高総検レポート No 16

1994年6月16日発行

比類なき最悪、最低の『改善案』

県教委『公立高等学校入学者選抜制度の改善案について(中間報告)』批判

1.確実におこる『推薦競争』
 今回しめされた『中間報告』によると、各高校は定員の10%前後を推薦によって決めることができます。しかし、中学校ではどのように推薦へと生徒を指導したらよいのでしょう。すでに大幅な推薦制度を導入している宮崎県では、生徒(保護者)の間、生徒(保護者)と教員の間、あるいは教員間の不信感の増大が問題になっています。『みんな推薦したい。でも選ばなければならない』。中学校の教員は悩み、そして不信感だけが積み上げられていく結果になっています。しかも推薦制のもとでは中学校全期間にわたる実績が問われることになり、中学生は3年間にわたり推薦を意識した生活を強いられることになるでしょう。来春の入試で推薦制度が導入される予定の東京都では、生徒会役員への候補者が続出したり、塾が内申点稼ぎの指導をしたりしていると伝えられます。
 さらに推薦された生徒を受け取る高校の側では、いったいどのような基準で生徒を選抜するのでしょう。『それぞれの高校の特色にあった生徒を選抜する』としても、いったいどの生徒が『特色』にあっていると判断するのでしょう。結局、高校と中学校の間、さらに高校の内部で不信感を増大させるだけで終わってしまうのではないでしょうか。今回の報告の中で『小・中・高間の緊密な連携を図る』と書いた方は、中学校と高校の間で事前相談でもせよと言っているのでしょうか。 推薦制度の拡大は、中学校、高校の教育を破壊し、中高連携を打ち砕き、さらに中学生を絶え間ない『推薦競争』の中にたたき込む結末になることは確実です。そして、公立と私学各高校が際限ない『青田買い競争』へと突入していくことも確実です。

2.確実におこる『公立離れ』
 推薦を受けなかった、あるいは受けられなかった受験生、推薦を受けたが不合格になった受験生は、残った枠をめぐって争うことになります。しかも残り2O%は第二希望枠としてとって置かれます。結局、第一希望の枠は80-10→7O%に過ぎません。さらにその第一希望の枠の中で、第一次選考と第二次選考が分けられ、選考基準が異なっています(第二次選考では、調査書の評定以外の記載事項が資料として入り、学力検査の結果も教科数を変えたり、傾斜をつけたりできるようになっています)。単純に考えても、これまで通りの公立高校希望者の比率だったとすれば、第一希望枠の倍率は1.3倍程度になるでしょう。ほとんどの受験生は、合格への自信を持てないでしょう。しかも、クラスの中には、推薦で決まった生徒、私学の合格が決まった生徒がいます。おそらく、3〜4割、場合によっては半分の生徒がすでに合格への切符を手にしているでしょう。その中で、十分な見通しがないまま受験しなければなりません。もちろん、この報告を作成した人は言うでしょう。『第一希望がだめでも、第二希望がある』と。しかし、第二希望はあくまでも第二』希望です。しかも、その枠は定員の18%に過ぎません。これが受験生に安心感を与えるでしょうか。たとえ成績上位の生徒であっても、合格への安心感を得るために、無理をしてでも、私立を受験せざるを得ないでしょう。しかも、そのための塾通いも、これまで以上に激しくなるでしょう。
 すでに新制度のもとで入試がおこなわれた東京都では、受験生の都立離れが一層進みました。今回の報告にもとづく入選制度が、神奈川に導入されるならば、東京都で起こった以上の公立離れがすすむことは確実です。そして公立離れは、これまで神奈川ですすめられてきた公私間の定員配分を崩し、私学の教育条件を悪化させます。

3.確実におこる『進学率の低下』
 推薦で不合格になった者は、次の入試を受けなければなりません。第一希望で合格できなかった者は、第二希望の選考を受けなければなりません。それでも不合格になった者は再募集に応募しなければなりません。今春の東京都の入試でも多くの生徒が再募集をうけました。新聞にはこういう声もよせられています。『制度改革で振り回された高校受験はもうこりごり。たとえ受かっても専門学校にいきます』。ここまで頑張ることのできる生徒はおそらく強い生徒でしょう。推薦で不合格になり、第一希望も入れられず、第二希望も通らなかった生徒に、さらに受験を勧めることができるでしょうか。また、その生徒の弱さを責めることができるでしょうか。多段階に分かれた複雑な入試制度のもとで、振り落とされた受験生は次々に脱落していく結果になるのではないでしょうか。
 高課研は進学率の引き上げを第一次報告に盛り込んでいました。今回の中間報告は、高課研の第一次報告を無視したものと言わざるを得ません。なぜなら、新制度のもとで、受験生は今以上の重い負担を強いられ、脱落者を生み出すことが確実であり、進学率は確実に低下するのですから。

