科目「ボランティア活動」
 ・ボランティア活動、その他これに類する活動に係わる学修で、継続的に行われる活動として高等学校教育に相当する水準を有するもの。
 ・公的機関やそれと同等の信頼できる団体などの受け入れ先や仲介のある活動であり、受入先や仲介先と十分に連絡が取れ、活動の証明が可能であること。
 科目「就業体験」
 ・就業体験、その他これに類する活動に係わる学修で、継続的に行われる活動として高等学校教育に相当する水準を有するもの。
 なお、「実務代替」と重複して単位認定することはできない。
 科目「スポーツ・文化活動」
 ・スポーツ・文化活動、その他これに類する活動に係わる学修で、継続的に行われる活動として高等学校教育に相当する水準を有するもの。
 ・学校教育活動である部活動などを除く校外の活動で、普段からの計画的・継続的活動がなければ達成できないもので、優秀な成績を証明する資料(賞状や証書など)の提出があること。

 これらは、1998年4月1日より施行された「学校教育法施行規則の一部改正する省令」によるものである。従来は専修学校での学修成果と技能審査の成果を単位認定していたものを「学校外における学修の単位認定の対象」を大幅に拡大した。このように学校外における学修の単位認定のガイドラインを作成したのは神奈川の他に山形、茨城、東京、石川、大阪、兵庫、愛媛、高知、鹿児島などである。
 従来からある自校以外の学修での単位認定としての学校間連携・課程間併修は神奈川において、弥栄東・西高校、神奈川総合・神奈川工業高校との間で実施されている。また、技能審査の成果に対する単位認定は神奈川の職業高校の多くで実施されているが、そのほとんどで卒業に必要な単位数に含れていない。対応科目の増加単位として適用している。

 (5)技能連携
 技能連携は、1960年に池田内閣が所得倍増政策を打ち出したのに伴い、経済成長により見込まれる高卒労働力の大幅な需要増大と適格者主義に起因する高校増設抑制策に応えるために、1条校以外の教育施設(公的職業訓練所、企業内職業訓練施設、各種学校)での学習成果を高校の単位として認定し、併せてそれらの施設を後期中等教育の中に位置づける目的で制度化された。61年の学校教育法一部改正により45条2項に付け加えられた技能教育施設との連携に関する条文が法的根拠である。
 その一部を抜粋してみる。
 「高等学校の定時制の課程又は通信制の課程に在学する生徒が、技能教育のための施設で、文部大臣の指定するものにおいて教育をうけているときは、校長は、文部大臣の定めるところにより、当該施設における学習を当該教科の一部の履修とみなすことができる」
 連携のための指定施設は当初は基準が高かったが、指定を各種学校に拡大するために67年に緩和され、更に指定権限が文部大臣から都道府県教育委へ移された。連携制度は93年から全日制へも拡大されたが、法改正せずに実施されたもので問題が大きい。
 技能連携発足の最も大きな要因のひとつは、上記したような高卒、特に工業高校卒労働力不足対策である。60年安保の政治危機を抑え込んだ政府自民党は、その後経済の時代到来とばかりに、61年11月に池田内閣によって閣議決定された国民所得倍増計画(昭和35年から10年間で国民所得を倍にする)で経済を最優先させる教育政策を決定した。
 以下に工業教育に関連する部分を抜粋してみる。
 ○今後における就業構造の近代化に対応して技術者、技能者の需要が増大する。これにともない目標年次における工業高校卒業程度の技術者の不足は44万人と見込まれるので、計画期間中に工業高校の定員は相当数の増加を計る必要がある。
 ○この間、昭和38年〜40年は高校進学者急増期に当るので、高校の増設を必要とするが、その際、工業高校等の増設が中心に考えられなければならない。(倍増計画2部3章人的能力の向上と科学技術の振興)

 こうした政策に沿って本県では62年に相模台、磯子、向の岡、城北の四工業高校が開校し、63年には技能連携の典型ともいうべき県公共職業訓練所との連携による技術高校(大船、平塚、横浜、川崎)が開校している。その設立趣旨は勤労青年に勉学の機会を与え、技術革新の時代に要求される技能者を養成し、適性、能力に応じた教育の機会均等と後期中等教育の拡充を計るためとされた。しかし、多くの矛盾の故に全県的な批判にさらされ、あげく県当局は「人呼んでこれを『奇術高校』という。しかし奇術にはごまかしの奇術のほかに、工夫と修練による真の奇術がある。後者は時空の芸術の一環として、人間の体力と精神力が最大限に発揮される所に成立するものである。その意味で、そう呼ばれるなら、それはむしろ技術高校に対する無上の賛辞である」(神高教30年史)と居直ったが、実態がこうした高遭な理想とかみあわない”奇術”紛いのものとなって破綻している。また工業高校増設により大幅な増員が見込まれる工業教育担当教員養成を目的とした「国立工業教員養成所の設置に関する臨時措置法」が61年5月に成立したのにともない、全国9大学(北大、東北大、東工大、横浜国大、名工大、京大、阪大、広大、九大)に国立工業教員養成所が開校されている。
 その後、工業高校の増設や学科の細分化の進捗とともに連携も拡大してゆくが、高校進学率の上昇が普通科志向を強めたために、職業学科全体が沈滞傾向に陥り、連携も減少する。その後は、臨教審答申をうけて高校全体へと拡大され、特に専修学校(1975年の学校教育法一部改正により1条校とは別に制度化された学校)との連携が奨励されるに及んで、現在再び盛んになっている。

 技能連携の評価としては次のようなものがある。
 職業訓練所や各種学校での職業、技能に関する学習を定時制、通信制と連携させて単位認定が可能になった。中卒後、職業訓練所や各種学校に学ぶ青少年にとって、自分が学ぶ職業、技能に関する専門教科(工業、農業、商業、家政等)が高校の職業科目として認定され、その他の普通教科等を定時制、通信制で修得すれば3年ないし4年間で高卒の資格が取れる等。(第一法規「新教育学大事典)

 また問題点としては次のようなものがある。
 専門教育も含めた教育全般に対する外部機関と高校側の理念や方法論の相違から、高学年で学ぶべき専門的内容が初年度におかれている。高校と外部機関職員との間の価値観の違いに生徒が悩まされる。企業との連携の場合には、企業の業績悪化等で一方的に連携が打ち切られる。高校の行事が企業の都合に左右される等である。

 技能連携は企業の労働力対策に学校教育が従属させられた等の否定的側面は多いが、少なくとも学校教育と生産労働を直結するという形態だけをみた場合、社会主義国の総合技術教育との類似性がみられなくもない。むろん、社会制度のまったく異なる先進資本主義国の類似的事例と社会主義国のそれとの間に共通性があるなどと軽々に主張するつもりはないが、類似的事例がどうして日本で必要とされ、他の形態の中で(仮りにあったとして)どういう必然性からそれが選択されたのか(西ドイツの例を参考にした、というだけでなく)、導入された結果どういうあらわれかたをしたのかという実証的な調査は必要ではないかと思われる。

 (6)技能審査
 職業高校では従来から資格取得と各種検定試験が教育目標の少なからぬ部分を占めてきた。准看護婦資格取得を目的とした衛生看護科、3級整備士資格取得を目的とした自動車整備科、現在は高専へ移行した商船高校(船舶職員資格)と電波高校(無線従事者資格)等のように、学校の設立そのものが特定の職業資格取得を目的としているところ、電気関係の職業資格のように小学科、あるいはコ−スで資格取得を目的としているところ、職業資格ではないが、商業科のように検定受験を教育活動の大きな目標としているところ等さまざまである。以下で職業教育と資格取得、検定試験との関係を整理してみたい。

  ア.形態
 技能審査とは職業資格付与のための公的資格試験、実践的技能・技術に関する検定のうち公的認定を受けている公的技能検定、民間団体によるる技能検定の三者のことである。ここでいう職業資格とは公権力が資格認定をしている公的職業資格のことで、普通いわれている民間検定による”資格”は含まない。

  〈公的職業資格〉
 業務内容が人命、健康、公共の安全等を害する恐れのある場合、その業務の遂行を有資格者に制限し、かつ法令によって業務内容、範囲等を明示しているもの。通産省、厚生省、郵政省等国で実施しているものが多い。
 電気主任技術者、電気工事士、公害防止管理者(通産省)、自動車整備士(運諭省)、危険物取扱者(自治省)、測量士(建設省)、准看護婦、保母(都道府県知事)等

  〈公的技能検定〉
 特定分野の知識、技能、技術について一定の基準により審査し公証するもので、就業にさいし有利な条件を獲得できる。法令、規則等により公共性が確保されている。商工会議所、文部省、通産省等で実施しているものが多い。
 情報処理技術者(通産省)、簿記検定、珠算能力検定(商工会議所)、実用英語検定、ラジオ・音響検定、ディジタル検定、秘書技能検定(文部大臣認定)等

  〈民間団体の実施による技能検定〉
 学校農業クラブ検定(日本学校農業クラフ連盟)、製図検定、計算技術検定、情報技術検定(工業校長協会)、簿記実務検定、情報処理検定(商業高校協会)等
  
 これらのうち、三番目の民間団体の検定は職業学科の生徒が多く受験しているにもかかわらず文部大臣認定となっていないため、職業学科側ではこれらに文部大臣のお墨付きをもらおうという動きがあるという。
 従来は主として職業学科で行われてきた資格取得や検定が現在では高校全般に拡大されている。直接のきっかけは労働力流動化への対応、専修学校優遇(民活)と公教育費削減という経済目的のために、臨教審等の意向を受けた文部省が専修学校との連携や技能審査の成果の活用を高校に強く働きかけたことによる。具体的には93年3月の学校教育法施行規則の一部改正(省令改正)によって、連携教育による専修学校での学習成果と技能審査の成果を高校の単位として認定(増加単位でいずれも上限20単位)することが可能になったからである。文部省はこの省令改正に基づき94年7月、都道府県と政令指定都市教委に対し技能審査の成果を高校で積極的に活用するようガイドラインを通知している。

 イ.技能審査のガイドライン
 ガイドライン通知に到るまでの経緯を整理してみる。
 ○理産審答申「高等学校における今後の職業教育の在り方について」(85年2月)
  「課題研究」による教育課程の弾力化。職業資格取得への配慮。専修学校との連携。
 ○「職業教育に関連する諸条件の改善グループ」(文部省委嘱)報告「資格取得等についての配慮」(以下「改善報告」と略記)(86年5月)
  高校職業学科、普通科の双方における資格取得、技能審査への積極的対応。技能審査対象の拡大。技能審査顕彰制度。
 ○教育課程審議会中間まとめ(86年10月)
  高校間連携、専修学校との連携。「課題研究」の新設。
 ○臨教審1次答申(85年6月)
  専修学校高等課程(3年制)に大学入学資格付与(同年10月より実施)
 ○同2次答申(86年4月)
  専修学校、各種学校、公共職業訓練校の活用。高校と企業や専修学校との連携。職業資格への配慮。職業教育を専門性重視型と普通科接近型とに2極分化。
 ○同3次答申(87年4月)
  公的職業資格取得機会拡大(学歴要件除去)。専修学校等との連携による高校在学中の資格取得、卒業後の実務経験年数短縮。資格取得のための施設指定(電気科等)に対応した教育課程の弾力化。職業学科や専修学校を再編した技能教育のための新たな学校。
 ○改訂学習指導要領(89年3月)
  新設「課題研究」の内容のひとつとして「資格取得」。具体例として自動車整備士、ガス溶接技能者、ボイラー技士、電気工事士、電気主任技術者等(工業科)
 ○14期中教審答申(91年4月)
  総合的な学科。高校間連携。公的、民間併せた技能検定の拡大。技能連携制度の活用。専修学校等での学習成果の単位認定。
 ○「高等学校教育の推進に関する会議」(文部省委嘱)1次報告「技能審査の成果の単位認定について」(92年6月)
  学習指導要領と整合性のある技能審査の成果を関連の深い教科目の増加単位(上限20単位)として認める。
 ○全国高校校長協会報告「商業に関する技能審査の成果の単位認定の例について」(93年3月)
  流通経済関連分野、簿記・会計関連分野、情報処理関連分野等
 ○同「農業、水産に関する技能審査の成果の単位認定の例について」(同)
 ○同「工業に関する技能審査の単位認定の例について」(94年3月)
  公的職業資格、公的技能審査、民間技能審査等全般。
 ○省令改正(93年3月)
  学校教育法施行規則一部改正第63条の4(新設).....専修学校の高等課程における学習その他文部大臣が別に定める学習で、当該生徒の在学する高等学校における科目の一部の履修に相当するものを行ったときは、当該学習を当該科目の一部の履修とみなし、当該科目の単位数に一部として認定することができる
  第63条の5(新設)......生徒が知識及び技能に関する審査で文部大臣が別に定めるものに合格したときは(中略)当該審査の内容に対応する高等学校の科目について当該生徒が修得した単位数に一定の単位数を加えることができる
 ○ガイドライン通知(94年7月)
 文部大臣認定分として実用英検、秘書技能検定、ラジオ・音響検定等15種類。他省庁所管分として電気主任技術者、電気工事士、公害防止管理者等27種類。高校がこれらに積極的に対応するよう奨励。
 ○省令改正(98年4月)
 第63条の4は更に改正され、一項で「大学、高等専門学校又は専修学校における学修、その他の教育施設における学修で文部大臣が別に定めるもの」、二項で「知識及び技能に関する審査で文部大臣が別に定めるものの合格に係わる学修」となり、
 第三項には「ボランティア活動その他の継続的に行われる活動(当該生徒の在学する高等学校の教育活動として行われるものを除く。)に係わる学修で文部大臣が別に定めるもの。」が加えられた。
 学校教育法施行規則の一部を改正する省令によって、従来、学校外の学修の単位認定として、専修学校の学修成果と技能審査の成果とを認めていたが、改正によりボランティアや校外活動、校外講座なども対象となり大幅に拡大された。

  ウ.技能審査のあり方
 高校の職業教育は、理念からも単位数等の実態からも、狭義の職種に対応した労働力養成ではない。このことは、戦前の実業学校令における各種実業学校(横浜商業学校、商工実習学校等)での実習が、総授業時間の半分以上を占めていたことと較べれば明らかである。60年代の多様化政策で乱立された本県の技術高校をはじめとする即戦力を売り物にした小学科が、軒並み破綻していったことからも分かるように、特定の職種に限定した職業教育は、時代の要請にも保護者や子供の希望にも適うものではなかった。
 高校の職業教育は普通教育と相侯って中等教育を完成するものであり、しかも中等教育自体青年期の人格形成に主眼をおいた完成教育(大学等への単なる準備段階ではないという意味で)であるから、ヨーロッパの中等職業教育のように、横断的賃金制度、職種の共通認識といった社会的背景のもとで「社会的に承認されたその職種の熟練資格(資格試験に合格すること)がその職業教育の主要な目標となっている」(日高教報告87年)のと違って当然となる。職種の概念が明確化され就職は職種を限定して行われてきた社会では、資格が熟練職種に就くための重要要件だから、「資格というものが教育制度全般にもつ意味あいが、ヨーロッパと日本では月とスッポン位の大きな違いがある」(同)ことになる。(ただし、産業構造の急変により、ヨーロッパでも熟練労働に対するこれまでの考え方が変ってきている。)このようにみてくると、高校職業教育の重点を、特定の職業で必要とされる技能、技術を対象とする資格・検定の取得に限定することは、戦後教育の理念からも我が国の就業の実態からしても無理があるといえよう。

 以下で技能審査の留意点と原則をまとめてみたい。
 公的職業資格が設けられている分野
 ○「改善報告」(86年5月文部省)は実務経験年数の弾力化などを国に求めているが、業務の性格上国等によって厳しく設定されている規準を学校の都合で緩和させようというのは本末転倒である。
 ○同報告は卒業直後の資格取得を容易にするために、それ専用の学科やコース、高校の修業年限の延長を提起しているが、こうした専修学校的制度は高校本来の趣旨と異なる。

 公的職業資格が設けられてない分野
 ○「改善報告」は技能審査の対象をほとんど無原則に拡大しようとしているが、公共性が保障されている公的技能検定と異なり、そうした保障のない民間検定は労働の評価としての実態がなく、こうしたものを無制限に教育現場に導入すべきではない。
 ○民間検定でも簿記検定のように教育効果をもつものもあるが、反面、合格することが自己目的化され、検定直前の特訓等による他教科への圧迫、担当者間での合格率の競い合い、複数受験による“検定漬け”などの歪みが指摘されており、教育計画全体の中での位置づけを厳密にすることが重要。
 ○ 同報告は技能審査の成果の顕彰制度を提起し愛知県の制度を例示しているが、対象となる検定は80種目と多く、検定合格の数を競わせるような方向性は問題。 

 技能審査の原則
 高校教育における資格・検定のあり方はあまり論議されないまま、安易に生徒に奨励している。
 しかし、導入する場合でも、少なくとも次のような原則に立つべきである。
 ○資格・検定取得それ自体を主目標とはしない。
 ○職業教育本来のあり方からして有益な場合のみ導入する。
 ○取得を目的とした小学科やコースはつくらない。
 ○検定実施団体が手数科、採点料等の名目で不当な利益をあげないよう、民主的でオープンな運営にする。
 ○教科エゴ(縄張り意識)や実施団体の思惑による安易な検定の新設はすべきでない。

 今日の資格ブームを生み出したもとは臨教審3次答申が打ち出した「生涯学習体系への移行」である。終身雇用が消滅し、労働力を(1)長期蓄積能力活用型(長期継続雇用、幹部候補生、退職金、福利厚生は現行並み)、(2)高度専門能力活用型(契約雇用技術者、派遣労働者、能力給、福利厚生一部のみ)、(3)雇用柔軟型(パート、福利厚生自己負担)の三種に種別化し、出向、馘首、転職を日常化させる雇用環境の中で、自己の労働力評価に客観性をもたせる指標として資格や検定がやかましく言われだした。大卒より4年早く就職する職業学科で、従来にも増して資格・検定取得が奨励されるのもこうした社会情勢と無縁ではない。だが、現在我が国で宣伝されている資格取得は、熟練労働力を社会的に認知させ就業を有利にするための指標としての資格、というヨーロッパ型のものとは違って、”クビ切り”対策として専ら資本の側から提起されたところが特徴である。

 (7)専修学校の問題点
 卒業生の約3分の1が専修学校へ入学し、教育課程の弾力化措置により連携がしきりに推奨されている専修学校は、また、誇大広告等の多いことも指摘されている。入学者の多くは専修学校側の情報のみに頼って学校を選択している事情もある。また専修学校の授業科は私立大学のそれと同等かそれ以上に高額である。一方、普及の度合いからいっても、即戦力を売り物にする専修学校の存在を無視することはできない。従来専修学校の実態が行政によって把握されたことはなかったが、87年に総務庁行政監察局が「専修学校の現状と問題点」と題する報告書を出し、専修学校のズサンな経営や誇大・不正広告などの実態にメスを入れたことを契機として、高総検ではVII期報告で専修学校問題を取り上げた。ここ数年、高校多様化の一環として専修学校との連携を行政当局が従来にもまして奨励しているので、再度本稿でも取り上げることにした。(詳細はVII期報告、及び上記総務庁報告を参照)

 ア.現状
 1995年度版の学校基本調査によると専修学校の実態は次のようになっている。
 学校数  3、476(国立152、公立219、私立3、105)
 学科数 服飾・家政関係 1、870、商業実務関係 1、617、医療関係 1、614工業関係1、585
 生徒数 81万3千人(国立1万8千人、公立3万5千人、私立76万人)
 分野別 医療関係 18万8千人、工業関係 17万1千人、文化・教養関係 14万7千人商業実務関係 14万3千人
 専修学校は1975年学校教育法一部改正により制度化された。従来の各種学校のうち、条件の揃っているものを”格上げ”したもので、1条校と各種学校の中間にある。形態として次のものがある。
 〈高等課程〉中卒対象3年制で大学入学資格を与えられており高等専修学校と呼ばれる。 
 〈専門課程〉高卒対象。2年制以上は専門士の称号を与えられ大学編入が可能。専門学校と呼ばれる。
 〈一般課程〉これら以外の教育を行う。

 専修学校が今日のような繁昌をみせることになった背景のひとつに、行政による強力な後押しがあっとことは事実である。臨教審は、高等課程への大学入学資格付与(1次答申)、「生涯学習体系」構想で技能訓練のための積極的活用と多様化による高校との連携奨励、(2次答申)、資格取得のための活用(3次答申)等、の支援を繰り返し提起し、その多くが制度化されている。文部省は専修学校制度を認知し奨励している実績を示すために、私学振興財団からの融資とごく小人数ながら日本育英会奨学金貸与を可能にした。これを受けて全国でも私学助成の対象にするところが増えている。
 臨教審答申や高校弾力化の一環としての専修学校との連携強化など、行政側が専修学校優遇に邁進するのは、専修学校の圧倒的に多くが私立であり、1条校と違って公費負担が僅かで済むか不要だからである。専修学校がいくら増えても行政側の腹は痛まないし、高校との連携を強化しても生徒の自己負担だからやはり腹は痛まない。教育・福祉予算を削り、日米安保ガイドライン見直しに見られるような一層の軍拡を目指す行革にはうってつけである、高校教育との関連で見れば、教育改革をダシにした軍拡といっても過言ではあるまい。

 イ.専修学校の問題点
 教育改革と関連づけて専修学校が支援される一方で、宣伝、広告と実態の不一致、教育条件の悪さと授業料の高さ、利潤最優先の経営等の問題が以前から指摘されていたが、公的に認知された学校ということもあって実態は容易に明らかにされなかった。上で触れた総務庁報告は、行政監察局が86年に9都道府県教委、131専修学校及び関係団体について行った行政監察結果で、87年1月総務庁長官から文部大臣に対し勧告が行われた。指摘された問題点は以下の通りである。(一部のみ)
 〈誇大広告等〉
 ○ 保母、測量士等の資格が取得できないのに出来ると錯覚させる虚偽の表示(8校)。
 ○ 在職してない者を教員と表示(4校)。
 ○就職率、資格取得率の誇大記載、実績のない就職先の表示(9校)。
 ○ 許可のない学科を表示し生徒募集、大幅な定員増募集(23校)。
 〈中退等〉
 適格な情報が十分提供されてない、中学または高校の進路指導が不十分などのために、入学後、進路変更、学科に不適、就職に不利等の理由で退学する者が多く、中退率4分の1が9校あり、中には46%以上というもところもあった。
 〈教育内容等〉
 ○生徒の応募がまったくなく休校中のところ(103校)。
 ○高等課程と専門課程、学年別の授業を混合クラスにしている(4校)。
 ○半年単位の職業訓練校からの委託教育に合わせるため、同一クラスで同一内容授業を年2回反復(1校)。
 ○調理師、理容師、美容師養成施設では高等課程と専門課程で同一授業(6校)。
  〈教育条件等〉
 ○教員資格のない者に授業をさせる(13校)。
 ○年間授業時間が最低基準を下まわっている(2校)。
 ○教員数が基準を満たしてない(15校)。
 ○定員の4、5倍を入学させている(2校)。
 ○校舎が短期賃貸借で経営上の安定性がない(2校)。
 ○学校保健計画を作成せず、定期健康診断を実施してない(20校)。
 勧告を受けて文部省が87年1月、各都道府県知事及び教委に対し指導通知を出したことにより、一定の改善や自主規制がみられる。専修学校の価値とともに限界や問題点を見極めることが必要だろう。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 3.日教組・労働組合の職業(専門)教育の歴史

(1)日教組など労働組合の職業教育政策(1970年まで)
 ア.日教組など教職員組合は、基本的には新制高校制度出発の理念=「総合制」教育の中で「全ての高校生に職業・技術教育を施す」ことを基本にしてきた。そして、職業・技術教育は、人間が生きる力を育むためのものであり、企業(産業)の発展に資するためのものではないとしてきた。そのため、高校では専門的職業技能教育は行わず、一般的職業・労働教育を全ての生徒に行い、専門的職業技能教育は高校終了後に行うことを基本としてきた。
 イ.1958年政府は「職業訓練法」を制定した。これは、労働者側の要請もあったが、工業技術の発展に伴う労働者の再教育を求める資本の側の強い要請に基づくものであった。1960年頃から、労働組合も職業訓練の民主化を求める闘いを、労働運動の重要課題と位置づけるようになった。文部省は、60年企業内職業訓練と定時制・通信制教育との連携により履修単位を認める「学校教育法の一部改正案」を提出した。また、日教組は「高校全員入学運動」に取り組み、職業訓練と高校職業(専門)教育との関連を検討し始めたのである。
 ウ.1960年の「所得倍増計画」は、「後期中等教育を学校教育に限定するのは適当でない、高校の他各種形態の職業訓練、各種学校・通信教育等の組織的訓練も本来中等教育の一環」として、全員入学を前提として高校教育の中で全ての高校生に職業・技術教育を位置づけようとする日教組の運動と対立した。
 総評・中立労連は、1960年から61、62年と3回にわたって「職業技術教育研究集会」を開催し、職業訓練を民主化する闘いを進めたが、この3回で中断してしまった。この研究集会が開催されるに至った契機は、「技術検定ボイコット闘争」の失敗にあった。58年の職業訓練法は、国家が一定の技能水準に合格したものに1級、2級の「技能士」資格を与える内容も含んでいたが、その検定ボイコット方針は労働者に受け入れられなかったのである。そこで、職業訓練問題に取り組む労働者側の方針を明らかにするために研究集会を開催したのである。日教組は、この中で「職業訓練は企業に任せるものではなく、公共的なものとして、国の責任で行わせるべきものである」との主張をした。そして日教組は、以下の「労働者階級が目指すべき方向」を集会で報告した。

労働者階級が目指すべき方向(日教組)
  1. 職業技術教育は産業の当面の必要性に合わせた労働者の育成であってはならず、個人の能力を全面的に発達させるものでなくてはならない。
  2. 経営者の搾取が職業訓練に入り込むことを防止するためにも、職業技術教育は経営とは無関係に行われなければならない。それは当然、公教育の枠内で行われなければならない。
  3. 運動目標 (ア)公共職業訓練所の拡充(イ)企業内訓練の廃止(ウ)高校定時制・通信制教育の拡充強化(エ)高校全員無償入学
  4. 予算の拡充と、全ての労働者が職業技術教育を受けられる保障
  5. 学校教育と技術者養成の連携は、運動目標の完全充足が前提
  6. 職業訓練は、本質的に労働者を管理、統制する側面を持つ。そのために、労務管理の側面を出来る限り排除する。労働組合は、企業内訓練が行われる場合には、教育・訓練の監督権、それへの参与権を獲得しなければならない。

 エ.この集会において、総評は次のようなまとめを行った。
 「職業技術教育に対する我々の基本的態度」
 <資本家と政府の負担で、全ての労働者に永続的な技術進歩に見合う職業技術教育を行うことを目標として、次の基本的態度を明らかにする>。

  1. 全ての労働者は、年齢・性別に関わりなく、公共的な職業技術教育を受ける権利があり、国はこれを保障しなければならない。(憲法第26、27条)特に青年労働者の権利は尊重されなければならない。
  2. 職業技術教育のための諸費用及び教育期間中の生活は、国及び資本家がこれを負担しなければならない。
  3. 職業技術教育の内容は体系的で、完全な基礎教育を含み、永続的な技術進歩に対応するものでなければならない。
  4. 見習い・養成工に対しては、法定最低賃金が保障されなければならない。
 オ.日教組は、企業連携を認めるための「学校教育法の一部改正案」に反対する方針を明らかにした。日教組は、その問題点を明らかにするために、神奈川と静岡の連携教育の実態調査を行い、問題点として次の諸点を挙げた。
(1)連携が内容的に成立していない、(2)訓練生の学習価値の分離感が強い、(3)訓練所の教育内容が学校教育に比べて著しく貧弱である、(4)生徒にとって学校が会社の延長となっており、学校教育にあるべき自由の空気にかけている、(5)学校内で、連携下の生徒が一般生徒からの差別感や違和感を持っている、(6)二重負担(学校と企業の慣れ)となっている、(7)学校運営に混乱が持ち込まれている、などであった。これら日教組の指摘の正しさは、神奈川で設立された技術高校のその後の失敗によって証明されたのである。
 *1961年企業連携の問題点を明らかにするための調査団(日教組)
 調査対象…神奈川県の工業高校全日制別科とN社製鉄所
         静岡県N工業高校定時制とS機械製作所
 報告書・…日教組 1961.1.「学校教育と企業内教育との連携に関わる調査報告書」(日教組教文部・高校部)

 カ.しかし、1963年経済審議会は、「経済発展における人的能力開発の課題と対策」の「養成訓練分科会報告」の中で、「職業訓練法に基づく職業訓練その他各種の組織的な職業訓練を後期中等教育の一環として公的教育の一本化の柱に位置づける中等教育完成への政策の具体化」を提唱した。このことは、高等学校における職業(専門)教育の中に職業訓練を持ち込もうとするものであった。このような人間性を育むための職業・技術教育を否定し、企業に資するための高校多様化政策に対し、日教組は民主的職業教育政策の確立に迫られていった。66年には、「期待される人間像」が出されるなど産業界の求める能力主義的教育政策はより露骨になっていった。

 キ.この様な状況の中で、1972年総評は、「教育と労働者」シンポジウムを開催し、「公教育」「技術訓練」「企業教育」において労働者支配の総合的攻撃がかけられているとの認識の下、労働者側の共通の認識と闘いの方向性を求めようとした。その中で確認されたことは、全労働者の闘いとして教育委員準公選制と地域総合高校実現の取り組みを強化すること、労組として教育白書を作成し日教組にぶつけること、企業内教育も「自主・民主・公開」の原則が貫かれること、公費による無償の地域総合職業訓練所の設置要求などが確認された。

 (2)職業訓練に関する国際的動向(1970年前後)
 ア. 1968年世界労連(左派的労働運動を掲げる国際的労働組織)は、「職業訓練に関する世界労働組合会議」を開催し、総評は代表を送った。この会議では、次の内容の憲章を採択した。

  • 職業訓練は、労働者がその希望と能力に応じて、あらゆる水準の教育を受けられる機会を彼らに保障するために、経済的、社会的発展計画の一部とならなければならず、教育制度に含まれねばならない。
  • 全ての労働者は、自ら選んだ職に就き、そこで仕事を行い、昇進することを保障する職業訓練を受ける権利を持つ。
  • 職業訓練は、国家の義務であり、国は勤労大衆のために職業訓練を保障し、十分な職業訓練施設を設置しなければならない。
 イ.総評は、1970年「技術革新と雇用保障」という報告書の中で、「現在の高校程度の教育内容を全国民に対し平等に公教育を通じて教育する義務を国家が負う」として、高校義務化の中で職業訓練も考えるべきとした。
 ウ.1971年総評、中立労連は、ソ連・イタリア・フランス・東ドイツの代表を招いて「職業訓練に関する国際シンポジウム」を開催した。その中で、職業訓練は、労働者の権利であること、思想・信条・人種・性別などによる差別があってはならないこと、職業訓練の権利を国に保障させること、職を得る権利と生涯にわたって再教育を受ける権利とを労働者に保障することなどが確認された。
 エ.このように、日本においては職業技術教育は高等学校教育の中で全ての国民に保障すべきものとして考えられてきたが、国際的には、職の保障との関係の中で国の義務としての職業訓練及び再訓練を捉えていた。

 (3)70年代の日教組の職業技術教育
 ア.1970年高校学習指導要領が改訂された。この改訂では、「期待される人間像」の差別的能力主義の考え方が持ち込まれ、職業科における普通教科の内容を低度のものとするなど、普通科と職業科とを別個の制度とするもので、戦前の複線型の実質的復活であった。このことは、当時高校進学率が85%を越え、大学進学熱が高まる中で進んだ職業科の地盤沈下を制度的に認めようとするもので、職業技術教育を進学準備教育の下に置く差別的なものであった。
 日教組は70年、急速に進む職業科の多様化の実態調査を行った。それによると69年段階で職業科の小学科数は252を数え、農業科、家庭科では65%の生徒が高校で学んだ内容とは無関係の就職をしている実態が明らかになった。商業科でも約半数が無関係の就職で、開設以来秘書になった者が1人もいない秘書科や、神奈川の技術高校印刷科での「内容を高度なものにすると東京に卒業生をとられる」ので低度なものにしている実態など、職業科の多様化の無意味さが明らかにされた。

参考:高卒男子技能工生産工程作業入職者の学科別割合
( )内は学科卒業者総数に占める割合
1959年1967年
普通科28.6%(23.7)21.0%(28.8)
工業科51.9%(63.2)64.2%(74.9)
農業科 9.3%(17.2) 7.6%(26.6)
商業科 8.3%( 9.4) 6.2%(12.1)
 イ.1972年日教組は、「全ての青年のための後期中等教育をどう保障するか ─高校教育の義務化を目指して─ 」(教育制度検討委員会中間報告〈その2〉)を発表した。
 その中で、日教組は志望者全員入学の地域総合高校構想を提示した。それまでの総合制が、複数学科の併置に留まり、そのことが普通・職業の分離を許してしまったことを反省し、この構想を打ち出したのである。地域総合高校は、全ての青年が主権者として成長するための基礎教科と労働・技術の一般教育としての総合技術教育からなる「共通課題」と、個性の開花を促す一般教養と基本的な職業技術教育からなる「選択教科制」を組み合わせたものとして構想された。
 この一般教育とは、「教養主義」的なものではなく、職業的な労働の中で活用される基礎的な教養、労働と科学的認識とを結合した一般教育であり、さらに、地域性を考慮した職業的な専門教科が、選択教科として配置されなければならないとした。また、生徒は入学当初から普通課程と職業課程とに分離したり、「学科」やコースに選別されることなく、生徒各自の志望による選択科目の自主的選択によって、学習の個性化と分化が行われるものとした。
 このような、地域総合高校は、その後の日教組の高校三原則実現の柱となっていったが、その後の第2期ベビーブームにおける高校増設運動では、国民の要求が「大学進学」に傾斜したため、普通科中心の高校増設になっていった。
 ウ.1974年に発表された「日教組第1次教育制度検討委員会報告」の職業(専門)教育に関わる主なものは以下の通りである。

  • 高等学校の改革提言の中心は、地域総合制高校の創設で、普通高校、職業高校の別をなくし、新しい普通教育を行う総合高校として再編成される。
  • 職業(専門)教育は、卒業後公的な職業訓練施設において行うか、高等教育機関において行うものとするなど、高等学校における従来の職業(専門)教育の廃止を打ち出した。
  • 職業教育は、一般教育の一部として、地域の状況や学校規模に応じて、農業、工業、商業、水産、家庭などの専門科目が用意される。
 この報告に対して、職業教育関係者から多くの批判や、疑問が提起されたことは前述の通りである。

 エ.同じ年日教組は、地域総合制高校を目指す実践として、兵庫県の尼崎産業高校に調査団を送ってこの取り組みを全国に紹介した。尼崎産業高校は、商業科・機械科・電気科からなり、1学年は普通課程とし、2学年以降本人の希望により普通科と職業科に分ける「総合制」が進められていた。

尼崎産業高校の総合制を目指す自主編成(1972年)
  • 尼崎地区は総合選抜(地域8割、志望2割)
  • 産業高校は振り分けの最下位に位置づけられ、不本意入学と低学力に悩んでいた。
  • 普通教科に重点を置き、専門教科を35単位に切りつめた。
  • 専門科目の教育内容を根本的に検討し「学力の低さこそ差別の典型である」との共通認識を持ち、学力保障を第一とした。
  • 商業科に「工業概説」、工業科に「商業一般」を履修させる。
  • 男女ミックスホームルーム
  • 1年次は、普通科目の共通履修。

 オ.この当時、日教組が指摘した職業科教員の「総合制」への意識によれば、農業科や商業科の教職員は総合技術教育や総合制への指向は強いが、工業科は総合制と、技能修得に徹するとの意見対立が激しいとしている。そして、総合制移行には産振法が障害となっているとの指摘を行っている。

 カ.日高教(一ツ橋派)傘下の長野高教組は、「総合制」に近づく視点として「総合技術教育」を提起した。60年指導要領が職場のカリキュラムに位置づいてしまった反省から、自ら教育内容を作り上げ、職業科から「総合制」に切り込む視点として「総合技術教育」を提起したことは大きな意味があるといえる。

 日高教長野高教組の「総合技術教育」モデル試案
 a.教育課程の基本構造と総合技術教科の位置づけ
 土台・・・言語・数学(国語12単位・外国語12単位・数学13単位)
 柱・・・・自然科学12単位、社会科学12単位、芸術6単位、体育・健康科学11単位の4分野
 屋根・・・総合技術12単位
 特別教育活動6単位
 b.総合技術教科のねらい

  1. 生徒の可能性の全面的かつ個性的な発達を目ざす教科である。
  2. 小中高の一貫性を重視して組み立てられた、高校段階での全教科の統合教科としての性格を持つ教科である。
  3. 職業教科が止揚され、農・工・商・家の寄せ集めでない総合教科である。
  4. 生産・流通・消費・生活の基本教科である。
  5. 社会科学と自然科学の側面を持った、労働と教育とを結合した教科であり、総合的・科学的能力と知識のための教科である。
  6. 実用教科ではなく、人間の一生を貫く基礎教科であり、これが発展して人間の持つ可能性を引きつづき発達させる教科である。
  7. 資本の論理に基づく労働力育成のための教科でなく、働くものの権利を確保する教科である。
  8. 公害などの環境破壊に対決する人間のための総合的視野の開花を持つ教科である。
 c.総合技術は、総合技術I(1年4単位)、総合技術II(2年4単位)、総合技術III(3年4単位)とするが、これを基本としつつも、普通科と職業科において別の展開を可能とする。しかし、職業科では、職業専門教科を含む総合技術を最大でも35単位とする。

 (4)1980年代の職業教育に対する日教組・労働組合の職業教育政策
 ア.1978年に発表された80年実施の学習指導要領は、内容的には、「日の丸・君が代」・道徳教育の強化、差別選別教育の強化など問題は多かったが、制度的な面では卒業単位、必修科目・職業共通履修単位の削減や、職業教育科目のほぼ半減など、文部省がこれまで進めてきた多様化、細分化、内容の高度化などの方針を変更するものであった。
 1980年学習指導要領改訂(一部)

  1. 必修科目の削減(12科目47単位から7科目32単位・女子は8科目)
  2. 卒業単位の削減(85単位以上から80単位以上)
  3. 専門教科科目の共通履修単位の削減(35単位から30単位)
  4. 職業教育科目の削減(314科目から157科目)
    新たに演劇、写真、ホテル・観光、理容、美容など例示
  5. 定時制・通信制で職業実務や家事を関連教科・科目履修の代替を可能とする
 イ.1979年教育長協議会報告(高校教育開発研究プロジェクト・チーム)は、高校教育の多様化を一層すすめるために次のような報告を行った。この内容は、80年代後半〜90年代に進められた「高校多様化」の基本となる報告であった。

(新しいタイプの高校)・単位制高校・集合型選択制高校・全寮制高校・単位制職業科高校・六年制高校・地域に開かれた高校
(生徒の能力・適正・進路・興味・関心等における多様化に対応する弾力的教育課程)
 (1)類型制と自由選択制の拡大 (2)習熟度別指導の拡大  (3)勤労体験学習の推進
 ウ.日教組は、1983年第2次教育制度検討委員会報告をまとめた。ここでは、「地域総合制高校」構想の現実的発展をめざすという新しい視点を提起した。第1次報告(1974年)で打ち出した「地域総合制高校」では、学科の区分をやめて一本化し、選択制教育課程の下で個性的分化を図り、全体として「新しい普通教育」とするとして、専門的職業技術教育は卒業後に公共的職業訓練機関または大学で行うとしていた。
 第2次報告では、第1次報告以後の10年間で全国で400校の新たな高校が作られたが、そのほとんどが普通科であったこと、そして、高校教育の困難化がさらに進み、職業教育はその専門性を卒業後に生かす幅が狭くなったという現実の中で、第2次報告では第1次報告の基本的観点を踏襲しつつも、当面の現実的改革を提起したのである。それは、入試制度の改革、各学科の狭い分野を越える選択制の活用、学科の統合・再編成、あるいは普通科で職業・技術教育の取り入れ可能とする80年指導要領改訂をも一部ふまえたものであった。
 しかし、この第2次報告の内容と合致した改革が行われたのは、わずかに神奈川における職業科の統合と、学区縮小のみであった。
 このような、1980年学習指導要領改訂、日教組第2次教育制度委員会報告に見られる、文部省・日教組両者からの先進的もしくは、十分利用価値のある制度改定に対して、教育現場がその経験主義的保守性故に、受験準備教育、ないしは専門性の深化に中心を置き続けてしまったのである。

 日教組第2次教育制度検討委員会報告「現代日本の教育改革」
  • 選抜から選択への原理の転換
  • 60年代の高校多様化政策(能力別編成による実質的複線型制度の復活、実用主義的・功利的で人間の価値が問われない教育)への批判
  • 全ての青年が文化の人間的・人類的価値に目を開くための教育の実現
  • 社会観・職業観の形成と意欲的進路選択
  • 自主的選択と決定の機会の拡大
  • 選択制の効果的運用のための単位制の積極的活用(共通教養の修得を前提)
  • 学科の適切な統合による職業教育の改革
     (ア)一般教育と職業教育との結合
     (イ)中教審「教育改革試案」(1976年)の小学科を大きくくって、専門教育の基礎内容に重点を置く。少なくとも、小学科は2年次からの分化とするくくり募集とする。
     (ウ)教科と実習の内容を、生産方法の一般的原理を軸として編成する。
     (エ)普通・専門両科目の間で関連科目の結合を図る。普通科においても、職業科同様総合化の観点で行う。
 エ.1984年9月中曽根内閣は、臨時教育審議会を発足させた。その目的は、内閣直属の臨時行政調査会方式で、政府をあげて戦後教育を全面的に見直し、戦後の民主的教育の総決算を行おうとするものであった。その狙いは、(1)国家主義的価値観の定着化に資する教育の実現 (2)教職員の管理・統制 (3)教育財政の合理化、教育の民営化 (4)教育の能力主義再編成の完成 (5)産業の高度化に伴う教育制度の再編成などにあった。中曽根首相は、個人的諮問機関を次々に設置し、その報告を下敷きに据えて臨教審を誘導したのである。
 ○中曽根首相の教育改革「7つの構想」(1983.10)
 (1)学制改革 (2)高校入試改善と偏差値依存の是正 (3)大学入試改善と高等教育改革 (4)人間形成のための社会福祉や集団宿泊訓練などを正規の教育に組み入れ (5)情操教育・道徳教育の充実 (6)国際理解教育・語学教育の改善(7)教員の資質向上、社会人教師導入など。
○教育改革5つの原則
○(1)国際化の原則 (2)自由化の原則 (3)多様化の原則 (4)情報化の原則 (5)人格重視の原則、を提起。(1984年2月、中曽根ブレーン会議)
○世界を考える京都座会「学校教育活性化のための7つの提言」(1984.3.松下幸之助座長)
 (1)学校の設立の容易化と多様化 (2)通学域制限の緩和 (3)意欲のある者を教員に(4)学年制、教育内容・方法の弾力化 (5)学制の再検討 (6)偏差値偏重の是正 (7)規範教育の徹底

 臨教審報告は、実質的にはこれらの私的な報告に公的なお墨付きを与えるためでしかなかった。さらに、科学技術の高度化に伴う産業再編成に対応しうる高校教育・職業教育を進めるために理産審答申(1985)を出し、それを具体化するための「産業教育改善調査研究協力者会議」を発足させた。
 臨時教育審議会は、1985年に第1次答申、86年に第2次答申を出した。その内容は、上記報告を基本とする、生涯教育、国際化・情報化、道徳教育と人格管理、教員の資質向上・教育管理、教育の規制緩和などに貫かれていた。
 オ.臨教審は、第2次答申で改革の最も重要な柱として「生涯学習体系への移行」を打ち出した。答申は、「我が国が今後活力を維持し発展していくためには、…・学歴社会の弊害を是正するするとともに、学習意欲のあらたな高まりと、多様な新しい教育サービス供給体系の登場、科学技術の進展などに伴うあらたな学習需要に応え、学校中心の考え方から脱却しなければならない。」とした。これは、産業の情報化による巨大な産業構造の転換と、転換をスムーズに進めるために、教育の「情報化」と労働力の流動化を可能とする再教育システムの整備を進めようとするものである。そのためには、これまで企業内教育で行っていた労働者教育を「社外教育」の形を採らざるを得なくなり、そのことにより、学校教育、とりわけ職業(専門)教育を生涯学習の機関として再編成する必要性に迫られたことであった。
 カ.日教組は、臨教審の全面的教育攻撃に対する現場教職員の立場からの教育改革の方針を明らかにするために、「教育改革研究委員会」を発足させ、臨教審答申に対応する形で2次にわたる提言を行った。
 □教育改革研究委員会報告「第1次報告」(1985年)
 教育改革の理念

  1. 平和と国際連帯の原則
  2. 人権と社会的平等の原則
  3. 生涯に渡る学習権の保障
  4. 自立と連帯、選択と創造の原則
  5. 教育改革への国民参加の原則
 緊急の教育改革要求(高校教育に関わる部分)
 当面する教育制度改革(職業教育に関わる部分)

 国民的教養としての普通教育と専門教育の基礎を全ての青年に施す

 選択教科は、無学年、単位制で進める 

 □教育改革研究委員会報告「第2次報告」(1986年)
 第1委員会:学校教育制度の改革について
 第2委員会:高校と大学の入試制度改革について
 第3委員会:生きる力、たしかな学力を育てる学校への改革提言
 第4委員会:教員の養成・採用・研修について
 第5委員会:「生涯学習」の権利の実現について
 第6委員会:教育財政の改革について
 以上の6つの委員会報告のうち、高校教育、職業(専門)教育に関わる報告は、第1委員会と第2委員会報告である。
 第1委員会報告(部分)
 (1)総合制・男女共学制・小学区制の地域総合中等学校を展望し、「臨教審」の部分的6年制中等学校には反対。
 (2)前期3年後期3年(定時制4年)とし、発達に応じた普通教育を行い、高校課程では、専門教育の基礎をすべての青年に施す。前後期間では選抜は行わない。
 (3)学区の広大な地域や島嶼では小学区制とし、都市部ではいくつかの学校で連合学区を作る。連合学区には、希望する私学、現行職業科を含む。
 (4)狭い職業に直結する小学科は廃止。細分化された専門教科目を統合する。
 (5)企業内教育施設、職業訓練所(現在職業技術校)、各種学校との安易な連携は行わない。
 (6)地域総合短期大学を創設する。そこでは、職業技術教育課程、生活・教養教育課程、−般教養課程からなる学科が設置される。そして、現行職業高校、高等専門学校、高等専修学校を充実・整備し、条件の整ったところから地域総合短期大学へ発展させる。これによって、青年・地域住民の職業技術教育と生涯学習権の公的保障を進める。
 第2委員会報告(部分)
 (1)高校準義務化の実現(準義務化とは、(1)高校進学をすべての青年に権利として保障し、教育費は無償 (2)保護者は進学希望を保障する義務を負う (3)地方公共団体は、設置義務、就学援助の義務を負う)
 (2)1990年を元年として高校準義務化の実現を図るため、次のような計画的取り組みを行う。
  <第1段階> 90年代はじめまで
 ・小学科の統合をはじめとする職業高校改革と私学教育の改善をはかって、希望者全員入学を可能なところから実現していく。
 ・職業高校への進学を進路や個性に即した生徒本位のものとするため、定員の弾力化や普通科の併設を検討する。
 <第2段階>90年代半ば
 ・高校三原則の実現と高校入試廃止の実現
 ・普通科・職業科の両面からの教育課程改革を前進させ、不適切で教育的でない類型・学科を廃止ないしは統合し、総合高校を実現する。
 ・職業高校は、社会的必要と生徒の希望に応じて当分の間併存するが、職業教育・技術教育のセンター校の役割も担う。
 ・職業高校専攻科の発展的拡充として、社会人の再教育をふくむ地域の職業専門教育機関とする方向を検討。
 <第3段階>21世紀目前まで
 ・第2段階の取り組みを前進させ、希望者全入から高校準義務化の実現をはかる。
 ・中・高の連携を強め、中・高一貫の「地域総合中等学校」を可能なところから創設していく。

 キ.以上のように、職業教育に関わっては一般的職業・技術教育をすべての青年に保障した上で、現行職業科は縮小・廃止して、職業(専門)教育は「地域総合中等学校」卒業後に行うというように、18歳までの中等教育の中では職業(専門)教育を行わない、というこれまでの日教組の原則は何ら変わらなかった。
 ク.「臨教審流教育改革」による教育の反動化が進む中で、日教組は90年代を目前にして教育改革運動の修正に迫られ、1989年「90年代の教育改革運動―教育の流れを変えよう―」と題する報告を行った。この報告では、(1)地域に開かれた学校作り運動、(2)教育の複線化に抗する統一学校運動、(3)情報化社会における学習権と情報権の確立運動、(4)国際建帯に基づく教育改革運動、の4点を特に重視した。その中で、統一学校運動という6・3・3制を中心とする戦前のアメリカの民主的単線型教育改革運動を見直して、高校準義務化と中高一貫教育を中心として「新たなる統一学校運動」によって、「新しい教育の多様化」や「生涯学習体型への移行」の名の下に進められようとしている「教育の複線化」あるいは「複線型多様化」政策に対抗しようとしたのである。
 また、この報告には、第2次報告(1986年)で不足していた高校入試における「推薦制」の実施を巡る問題と、「適格者主義」の排除、「入試改革の主体」としての国民の位置づけの明確化、上からの入試「改善」によって切り捨てられている5%の青年に教育を保障するための定時制・通信制教育の拡充など新たな視点を含んでいた。

 (5)1990年代の日教組の職業(専門)教育政策
 ア.1990年代に入り、教育改革の中心は高校・大学教育に移行してきた。文部省は、1991年6月「高等学校教育の改革の推進に関する会議」を設置して、第14期中教審答申の具体化の検討を始めた。日教組は、これに対し7月の第73回定期大会において決定した「国民合意の教育改革運動の推進」の柱として、「高校教育改革・入試改善のとりくみ」を方針化した。そして、「高校準義務化促進委員会」を設置し具体的検討を開始した。この中で、日教組は高校三原則は現行高校制度発足後45年を経て男女共学を除いて空洞化しており、総合制は、普通科・職業科・総合学科へと三分立する状況であるとし、高校三原則を今日的視点でとらえなおし、地域に密着した高校像の再構築を図ろうとした。
 イ.矢倉久泰氏(準義務化研究協力者)は、地域合同総合制試案を発表した(教育評論93.10)。その基本は以下の通りである。 

 地域合同総合制とは、「地域の3校くらいを1つのグループにする。その場合に、普通科と工業科あるいは商業科、つまり普通科と2つの職業高校、を1つのグループにまとめて全部総合制とし、そのグループの周辺の子どもは全員入学させる。地域の3校の中のどれか1校を自分の希望で選んで入学する。」子どものニーズに応じて3校が分担をして、それぞれの学校にいろいろな系の講座を用意する。文部省の総合学科で、情報系、伝統技術系、工業管理系、国際協力、地域振興、福祉サービス、生活文化、環境科学等という形で系を構想しているアイデアはよい。従来の学科は、大きな枠での工業科と商業科に再編成して、多くの系を3校で分担して用意する。

 ウ.第14次中教審答申を踏まえて発足した文部省の「高校教育の改革の推進に関する会議」(1991.6.)は、92年6月第1次報告を発表した。そこでは、従来の普通科・職業科の中間的学科として総合的な新学科を提起した。この報告は、学校間連携・専修学校の単位認定・技能審査の単位認定など職業教育を根本から変更する可能性を持つ内容を持つものであった。さらに、第2次報告「高校入学者選抜の改善について(中間まとめ)」(92.8.)、第3次報告「高校入学者選抜の改善について(報告)」(93.1.)、第4次報告「総合学科について(報告)」(93.2.)と提言が続いた。
 エ.日教組は、この第4次にわたる「報告」に対して次のような「日教組見解」を発表した。

第1次報告への日教組見解
  • 日本社会の病理は、偏差値教育にあるとしているが、、その改善のための具体的提言はない。
  • あらたに「総合学科」の設置や、単位制高校などによって、受験準備校と、他の高校との格差は拡大する。
  • 単位制重視や選択制の拡大、小人数グループ学習など一部評価できる。

第2次報告への日教組見解
  • 入試が単独選抜に大きく踏み出し、問題が明確になっている複数受験や、推薦、面接などを総括・反省せずに答申している。
  • 適格者主義の立場をとっている。
  • 入試の廃止、希望者全入、小学区制の立場をとるべき。

第3次報告への日教組見解
  • 「業者テスト、偏差値による進路指導、早期の単願推薦が行われることがあってはならない」とする内容は評価できる。
  • 適格者主義の立場に立ち、熾烈な受験競争を解消する視点がない。
  • 多様で多元的選抜方法、学校、学科、定員の一部毎に異なる方式の合否判定は、中学における進路指導をますます困難にし、受験競争に拍車をかける。

第4次報告への日教組見解
  • 対症療法的なもので、「教育困難校」の抱えている問題の根本的解決にならない。普通科・職業科・総合学科の序列が明確となる。全ての高校を「総合」という視点での再編成を。
  • 「産業社会と人間」の原則履修、「総合選択科目群の開設」、「課題研究」は検討に値する。
  • 「報告」の提言を進めるには、施設設備の改善、教職員定数加配などが必要。

 以上に見られるように、見解の内容はほぼ報告の問題点を的確に捉えてはいるものの、総合学科の設置は複線化・序列化を強化することが目的であるのにもかかわらず、日教組は第4次報告の「総合」という部分のみに注目をして期待感を表明していることは、問題の本質を捉えていないと言わざるを得ない。
 オ.日教組は、1997年高校準義務化での検討結果を基に「教育再生へのステップ― 高校入試の廃止・新しい大学入試制度に向けて―」を発表した。ここでは、高校入試を廃止し、地域の子どもは全て地域合同総合制高校に入学するとしている。その内容は以下の通りである。

◎ 高校入試の廃止
◎ 地域合同総合制高校=障害児を含めて高校に行きたい全ての子どもが希望する高校へ無試験で入学できることのできる制度。
○ 普通科・専門学科→総合制高校    共通カリキュラム (1) (2)(内容は省略)
                                      特色カリキュラム (3)
○特色カリキュラム (3)「系列」の例
旧普通科・・国際協力・福祉サービス・生活文化・環境科学・国際文化
旧商業科・・流通管理・商業情報・国際会計・国際ビジネス・生産流通
旧工業科・・工業管理・工業情報・環境工学・システム工学・伝統技術
旧農業科・・生物生産・海洋資源・生産技術・動物科学・園芸マネジメント
○ 通学区    ・・旧普通科と旧職業科を地域の状況に考慮して組み合わせて学区を編成する。通学時間は、30から40分以内。
 ・・中小都市では、旧職業科を複数学区で共有。
 ・・交通不便地では、旧職業科と、旧普通科をミックスした総合高校とする。
○入学・・・学びたい「系列」のある高校を選んで無試験で入学。「系列」には定員はない。途中での進路変更可能。
 日教組はこの提言を受けて、総合学科高校への改組・拡充、学校間連携の促進、全ての学校を総合学科にするという方針を出した。
 カ.日教組は99年定期大会において、この構想を基本にさらに具体的提起として、「アジェンダ4」を発表した。

 ステップ1=「中高一貫教育について」
・地域合同総合制高校は、実質的に中高一貫校
・地域合同総合制は、「高校教育改革5つのポイント」の延長線上にある
「教育の機会均等の保障」「学校間格差の解消」「適格者主義の排除」「希望を生かす進路の保障」「個性を尊重し創造性を伸ばす教育」
・地域合同総合制は、総合学科の改組・拡充と学校間連携の促進の取り組みによって実現する

 ステップ2=「職業教育を再構築するために」
○高校教育と就職とのずれ
 ・高卒就職者総数に対する普通科の割合41%、工業科24%、商業科21%
  普通科における職業教育の重要性。
 ・職種は、男子では「技能工等」がもっとも多く、工業科73%、普通科54%商業科45%。内訳は、約半数が「金属製品・機械製造作業者」となっている。
 女子では、事務職29%、サービス職23%、技能工等22%、販売職18%など。
○全ての高校生に、学校教育法の目的が示す「高等普通教育及び専門教育を施す」ことが必要。また、現在の職業科のような、狭い職業技能教育だけに限定してはならない。職業教育には二種類ある。一般的な職業教育と専門的な職業教育である。今の高校のどの学科にも必要なのは、一般的な職業教育である。
 ・一般的な職業教育とは、「産業社会と人間」での内容。労働基準法、労働三権及び労働安全・衛生規制、生活を守るための運動の歴史などである。
 ・コンピュータ化の進行は、狭い専門的職業技能教育の必要性を低下させている。
 ・専門的技能教育が必要な場合には、1年間の専攻科をもうける。
○地場産業と職業高校
 ・地域産業における中核である地場産業や伝統工芸と結びついている実績のある職業高校はそのまま残す。将来は、社会人のための職業能力再訓練機関の可能性もある。

ステップ3=私立・国立高校も含めた「地域合同総合制」

ステップ4=インクルーシヴな高校の実現
・障害児と共にある学校
・そのための条件整備
・現在の制度下でも可能な限りの障害児の受け入れの条件整備

 この報告では、現行の職業(専門)教育を技能教育と捉えるなど、現実に行われている教育との認識のずれがあるが、職業(専門)教育の再構築を取り上げていることは注目される。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 4. 神奈川における職業教育政策
 (1)職業高校を中心とする高校教育の多様化
 60年代の「多様化」は全国的に、主に職業高校を中心として行われたが、神奈川県はこのような政府・文部教育行政の先進県としての役割を果たしてきた。
 1962年  工業高校4校(向の岡、相模台、磯子、城北)の開校
 1963年  技術高校(大船、平塚、横浜、川崎)の開校
 1964年  二俣川高校開校
 1965年  貿易外語高校開校
 1967年  技高の分校が独立
 1969年  厚木南校(昼間定時制独立校)の開校
 1972年  厚木商業開校
 1973年  藤沢工業開校
 など、次々と開校してきたが、中でも多様化の典型である技術高校は1961年の学校教育法の一部改正により、定時制、通信制と公共職業訓練所、経営伝習農場、企業内職業訓練施設等との連携教育が認められたことに伴い、京浜工業地帯という巨大な労働需要を背景に、経済成長により見込まれる高卒労働力不足の解消を目的として1963年に創設された。技術高校は「4年制定時制高校である。第1学年は年間35週、午前中を技高生とし、午後が職業訓練生として実習訓練を行う。更に13週は午前午後とも職業訓練生として訓練を行い、年間48週授業とし、1年のうち休業は4週とする。このことは職業訓練法で基準が厳しく定められており、その課程を高校教育課程と見なすことによりかかる形態を生み出すこととなった。1年を修了すると職業訓練所は卒業、就職し、1週1昼2夜登校(昼1日、夜2日)の定時制高校生となる。そして第1学年同様に、年間48週授業、23単位履修する仕組」(神高教30年史)だった。
 しかし「能力」別編成による格差の最低辺に位置づけられていた技術高校には、産業界の要請に従属した教育政策の矛盾が集中的に現れ、設置10年を経ずして廃止されている。
 准看護婦養成を目的とする二俣川高校は、翌1964年全国で最初の衛生看護科として設立された。特定分野の公的職業資格取得のみを目的とする教育のあり方、設立推進の中心となった医師会の准看制度への姿勢、生徒に貸与する奨学金の縛り、教育課程の二重性(教育課程は学習指導要領、その他、保助看法養成規定による)等、設立当初から多くの問題点が指摘されてきた。また、専門科目の履修が職業上の資格取得の要件となることが高校の専門教育としては疑問視される、という指摘もあった。県側は高卒後3年で看護婦資格取得となるところを、短大との接続で2年で取れると宣伝してきたが、現在、准看制度そのものの見直しが国レベルで議論されている。
 厚木南高校は通信制、昼間定時制、夜間定時制の三部併設校として設立された。その目的は、企業の若年労働力不足を補い、生産性向上のための2交替勤務を進めるためであった。生徒は市内の繊維企業の2交替勤務の間をぬって授業に出席した。また、同校の通信制は市内の専修学校と連携教育を行っていたが、双方の教育担当者の指導方法や理念が一致しない部分も多いと言われたが、教師同士はたまにしか顔を合わせない状況では当然のことである。

 神奈川では1965年第3次総合計画が策定されたが、その中では次のようなことがうたわれていたのである。

・普職の定員比を6.5対3.5から5対5にする
・技能教育を主とする工業高校の新設(機械工業高校など3校)
・女子工業高校の新設(1校)
・食品工業高校の新設
・商業高校を2校新設し、1校は女子とする
・高校に商業科目を選択する学級設置
・自営者養成の中央農高を新設
・農村婦人の養成
・定時制独立校の新設(3校)
・定通併修の検討
・技校分校の独立
・技校の新設(2校)
・企業内技能訓練施設と定通校との連携
 67年、68年の「理産審答申」は技能的学科の新設を答申したが、本県でもその先導的役割を果たし、今後の経済成長による高卒労働力不足の解消を目的として、特に工業高校の拡大を企図していた。
 当時の「県産審」は次のような学科の新設を答申していた。

工業・機械工作などを主な内容とする学科
・電気機器の組み立てや電気工事などの電気工作技術を主な内容とする学科
商業・事務機器・事務管理などを主な内容とする学科
・秘書・文書事務などを主な内容とする学科
 これらの計画は一部手直しされたものの工業高校の学級増も含めて、ほぼ計画どおり進行していった。
 1977年当時の学科数は工業12学科、農業6学科、商業5学科、水産4学科、衛生看護1学科、貿易外語1学科となっている。

 (2)多様化政策の破綻
 技術高校は設立から廃止までに7校が作られた。それは当時生徒減少にに悩まされていた職業訓練所の活性化と、折りからの高度経済成長で不足している中小企業の技能労働者の確保を同時に解決したいという事情があり、教育委員会と労働部双方によって運営されたことによる問題点が指摘され、また厚木南高校の通信制と専修学校との連携による問題点が指摘された。

 技術高校で指摘された問題点
○職業訓練法に基づいた訓練と、高校教育という教育的立場との間で指導理念や方法に食い違いが生じる
○カリキュラムが実習中心に片寄っており、3分の2近くが企業の現場実習に充てられ、特定技能の習得に従事させられる
○全校的行事も組みにくく、職員の勤務形態もばらばらであり意志の統一を欠く
 本来、高校のカリキュラムは実利を目的とするものではない。企業等での現場実習が、専門教科の単位として認定することは、実利を目的とした経済活動を行っている企業の要求がカリキュラムに影響を及ぼしたのは明らかである。
 その後の予想以上の進学熱の高まりや、高校での技能教育が高度な技術の進展に対応できなくなるなど、職業高校はさまざまな矛盾の集中するところとなり、このような高校の多様化政策は破綻していった。
 1972年に技校の生徒募集停止が発表され、1973年には第3次総合計画は廃棄された。同年厚木南校の昼間部は生徒募集停止となり、1975年秘書科は廃止された。
 また、貿易外語高校はその後外語高校と校名を変更し、就職コースは廃止され進学者は卒業生のほぼ100%を占めるようになった。准看護婦養成をめざす二俣川高校では、看護婦資格のための進学を前提としており、准看制度そのものが廃止されたら存在意義を失うことになる。

 ‘60年度「学習指導要領」では、(1)職業教育を主とする学科と普通科とを分けて、(2)職業教育を主とする学科における最低単位数を35単位とし(3)各職業課程の内部にコース制(農業では農業自営者養成コース、農業関連産業就職コース、女子のための生活科コースというように)を導入し、各コースにみあった教科課程が組み込まれるようになった。これは、産業界の技能・技術の質的レベルアップとその多様化に対応するものであった。高等学校進学者の増大に伴い、中卒労働者を技能工として獲得することが困難となり、「中堅の技術者」としてこれまで期待されてきた高卒労働者を技能工として獲得さざるを得ない状況があったのである。
 1960年代、高度経済成長政策が遂行される中で、政府、文部省、財界からのさまざまな答申、要望が出されたが、これらはいずれも「技術革新」をスローガンに人的資源・能力の開発政策を打ち出し、各個人の適正・能力・進路にみあった教育制度の多様化ないしは能力主義的再編成が強調されていた。
 神奈川においても、教育課程を含む教育制度の能力主義的多様化が、現実に実施されたのである。

 (3)細分化から統合へ
 ア.「理産審」から「職業教育改善検討委員会」へ
 高校への進学率が90%を超え、職業高校は社会の高学歴化に伴い底辺におかれ、希望なしに振り分けられた者の集中するところとなり、文部省は対応を迫られた。
 1976年「理産審」は答申を出し、その中で、(1)専門科目に共通基礎科目の設置
 (2)専門学科・科目の最低単位数の引き下げ (3)細分化されすぎた学科の統合 (4)学科運用の弾力化等軌道修正せざるを得なくなったのである。
 「学科という制度は基本的には維持される必要があるとしても、生徒の進路意識の成熟が遅れていることや、急速な科学技術の進歩にも対応し得る幅広い知識、技術や想像力、応用力が養成されているなどを考えれば、高等学校段階の専門教育としては過度の専門分化は適当ではなく、学科の統合を検討すべきである」と述べている。
 「県産審」は1980年3月「神奈川県における職業教育のあり方」の建議を行い、その中で学科の改善(秘書科及び造船科の改善)及び学科運用の弾力化(くくり募集等)についての提言を行った。
 県教委は、この提言に基づき、実施の方法等を検討するため、1981年「職業教育改善検討委員会」を設置した。当委員会は、1981年8月“第一次報告”(秘書科の改善)1982年5月“第二次報告”(造船科の改善)を提出し、1983年3月には“第三次報告”学科運用の弾力化(くくり募集等)を報告した。
 重要と思われる部分を抜き出してみる。
1.今後の学科構成のあり方
(1)見直しの視点
ア.学科が小学科であるため、各分野への対応がむずかしくなっている。固定化された細分化の現状から脱却する必要がある。
イ.著しい技術革新の発展に対して、学科の枠を超えたカリキュラムを編成し、特に工業全般にわたる基礎的・基本的内容を重視した学習指導を展開しなければならない。
(2)具体的対応の方向
ア.各小学科について検討し、基幹学科(系)にまとめる。(例:機械系…・機械科・自動車科・造船科・設備工業科)
小学科のもつ専門性のメリットは、基幹学科(系)の中で、コース・類型・自由選択などの多様な教育課程の研究の中から適切なものを設定し、その中で確保する。
イ.時流にマッチすると思われるメカトロニクス技術などへの対応は、特設の科を設けるのではなく、必要な科目を設置することによって総合的な営みの一部として教授していく。
2.くくり募集等についての考え方
(1)くくり募集に対する基本的な位置づけ
ア.基幹学科(系)への移行の第一段階として重視する。
イ.生徒の目的意識を涵養・育成するのに適切と考えられる。
 くくり募集は類似学科である電気系と化学系で実施されたが、「進路意識が未成熟な段階で類似学科の差異がわかりづらいため入学後に選科する」という他県の場合とは異なり、本県では基幹学科への統合の第一段階と位置づけたのである。
 くくり募集についての各学科の方針の中で、工業科については次のように述べている。
 「……・工業高等学校の改善についての展望の中に、くくり募集の位置づけを確立させないまま、それを実施することは、問題があると判断した。したがって、これからの工業教育のあり方としては、従来の狭い分野の職業準備教育から、技術革新によって高度化した社会に柔軟に対応し得る幅広い工業の従事者を目指し、低学年では基礎的・基本的なものに重点をおいて、工業全般について展望を与える共通科目を履修させ、高学年では専門性を深めるとともに、個性に応じた選択履修ができるようにして、生涯学習につなげるという理念のもとに改善を図る中で、小学科の選択をゆるやかに分化させ得るようにすることが必要である。現在ある小学科について類似性を考慮しながら、機械系、電気系、化学系などにまとめるようにし、実施可能な分野から順次行うこととする。」

 この答申はその後の神奈川における職業教育政策に大きな影響を与えることとなったし、事実その通りに実施されていった。

 イ.第2次新神奈川計画へ
 「高校教育検討委員会」の発足(1984年6月〜1987年3月)
 高等学校は、国民的教育機関としての時代をむかえており、これまでの量の拡充から、質の充実が今後の重要な課題となってきている。そうした中で、高校100校計画達成後の本県の高等学校像を展望して、そのあり方を総合的に検討協議し、その成果を今後の高等学校教育の改善・充実に資するため、とし、「ポスト100校計画における高等学校教育のあり方ついて」を検討するために県教育委員会内部に「高校教育検討委員会」を発足させた。
 その中に、普通科、職業科、定通、施設・設備の4つのワーキンググループを置き、検討を重ねた。
 職業グループの次のような提言は公表されなかったが、「第2次新神奈川計画」(87年3月)に反映されていった。(第2次新神奈川計画は「職業高校の学科の改編」の部分のみを掲げる)

 職業グループの提言の項目のみをあげると次のようである
  1. 生徒の多様な実態に適切に対応した教育の展開
    1. 多様な教育課程の編成
    2. 中学生の望ましい進路選択の促進
    3. 普通科の職業教育の推進
  2. 産業社会の変化に対応した教育の展開
    1. 専門分野における基礎を重視した教育
    2. 応用力・想像力を育てるための学科の再編
          ア.学科の新設
            例  電子機械科、国際ビジネス科
          イ.教育内容の改善にともなう学科名の変更
            例  園芸科 → 園芸科学科  畜産科 → 畜産科学科  生活科 → 生活科学科 等
          ウ.学科の廃止
            例  造船科
          エ.基幹学科への統合
            例  工業科…・・12学科を5学科に統合
    3. 社会の変化に対応した新しい教育の展開
    4. 国際的視野を涵養する教育の推進
  3. 地域と結びついた職業教育の推進
  4. 教員の資質の向上
  5. 教育条件の整備

 「第2次新神奈川計画」実施事業(1987年3月 神奈川県)
 事業  職業高校の学科の改編
 計画の内容  技術革新等社会の変化に幅広く対応した職業教育を推進するための学科の改編等の実施
区分 学科数 学科名
農業 園芸科学科、農業経済科、畜産科学科、産業動物科、
食品科学科、農林土木科、造園科、生活科学科
工業 機械科、電気科、化学科、デザイン科、建設科
商業
商業科、情報処理科、実務英語科
水産
漁業生産科、食品産業科、機関科、情報通信科
看護 衛生看護科

 工業では学科の統合であるが、農業、商業では細分化、水産は名称変更であって、これらの中に共通理念が持ち得なかったことが伺える。さすがにこの通り実施されることは無く、一部修正されて実施されていくこととなる。

 ウ.職業高校の改編計画
 県教委は職業高校の学科の改編についての次のような年次計画を策定した。
 「第2次新神奈川計画」の農業の細分化を修正し、さらに、実務英語科は国際情報科となったが、概ね計画どおり実施された。


1)これまでの学科の枠を超えて、関連する基礎的・基本的分野について幅広い教育を行う。
2)統合された「科」にコースを設置し、専門に関する教育についても深化をはかる。
 機械科=生産、電子機械、搬送機械コース
 電気科=電気、電子、情報技術コース
 建設科=建築、土木、設備工業コース
 化学科=エネルギー、工業化学、化学工学コース
 デザイン科=平面、立体コース
 (4)先端技術への対応
 80年代に入ってME革命といわれる激しい技術革新の中で、コンピュータや電子機器、メカトロ関連の急成長とそれに伴う人材需要に応える為に「理産審」は答申を出した。
 1985年「理産審」答申
 「今後の技術革新の進展や社会的需要等に伴って、高等学校の職業教育として新たに導入したり、充実強化を図ったりすることが必要な専門分野も出てくることから、変化に適切に対処できるための学科の結合と分化についての不断の検討を続け、その際、既存の学科の改組・転換についても考慮することが必要である。」
 「多様で魅力ある職業教育を行っていくためには、職業学科そものもを特色あるものにしていくことも必要である。将来の進路が明確な生徒に対しての特定の専門分野を深める学科、ある専門分野における基礎的、共通的な内容を幅広く履修させる学科、工業に関する学科区分を超えたいわゆる複合的な内容の学科など種々の観点を考慮し、十分にその特色が発揮されるよう努めていく必要がある。」

 今後新設が適当とされる学科の例
 「電子機械科」「国際経済科」「農業経済科」「福祉科」
 既存の科においても新たに取り入れる教育内容
 ソフトウエアにかんするもの、「サービス関連」「管理技術」「システム技術」
 「バイオテクノロジー」「新素材」

 この答申以後、全国的に職業学科の再編が進み、現場の技術と職業高校で扱う技術の間に隔たりがあるとし、先端技術に対応させるために電子機械科、情報技術科等新しい学科の創設が急激に行われ、また既存の学科における教育内容の改善がいわれ、学科の数が下降線をだどっていたのが再び上昇する。

 神奈川においても「県産審」は報告を出した。
 1984年4月「本県高等学校における職業教育の充実について」
  1. エレクトロニクスの進展に対応する職業教育の在り方について
    1. 機械系学科の教育の改善
      NC工作機械やCADシステム等の早急な導入
      メカトロニクスに関する基礎的知識・技術の習得
      エレクトロニクスに関連したコースの設置
      「電子機械科」等の学科の新設
    2. その他の学科の教育の改善
      それぞれの学科の実態に応じてエレクトロニクスに関する教科・科目の履修
      実験・実習を通して具体的な学習
      すべての学科にパソコン等エレクトロニクス関連機器の導入
  2. サービス経済化の進展に対応する職業教育の在り方
    1. 商業学科の教育の改善
      「商品」「マーケティング」などの科目の導入
      情報処理分野の充実
      コンピュータの早急な更新
      OA機器を導入、OA化に対応する教育の充実
      商業科以外の生徒にも学科の特質に応じて、流通や経営管理などに関する知識を習得させる配慮

 神奈川においては、この時期の先端技術への対応と細分化された学科の見直しが重なることになる。76年「理産審」における「細分化された学科の見直し」に対する対応が遅れ、85年「理産審」の「先端技術への対応」の時期までずれ込んだことによるものである。
 全国的には、新しい学科がどんどん生まれている時期に、神奈川においては学科の統合が行われ、同時に統合された学科の中でコース等(教育内容)によって新技術へ対応させるという方針となった。(機械科で生産技術コース、電子機械コース、電気科で電気コース、電子コース、情報技術コースなどのコース制、あるいは類型選択による対応など)
 学科改編という名目でいくばくかの予算は付いたものの、パソコンや自動制御装置のような新技術にのための実習装置しか買えず、基礎的な実習装置を蔑ろにされている実態は現在も続いている。

(5)職業高校の再編
 職業(専門)高校を含めた高校の新たな再編が始まった。
 「これからの県立高校のあり方について」(98年9月 県立高校将来構想検討協議会)
 専門高校についての記述はさほど多くはないが抜き出してみると次のようなことである。

1.多様で柔軟な高校教育の展開
(1)多様な教育の提供
ア  新しいタイプの高校の拡大
(ウ)新たな専門学科の設置
○国際化・情報化や科学技術の進展、高齢化への急速な移行、地球環境問題への取り組みの必要性といった社会の変化に柔軟に対応するため全県的な視野に立った専門学科の改編や新たな専門学科の設置が求められている。
○社会の変化や学習ニーズの多様化に応じて、国際化や科学技術、福祉などに関する新たな専門学科の設置について検討する必要がある。
○単位制による専門学科については、本県ではまだ設置されていないが生徒の多様な学習ニーズに応えるためにも、検討する必要がある。
ウ 専門学校の魅力づくり
 専門高校は、有為な職業人の育成という面で、重要な役割を果たし、産業経済の発展に大いに寄与しているが、産業・就業構造の変化や科学技術の高度化が進む中で、産業界に必要とされる資質や人材の育成、生徒の多様な興味・関心等に対応した教育が求められている。また、明確な進路意識をもてないまま専門高校に入学した生徒が見られることも否定できない。このような状況にあって、魅力ある専門高校のあり方について、一層の検討を進めることが必要である。
(ア)多様な選択科目の開設と特色ある類型の設置
将来のスペシャリストとして必要とされる専門性の基礎・基本に重点を置くとともに、多様な教科・科目や特色ある類型を設けたり、普通科を含めた他の高校や専修学校との連携を図ったりすることなどによって、生徒の学習ニーズを生かした学習機会の拡大を図っていく必要がある。
(イ)生徒の学習希望や進路希望に対応した学校づくり
○   専門高校では、これまで、専門的な知識や技術を身につけた職業人を育成するための教育、いわゆる完成教育が強調されてきたが、卒業後も継続して職場や大学等で学ぶことへの希望に対応できる学校づくりや教育課程の工夫、進路指導の改善・充実を推進する必要がある。
○   また、生徒が在学中に、自らの学習内容や将来の進路等に関連した就業体験(インターンシップ)を行うことは、自己の職業適正や将来設計について考える機会となるとともに、主体的な職業選択の能力や職業意識の育成が図られることが期待されるため、積極的な取り組みを検討する必要がある。
(ウ)学科の統合や改編
○   産業構造の動向や、地域と生徒の実態を踏まえ、学科の統合や改編について、積極的に検討する必要がある。
2.生徒数の動向を展望した適正規模と適正配置
(3)特色を生かした適正配置
ウ 専門高校の再編整備
○新たな専門学科の設置や、総合学科への改編、学科の統合など、専門高校の今後のあり方について検討する必要がある。
○専門高校の適正な配置にあたっては、生徒のニーズや通学の便、各地域の特性等を考慮し、再編成・統廃合等の再編整備を含め検討する必要がある。

 上記報告は、職業高校を一部の分野における新しい学科の設置、総合学科や単位制高校への再編成・統廃合、あるいは学科の統合や改編を進めるものとなっている。
 この報告策定にあたって「専門家がメンバーにいないため、職業教育の部分ついては十分な検討はできなかった」との声もあるように、今までの文部省の答申を羅列しているだけである。
 “職業教育は職業高校だけでおこなわれるものではなくすべての人にとって必要な教育であることを十分認識するとともに、職業高校においては「将来のスペシャリスト」として必要とされる「専門性」の基礎・基本の教育に重点を置き、ここで学んだことを基礎に、卒業後も職場や大学等の教育機関において継続して教育を受けるなど、生涯にわたり専門能力の向上に努めることが重要になってきている。”
 これは、「職業教育の活性化方策に関する調査研究会議」(‘95年7月)の最終報告にあったものである。これを受けて以後盛んに継続教育が言われはじめ、ここでも職業(専門)高校は将来スペシャリストとなるための基礎・基本を学ぶことが強調されている。また、就業体験(インターンシップ)の記述は将来構想検「中間まとめ」には無かったが、その後の「理産審答申」(‘98年7月)で述べられたことから急遽登場した。
 「単位制」は新制高校の理念であり、全ての高校に導入できるよう条件整備をおこなうべきで、特定の高校のみ「単位制」にすることは別な目的があるからである。
 かっての基幹学科への統合は、細分化への破綻から理念としておこなわれたが今度の統廃合は、完全に学校・学級減のためにおこなわれるのであって意味が違うのである。
 産業構造、社会、文化、技術等の急激な変化と生徒の成長発達の諸問題が相互に関連し、職業高校の変質も強く要請されている。従来、職業教育は狭い分野に的を合わせ、その技術的準備を生徒に求め、結果的に狭い見識の技術者の育成に繋がったとの指摘も受けたのである。特定の技術的分野に精通した技術者ではなく、現代の技術を総合するような技術者がもとめられているのではないだろうか。
 これからの技術者は、人間と科学、科学技術の発達と社会変化、公害と環境問題、防災科学と社会システム、都市計画と科学、情報と社会、科学技術の国際化等の知識についても不可欠であろう。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 5.最近の答申・報告等について
 98年以降出された職業高校に関する様々な答申を紹介する。

 (1)「今後の専門高校における教育の在り方等について」(理産審答申98年7月)
 「理産審答申」は、ほぼ10年に一度出され実質的に専門高校のあり方を規定している。今回のものは「新指導要領」の時期と重なった為に、今までと違って専門高校における教育の改善・充実の具体的方策として指導要領の中身を答申している。

 概要は次のようである。
 I 専門高校の現状と課題
 専門高校の教育内容の一層の改善・充実を図るためには、次のような点が課題。

  1. 産業界で必要とされる知識や技術・技能の高度化等を踏まえ、完成教育としての職業教育ではなく、生涯学習の視点を踏まえた教育の在り方の検討
  2. 技術革新、国際化、情報化、少子高齢化等による社会の変化や産業の動向等に適切に対応するため、新たな教科の創設を含めた教育内容の検討
  3. 高校進学率の上昇に伴う生徒の多様化、普通科志向や高等学校間の序列意識の影響等による目的意識が不明確な生徒の入学などに対応するため、生徒一人一人の個性を育て伸ばしていくことを重視した教育の在り方の検討
  4. 地域社会を担う人材の育成や産業界等における最新の知識や技術の指導のため、地域や産業界と連携した教育の在り方の検討
 II 専門高校における教育の改善・充実の視点
 以上の課題に対応していくため、次の視点から改善・充実することが必要。
  1. 将来のスペシャリストとして必要な専門性の基礎・基本の重視
  2. 新教科「情報」「福祉」の創設等、社会の変化や産業の動向等に適切に対応した教育の展開
  3. 生徒の多様な実態に対応し選択幅を拡大、一人一人の個性を伸ばしていく教育
  4. 地域や産業界とのパートナーシップ(双方向の協力関係)の確立
  5. 専門高校卒業後に学習する継続教育機関との連携の推進
  6. 各学校のの創意工夫を生かした特色ある教育の展開
 III 専門高校における教育の改善・充実の具体的方策
  1. 専門高校における教育課程の基本的な基準等について
  2. 新教科「情報」「福祉」の創設について
    1. 教科「情報」について
       情報に関する基礎的・基本的な知識と技術を習得させ、現代社会における情報の意義や役割を理解させるとともに、高度情報通信社会の諸問題を主体的に解決し、社会の発展に寄与する創造的・実践的な能力と態度を育てる。
       システムの設計・管理やマルチメディア表現等の学習に対応した11科目で構成。
    2. 教科「福祉」について
       社会福祉に関する基礎的・基本的な知識と技術を総合的、体験的に習得させ、社会福祉の理念と意義を理解させるとともに、社会福祉に関する諸問題を主体的に解決し、社会福祉の増進に寄与する創造的能力を育てる。
       介護福祉士の受験資格に対応した7科目で構成。
  3. 職業に関する各専門教科・科目の内容の改善
    1. 教科「農業」について
       農産物流通や人的交流等の国際化と情報化の進展、バイオテクノロジーの急速な進展、地球環境問題、食品産業の発展及び農業・農村と生物の特性を活用した対人サービスの増大に対応した教育内容の改善を図る。あわせて現行36科目を29科目に整理統合。
    2. 教科「工業」について
       マルチメディア。高度情報通信技術、製造技術のシステム化等の技術革新、製造業の国際的な展開に対応した外国語による会話力や技術文書の理解力、環境問題に対応した教育内容の改善。あわせて現行74科目を60科目に整理統合。
    3. 教科「商業」について
       実践的な語学力、情報・会計リテラシーなど、ビジネスの基礎・基本についての内容を充実するとともに、情報化の進展に対応し、販売・会計等経営活動に関わる情報の分析と活用に関わる内容の改善を図る。あわせて現行21科目を17科目に整理統合。
    4. 教科「水産」について
       水産技術の高度化、海洋環境問題、海洋性レクレーションなど海を取り巻く産業の変化、水産物流通や人的交流等の国際化や情報の進展、通信技術の進展等に対応した教育内容の改善を図る。あわせて現行24科目を20科目に整理統合。
    5. 教科「家庭」について
       保育や家庭看護と介護などに関する教育内容の充実を図るとともに、生活関連産業の高度化、サービス化、消費者ニーズの多様化等に対応した教育内容の改善を図る。さらに、調理師養成制度の改正や保母の受験資格など、職業資格要件の変更等に対応した科目構成や教育内容の改善を図る。あわせて23科目を19科目に整理統合。
    6. 教科「看護」について
       高齢化の進展や疾病構造の変化に伴い、患者のクォリティー・オブ・ライフ(生活と人生の質)を重視した在宅医療及び看護に対する社会的要請が増大していることに対応した教育内容の改善を図る。科目構成については、職業資格との関連を考慮し、現行のとおり。
 IV 地域や産業界とのパートナーシップの確立
  1. 生徒の在学中における就業体験(インターンシップ)の推進について
  2. 社会人講師等の積極的活用について
  3. 地域に開かれた学校づくりについて
  4. 専門高校と地域との協力体制について
     専門高校と地域との間で意見交換をする恒常的な場の設置。
 V 関連して改善が望まれる事項
 以下省略

 新教科「情報」、「福祉」の創設をはじめ、インターンシップの推進、専門科目の整理・統合等ここで述べられていることは、その後の「県産審」報告や新指導要領にそのまま移譲されている。

 (2)「県立専門高校の役割と改善の方向について」(県産審報告99年1月)
 I 県立専門高校の役割について
 (略)
 II 県立専門高校の改善の方向
1   改善の基本的な視点について
□専門性の基礎・基本の重視
□体験型教育の重視
□個性伸長の重視
□職業観・勤労観育成の重視
 
これから果たすべき役割について
 (略)
3   産業社会の変化に対応した教育課程の改善と学科の新設・改編
 □農業高校について
 農業の担い手を育成するとともに、種苗生産、園芸資材、農業機械、食品加工、流通、調理、ペット飼育など農業にかかわる各種の関連産業に対応できる人材の育成が求められている。また、豊かな自然環境や動植物がもたらすやすらぎ、いやし効果など、農業の特性を活用したヒューマンサービスの分野への役割も求められている。
 教育課程を見直し環境やヒューマンサービスに関する科目の導入、心身の健康を軸とした調理も含めた生産から流通・消費に至るまでの農業の学科の改編や新設などについて検討する。

 □工業高校について
 情報機器を活用できる能力や高度通信技術ならびに製造業の国際的な展開に対応できる外国語の会話力などをもった人材育成が求められている。工業教育の内容を見直すとともに、幅広いニーズに対応したタイプの教育課程編成が求められている。
 基礎・基本を重視した工業全般のオールラウンドな工業人の育成をめざすゼネラルタイプや、専門性を深化し将来のスペシャリストをめざすテクニカルタイプ、工業系の大学等の進学に対応できるカレッジタイプなどといった類型の設置や小学科を統合した総合技術科(仮称)への改編等についても検討する。

 □商業高校について
 社会・経済が高度化・多様化していく中で、幅広くビジネスの基礎的な知識と技術を習得するとともに、ビジネスに対する望ましい心構えや理念を身につけた人材の育成が求められている。生徒の選択幅を拡大するとともに、基礎・基本を重視したタイプ、専門性の深化を重視したタイプ、進学に対応したタイプなど類型の設置を図るなど、柔軟な教育課程の編成が求められる。現行の小学科を見直し、学科の統合を含めた改編を検討する。

 □水産高校について
 国際的な水産資源の管理、河川なども含めた海洋環境の保全、未使用資源の有効利用に加えて、海洋性レクリェーション産業などに対応するため、海洋に関する多様な科目の導入や学科の新設について検討する。わかりやすい学科名への名称変更や水産業を取り巻く環境の変化に対応するために資格取得と流通を視野に入れた学科の在り方について検討する。

 □看護高校について
 准看護婦養成制度の動向を踏まえるとともに、高齢社会に対応するために、看護・福祉系大学への進学をめざす教育課程の編成を行うとともに、衛生看護科の一部を福祉科等に改編し、社会のニーズに対応していくことも検討する。
 なお、県立衛生短期大学等が廃止され、代わりに県立保健・医療・福祉系大学(仮称)の設立計画が進んでいることから、新大学と付属関係を結び、一貫した教育によってより高度な医療人材を育成することが望まれる。

 □新しいタイプの専門高校について
 産業の複合化や専門分野における学際化が進んでいることから、従来の職業に関する学科である農業・工業・商業等の枠を外し、新しい学科の在り方について検討する。
 例えば、環境を保全するとともに、よりよい環境を創造するための環境系学科、国際的な産業人の育成の科学系学科、情報化社会を支える情報系学科といった新しい学科が考えられる。また、単位制への移行や新しいタイプの産業総合高校(仮称)の設置について、今後検討する。

4  教育環境の整備
5  適正配置
6  地域社会に開かれた専門高校
 (略)
 実質的に専門高校の在り方を検討してきたこの「県産審報告」の中のいくつかは、次の改革推進計画で実現することになる。
 総合技術科、産業総合高校への改編、福祉科の設置等である。

 (3)「県立高校改革推進計画(仮称)」(県教育委員会99年6月)
 ここでは県立高校の再編計画を2000年度を初年度とし、計画期間を前期5年、後期5年の10年間で実施する計画のうち、「前期計画」を定めたとしている。
 特に重要な部分と専門高校についての記述は次の様である。

第3章      多様な教育の提供
新しいタイプの高校の拡大
(1) 単位制による普通科高校の拡大
(2) フレキシブルスクールの設置
(3) 総合学科高校の拡大
 産業界に必要とされる人材の育成や高齢化・国際化・情報化の進展など社会の変化に柔軟に対応することができるような新たな専門高校を設置します。
 【新たな専門高校】
□総合技術分野の高校 工業の基礎・基本を共通に学んだ上で、進路希望や適正などに応じて、機械系・電子系・環境システム系
都市工学系など専門的な系(コース)を選択して学ぶ。
□総合産業分野の高校 産業の複合化に対応し、工業・情報・環境など幅広い専門分野を、科学技術という視点で総合的に学ぶ。
工学・情報・国際・環境・科学・バイオなどの系を設置。
□国際分野の高校   国際情報・国際文化・コミュニケーションなどの国際分野のコースを選択して国際性を身につける。
 【新たな専門学科】
□福祉に関する学科 福祉・看護を幅広く学び、介護福祉士の資格取得や進学して、より専門的に学ぶ希望に応える。
*その他、芸術・スポーツ・海洋科学などの新たな学科の設置を検討

 第6章 県立高校の規模及び配置の適正化の推進
2.  全日制課程の再編整備の基本的な考え方
(1)  学校数適正化の基礎条件
 今後の生徒数の動向を踏まえるとともに、次のような基礎条件に基づいて計画を策定し、再編整備を推進します。
□計画進学率    全日制の高校への進学希望等を考慮し、段階的に引き上げ
□私立高校受入枠  生徒数の減少や進学実績に応じて、公立高校と私立高校の間で調整
□適正な学校規模  学級数だけでなく、学校全体の生徒数を確保する観点から、学校全体で18学級から24学級(1学年6〜8学級)生徒数では720人から960人を標準(算定基準は1学級40人)
(2)  学校数の適正化
 各学校の適正な規模を確保していくため、上記の基礎条件を踏まえ、今後、学校の再編統合を行い、学校数の適正化を図ります。
 再編統合の実施に当たっては、それまでの各学校の取り組みを生かしながら、教育内容や施設面などの課題を改善し、より特色が明確となるよう、適切な学校を選定します。その際、各学校の立地条件や周辺環境、通学の便、校舎・敷地の状況、歴史や特色づくり等の共通性なども十分に考慮し、総合的な観点から選定します。
(3)     新しいタイプの高校等の設置
 再編整備の実施に当たっては、既設高校を発展的に統合し、新しいタイプの高校等の設置を進めます。また、こうした高校をバランス良く配置するため、統合だけではなく、一つの学校を単独で改編し、新しいタイプの高校等の拡大を図ります。

 これは、1学級の生徒数を40人と固定し、「学級数だけでなく、学校全体の生徒数を確保する観点から、全体で18学級から24学級」とし、720人から960人を標準として算出したもので、現在課題になっている「クラス定員減」の考えは全く無い。
 この前節で生徒数の動向を分析し、生徒数の減少に伴って学校の小規模化が進めば次のような影響があるとしている。

 と述べているが、クラス定員減を行い、学級数が変わることがなければ教員数は変わらないのである。クラス定員減は長年の課題であったし、現在「地方分権一括法」の成立以来地方自治体の裁量でできることになっているのであるが、これらの視点は無い。ここを根拠に統合の計算をしていることは、基準を変えれば統合の必要がないということでもある。
 そして、前期計画として次のように結論づけた。
3.全日制課程の適正配置
(1)新しいタイプの高校等の設置数
□新しいタイプの高校の設置
・総合学科高校(現在1校)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥14校程度
・単位制による普通科高校(現在1校)‥‥‥‥‥8校程度
・フレキシブルスクール‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3校程度
・新たな専門高校‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4校程度
□専門コース及び専門学科の設置
・新たな専門コースの設置‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6校程度
・新たな専門学科の設置‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥4校程度
□中高一貫教育モデル校の設置‥‥‥‥‥‥‥‥‥2校程度
 この計画によれば、県立高校166校(普通科143校、総合学科1校、専門高校22校)を計画期間中に、統合により25〜30校を減ずるとしている。
 このことは2校の統合で1校になるとすれば、単独改編1校を含め50から60校が対象となるということである。

 (4)「高等学校学習指導要領」(文部省告示99年3月)
 99年3月29日、高等学校の学習指導要領が告示された。
 専門高校に関する要点

  • 卒業に必要な修得単位数を現行80単位以上から74単位に縮減する。
  • 専門学科における専門教科・科目の必修単位数は、現行30単位以上を25単位以上に縮減する。
  • 「総合的な学習の時間」を高等学校にも設ける。
    職業に関する学科においては、総合的な学習の時間における学習活動により「課題研究」等の履修に替えることができるとともに、「課題研究」等の履修により「総合的な学習の時間」における学習活動に替えることができる。(授業時数は105から210単位時間を標準)
  • 工業に関する学科の原則履修科目は現行6科目(工業基礎、実習、製図、工業数理、情報技術基礎、課題研究)から「工業技術基礎」、「課題研究」の2科目に縮減。
  • 現行の「職業に関する各教科・科目については現場実習をもって実習に替えることができる。その時間数は実習時間数の合計の10分の7以内とする。」から「職業に関する各教科・科目については、就業体験をもって実習に替えることができる」となり時間数の制限を削除。
  • 学校設定科目・学校設定教科を設けることができる。
  • 総合学科の原則履修科目が現行「産業社会と人間」、「情報」、「課題研究」から「産業社会と人間」のみに。

 新高等学校指導要領は大幅にページが増えた。科目説明は1.目標、2.内容、3.内容の取り扱いとなっていて、3の部分は普通科目にはあったが、専門科目にはなかった。そのため、記述の量は専門教科で3倍程度と膨れ上がった。
 これは、教課審答申で職業に関する教科・科目で「教育内容が項目のみで示されており、このことが教科書や実際の指導において、教育内容を高度なものにしているとの指摘がある。」「学習指導要領上、各教科・科目の内容の程度・範囲及びその取り扱いに当たっての配慮事項等を具体的に記述するようにする。」となっていたことが実現したためである。また、教課審では「教科の目標については‘いかにつくるか’にとどまらず‘どのようなものをいかにつくるか’という能力を重視し・・・・・・創意工夫を生かす実際的な技術の基礎・基本を学ぶという趣旨を明確にする。」と述べていたが、「工業基礎」、「工業数理」はそれぞれ「工業技術基礎」、「工業数理基礎」と名称変更され、多くの専門科目の科目説明の1.目標の中には「基礎的な知識と技術を習得させ」というように「基礎的な」という文言が入った。
 専門教科の科目については、科目の削除、整理統合が行われ、教科「農業」では現行36科目から29科目へ、「工業」では74から60へ、「商業」では21から17、「水産」では24から20、「家庭」では23から19へそれぞれ削減されているが、「看護」については一部名称変更があったものの6教科のままである。
 また「教科」として新しく「情報」と「福祉」が新設され、それぞれ11教科、7教科となっている。
 総合学科の原則履修科目が「産業社会と人間」だけとなったが、この科目は学校設定教科に関する科目(現行のその他特に必要な教科、その他の科目のように名称、目標、内容、単位等について設置者が定めるとなっていたのが、学校が定めるとなった)として位置づけられており、総合学科の専属の科目ではなくなり、高等学校全体において「設けることができる」科目となっている。
 工業の原則履修科目も大幅に減ったが、「情報技術基礎」、「課題研究」は普通教科「情報」の必修化や「総合的な学習の時間」の必修化により、その代替科目として位置づけられており、状況は変わることはないように思える。これは他の専門教科についても同じで、「工業」については実習や製図ははずせないだろうし、原則履修科目の削減で意味のあるのは「工業数理基礎」だけのように思える。また、就業体験については「今後の専門高校における教育の在り方等について」(1998年「理産審」答申)で、その第4章「地域や産業界とのパートナーシップの確立」の中で、1.生徒の在学中における就業体験(インターンシップ)の推進について述べ、その必要性、教育上の意義、実施形態、実施上の留意事項、推進方策等について多くのページを割いている。
 また、県教委は1999年1月4日高校教育長名で各県立専門高校長宛に「インターンシップの推進」についてと題して、その取り組みについて通知した。
 新指導要領総則でも6款「4.職業教育に関して配慮すべき事項」として「(3)学校においては、地域や学校の実態、生徒の特性、進路等を考慮し、就業体験の機会の確保について配慮するものとする。」として強い強制力を持った表現で書かれている。
 また、「産業社会と人間」の内容として「就業体験等の体験的な学習や調査」と就業体験の組み込みが例示されており、「総合的な学習の時間」にも「就業体験などの社会的体験」など積極的に取り入れることとされていて専門高校に限らず広く推奨されている。
 就業体験は生徒にとって労働の厳しさや楽しさ、技術や労働の世界をリアルに学ぶ絶好の機会であり、意欲的に取り組むべきであるという積極的な考えがあるが、企業側の意図は人材確保の手段であり、災害が起きた場合の補償等解決しなければならない問題も多い。
 新高等学校学習指導要領は、2003年より学年進行で実施されることになっている。

 (5)「高等学校指導要領の移行措置」(文部省99年6月)
I 2000年4月1日からの特例
 (1) 学校設定教科・科目を設定できる。(20単位まで)。
 (2) 教育課程編成に総合的な学習の時間を加えることができる(35〜210時間)。
 (3) 保健体育、芸術については、全部または一部を移行することができる。
 (4) 特別活動については、新指導要領による。
II 2002年4月1日からの特例
 (1)卒業に必要な修得総単位数を74単位以上とする。
 (2)専門学科における専門教科・科目の総単位数を25単位以上とする。
 (3)全日制の課程(単位制を除く)における週あたりの標準授業時間を30単位時間とする。
 (4)2001年度以前の入学者について、その入学の段階から3年間を見通した教育課程を編成するよう配慮する。
 (5)修業年限が4年の定時制課程にすでに在学中の生徒の教育課程の変更を行う場合には、残りの修業年限における教育課程を見通してできるだけ早く変更するよう配慮する。

 ここでは、学校の裁量の範囲を広げる「学校設定教科・科目」あるいは「総合的な学習の時間」の先取りしたことが目に付く。新指導要領のいわば目玉を先取りしたということであろう。また、2002年から始まる学校完全5日制に配慮した単位時間の削減を可能とした。

 (6)「ものづくり基盤技術振興基本法」(1999年3月)
 この法律は労働界から法案提示がなされ、99年3月議員立法として成立した。
 法案は18条からなり要旨は次のとおりである。

I 法律の必要性
 産業空洞化の進展により、我が国の基幹的産業である製造業を支えてきたものづくり基盤技術の衰退が懸念されるとともに、その伝承が困難になりつつある。
 このような事態に対処するため、ものづくり基盤技術の振興に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための法律を制定することが必要となっている。
II 法律案の概要
1.   基本理念
 (1) ものづくり基盤技術の振興は、ものづくり基盤技術に関する能力を尊重する社会的気運を醸成しつつ、積極的に行われなければならないこと。
 (2) ものづくり基盤技術の振興に当たっては、熟練ものづくり労働者の養成・確保並びに中小企業者であるものづくり事業者の経営基盤の強化及び経営上の不利の補正について配慮すること。
 (3) ものづくり基盤技術の振興施策は、ものづくり事業者等の自主的な努力を助長することを旨とすること。
2.   ものづくり基盤技術振興基本計画
 政府は、ものづくり基盤技術の振興に関する施策を総合的計画的に推進するため、その振興に関する基本的な計画を策定しなければならないこと。
3. 国の基本的施策
 (1)ものづくり基盤技術の研究開発等
 (2)ものづくり事業者と大学等の連携
 (3) ものづくり労働者に関する雇用安定・職業能力の開発・福祉の増進
 (4) 熟練ものづくり労働者の養成・確保
 (5) ものづくり基盤産業の集積の推進
 (6) 中小企業者であるものづくり基盤事業者の育成
 (7) ものづくり基盤技術に関する学習の振興等
 (8) ものづくり基盤技術に関する国際協力
4.   ものづくり基盤技術審議会
 ものづくり基盤技術の振興に関する施策に関する事項を調査審議するため、総理府にものづくり基盤技術審議会を置くこと。
 

 これを提案した趣旨について「ゼンキン連合」のホームページから引用する。

 モノづくり基盤を再構築しよう!
 プラザ合意(1985年)以降の大幅な円切り上げや経済のグローバル化など経済環境の変化の中で、製品の価格は厳しい競争にさらされています。大企業は、
 対応策として生産工程の海外移転と同時に、外注化の見直しなどを進めてきましたが、それは結果として中小零細企業の存続を脅かし、「技術と人づくり」の空洞化を引き起こしています。
「技術立国日本」を支える熟練技能・技術の多くは中小企業に集積しています。産業構造の転換として注目されている情報通信産業やサービス産業も、モノづくり産業の基盤なしには成り立ちません。21世紀、国を支える基礎的産業として高度な技能・技術を駆使し、高品質・高付加価値の製品を生産する日本の製造業が生き続けるために、いま、「モノづくり基盤技術」振興のための施策が何としても必要です。
 ゼンキン連合は1995年以来、働く者の立場から「製造業の復権」「モノづくり基盤の再構築」といった警鐘を打ち続け、具体的な政策・制度要求として『ものづくり基本法』制定に向けた取り組みなどを進めています。

 いま、なぜ「ものづくり基本法」が必要なのか

 近年は、政府もものづくり基盤を守る重要性に気づき、様々な政策を打ち出しています。98年度予算でも、例えば労働省の国際技能工芸大学構想。通産省管轄では、中小企業広域技術研修支援事業(6億円)、広域ものづくり協議会支援事業(2.7億円)、ものづくり人材支援基盤整備事業(8.1億円)などがこれにあたります。
 しかし、残念ながらこれらの政策はいずれも小さく、労働省、通産省といった、タテ割り行政の範囲内のバラバラのものでしかありません。

 わが国の「ものづくり基盤」を守り、国の存立基盤を強固にする施策を遂行するためには、政府の施策を統合し、有機的かつ重点的な施策を展開する必要があります。
 例えば、技能・技術者の育成を考えたとき、技術教育をどのように再構築するかが、重要なファクターとなります。小中高校教育に、一貫した技術教育を確立し、強化していくことが必要です。そのためには、現在ものづくりの問題を取り上げている通産省、労働省ではなく、文部省による施策が必要となります。そこで、国の行う施策を「通産・労働・文部」と言った省庁間の垣根を越えて、総合的、計画的に実施することを定める「基本法」が必要なのです。
 ゼンキン連合は職場の声を反映した、「ものづくり基本法案(ものづくり基盤技術振興基本法案)」をまとめ上げました。この法案は、産業界、行政、マスコミなどの注目を浴びています。当然、労働界も連合(日本労働組合総連合会)が一体となり、早期法制化に向けた取り組みを進めています。

 松雄正弘(日本教育大学協会 技術教育部門代表)は「“ものづくり”では、設計者と加工者が一体となって、物をつくり、その物の最終的な形と機能が発揮されてこそ価値が生まれる。この両者は従来は製造のための設計はホワイトカラーが、加工はブルーカラーがといった一般的な区分けがなされていることと、身分・給与の面においても区別されていたが両者が対等な立場となることが期待され、この基本法によって実現されるならば、それ自体が国民改革そのものになり得ることになる。」と述べているが、ものづくりの価値観を生徒にしっかり認識させる教育指導が必要であり、生徒には労働者が実際の仕事をしている中小企業での体験が重要であるとして、就業体験や授業の中での技能者の活用あるいは中小企業経営者と教師のシンポジューム等を実際に行っている学校もある。

 (7)「体系的な情報教育の実施に向けて」(1997年10月)
 (情報化の進展に対応した初等中等教育における情報教育の推進等に関する調査研究協力者会議)
 この協力者会議は普通教育としての情報教育の内容、指導体制、情報関連施設・設備の在り方など、幅広く検討し、具体的な提言をまとめるため1996年10月に発足し、第1次報告を行った。
 新指導要領の科目「情報」の導入はここでの提言が具体化したものである。報告書は「情報教育の目標」を次のようにしている。

ア. 課題や目的に応じて情報手段を適切に活用することを含めて、必要な情報を主体的に収集・判断・表現・処理・創造し、受け手の状況などを踏まえて発信・伝達できる能力「情報活用の実践力」

イ. 情報活用の基礎となる情報手段の特性の理解と、情報を適切に扱ったり、自らの情報活用を評価・改善するための基礎的な理論や方法の理解「情報の科学的な理解」

ウ. 社会生活の中で情報や情報技術が果たしている役割や及ぼしている影響を理解し、情報モラルの必要性や情報に対する責任について考え、望ましい情報社会の創造に参画しようとする態度「情報社会に参画する態度」
 これを相互に関連付け発達段階や他教科等の学習とも関連付けて効果的に育成するため、系統的、体系的な情報教育カリキュラムの編成が必要とした。
 「情報活用の実践力」の育成に当たっては問題解決のための課題が必要であるとし、各教科等の学習内容と関連したものを扱う、一方「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」は、情報教育に特化した教科・科目・領域において扱うことが考えられる内容であると述べている。
 そして、情報に関する独立教科を設置する効果等では、次のように述べている。

 「独立した教科を設けることにより、教員の専門性を確保でき、教育内容の水準を保つことや、教員・学校・地域間で情報教育の取り扱いに差が出ないような責任ある実施体制をとることができる。また、重複を回避しやすく、各教科等で取り組むべき“情報活用の実践力”の育成も、どの学校・学年段階でどのような内容が扱われているかを見通しながら実施でき他教科での学習活動が展開しやすくなること、学校全体を通した情報化への対応の核となる人材が確保できる等のメリットがある。」
 当協力者会議は、次期学習指導要領の改訂に向けた次のような提言をを行った。
 「情報活用の実践力」の育成については、原則として既存の教科等で行い、高等学校では、普通教科に関する教科として教科「情報(仮称)」を設置し、その中に科目を複数設定する(いずれも2単位程度)。内容としては、「情報の科学的な理解」及び「情報社会に参画する態度」に関する事項で構成する基礎的な科目を設けることとする。このほか、生徒の多様な実態に配慮し、上記の内容に関する事項のうち特定の内容に重点を置き、演習、実習を豊富に取り入れた科目や、コンピュータ等の情報手段を積極的に活用する科目を設けるなど、選択の幅を確保することが望ましい。
 また、情報教育の目標のうち「情報活用の実践力」については、各教科等のそれぞれの特性に応じて積極的に取り組む必要があるとし、全教科での指導例が示されている。

 (8)情報化の進展に対応した教育環境の実現に向けて(1998年8月)

 当協力者会議は、コンピュータやネットワークの整備、指導体制や学校に対する支援体制の整備計画などの最終報告も行った。

1. 情報教育の内容の充実(第1次報告の提言、教育課程審議会の答申)
−すべての児童生徒に情報活用能力を育成する−
・学習指導要領の改訂(小、中は平成14年度から実施)
・小、中、高等学校段階を通じてコンピュータ等を積極的に活用
・小学校段階では、総合的な学習の時間を中心に情報教育を実施
・中学校段階では、技術・家庭科の「情報とコンピュータ」を必修に、発展的内容は生徒の興味・関心等に応じて選択的に学習
・高等学校段階では、新教科「情報」を設け、「情報A」「情報B」「情報C」の3科目から1科目選択必修
・特殊教育諸学校では、小、中、高等学校に準ずるほか、盲学校において情報機器の活用を明確に位置づけ、知的障害者を教育する養護学校の高等部に選択教科として「情報」を設置

2. 教育用コンピュータ・ソフトウェアの整備

−児童生徒がコンピュータに触れる機会をできるだけ多く確保する−
 平成11年度までの現行整備計画
小学校1校当たり    22台
中学校1校当たり    42台
高等学校1校当たり   42台
特殊教育諸学校1校当たり 8台
・平成12年度以降の整備計画
・学校規模(児童生徒数)を勘案
・コンピュータ教室に加え、普通教室、学校図書館等にも配置し、校内をネットワーク化
・校務の情報化を進めるために保健室、進路指導室、職員室等にも設置
・ソフトウェアの整備計画
・教育用コンピュータ整備計画に即して策定

3. 学校の情報通信ネットワークの整備
−すべての学校をインターネットに接続する−
 現行のインターネット接続計画
平成13年度までにすべての中・高等学校、特殊教育諸学校
平成15年度までにすべての小学校
・接続計画の早期実現
・平成14年度からの新教育課程の実施、接続率の推移等を勘案
・ネットワーク拠点の整備
・各都道府県教育センターを教育用ネットワークの拠点として整備
・ネットワークを利用したカリキュラム開発などを全国レベルで行う中核的なセンター機能が必要

4. 指導体制の充実
−すべての教員にコンピュータ等の操作能力・指導力を育成する−
・大学での教員養成段階におけるカリキュラムの改善
・平成12年度から「情報機器の操作(2単位)」(仮称)を必修化
・高等学校の新教科「情報」担当教員を計画的に養成
・国、都道府県等、学校において、それぞれの役割分担に応じて情報化に対応した現職教員研修を体系化
・国段階の研修において各都道府県の情報化推進研修リーダーを養成
・都道府県段階の研修において学校のリーダーを養成し校内研修を充実
・また、管理職研修等において学校の情報化に関する内容を充実
・校内研修を奨励、活性化
・教員研修にインターネットや衛星通信を活用
・校長のリーダーシップにより情報化に対応した校内体制や校内研修を充実
・司書教諭の職務や役割の重視と資質の向上

5. 学校を支援する体制の整備
−学校の情報化支援のための体制を整備する−
・各都道府県教育委員会の教育事務所及び教育センターに学校の情報化を支援する人材(例、情報化推進コーディネータなど)を配置
・外部人材の活用
・情報処理技術者等の活用促進
・ボランティア(学生など)の活用

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 6. 高総検、技教研、高問協からの提起
 高総検で取り組んできた職業高校に関する改革への提起、およびいくつかの検討組織から出された普通科高校への職業教育の導入についての検討について触れてみたい。

 (1)「神奈川の高校教育改革をめざして」(第I期高総検報告1977年6月)
 a)職業教育の理念
 「職業教育はすべての青年に保障されなければならない。それは青年期の発達にとって欠くことのできないものであり、学習権の中心的課題とし位置づけられるものである。・・・・…人類が労働によって、歴史的な過程の中で蓄積してきた文化を伝え発展させていく教育制度が、高等学校における普通教育の在り方とともに崩壊している。人間が相互に高め合い、精神を支え、鍛えていく基本的な営みである労働を、普通教育の中で教育内容の中心的な課題として追求しない限り、正しい文化の伝達もあり得ない。私たちの『あるべき高校教育』とは、このように職業教育が、新しい国民共通の教養として、また子どもの全面的な発達を志向するてだてとして普通教育の中においても追求することにある。」と述べ、「労働教育としての職業教育」を提起し、職業を本来人類の文化を支えてきた労働を当面の産業構造を維持する手段としてのみおかれていることから解放するためにも、高校教育改革の中心的な課題として求められているとした。

b)高校教育改革の構想(職業高校からの改革案)
 職業教育についての見解は、そのまま高校教育改革の理念及び総合制高校へ向けた理念としてとらえ、そこでは端的にいって、 進学準備教育及び就職準備教育を否定し、普通教育と職業教育の隔離を認めない。新たに普通教育と職業教育を併せた基礎的な学力を重視する共通な課程を基盤にした地域社会の要求に応えうる総合制の高等学校を構想した。この構想を現実のものとしていくためには一定の見通しのもとに段階的な移行が必要であるが、とりあえず職業高校の段階的な改革案を提起し、各職場での実践的な取り組みを期待したいとしたのである。
 第I期高総検が提起した改革案
  第一段階 1978年 第二段階 1982年 第三段階 1985年
学科 小学科の廃止又は統合 学科に統合する 総合制高校とし3年間履修した単位数に基づき学科を決定する
入学者選抜 系又は学科(農業・工業商業)ごとに一括して行う 学科ごとに一括して行う 地域優先の総合選抜制
学区 系ごとの学区を設置 普通科の学区を基準に学科ごとに学区を設ける。 小学区制または中学区制






普通教科及び職業技術の基礎科目を全員が共通に履修する。
基礎学力の補充のための選択科目を設ける。
普通教科及び職業技術の基礎科目を共通必修とする。この場合職業技術の基礎は普通高校においても必修として設ける。 各教科を総合的に再編成した職業技術科を含む基礎的な共通過程を履修する。



普通教科及び職業技術の基礎科目を共通に履修し、系又は学科に対応した専門科目を履修する。 普通教科及び職業技術の基礎科目を共通必修とし若干の選択科目を導入する。 第1学年と同じく共通課程を必修として履修し、さらに若干の選択を設ける。



普通教科を共通履修するとともに、系又は学科に対応した専門科目を履修する。さらに進路分化に応じて選択できる科目を用意する。 普通教科及び進路分化に対応した選択科目を履修する。 基礎的な共通課程の他に進路分化に対応した大幅な選択科目を設ける。
卒業の認定 小学科による卒業の認定 学科による卒業の認定 履修した単位数に基づいて卒業学科の認定

○      当面の改革案
 職業高校は根本的な見直しが緊急の課題になっている。しかし、その歴史的な経過や教員の意識の改革、官僚的な行政の壁等々、障害が余りにも多いという現実がある。生徒の学習権を保障していくためには、改革は抜本的でなければならないが、可能なところから手がけていく運動も重要であるとして、第一段階を実現していくための具体的な方策として当面の改革案を提起した。

   (1)学科の統合―小学科の統合、類似した複数の小学科を『系』としてまとめる
  学科の現況
工 業 機械 機械、造船、自動車
電気 電気、電子
建設 建築、土木、設備工業
化学 化学工学、工業化学
農業 農業 園芸、畜産、生活
食品製造 食品化学
農業土木 農業土木、造園
商業 商業 商業、情報処理、秘書
 (注)デザインについてはこの表から省いてある。
(2)入試選抜方法の改善― 一括募集とする。
(3)  学区の設定―できるだけ小さく設定する。
(4)  教育課程の改革―新しく体系化された職業基礎を設定する。
学力保障の時間設定のため1学年にも選択科目を置く。(数学、英語、国語等)
3年次にも専門的な分化や個性化のための選択制を導入する。
(5)規模の適正化―8学級程度へ規模の縮小
(6)工業技術高校については、教育課程・施設・設備・名称 等、抜本的改革を要する
 c)普通科における職業技術教育
 様々な答申や学習指導要領の改訂のたびごとに、普通科における職業教育が取り沙汰されているが、結局実現することはなかった。その原因として次の2つをあげている。

 高校教育のあり方を考えるとき、多様化・低学力で悩んでいる職業高校より、むしろ大学予科的な性格を指向しつづけてきた普通高校こそ問題があるとし、大学入試目的の教科・科目のあり方、入試に歪められた教育内容の正常化と職業技術の教育が必修の教科として位置づくこと、そしてその教科の性格は(1)何らかの労働体験をさせる(2)職業労働観を養う(3)進路指導(4)生産技術の基礎(5)新しい教育概念の提起等をあげ、普通科における職業技術教育の具体的内容を次のように述べている。

1. 基本的な方向
(1)多種多様な職業に適合する職業技術教育を一つの教科で行うことは不可能である。
職業教育を広義解釈してすべての教科が職業教育に関していると考える。
(2)職業技術の教育としての教科は職業準備教育ではなく、生産技術を中心とした技術の基本を学ばせる教科とする。
(3)この教科は中学校で行われているような技能の学習ではなく、職業技術の基本を体系化して構成した技術学の基礎と技術史を中心とする。
(4) この職業技術教科の中に技術を自然科学的な面からと社会科学的な面から概観する技術概論を置き、若干の職業指導的な内容を含ませる。
(5)社会・物理・化学・生物等関連科目との連携をはかる。
(6)単位数は12単位とし、技術概論は共通必修として6単位、農業・工業・商業等を選択として6単位履修する。
具体的な内容
(1) 共通必修・・・・・・・…技術概論(6単位)
A 産業と技術  a資源  b工業生産  cエネルギー d情報処理  e農林水産業  f建設  g輸送
B 技術と自然科学  C 技術と労働 D 流通と消費 E 公害と環境
 F 技術の歴史
(2) 選択履修(6単位)
 A (工業)電気の基礎と機械の基礎(製図の基礎を含む)。計測と基礎実験。総合実習(設計から製作までの一貫作業)
 B (農業)農業の基礎・栽培・飼育の基礎及び実習(生理・生態・育種)
 C (商業)商業の基礎・計算実務・簿記会計・情報処理

 (2)「神奈川の高校教育改革をめざして」(第III期高総検報告1983年3月)
 ○あるべき高校像と職業・技術・労働教育
   イ.私達の目ざす高校像:その3本の柱
 ・すべての高校を国民的共通教養の基礎を完成させ、社会人・主権者としての自立の最終的な準備をさせる大衆的教育機関として位置づける。 
 ・すべての生徒に差別なく共通の教育内容や教育的経験を与え、そのうえで個性的な能力を促すために、教育課程は一般普通教育を内容とする「共通基礎」と構造的・系統的に配置された「選択科目群」とによって構成される。
 ・すべての高校で、すべての生徒に、技術教育・職業教育を実施する。
 ロ.戦後文教政策の本質
 資本主義経済の維持・拡大のため、国家・官僚の経済計画の一環として特に労働力政策に従属した位置で押し進められた。
  ハ.総合制の実現に向かって 
 高校三原則・通学区制(小学区制)・男女共学制・総合制
 総合制の実現なしに「あるべき高校像」の実現もありえない。
 ○青年の自立と職業教育
 高等教育機関への進学希望者を含むすべての高校生に対して、現代の労働と社会的生産の主要な分野に対応する職業についての一定の科学的認識とそれの技術・技能の基礎の習得を通じて、労働する者の権利の自覚を促し、進路選択を含めた将来展望を切り拓く土台を築きあげる。
 ○労働教育:その本質と方法・労働教育と技術教育の結合
 労働教育は労働の原型(原体験)というべきものの教授によって、生徒の内奥に、現実の労働の諸矛盾を看破する視座を築き、それらを止揚する根元的エネルギーを育む。
 主要な生産技術の基本に習熟し、社会的労働に対する科学的・現実的認識をもたなければならない青年期においては、労働教育と技術教育とを、究極的目的は一致するという構造把握をもとに結合させる。

 (3)「神奈川の高校教育改革をめざして」(高総検報告IV 1986年6月)
 ○職業高校の改善への視点
 イ.なぜまた多様化か
 職業高校が魅力がないものになり、底辺に位置づけられ、困難な状況になってきた最大の理由は“能力と適正”の名のもとに子どもたちを種別化(選別)したため。企業の労働力対策としての種別化(選別)の延長上に職業教育が考えられ、職業高校が位置づけられた。
 ロ.基礎・基本の重視
 ハ.新学科「電子機械科」は必要か
 基幹学科にまとめていくということは、職業高校の段階的改善の一つである。予算獲得のために科を新設すべきではない。既存の学科の中で教育内容の検討と、それに伴う施設・設備の充実を強く要求していくべき。
 ニ.基幹学科への統合に向けて
 ・電気系、化学系の“くくり募集”導入2年目  統合へ具体的検討
 例)共通履修教科目の用意、コース制加味
 ホ.具体的労働(職業)の類型化・無個性化
 ヘ.職業・労働教育の歪み
 普通科の生徒が生産労働にかかわる教科から全く切り放されている
 職業科の教育が資本の直接的な要求に従属しがち
 ○普通教育としての職業・労働・技術教育
 精神労働と肉体労働に分裂していない本源的労働の経験を生徒たちに与え、彼らの人間的発達を根本から保障しながらその達成を通して実社会諸労働に対する理解と批判力を養おうとする         
 本源的労働・「手の仕事」労働主体みずからが生産目的を設定し、目的の実現にむけて主体的に意志を制御し、精神的・肉体的諸能力を統一的に組織しつづけることができるような労働
 ○一般技術教育の究極的目標
 資本主義生産の合目的性の枠内におけるそれらの「合理性」を理解し、さらにその枠を超えた視点からそれらを再吟味し、そこに潜在する非合理性を看破する力を養いながら、労働生産性至上主義に替わる新たな規範の確率と、生産様式全体の交代につながる科学・技術の根本的変革の可能性を展望する。

 (4)「小・中・高校を一貫した技術教育のための教育課程試案」(1995.8 技術教育研究会)
 「技術教育研究会」は工作、技術、職業、労働の教育は、子ども・青年が人間として豊かに発達するために、不可欠で本質的な要素であるとし、小・中・高一貫した技術教育をすべての子ども・青年に保障することを主張している。また、青年が職業を選び、職業的に自立していくことが青年期教育の大切な課題であると考え、子供・青年の発達と工作、技術、職業、労働の教育との関連を研究し、技術教育や職業教育を公的に保障していくことを主張し運動を進めている。
 この試案は技術教育の必要性、普通教育としての技術教育の目的、教育課程編成の基本視点等から小・中・高一貫した技術教育の編成例を系統的に述べているが、ここでは、その中の高校の試案のみを示す。
1.材料の製造と加工の技術
1)工業用材料
・工業用材料の種類
・工業用材料の具備すべき性質
2)材料の製造と加工法
・金属材料の製造法
・金属の性質
・金属材料の加工法
3)材料の製造と加工法
・有機化合物の製造法と加工法
・無機化合物の製造法と加工法
4)構造物の形状と強さ
・材料に加わる荷重・応力・ひずみ
・曲げとねじり
・材料の破壊と強さ
5)機械要素の設計・製図
・ねじ・歯車・軸・リンクとカム
・機械の設計と機械製図
2.エネルギーの技術
1)仕事とエネルギー
・仕事とエネルギーと動力
・仕事の原理とエネルギー保存の法則
2)熱と流体のエネルギー
・熱力学の基礎
・熱機関
・流体力学の基礎
・流体機械
3)電気のエネルギー
・電気回路の基礎
・電気磁気学の基礎
・交流回路の基礎
・三相誘導電動機
・電力とエネルギー
・エネルギーの変換と効率
・エネルギーの循環
・エネルギーの変換と効率
・エネルギー技術の課題と展望
3.計測・制御と情報の技術
1)計測制御の発達
・生産技術における計測・制御の発達
2)  計測の基礎
3)  情報の発達
・計測量と単位
・計測量の取り扱い方
・情報伝達の電子回路
・情報とは何か
4)制御の基礎
・シーケンス制御
・フィードバック制御
・コンピュータ制御
5)生産の自動化の実験
・生産の自動化
4.環境の技術
1)自然界における物質とエネルギー
循環・地球環境問題
・自然界のつりあい
・物質とエネルギーの循環
・なぜ二つとない地球なのか
・深刻な環境破壊
・環境破壊の原因
2)食料生産と環境
3)食料生産と環境
・日本の農業
・農業の歴史
・土壌と肥料
・気候と栽培
・これからの農業
4)公害・環境と技術
・公害・環境破壊を防ぐ基本
・二つとない地球を残すための方法
5.人間の労働と職業
1)技術と労働の歴史
・人間を巨人にしたものは何か
・古代社会の技術と労働
・中世の技術と労働
・産業革命の技術と労働
・現代の技術と労働
2)労働と職業をめぐる諸問題
・企業とは何か
・能力と競争
・過労死、労働時間と賃金
・産業の空洞化、多国籍企業
・労働安全、生産の自動化と労働
3)人間らしく働き生きるために
・労働とは何か、職業とは何か、学ぶことの意味は何か
・職業選択の自由と職業教育・訓練
・労働基準法、労働組合法
(5)「高等学校教育問題について」第1報告(1984.3 神奈川県高等学校教育問題協議会)
 県教育委員会の研究組織の報告では「高等学校普通科における職業教育の研究」(1981.3 高等学校における職業教育研究グループ)もあるが、ここでは、上記、高問協のものを紹介する。

 職業教育の内容と履修学年
○第1学年においては、職業・技術の基礎に関わる科目として“人間と技術”“産業と技術”“生産と技術”“現代の職業生活”等の内容を含んだ「職業・技術の基礎」(仮称)を必修科目とする。
○第2学年においては、農業・工業・商業の基礎に関わる科目として、普通科の高等学校の生徒が各々の分野の職業・技術の基礎を理論的かつ体験的に学べる内容をもった「農業の基礎」、「工業の基礎」、「商業の基礎」(いずれも仮称)を必修選択とする。
○第3学年においては、更に、職業に関する専門科目を選択履修することによって、職業についての基礎的技術や技能及び知識をより専門化した形で学ぶことができるよう配慮する。

 「職業・技術の基礎」の指導内容」

項  目

指 導 内 容

1.人間と技術
1.技術とは何か:人間の労勧と技術、道具と機械、技術と社会とのかかわりなど
2.生産と技術:技術の発達と生産の発展など
3.科学と技術:自然科学の発展と技術、自然法則と技術など
4.公害と技術:資源、エネルギー問題など
2.産業と技術
1.第1次産業:農水産業の発展と技術、現代の農業など
2.第2次産業:鉱・工業等の発展と技術、現代の工業と労働の変化など
3.第3次産業:商業サービス業の発展と技術、現代の商業など
3.生活と技術
1.衣・食・住の変遷と技術:生活科学と技術など
2.生活の中の技術:機械に囲まれた暮らし、家事労働の合理化など、
3.技術と工芸:木工、陶芸、染色など
4.現代の職業生活
1.現代の職業構造:労働人口の移動、現代の職業など
2.現代の労働問題:労働基本権、労働三法、賃金と労働時間など
3.勤労観・職業観の歴史:人間と労働、職業と余暇など
4.職業と私たちの進路:職業と適性・資格、職業選択に当たって

 農業・工業・商業の基礎にかかわる科目の目標と内容
 「農業の基礎」
目標  人間にとって農業生産が重要な意味をもっていることを、理論的、体験的に学ばせるとともに、日本の農業の現状を歴史的・国際的に認識させ、今後の課題を考えさせる。

1.人間生活と農業 (1)食生活の現状(2)農業のしくみ(3)農業の分野と役割(4)地域の農業
2.農業の歴史 (1)近代以前の農業 (2)産業革命以後の農業 (3)日本の農業の発展 (4)戦後日本の農業
3.農業生産の基礎 (1)農業生産の基本的条件 (2)栽培の基礎学習(野菜、草花の栽培) (3)飼育の基礎学習(養鶏、うさぎの飼育)
4.農業の課題 (1)日本の農業問題 (2)世界の食糧問題(3)国際経済と農業

 「工業の基礎」
目標  工業の各分野に共通して必要な態度・技能・知識などを体験的に学ばせる。特に、部品の製作や組み立てを中心に、体験的に学ぶことによって知的理解を促すことができる。

1.工業の歴史 (1)道具の発達(人間と道具、青銅器時代の道具、鉄器時代の道具)
(2)機械の発達(初期の施盤、産業革命と工作機械の発明・発達)
(3)生産方式の発達(初期の生産方式、大量生産方式、現在の生産方式)
(4)我が国の機械工業
2.工業生産の基礎 (1) 製図の見方・書き方 (2)ノギス・マイクロメータの使い方
(2) 電気はんだごての製作
3.工業の課題 (1)技術革新 (2)公害

 「商業の基礎」
目標  国民経済における流通の働きを理解させる。また、売買を中心とした商業活動についての基礎的な知識を修得させる。

1.国民生活と商業活動 (1)流通課程 (2)市場の働き
2.商業の歴史 (1)自給自足から分業の発展 (2)商業の発達 (3)近代以後の商業
3.売買 (1)小売業と卸売業の形態と機能 (2)主な業務(伝票起票、文書作成など)
4.金融 (1)金融の機能(2)主な業務(手形・小切手の振り出し・交換など)
5.物的流通と保険 (1) 物的流通の意義と機能 (2)運送業と倉庫業 3)保険業(保険料の計算など)
6.企業 (1)企業の意味・目的 (2)企業経営(株式の売買、帳簿等の作成)

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 7.最近の高校職業(専門)教育政策の特徴と問題点
 (1)総合制高校
 1947年に制定された学校教育法の41条には「高等学校は、中学校における教育の基礎の上に、心身の発達に応じて、高等普通教育及び専門教育を施す。」ことが高等学校の目的だとされている。この規定を受けて「新制高等学校教育課程の解説(1949年文部省発行)」には「ある意味においては、新制高等学校の生徒は全て職業科の生徒である。」「新制高等学校の教育課程が、第一に大学準備を目指して作られるということがあってはならない。それは、個々の青年が個性的に、社会的・公民的に、そして職業的に、最大の発達を遂げることを目標とすべきであって、この目標が達成されたならば、そのまま大学の入学準備になっているのである。教育課程は、本来、個人の全体としての人間性の発達をめざすものである。」と述べ、職業(専門)教育の重要性を強調している。
 さらに、「新制中学校、新制高等学校の望ましい運営の指針(1949年文部省発行)」には「新制高等学校は、(1)普通教育を主とする学校か、(2)専門教育を主とする学校か、(3)主として普通教育を希望する生徒と、主として専門教育を希望する生徒との両者を卒業させるだけの教科を準備し、一地域社会のすべての必要を一つの学校組織で満たそうとする総合型の学校から三つの種類のうちそのどれであってもよい」と総合制高校を定義している。
 この総合制高校は、普通教育を希望する生徒と専門教育を希望する生徒の両者を同じ学校で教育し、国語9、一般社会5、体育9必修、選択必修として社会及び数学・理科のうちの1科目を5単位までの計15単位、合計6教科38単位を共通必修とし、他は自由選択制とした。この制度では、教科科目の自由選択によって卒業資格(普通教育を主とするか、専門教育を主とするか)の選択も可能であった。
 しかし、施設・設備の問題や、政府に設置された「政令改正諮問委員会」の「教育制度改革に関する答申」(1952年11月)に「高校では、総合制高校を分解し、普通課程と職業課程を分離して、学区制を廃止する」などが盛り込まれ、総合制高校は急速に崩壊していくことになった。
 ここで、総合制高校は崩壊したが「高等普通教育及び専門教育」を併せ施す高校は職業高校のみが担うことになった。この点は「『高等普通教育及び専門教育』を併せ施す高校は幻の『総合制高校』として、理念の位置に祭り上げられることになってしまった」(教育研究所所報「ねざす」NO15、1995年4月、三橋正俊氏)ことにはなっていない。
 私たち高総検は第I期より「すべての高校生に、生産労働と教育の結合を目指す技術教育と、生産と労働及び流通機構に対する『健全な批判力』(学校教育法42条)と想像力の形成をめざす職業教育を共通の基礎として置き、更に青年期の発達に対応した個性化と、分化していくための専門教育の一分野としての職業教育を、教育課程の中に構成していくべきであると考え、これを総合制の理念の中でとらえている」と主張し、職業高校と普通高校の改革を提言してきた。現実には、神奈川において職業科高校は学科を基幹学科に統合し、高校生としての必要な「公民的資質の向上」にかかわる教科、専門教科の基礎となる普通教科の増加などがなされ改革は進んだが、上記の視点に立った普通科高校の改革はほとんど進まなかった。そして、受験体制の中で、職業科高校を底辺とする学校間格差が生まれることになった。
 2)総合学科高校
   普通教育と職業教育をともに行う教育は学校教育法の規程にある通り、戦後教育発足時の理念であったが(正確には普通教育と専門教育)、実現性を視野に入れたかたちでそれを提起したのは14期中教審答申(91年4月)であり、それを受けた「高等学校教育の改革の推進に関する会議」(文部省委嘱)(以下「推進会議」と略記)1次(92年6月)と4次(93年1月)の各報告が総合学科の骨格を示し、93年3月文部省は省令を改正して94年4月より制度として発足した。以下にそれらの関係部分を抜粋してみる。
 ○14期中教審答申(91年4月13日)
 現在の普通科と職業学科に大別されている学科区分を見直し、普通科と職業学科とを総合するような新たな学科を設置することが適当と考える。
 ○推進会議1次報告(92年6月29日)
 従来の普通科及び職業学科という枠にとらわれず、学校が幅広く総合的に選択科目を開設し、生徒の個性を生かした主体的な選択による学習が可能となるような学科とし、その名称は、総合学科(仮称)とする。
 ○同4次報告(93年1月26日)
 生徒の主体的な学習を促し個性を伸長させ、国家及び社会の有為な形成者として必要な資質を育成するという高等学校教育改革の基本的な方向を、教育内容や教育方法のみならず、学科という枠組みにおいても推進するという新たな発想に立つ学科を設置し、高等学校における学科制度を見直すことが必要となっている。
 ○文部省通知「総合学科について」(93年3月22日)
 総合学科は普通教育及び専門教育を選択履修を旨として総合的に施す学科であり、高等学校教育の一層の個性化・多様化を推進するため、普通科、専門学科に並ぶ新たな学科として設けられたもの。
 ○学校教育法施行規則一部改正(93年3月10日)
 高等学校においては、第65条1項で準用する第27条の規定にもかかわらず、学年による教育課程の区分を設けないことができる(第64条の3)。高校間連携(第63条3項)。技能審査の単位認定(第63条5項)
 ○単位制高校教育規定
 学年による教育課程の区分を設けない全日制の課程、定時制の課程及び通信制の課程に関し、同令(施行規則第64条3の1)の特例その他必要な事項を定めるものとする。(1条)
 ○高等学校設置基準一部改正(93年3月10日)
 高等学校の学科は次の通りとする。(第5条)
 1.普通教育を主とする学科。2.専門教育を主とする学科。3.普通教育及び専門教育を選択履修を旨として総合的に施す学科。
 前条第3号に定める学科は、総合学科とする。(第6条)

 総合学科に対する日教組の評価は発足時は、生徒の自主性、主体性回復の具体策として評価できるところがあり、実質就職を前提にするものに限っていることは教育政策の限界であり、新たな差別、選別の学校の序列化をもたらす危険性をもっている、受験偏重教育を是正する先導的試行と位置付け高校改革のモデルとして広げてゆく、と一応抑制的であったが(日教組高校部見解。93年4月)、導入が本格化するにつれ以下のように積極的な評価へと転じた。
 「総合学科は入学後、総合選択科目群を選ぶ。これには定員がないから、生徒の希望が満たされる。つまり学びの自己決定権が保障されることになる。『総合学科は今後の高校教育改革のパイオニア的役割を果たすことが期待される』と、具体案を作成した文部省の高校教育改革推進会議は自賛しているが、私たちも、これを率直に受け止めてもいいのではないか」(日教組高校準義務化促進委員会、同研究協力者会議報告「どの子も希望する高校へ」)
 念のためにいっておけば、上記報告書における日教組の評価や説明は、条件整備への配慮を除いては、科目等に関しては批判はおろか分析の視点さえなく、文部省の解説を”率直”に羅列しただけとの印象を免れない。
 総合学科は普通科、専門学科とは異なる第三の学科として制度化された。設置の要因のひとつが中退者増であったといわれている。(「総合学科と高校教育改革」月刊高校教育93年4月号より)
 総合学科の最も大きな特色は、普通教育と専門教育を選択により履修できるとした点であり、そのかぎりでは高校教育本来の理念を実現したかのような形式を備えており、事実、日教組上の引用に見られるように、すべての高校を総合化する「先導的試行」との評価を与えているが、履修形態をはじめ特徴とされるいくつかの点には、行政側の唄い文句とは別に後期中等教育の根幹に係わる重大な問題が含まれていることは留意されなければならない。文部省は93年3月22日付け初中局長通達で総合学科の設置を通知したのにともない、全国の関係機関に対しそれへの積極的取り組みを要請する通知を出したが、その中で総合学科の特色を発揮させるために以下のような制度の活用や教科目の開設を行うように求めた。これらはそのまま総合学科の特徴と考えられるので、以下職業教育の観点から問題点を整理してみたい。
 ○単位制、推薦制、連携、技能審査
 単位制高校教育規定がほぼそのまま適用されるから、教科目の順次性・系統性の無視、学区外し、推薦制、連携による単位認定等、単位制高校発足に当って問題とされた点がすべてもちこまれることになる。学区外しは格差是正とは逆行する。推薦制が中学生に与える悪影響については、調査書による”全人的評価”(ボランティア、部活、生徒会、日常の言動等、生徒の公私全てにわたって点数化)、及び「新学力観」に基づく「意欲」、「態度」、「関心」等の”人格評価”、推薦基準の不透明さによる疑心暗鬼、3年3学期のクラス内の動揺と緊張、多段階”選抜”による精神的負担等深刻なものがあり、高校側では青田刈りによる高校間の競争激化等の問題がある。技能連携や専修学校との連携、技能審査等を単位認定することの問題点については先に指摘した通りである。
 全国的には定員割れの続く職業高校統廃合策として総合学科が設置されている例が多いが、普通科と統合した場合、普通科の側からは定数増になるが職業学科の側からは逆に定数減となり、教育内容も専門性の希薄な”薄められたオジヤ”という評価が強い(日教組全国教研報告など)。総合学科が”職業科潰し”に使われているという声が聞こえる所以である。総合学科設置の趣旨は「将来の職業選択を視野に入れた自己の進路への自覚を深めさせる」(初中局長通知)ことであり、必ずしも普通教育と併せて”職業教育を施す”ことではない点に注意する必要がある。原則履修科目の「産業社会と人間」、「情報に関する科目」、「課題研究」は”職業について”の科目という色彩が強く、内容からいっても履修単位数からいっても系統性をもった職業教育といえるものではない。高校教育の理念を”実現したかのような形式”を備えていると先に述べたのはこういう意味からである。実態としても、職業高校を統合したところでは系統性をもった職業教育が行われているが、普通科からの転換の場合は卒業後に向けてのガイダンス的内容が多い。14期中教審が提起したような普通教育と職業教育を同時に実施するためには予算的裏付けが伴わないと不可能である。
 ○「産業社会と人間」
 必修科目で2〜4単位、入学年次に履修。
 〈目標〉自己啓発的な体験学習等により職業選択や就業に必要な能力、態度等を養う。産業社会での自己認識と積極的な社会参加。
 〈内容〉職業と生活、我が国の産業の発展と社会の変化、進路と自己実現。
 理論面よりも体験学習に重点が置かれているため教科書がなく、かわりに指導書が作られていて、実質これが指導要領的働きをするものと思われる。その第2章「『産業社会と人間』の意義」では、さまざまな体験的学習によって従来の進路ガイダンスを援助、強化するとあるが、そうした活動を教科として設置させるには無理があるという批判が強い。第3章「『産業社会と人間』の内容と学習活動等」で上記内容に触れ、見学、実習、ボランティア、聴講等により「厳しい労働環境や労働条件にある職業を嫌う」風潮を改め「職業に貴賎はない」ことを理解させるとしているが、労働災害、労働組合、雇用不安等労働する側に係わる問題の扱いが非常に弱く、一種の道徳教育、儒教倫理の印象を与える。
 ○「課題研究」
 設置の狙いは、法改正せずに専修学校での学習や技能審査の単位認定を可能にするもので、公費削減と教育産業優遇策だといわれている。工場見学等、従来職業に関する学習を実施してこなかったところでは目新しさが評価されているようだが、現場実習や専修学校との連携は問題が多いので慎重な対応が必要である。

 (3)総合学科高校へ転換 
 第14期中教審答申は、「総合学科」は「職業学科を転換したり、普通科における職業教育の充実をよりいっそう押し進める形で設置していく」としている。
 「普通科における職業教育の充実」という視点は総合学科の原則履修科目である「産業社会と人間」の科目の内容を改善する中でその可能性を見いだせると三橋正俊氏は主張(「ねざす」NO16、1995年10月)している。その点は、従来の普通高校を改善したものになってはいるが、普通科を残したままその役割を総合学科に求めている以上、すべての高校生に職業教育を施すという従来からの高総検の視点はここでは見いだすことはできない。
 文部省は総合学科の設置を奨励し、初年度(94年度)は7校(公立6校、国立1校)、95年度9は16校(公立14校、国立1校、私立1校)、96年度は22校(公立21校、私立1校)、97年度は34校(公立29校、私立5校)が開校している。
 その多くが職業高校ないし普職併置校からの転換であり、充分に専門教育を行わない総合学科への転換はいわば職業教育の切り捨てである。(資料参照)さらに、科学技術の高度化、日本社会高学歴化さらには生涯教育への移行といった脈絡の中で、職業教育は高校卒業後の段階で実施すればよく、高校職業教育は普通教育と統合し、職業高校は総合学科に改編するべきとする論調(日教組「教育再生へのステップ」1997年9月)がある。
 職業高校の問題点は、第IV期高総検報告が述べているように「職業高校がなぜこれほどまでに魅力がないものになり、底辺に位置づけられてしまい、困難な状況になってきたのだろうか。その最大の理由は“能力と適正”名の下に子供を種別化(選別)したためではなかったのか。言い換えるならば、企業の労働力対策としての種別化(選別)の延長線上に職業高校が考えられ、そして職業高校が位置づけられたからではなかったか」と言える。職業学科の総合学科への転換は、これらの職業学科が抱える問題の解決にはならず、高校改革の視点を歪めることになる。
 高校を卒業して就職を希望している生徒が29万7千人(98年度21.8%)いるという現実を直視する必要がある。少なくとも現在及び近い将来において、高校を卒業して就職しようとする生徒に対して職業教育を系統的に学ぶことのできる機関は職業高校(学科)以外には考えられない。もちろん、職業高校自体の改革の必要性があることは当然である。
 神奈川県における総合学科の在り方を具体的に提言したのは95年3月の県産審であった。そこでは「本県においては、高校教育における職業科高等学校の割合が全国的に見ても低いことから、普通科高等学校の場合では、一部の転換又は全面転換とし、職業科高等学校の場合は、既設学科の一部を転換して施設・設備等を専門学科と共用することが望ましい」となっている。また、将来構想検(98年9月)も「既設の普通科高校や専門高校の発展的統合や改編により、それぞれの特色ある教育内容や施設設備を生かした総合学科を設置する」と報告している。この報告の中では総合学科を「普通科・専門学科と並ぶ第3の学科で、普通教育と専門教育を選択により総合的に学ぶ学科」と定義している。普通教育と専門教育を選択により学ぶことができる現在の職業高校(学科)は総合学科高校に転換する必要がなく、普通科高校こそその必要性があるわけである。このように総合学科を設置することが目的化しているため、財政的に負担の少なくてすむ職業科からの転換では高校教育の目的である「高等普通教育及び専門教育を施す」といった新制高校発足時の改革の視点をぼやかしてしまうことになる。
 総合学科を導入するにしても“学区を限定し、推薦入学・単位制の排除”を確認したうえで、「高校入学時に、子どもたちを多様化したセパレートコースに入れず、入学後に、できるだけ多くのメニューの中から、子どもたちの二一ズに合ったカリキュラムの選択ができる(中略)そして地域の子どもは地域で育てるという発想を実現するためには(中略)第3の学科、総合学科は、どうしても地域指定の中で実施されるべきで、全県一学区などということは許容できない」(「私たちは教育改革闘争をいかに闘ってきたか」広島高教組97年)という姿勢が必要である。

 「参考」総合学科設置校数
年度 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年
設置校数(新設) 7 16 22 29 33
設置校数(類型) 7 23 45 74 107



国立 1 2 2 2 2
公立 6 20 41 68 96
私立 0 1 2 4 9


全日 7 22 44 72 104
定時 0 1 1 2 2
通信 0 0 0 0 1
設置県数(類型) 7 18 29 40 45

 総合学科の設置に際しての学科改編状況
年度 1994 1995 1996 1997 1998
普通科→総合学科 0 3 8 7 9 27
普通科・専門学科→総合学科 4 5 7 16 13 45
専門学科→総合学科 3 6 6 6 9 30
新設 0 2 1 0 2 5
7 16 22 29 33 107
複数校の統合による設置 0 0 1 3 2 6

総合学科校
学科別学級数
改編前学科別
学級数
1994 1995 1996 1997 1998
総合学科
539学級

併設普通科
21学級
専門学科
28学級
普通科 319 21 38 72 89 99
職業科
  農業 73
  工業 83
  複合 2
  商業 84
  水産 5
  家庭 40
  看護 1
 
4
1
2
5
5
4
 
 
16
10
 
5
 
6
 
 
17
17
 
9
 
4
 
 
23
27
 
28
 
16
 
 
13
28
 
37
 
10
1
  小計 288 21 37 47 94 89
計 588学級   計 607 42 75 119 183 188

 (4)「新たな多様化」政策としての専門コース
 ア.神奈川における「特色ある高校」づくり
 1973年以来の「100校計画」の推進過程の中で県行政当局から「同じような学校を100校作る必要はない」といった声が聞かれれようになり、高校に「特色」を持たせるといった全国的流れの中で神奈川も例外ではなかった。
 1975年、県教委は「後期中等教育研究協議会」(略称 後中教)を発足した。後中教は1978年の第2次答申の中で「普通教育改善の方向としての学校の個性化」を打ち出し、高校教育の個性化の必要性を強調した。この答申を受けた県教委は「個性化」の事業推進を積極的に進めた。
 高総検は主に新設校を対象に行った実態調査(82年)で、各校の教育課程上の「特色」とされるものは次の三つに分類した。
 (a)教育課程編成上「特色」あるコース、科目が設置されているもの
 (b)特定教科に重点をおくもの(習熟度別指導を行っているものなど)
 (c)選択幅(特に3年次)の拡大や、「個性化」その他の対応のあるもの
 これらの具体的内容をみると、職業科目や語学など特定な科目を設置したり、増加単位(1〜2)を課すなど教育内容上の一部分のみを「特色」として強調している例がほとんどであった。その他の例としては、81年に県教委が指定した「地域文化導入推進校」において、人形浄瑠璃その他の地域文化を郷土学習として取り入れるところもあった。これらの「特色」は形式的には学校がそれぞれの判断で自校の望むテーマを決め、県教委に申請することになっているのだが、実際には学校が必要としても同一学区内の他校にすでにあるものは認可されないシステムになっていた。実質的には、県教委からの「特色」の押しつけになっていた。
 イ.神奈川の「専門コース」
 1983年に新設された2校連携方式の弥栄東・西高校は、先に述べた教育長プロジェクトチーム提案の「新しいタイプの高校」の一つ「集合型選択高校」の一種として新設され、「外国語・体育・音楽・芸術」の四コースが設置された。
 この「専門コース」は本県でははじめて採用されることになったが、「特色ある専門コース」を学区外からも『選択しうる自由』を確保するという理由で、通学区の枠から外したうえ、普通科として初めて同一校内でのコース別の募集を実施して、「専門コース」制に、従来の学区制と入選制を“超越する”「特権」を与えることへの道を開いたのであった。
 また、1985年3月の高校教育問題協議会(略称 高問教 1980年発足)の報告はより一層の多様化を促した。この報告は、100校計画終了後における神奈川の高校教育のあり方を示すものであり具体的方策として「個性と想像力を伸ばすための特色ある高校づくりをすすめる。そのために、単位制の弾力的運用、普通科への専門コース制導入、高校間連携、専修学校との連携のすすめ、個々の生徒の個性や希望を生かした自主的高校選択を可能にする」などの提言をした。この報告後の1989年、六ツ川高校に情報科学コース2学級が設置された。
 さらに、1987年12月に発足した「後中検」は1989年3月の「第一次報告」の中で既設高校における専門コースの設置を提言している。専門コースの具体例として音楽、美術・工芸、体育、演劇、情報科学、国際文化、福祉などをあげている。
 その後、磯子高校(91年、国際ビジネスコース)、小田原城内高校(92年、外国語コース)、岩戸高校(92年、外国語コース)といった既設高校での専門コースの設置が続いた。
 県教委は、「専門コース」制導入にあたって条件整備の改善を示唆し、学校側に導入を要請してきた。そのため、学校現場では予算が増額されるうえに、学区を越えて従来よりも多少とも“よい生徒”が受検してくるといった期待からこれを受け入れてきた面もあった。専門コース導入決定後、県教委から示された予算額が期待したほどでもないことから学校現場から不満が出てきた。さらに高浜高校のように校長が職員会議決定に反して強引に押し進めらるような事態が生じることもあった。

設置された専門コース
1983年 弥栄東 音楽(1学級)、美術(1学級)
  弥栄西 体育(1学級)、外国語(1学級)
89年 六ツ川 情報科学(2学級)
91年 磯子 国際ビジネス(2学級)
92年 岩戸 外国語(1学級)
  小田原城内 外国語(2学級)
93年 荏田 体育(1学級)
  有馬 外国語(2学級)
94年 釜利谷 体育(1学級)
  高浜 福祉教養(1学級)
95年 ひばりが丘 国際教養 (1学級)
  山北 体育(1学級)
  上矢部 美術陶芸(1学級)
  綾瀬西 福祉教養(1学級)
96年 白山 国際教養(1学級)
  秦野南が丘 生涯スポーツ(1学級)
  厚木北 スポーツ科学(1学級)
  津久井 社会福祉(1学級)
97年 五領ケ台 外国語(1学級)
98年 生田 自然科学(1学級)

 (5)神奈川の単位制高校
 臨教審答申を受けた文部省(中等教育改革の推進に関する調査研究協力者会議)と教育課程審議会(中間まとめ)は1986年10月、「単位制高校」を「定時制又は通信制の課程の中の特例のもの」として位置づけた。そして、1988年3月、省令によって学校教育施行規則の一部を「改正」し、定時制・通信制について学年制の規制を外すとともに、「単位制高校教育規定」を定めた。そのうえで同年11月、学校教育法の一部を「改正」し、定時制及び通信制の課程の修業年限を「4年以上」から「3年以上」に改めた。その結果、88年には3校(石川県立金沢中央高校、岩手県立杜陵高校、長野県立松本筑摩高校)が開校された。
 神奈川においても、87年12月「単位制高校」の設立に向けて後期中等教育検討委員会(略称 後中検)を発足した。89年3月、県教育委員会は、後中検による「単位制による新構想高校」設置の提案を受け、庁内に設置検討委員会を設けて、実施に向けての計画を策定した。
 神高教は、組織内に単位制高校対策会議(高総検+特別定時制対策会議で構成)を設置して、対県教委交渉および県教委原案の分析・批判・情宣をおこなった。県教委・高校教育課との交渉は、88年7月の第一回目を皮切りに数十回に及んだ。交渉途中の91年2月8日、組合側に何の事前協議もなく、神奈川工業高校の同一敷地内に95年度開校という内容の新聞発表をおこなった。
 その「新構想高校設置の基本的な考え方」によると、I部(8:50〜14:20)とII部(14:30〜20:00)の時間帯に別れており、いずれも一日5時間の授業展開をおこなうことになっていた。この抜き打ち的な発表に関して神高教本部は直ちに県教委に抗議するとともに、神奈川工業高校分会も校長に対して次のような抗議文を提出した。

 「(1)いわゆる単位制高校の併設に関しては、当該校に全く事前協議がなく、現場教職員との十分な意見交換の場すら設定されなかった。(2)同一敷地での二校併設は様々な問題が考えられ、教育環境としても望ましくない。(3)県のいう新構想高校とは、いわゆる臨教審の単位制高校と同一のものであり、我々が考える望ましい高校教育の形態ではない。」
 神奈川工業高校では以前から校舎立て替えの検討が行われてきたが、二校併設での立て替えは予想だにしていなかった。県教委は、神工単独で立て替えるよりも施設・設備で必ずメリットがあると強調して学校現場を説得しようとした。神工分会は、併設によって生じるであろう(1)登校時の生徒の服装、(2)両校生徒の関係、(3)授業時間の調整など学校生活、(4)共有施設の使用など教育上の問題点を懸念した。
 このように神奈川における新構想高校(単位制高校)は、単位制高校そのものの問題とともに既設校に併設といった施設面、教育面の問題点をも含んでいた。
 単位制高校の問題点については、高総検を中心に「高校神奈川」で特集を組み「取得した単位を機械的に合計し、一定の量に達したら卒業といった単位制高校には教育課程の系統性という面で弱点がある」と指摘してきた。 また、「高等学校は、本来『単位制』(であり)、多くの全日制高校においては、教育条件整備の遅れによりその活用が十分されていないのが現状(である)。ことさら新たに特異な『単位制』を設立する以前に、本来の単位制の実現こそ行政として力を注ぐべきで(ある)」(神高教による県教委への「新構想高校」にかかわる申し入れ91・12・10)といった課題もあった。
 単位制高校設立の趣旨として、中退者も受け入れると発表したにもかかわらず、その後、開校時は中退者の受け入れ枠はないとする県教委の姿勢についてマスコミや議会が問題にする場面もあった。
 93年に文部省が全日制単位制高校を制度化したため、神奈川の新構想高校は当初の構想から大きく変わり、全日制の単位制高校「神奈川総合高校」として95年に開校した。

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 8.専門(職業)高校と入試制度

 (1)神奈川県の専門高校の入試制度の変遷

   表1 専門高校の入学者選抜制度の変遷
1978年 農業・水産に推薦制導入(10%)
1980年 農業・水産の推薦枠拡大(15%)
1985年 工業・厚生にも推薦制導入(10%)
専門学科で面接導入
1987年 学科の再編開始
1996年 専門コ−スに推薦制導入(10%)
工業・厚生・農業・水産・家庭・理数・商業・外国語の推薦枠拡大(30%以内)
全合格者を総合的選考で判定
傾斜配点の導入
面接・実技を選抜資料に
1998年 専門学科の推薦枠拡大(50%以内)
専門コ−スの推薦枠拡大(30%以内)
 本県の専門学科への推薦制導入過程を示した(表1)。推薦制の時代的変遷は大きく3つに分けられる。第1期は1978年から1984年までの水産・農業への推薦制導入期、第2期は1985年から1995年の工業・厚生への推薦制拡大期、第3期は1996年に始まる専門コ−スを含めた推薦制・推薦枠拡大期に分けられる。
 第1期は1978年からはじまるが、水産・農業に本県ではじめて10%の推薦枠がもうけられた。1980年に推薦枠が15%へ拡大されるが、この頃の推薦制は自営者養成のための推薦制であり、家業として水産・農業に携わることが条件であった。このため、不合格者はその学科をそのまま受検する方式がとられた。
 第2期は1985年にはじまり、工業・厚生へ10%の推薦枠導入がおこなわれた。この推薦制拡大は、前年に出された文部省の「1984年7.20通知」(「高等学校の多様化」、「入試制度の多様化」、「適格者主義」など)が各県の教育委員会に求めたことを反映している(表2)。また、神奈川県では、ほぼ同時期に神奈川県高等学校教育問題協議会(高問協)が答申をだした(1984年3月)。答申は工業・厚生に推薦制を10%枠で導入すること、専門学科へ面接を導入することなどを示した。答申の中で、面接は受検生理解を図るものとされたが、点数化は行わないこととされた。これらの答申や通知を受けた第2期の推薦制では「志願する学科への明確な目的意識を持ち、専門教育による適性の伸長を希望する者」(平成2年度「志願の手引き」)が志願資格になり、家業との関連は薄められた。しかしながら、受検者は推薦を希望した学科のみを受検し、推薦不合格後も志願変更はできなかった。また、内申書、アチ−ブメントテスト、面接をもとに合否判定はおこなわれ、定員内不合格も行われていた。合格発表の翌日、不合格者はその科を一般受検した。このように当時の推薦制はその学科を受検する生徒の志望の明確化を強制するものであった。このことは、 一般入試においても言え、志願変更は同一学科内のみで可能であった。つまり、志望段階で決めた学科(普通科、工業科、農業科、商業科、水産科、厚生科など)の中でしか志願変更はできなかった。つまり、当時の入試は普通科または専門学科の1科のみ(第2志望はあったが)を1回受検する方法であった。
 また、面接も専門学科の一般入試に導入された。面接の目的は高問協の「調査書の記載事項と関連して、受検者理解を一層深める」を受けて、「受検者の進学についての目的意識や学習意欲を確認するため」のものとされた。導入当時は教員間にも「それ以前に行われていた健康診断が面接に変わっただけで、5分くらいでは生徒を理解することができない」(高総検報告V)程度にしか考えられていなかった。しかし、県当局は入試要綱に示した「面接実施は学校判断」とは裏腹に、面接実施の調査の中で不実施の場合のみ理由を書かせるなど問題を残した。

  表2 1984年7月20日「公立高等学校の入学者選抜について」文部省通知 抜粋
  • 公立高等学校の入試は同一時期、同一問題で実施する必要はない。
  • 各高等学校、学科の特色に配慮しつつ、その教育を受けるに足る能力・適正等を判定して行うものとする。
  • 具体的には受験機会の複数化、学習成績以外の記録の積極的利用、普通科への推薦入学の積極的導入、面接の積極的利用が望ましい。
  • 特色ある高等学校の学科等については、可能な限り広範囲から受験できるようにすることが望ましい。
 第3期は、「1993年2.22.通知」以降である(表3)。それをうけ、県当局は神奈川県公立高等学校入学者選抜制度改正大綱(以下「改正大綱」)により、入試制度の”大改革”を押し進めた。(詳細は中野渡強志「新神奈川方式へのシナリオ」教育研究所編参照) その中で1997年度入試から専門コ−スへの推薦制導入(10%以内)、専門学科の推薦枠拡大(30%以内)が行われた。また、専門学科・専門コ−スの学力検査に基づく選抜にも傾斜配点・実施教科数の弾力化・実技・面接が取り入れられ、その選抜方法はすべて、総合的選考で行うことが示された。
 そこでは常に「特色に応じて」との枕詞がつけられている。「入試改善」の名の下に無理やり特色を作り出させ、その特色に応じた入選制度を行う必要はどこにあるのであろうか。また、入試における推薦制の位置付けも大きく変化した。つまり、推薦入試での不合格後、受検校を変更できる点である。第2期までは志願する学科は固定されたが、このことにより、推薦制は単なる受検機会の複数化以外の何ものでもないものになった。

 表3  高等学校の入学者選抜について(文部省1993年2.22通知)抜粋
公立学校の入学者選抜の改善について
  • 各校の特色にあわせて多様な選抜方法の実施
  • 多段階の入学者選抜の実施・推薦制の積極的活用
  • 入学者選抜基準を学校・学科ごとに弾力化
  • 学力検査の実施科目数の弾力化・傾斜配点
  • 調査書記載内容の選抜基準弾力化
  • 面接の積極的活用
  • 通学域の弾力化
 (2)現場の状況を無視した推薦枠50%以内への拡大
 1999年度入試から、県当局はさらなる推薦枠の拡大を押し進めた。たった2回の入試を経ただけで、何ら総括のないまま、校長会から要望あったとの口実で専門学科の推薦枠50%以内・専門コ−スの推薦枠30%以内への拡大をごり押しした。専門学科についてみれば、「改正大綱」に明記された「30%以内」を変えることなく、「50%以内」へと拡大した。さらに、30%と回答した学校に対しては、50%にするように強い「要請」を行い、職員会議の決定を覆させるなど職場に混乱を招いた。専門コ−スについても同様の指導がなされた。
 1999年度の入試では推薦希望者が推薦枠の数倍も受検した専門学科がみられた。改正大綱をも無視した推薦枠50%は、早く合格して安心したいという受検生心理をあおり、高い倍率になったと考えられる。
 (3)高総検の対応
 高総検は、専門高校の推薦・面接について、県教委がおこなった入試選抜の「改善」ごとに検討してきた(高総検報告V(1988)、VI(1990)、VII(1993)、VIII(1995))。
 高総検報告Vにおいては、専門高校4校の聞き取り調査を行い、推薦・面接制度の功罪について分析した。その結果、推薦制については「推薦によって良い生徒があつめられるから」、「望ましくない生徒を逆に送り込まれるから」など現場の教員間にも賛否両論があり、今後の導入には全県的な検討が必要であることを指摘している。また、面接については、「健康診断が面接に変わっただけ」との受け止め方をしているものが多いが、その利用方法と県当局による強制導入が危惧されると指摘する声が強い。
 高総検報告VIにおいては、全職業科にたいしてアンケ−トをおこない、推薦・面接制度の功罪について分析している。アンケ−トの結果、推薦制度について、「推薦枠を広げてほしい」、「形骸化を進めている」、「推薦不合格者が一般合格した場合の入学後の問題」、「入試日程の過密」など賛否両論があることを指摘した。また、推薦制そのものの妥当性について検討の必要性を指摘している。一方、面接について、入選制度のなかでの生かし方も不明確で客観性に欠けると批判している。
 高総検報告VIIにおいては入試選抜の多様化としての推薦制度を批判している。また普通科への推薦制導入に対しても批判している。その中で、生徒急減期における希望者全入の実現と学力検査廃止を提言している。

 高総検報告VIIIでは”入試改善先進県”である宮崎県・愛知県の入試制度を分析し、上記以外に「中学校の授業に与える影響」や「推薦を受けられなかった生徒への影響」など推薦制・多段階選抜の問題点を指摘している。      

 (4)推薦制の問題点
 高問協の2次報告では推薦制は「各高校の特色にふさわしい能力、適性、興味、関心等を有する生徒の持ち味を生かすための方法として有効」とし、推薦制の拡大を求めた。しかし、推薦枠が50%になる中で、受検生はより早く高校に合格したい気持ちに駆られ、推薦枠をかなり上回る受検者が集まり、高倍率になった高校も見られた。推薦制拡大による定員分割は、一度の一般入試なら一緒に合格したと推定される受検者を、推薦合格者と推薦不合格で一般合格という二つの群に分けることになる。中学で推薦を受け、「各高校の特色にふさわしい能力、適性、興味、関心等」をもった受検生が、「能力、適性、興味、関心等」がないからとの理由で不合格になることは、受検生にとって精神的打撃は非常に大きい。さらに、その受検生が一般入試で当該校に合格したとすれば、何のための推薦入試かはなはだ疑問である。
 推薦制は、このように多段階選抜の第1段階になる。複数の受検機会は複数倍の不合格機会を生み出し、推薦での不合格、第1希望不合格、第2希望不合格と三回の不合格の可能性があり、受検生に精神的負担を強いるものになる。さらに、推薦制は青田刈りにもつながる。
 推薦制を含めた受検機会の多段階化に伴い、受検期間の長期化も問題になる。2000年度入試では、推薦入試が1月25日、学力検査が2月17日、面接実技が2月18日、二次募集が3月10日、定時制学力検査が3月14日、定時制二次募集が3月24日、通信制の合格発表が4月13日と約3ヶ月間受検が続く。「1993年2.22.通知」(前出)は「多段階選抜の実施」による受検期間の長期化を引き起こしたが、「中学の教育活動へ悪影響を及ばさないように推薦入学の早期実施はしない」と自己矛盾した内容になっている。多段階の受検機会を短期間に設ければ、受検生、中学現場、高校現場のいずれにも加重負担になることは間違いない。
 (5)高校在校生の希望実態と専門高校
 専門高校がある学区は進学率が高くなることは、高総検がすでに指摘した(高総検IX)。その中で専門高校が「特色ある高校」として希望されているよりは、学区の中の「ひとつの高校」として生徒に位置づけられ希望されていると推定した。この点に関して、川崎地区を中心に普通高校4校と工業高校4校を対象におこなったアンケ−トによると(県立向の岡工業高校1999年度学校選択の意識調査)、いくつかの重要な点が指摘される。まず第一は、普通高校・工業高校の生徒とも、一番入りたかった学校は他の普通高校であった点である。普通高校生は55.89%、工業高校生は33.75%が、中学3年生の1学期段階では他の普通高校を希望していた。工業高校生の希望は、在籍校24.64%、他の工業高校16.36%で合計しても40%でしかなく、60%近くが工業高校を希望していなかったことになる。
 つぎに、実際の受検時に第1希望・第2希望とも在籍校を志望したものは、工業高校生で78.75%、普通高校で65.77%になっていて、多くの生徒が同じ高校を志願している。当該校を受検した理由(複数回答可)は、普通高校生では「中学の成績で入学できそうな学校」が36.39%で最も多く、工業高校生では「専門の知識や技術を身につけ、就職しようと考えた」31.32%、「中学の成績で入学できそうな学校」18.15%、「学科の内容に興味・関心があり、学校に魅力を感じた」13.76%の順になっている。
 県当局のいう、「特色によって生徒が希望する」という考え方は、工業高校生には若干見られるが、工業高校生でも中学3年生の1学期段階で工業高校を40%しか希望していなかった点や、希望理由に「中学の成績で入学できそうな学校」が普通高校生、工業高校生ともに多いことから、「輪切り選抜」と「不本意入学」の問題が浮かび上がる。かなりの数の受検生が「特色ある高校」としての専門高校でなく、専門高校を学区の中にある高校の一つと考えて、受検時に志願したことは明らかである。このことから、入試を複雑化したり、特色によって区別するのではなく、必ず入れる高校定員を確保し、入れる入選を行うことが重要になる。そのために、現在、学区がない専門高校を学区に位置づけることや、専門高校の入試に学区制を導入することが不可欠であるといえる。
 (6)複雑な入試制度(総合的選考・傾斜配点・学力検査実施教科数の弾力化・実技・面接)
 1997年度から、普通科専門コ−ス・単位制普通科・専門学科・総合学科の一般入試は、普通科の一般入試と選抜方法が大きく異なったものになった。
 ア 総合的選考
 普通科では選考方法は調査書と学力検査の結果によるC値によるものと、総合的選考との二通りがある。第1希望の70%(全合格者の56%)がCの順位で決められ、その後、第1希望の30%(全合格者の24%)と第2希望(全合格者の20%)が総合的選考で選抜される。それに対し、専門学科をはじめとする上記の科・コ−スでは、第1希望の選考において、C順位で学力検査の募集人員までの受検生を対象に、面接・実技を行った場合はそれをも含め、総合的選考で行うことになっている。第2希望の選考も同様に総合的選考で行う。
 この総合的選考は各校が事前に公表した「選考にあたって重視する内容」に基づいて行われる。2000年度入試では各高校は「選考にあたって重視する内容」を2から5項目公表し、ほとんどの高校で、その項目の全部を重視するか、一部を重視するか明記するようになった。しかし、依然として個々の項目がどのように判定材料にされるか非常に判りにくい。普通科では「学力検査の高得点の3教科」、「生徒会・部活動・委員会活動」などの項目が多く見られる。それに対し、専門コ−ス・専門学科などでは、当該校の専門内容に対する興味・関心や関係する教科の成績を重視する内容になっている場合が多い。一見、専門コ−ス・専門学科などの項目は当該校の教育内容に見合うように思われるが、実際の選考にあたって、その項目がどのように判定材料になるか受検生にはわからない点は普通科の項目と変わらない。客観性や公平性が求められる入試に、判定基準が曖昧な総合的選考が導入されたことは問題である。さらに、総合的選考のみによって行われている専門コ−ス・専門学科などの入試は、全合格者の56%がC値という明確な基準で決定される普通科を受験する場合よりも受検生にとって不安の多いものとなっている。
 イ 傾斜配点
 2000年度入試では、学力検査の傾斜配点は、専門コ−ス(全22コ−ス)で1コ−ス、専門学科(農11、工51、商21、水4、家2、看1、外1、理1)で6学科が行った。具体的には、専門コ−スでは弥栄西の外国語コ−ス(英語2倍)、専門学科では相原の畜産科学科(理科1.5倍)と国際経済科(英語1.5倍)、市立横須賀工業の機械科・都市工学科・化学科(数学・理科2倍)、市立横浜商業の商業科(英語・国語1.5倍)、市立港商業の商業科(国語2倍、数学・英語1.6または1.4倍)で行われている。英語2倍、国語2倍などの根拠はどこにあるのであろう。また、英語2倍と1.5倍の違いはどこにあるのであろうか。専門科目は専門学科で30単位以上、専門コ−スでは20単位程度履修するが、そのために、中学校のある特定の教科をより重視しなければならないのであろうか。この違いや根拠を明確にしなければ、傾斜配点が可能になったから、ただなんとなく傾斜配点をおこなっただけという状況になってしまう。ぜひ、この点を明確にしてほしいものである。
 ウ 実施教科の弾力化
 学力検査の実施教科数の弾力化も行われ、3〜5教科の中で実施教科を学校が決められることとなった。2000年度入試では、専門コ−スで3教科が2コ−ス、4教科が1コ−スで行われた。専門学科では3教科が29学科、4教科が1学科で行われた。専門学科の3教科は1998年度に20学科であったものが、1999年度には30学科と大きく増加した。受検教科数の減少は、受検生にとって負担が軽くなるように思われるが、普通科も希望する場合には5教科を受検せざるを得ず、何ら負担は変わらない。むしろ、重視される3教科に力を入れなければならない点は、より負担増になる。
 エ 実技
 2000年度入試においては、実技は専門コ−スでは釜利谷の体育コ−ス(専門実技および共通実技)、弥栄東の音楽コ−ス(独奏または独唱)、弥栄西の外国語コ−ス(リスニング、リ−ディング、スピ−キング、ライティング)の3コ−スで実施された。専門学科では商工の電気科(理科、技術家庭における電気的基礎知識)及び化学科(理科における科学の基礎的知識)、小田原城北のデザイン科(簡単なスケッチ)、川崎総合科学のデザイン科(鉛筆デッサン)の4学科で実施された。実技は総合的選考の資料とされるが、現在、実技を実施している高校は少ない。これは、受検生への負担増や、実技実施にかなりの時間が必要になることなどが原因と考えられる。
 また、入試で実施されている教科の実技を行っている高校や、傾斜配点を行っている教科の実技を行っている高校がある。入試教科で試験をおこなった上に再度実技を課すことや、傾斜配点を行った上に実技を課す必要性はどこにあるのであろうか。また、入学後に学習する内容の基礎的な実技を行っている高校もあるが、中学校の教育内容からの逸脱が心配される。入学後、その学科やコ−スで学習する内容であるのなら、実技を行う必要もないのではなかろうか。
 オ 面接
 面接は専門コ−スで4コ−ス、専門学科で70学科で行われている。専門学科での実施率は76%と高率になっている。特に、工業科は神奈川工業以外はほとんどで実施している。面接は、総合的選考の資料とされる点が1996年度以前の入試と異なり、それによって実施校が増加した。
 面接は、10分程度の短時間で行われるが、この程度の時間で受検生の適正・意欲などを判断できるのか疑問である。面接は2〜3名程度の面接担当者で行われるが、時間的制約から多くの面接会場を必要するため、面接会場ごとの差異があることや面接担当者の判断の主観的な部分などに問題が残る。また、異なった専門学科や複数校を希望する場合には、面接も2回受けなければならないが、異なった学科や専門コ−スを希望する受験生に各々異なった適正・意欲を求めるのもおかしな点である。このような点から、面接は選考の資料として扱えるのかはなはだ疑問である。また、中学校での模擬面接の実施など、受検生や中学校の負担を増加させている。
 上記のように、受検生が専門学科・専門コ−スを複数受検する場合や専門学科・専門コ−スと普通科を受検する場合、受検教科は5教科となり、さらに、面接、実技というように、普通科だけの受検と比較して負担が大きい。このように受検生に大きな負担を強いる複数志願制は廃止すべきであり、また、実施科目の弾力化・傾斜配点・実技・面接は行うべきではない。
 1997年度以後、専門学科・専門コ−スの入試は複雑さが増している。さらに選考にあたって重視する内容が学校ごとに異なることから、専門コ−ス・専門学科はその数だけ異なった入試が行われていることになる。県が配布する「募集案内」でも、受検生は自ら希望する学科・コ−スに合格するための基準さえ明確にわからないのである。保護者の不安も大きく、中学校教員の負担も多くなるこの制度のよい点とはどこにあるのであろうか。推薦入試も含め受験テクニックがより重要になる入試制度を県当局が作り出したことは問題である。 
 神奈川県の全日制高校進学率は92.6%(1998年度文部省学校基本調査)で、全国平均93.4%を大きく下回り、全国39番目と非常に低くなっている。本県では、中学卒業生が急減期に入り、希望者全入が行える状況が生まれてきているにもかかわらず、県当局は学級数削減によって定員を絞り、無意味な受験競争をあおっている。学校間格差の是正や学区縮小をなおざりにして複雑な入選をおこない、”学校間格差も特色”としている県当局の姿勢こそ問題である。2001年度からの再編計画の中で、複雑な入試制度がより複雑なものになっていくことが危惧される。

 (神奈川県入試の概要)
  専門コース 単位制 農業
 年度

1997

1998

1999

2000

1997

1998

1999

2000

1997

1998

1999

2000

 コース(学科)数

20

21

22

22

2

2

2

2

11

11

11

11

 3科目

2

2

2

2

2

2

2

2

3

3

3

3

 4科目

1

1

1

1

0

0

0

0

0

0

0

0

 5科目

17

18

19

19

0

0

0

0

8

8

8

8

 傾斜配点

1

1

1

1

0

0

0

0

1

1

1

1

 面接

5

4

4

4

0

0

0

0

11

11

11

11

 実技

3

3

3

3

0

0

0

0

0

0

0

0

  工業 商業 水産
 年度

1997

1998

1999

2000

1997

1998

1999

2000

1997

1998

1999

2000

 学科数

53

53

52

51

21

21

21

21

4

4

4

4

 3科目

3

9

13

12

8

8

14

14

0

0

0

0

 4科目

1

2

1

1

0

0

0

0

0

0

0

0

 5科目

49

42

38

38

13

13

7

7

4

4

4

4

 傾斜配点

0

4

4

3

3

3

3

3

0

0

0

0

 面接

38

47

46

45

7

7

9

9

4

4

4

4

 実技

3

4

4

4

0

0

0

0

0

0

0

0

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 9.生涯学習

 企業の要員合理化は、必然的に少数精鋭化を指向する・…少数精鋭の指向は贅肉を削ぎ落とすことを要求する。集団経営の中で陰に隠れていたブラ下がりの人材は勿論のこと、企業の役割期待に応じ切れない人材などを能力主義のもとに見つけ出し、排除することが必要となる。
 (「経済のソフト化と労働市場」大蔵省ソフトミックス研究会 1985年)
 かって大阪万博が開かれた際、「コンピュートピア」なる標語がもてはやされた。標語を掲げたのは万博に参加した企業、特にコンピュータ企業でり、マスコミがそれを宣伝して回った。字から分かるように、コンピュータによるユートピアという意味であり、意図はコンピュータがあまねく世の中に普及すれば人間はユートピア的理想郷に生きられる、というイデオロギーを、万博という一大国家プロジェクトを通して国民に周知徹底させることにあった。万博から30年をへた現在、周囲を見回してどうであろうか。
 もうひとつ。かつて、この国の景気が今よりずっと良かったころ(ホイジンガの「中世の秋」Waning of the Medieval Age流にいえば、既に高度成長の退嬰期に入りつつあったのだが)、「生涯学習」が広く提唱され、法整備と受け皿となる基盤整備がなされた。我々ひとりひとりが誰しも抱いている学習への欲求が充足させられ、官は当然ながら民間企業も文化や教育の育成と充実に積極的に参加すると喧伝された。バブルが吹き飛び、高度成長が崩壊してしまった現在、回りを見回してどうであろうか。
 生涯学習についていえば、生涯教育(1ife long education)としてユネスコで初めて提唱されて以来、ヨーロッパにおいては広義の意味での人間ひとりひとりの自立と、より限定的な意味では、労働者の学習権保障を目指すものとして理解され、そうした趣旨に沿って行政サイドも様々な基盤作りを行ってきた。有給休暇による off the job trainingや、転職に際しての職業訓練補償なども、以前からあったとはいえ、生涯学習という学習と教育のあり方が浸透するにつれ、より日常的なものとして理解され要求されるようになった。この点が、わが国の生涯学習がヨーロッパのそれと決定的に異なるところである。現在、日常茶飯事的に行われている企業の都合による一方的解雇、それを容認する行政など、生涯学習がマスコミなどで喧伝された時から僅か数年しかたってないのに、まさに隔世の感がある。「日本の特質を生かした生涯学習体系の構築」(臨教審2次答申)の結末は余りにも貧しいといわざるをえない。
 生涯学習は様々なかたちにおいて後期中等教育とも密接に関わるので、その理念的側面、この国の行政のそれへの関与等を改めて確認する意味で、以下に「高総検第VII期報告」の一部を抜粋することにした。(全文は第VII期報告第3章「生涯学習−はて、面妖な!」参照)

 (1)生涯学習−その日本的受容

 ユネスコにおいて、抑圧からの人間の解放と学習権保障の指針として展開されてきた生涯学習の理念は、1960年代に日本に導入されて以来その内容を大きく変質させて、労働政策、市場政策そして国民管理政策という形に歪小化されて今日に至っている。その概要を臨教審、中教審、生涯学習審議会の各答申及び「生涯学習の振興のための施策の堆進体制等の整備に関する法律」(以下生涯学習振興法と略記)に沿ってみていくことにする。

 (1) 臨教審と生涯学習
 政府の大幅な赤字解消を目的として、公費削減、教育・文化、福祉などの民間委託による合理化や内需拡大等を答申した第二臨調(1981年〜83年)の教育版(まさに教育臨調)である臨教審答申を直接のきっかけとして、日本の生涯学習政策は、人間解放の理念を欠落させて経済的、政治的要請に屈していった。(生涯学習と経済関連省庁の動向については、第VI期本報告、1990年、参照)政、財側の要請とは、要約すれば1.新前川リポート等で指摘されるように、ますますすすむ産業のハイテク化、情報化で即戦力になる労働者の育成、臨教審答申では「変化への対応」、2.内需拡大のために、西暦2000年には70兆円にも達すると予想されている教育・文化関連市場への公教育の開放、臨教審答申では「個性化」「民活」、3.エリート養成、複数型教育制度の推進と国民の思想管理、臨教審答申では「生涯学習の体系化」、の三つである。臨教審の教育改革の本質、当時の政府の語彙でいうならばアイデンティティー、はこのような経済的、政治的要因にあり、それらを統合するキーワードとして生涯学習というコトバが用いられた。生涯学習体系への移行という理念を打ちだした臨教審2次答申はつぎのように述べている。

 これからの学習は、学校教育の自己完結的な考え方を脱却するとともに、学校教育においては、自己教育力の育成を図り、その基盤の上に各人の自発的意思に基づき、必要に応じて、自己に適した手段、方法を自らの責任において自由に選択し、生涯を通じて行われるべきものであると考える。(I−5)
 これは一見すると、欧米などで実施されている本来の生涯教育としての継続教育のようなニュアンスに見えて、そうでないことは、生涯学習の具体策として挙げてある項目をみれば一目瞭然である。
 大学教育では「大学、大学院などを社会人が学習する場として整備すること」(II‒5‒2)として産学共同の堆進を、高校教育では「普通教育と職業教育の在り方を見直す・‥高等学校における技能連携など企業や専修学校との連携‥・の拡大を図る」(II−3−2)などとして総合学科、単位制など複線化の徹底を提言しており、産業界の営利活動に奉仕する形で公教育を解体ないし変質させようとする意図が明白である。この例として、本県の技術高校が、その極端な産業教育のゆえに時代の変化に対応できず自己破壊してしまったことがあげられる。(第V期本報告参照)
 人間が自己をより豊かな存在へと高めいくためには、学習は学校教育の中だけで終わるわけではなく、まさに「生涯を通じて」行われなけれはならないことはいうまでもないが、そのためには臨教審答申のいうように学習機会を拡散するのでなく、むしろ系統だった基礎的共通的な知識を学校において、とりわけ初等中等教育段階において、分け隔てなく保障することが必要であり、そのことが「自己教育力」の育成につながることになる。学校教育において共通基礎教育を十分与えられた者ほど社会へ出てからより高度な学習を継続するということは従来から指摘されており、人々が学校教育を終了した後も主体的に学習を継続できるような学び方(learn to learn)をこそ学校教育では徹底すべきである。中等教育段階までは全員に同じ教育内容を保障しようとする現行の単線型を「自己完結的」であるとして否定し、「自己教育力」の名目のもとに受益者負担と自助努力を奨励する答申の描く生涯学習社会は、変化の著しい産業社会で、これまでのように企業内訓練で労働能力を養成する余裕のない企業がその補填を公教育に求めたという企業の論理そのものであり、ひとりひとりの人権としての学習権を保障していこうというものではない。

 (2) 中教審と生涯学習
 第14期中教審は生涯学習に関して「生涯学習の基盤整備について」(1990年1月)、「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」(1991年4月)の二つの答申を出している。前者は生涯学習を「人々が自発的意思に基づいて行うことを基本とする」との認識にたって、生涯学習の基盤整備の具体策として、生涯学習事業堆進の拠点となるべき生涯学習センターを全国に設置することや 教育産業の支援策などを主張している。同答申に基づいて1990年6月生涯学習振興法が成立した。
 後者は、公教育を「義務教育を終えた後は進学するも社会に出るのも自由であるし、また高等学校や大学の途中で社会に出ることも、更に後でまた学校に帰ってくることも個人の選択によると考えるベき」と考え、「学校教育のシステムを学校だけで完成させようとする必要もない」として、生涯にわたって自由に学習することの必要性を訴えているが、いずれも臨教審答申で主張されたものである。答申は、個性重視、学歴社会の是正といった理念で現在の教育の病理を解決するとしながら、そのための具体策は、単位制高枚、総合学科、新しいタイプの高校といった、ある面では産業社会ともっとも結びついている後期中等教育の多様化、複線化に重点が置かれ、人生の比較的早い段階で全員に共通基礎を十分に保障するという視点が全く欠落している。
 現在の生涯学習政策でしきりに展開されている自由化論―むりに全員が同じ時期に同じような教育受けようとすることはないという―の根底には、人間の態力には遺伝によって決定された優劣があるとする遺伝決定論があるといわれ、臨教審をはじめ本答申にはそうした思想が当然反映しているものと思われる。いずれにしろ、人間ひとりひとりの発達の可能性を信じようとする姿勢とは逆である点が特徴的である。また、答申は学校以外の学習活動の具体策としてボランティア活動とその社会的評価の必要性を主張しているが、行政がボランティア活動の維進に積極的に係わることには、後で述べるように、懸念される点がある。

 (3)生涯学習壊興法と生涯学習
 1990年の日米構造協議で、日本は対米貿易黒字解消のために向こう10年間にわたって430兆円にのばる公共投資を行って内需拡大に努めることをアメリカ側に約束した(というよりさせられた)。430兆円の半分以上は教育、文化などを含む生活関連部門への投資で、その利権のパイを巡って関係省庁が活発な運動を展開、結果的には通産省主導で各省庁間の利害の調整が行われたが、その調整のキーワードとして作用したのが生涯学習事業という施策であった、といわれている。膨大な公共投資の恩恵に浴するためには、各省庁とも生涯学習の名目をつけた事業を起こすことが必要で、生涯学習振興法は関連省庁のこうした「理論武装」(朝日、90・6・29)と経済的期待を背景に成立した、とされている。法成立の実質的な堆進者は文部省ではなく通産省だといわれており、防衛、外務、法務以外のほとんどの省庁が生涯学習事業に参入を表明することになる。
 同法は12条からなり、生涯学習の目的、配慮事項、自治体の役割などについて規定しているが、重点は以下のように生涯学習事業に参入する教育産業の支援と奨励にあることは明らかである。

 生涯学習に資する諸活動の総合的な提供を民間事業者の能力を活用しつつ行う (5条)
 民間事業者に対する資金の融通の円滑化(同)
 都道府県は関係民間事業者の能力を活用しつつ・・・(8条)
 (民間事業者)が負担金を支出した場合は・・・損金算入の特例の適用があるものとする(9条)
 同法は、生涯学習に関する日本で最初の法でありかつ教育に係わる法でありながら、憲法や教育基本法との相関が明示されていないこと、肝心の生涯学習そのものについての法的概念規定ないことなどから、成立当初から教育法ならざる教育法、教育法というより産業法などと批判されてきた。この点は文部省自身も認めていて、振興法は「生涯学習の総体について規定するいわゆる基本法的性格を有するものではなく‥・当面実施可能な、また、実現すべき諸施策を規定したもの」であり、また、法で生涯学習の定義を行わなかった理由については「国が定義をすると本来自由であるべき個人の学習活動に対して制約をかけるものと受け取られるおそれ」があるからだ、と説明している。文部省は生涯学習について「基本的には国民一人一人が生涯にわたって行う学習活動のこと」とだけ述べているが、ここには学習権的視点はおろか未来への展望もなにもない。
 同法によって教育産業は日本の教育法制史上初めて公教育と同列に扱われたわけで、生涯学習事業の重要な担い手として各地中核都市の活性化に貢献することが期待されており、民活法、リゾート法などと同様、内需拡大を目的とした生涯学習という名の、まさに産業法といえよう。

 (4)生涯学習審議会答申と生涯学習
 生涯学習振興法第10条に基づき、1990年7月に生涯学習審議会が設置された。審議会の14人の幹事は、文部省生涯学習局長をはじめ警察庁、総務庁、経企庁、科学技術庁、環境庁、大蔵省、厚生省、農水省、通産省、運輸省、郵政省、労働省、自治省の各局長で構成され、生涯学習事業の裾野の大きさを想わせる。振興法がこれら省庁の利害と期待を担って成立した以上、審議会の性格、活動がそうしたテリトリーの制約を受けるのも当然であろう。生涯学習が各省庁間の“渉外”学習といわれる所以である。
 (以下略)

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ

 おわりに

 「県立高校改革推進計画」は2000年度より実施される。「総合技術分野の高校」は工業の基礎・基本を学んだ上に様々な専門的な系(コース)を選択して学ぶとしている。また「総合産業分野の高校」は産業の複合化に対応し、工業・情報・環境・など幅広い専門分野を科学技術という視点で総合的に学ぶものとなっている。
 このような構想は、既に第I期高総検(1977年)で提起したものであるし、また長野高教組は、「総合技術教育」を提起した。いずれも「総合制」に近づく視点を持ち、そのための職業科からの改革案であった。
 「推進計画」の考えは、「多様な教育を提供」するために、新しいタイプの高校を拡大し、そのための新たな専門高校の設置である。後期計画の中に予定されている「国際分野の高校」や芸術、スポーツ、海洋科学などの新たな学科の設置と合わせて考えると多様化をさらに推し進める内容となっている。「総合技術」も「産業総合」もそのような流れの一部であり、そこには、本来の「総合制」の視点はない。
 高校教育改革のあり方を考えるとき、大学入試に歪められ、職業・技術教育が必修の科目として位置づくことのない普通科高校こそ問題があるのであり、職業教育のあり様から考えると、職業高校のみの改革はありえないのである。

 付記

 本報告作成に際し、文中で出典を明記した参考書の他に、下記の月刊誌、季刊誌、新聞、報告資料等を随時参照させていただいた。

 教育評論(日教組)、日本の教育(同)、日教組教育新聞(同)、教育総研ニュース(教育総研)、高校の広場(日高教)、民研だより(国民教育研究所)、国民教育(バックナンバーのみ 同)、季刊技術教育研究(技術教育研究会)、季刊教育法(労旬、エイデル研究所)、教育(国土社)、月刊高校教育(学事出版)、教育学研究(日本教育学会)、技術と人間(技術と人間社)、月刊社会教育(国土社)、内外教育(時事通信社)、日本教育新聞(日本教育新聞社)、文部時報(文部省)、中等教育資料(同)、教育委員会月報(県教委)、工業教育(工業高校長協会)、産業教育(文部省職業教育課)、教育白書(高校教育会館)、高総検レポート(神高教)、同ブックレット(同)、神高教50年史(同)、産業教育50年史(日本工業大学)技術と高校史(県教委)

 「参考」
 高等学校学科別生徒数、学校数(1997年度)

区 分

生徒数(人)

比率(%)

学校数(校)

合 計

4,363,614

100.0

5,496

普通科

3,213,372

73.7

4,337

職業教育
を主とす
る学科

小 計

1,023,607

23.5

 

農 業

123,284

2.8

402

工 業

387,571

8.9

691

商 業

398,649

9.1

1,002

水 産

12,473

0.3

52

家 庭

78,914

1.8

484

看 護

22,716

0.5

140

他の専門学科

96,637

2.2

564

総合学科

26,998

0.6

74

高等学校卒業後の学科別進路状況(1997年度)

   区分


学科

大 学 等 専修学校等 就  職 そ の 他
進学者
(人)
進学率
(%)
進学者
人)
進学率
%)
就職者
(人)
就職率
(%)
人数
(人)
比率
(%)



農業科

3,248

7.9

9,664

23.6

25,171

61.4

2,927

7.1

工業科

12,601

9.9

25,087

19.8

81,905

64.7

7,071

5.6

商業科

21,902

15.5

32,175

22.7

75,393

53.3

11,963

8.5

水産科

425

10.5

638

15.8

2,789

69.0

188

4.7

家庭科

5,159

18.2

7,243

25.6

12,882

45.5

3,054

10.8

看護科

2,609

34.7

3,426

45.5

1,227

16.3

265

3.5

小 計

45,944

13.2

78,233

22.4

199,367

57.1

25,468

7.3

普通科

548,8525

48.7

347,837

30.9

141,603

12.6

88,088

7.8

総合学科

345

29.7

381

32.8

324

27.9

110

9.5

その他専門

16,617

60.4

6,542

23.8

2,306

8.4

2,053

7.5

合  計

611,431

40.7

432,998

28.8

343,600

22.8

115,719

7.7

(学校基本調査)

高校教育問題総合検討委員会
職業教育グループ

中内 博子 (中  沢)
中野渡強志 (相模台工業)
早川 芳夫 (向の岡工業)
柳川  弘 (希望が丘)
横山 常昭 (城北工業)
渡辺  顕 (横須賀工業)

「職業教育を考える」目次へ
高総検ホームページへ