4.確実におこる『不本意入学の増加』
 一般入試が不透明であればあるほど、受験生は『合格可能性の高い高校への推薦を受ける』でしょう。そして第一希望が通らなかった受験生は第二希望に回らざるを得ません。第一希望と同じ学校を第二希望にしてよいと言われても、どれだけの受験生がそこまでの自信を持つことができるでしょう。さらに第一希望として受験する場合でも、枠が狭まっている状況の下では、多くの受験生は本来希望していなかった学校へ志望を変更せざるを得ないでしょう。今回の報告にもとづいた『改善』がおこなわれた場合、不本意入学者が急増することは確実です。『中間報告』では『希望する高校が受験できるよう・・・』と書いています。『希望する高校を受験できます、受験しなさい』と言われても、受験生の耳には虚しく響くだけではないでしょうか。

5.確実におこる『学校間格差の拡大』
 これまでも神奈川県では学校間格差が問題にされ、その解消にむけての努力が、それなりに積み重ねられてきました。しかし、今回の報告が実施にうつされるならば、これまでの努力はすべて水の泡と化するでしょう。
 今回の中間報告』の中には、『学区外志願限度枠の中に、隣接学区枠の扱いを新たに設ける」という提案がもりこまれています。学区外志願限度枠についての具体的数値はまだ示されていません。しかし、現在8%の枠の拡大が想定されていることは明らかでしょう。現在でも、学区外志願者の集中する高校は上位と下位に位置しています。今回の『改善』が学校間格差を拡大することは確実です。
 さらに、今回の報告にしめされている、複数希望制が導入された場合には、第一希望の集中する高校、第二希望の集中する高校、結局再募集で定員を充足しなければならない高校が生まれることは確実に予想できます。そして、その序列が現在の学校間格差の序列をそのまま写したものになることも確実です。こうして、学校間格差がより明かになり、より深刻になり、より固定されていくことは確実です。
 また、この中間報告を作成したひとは、こう言うつもりかもしれません。『学力一辺倒の入試制度を変え、尺度を多様化すれば、格差は縮小する、あるいは見えなくなる』。しかし、残念ながら学校間格差を生み出す原因は、そんなかんたんなものではありません。学校間格差は、現在の社会のあり方そのものに深く根をおろしています。尺度を多様化しても、その尺度そのもの格差が生まれ、格差がより明確になる結果に終わるでしょう。

6.確実におこる『中・高教育の破壊』
 推薦入試は1月に行われます。おそらく、私学の推薦との競争になり、私学は公立よりも早く推薦を実施することになるでしょう。そして公立の一般入試――第一希望の選考第二希望の選考――しかも、この複雑な入選制度のもとでは欠員が多数発生するでしょう。多くの学校が再募集になる可能性があります。高校現場は、年間の三分の―の期間を入試で消耗することになります。
 中学校では2学期に推薦への指導をすませておかなければ、1月の推薦入試には対応できません。そして2月には私学の一般入試、公立の出願、さらに新しい制度の下では大量の学区内外にわたる志願変更がおこなわれるでしょう。2学期の後半から中学三年生は入試に追いまくられ、不安な毎日をすごすことになるでしょう。早々と推薦で合格の決まった生徒、推薦で不合格になり私学へ行く生徒、さらに公立を受験する生徒、第一希望の高校に入学を決めた生徒、第二希望に回らざるを得なかった生徒、第二希望も不合格になった生徒中学三年生のクラスは、クラスとして成立するでしょうか。
 現在でも、高校入試は中学校、高校の教育に重くのしかかっています。今回の報告にもとづいた『改善』がすすめられるならば、入試はいまよりも長期間にわたる複雑な内容になります。選抜に無益なエネルギーを費やすことなく、教科指導、進路指導に十分な時間をかけることこそ、中学校、高校に要求されていることではないでしょうか。今回の『改善』がおこなわれるならば、中・高教育は入選の重圧により確実に破壊されるでしょう。

 今回の『中間報告』が実行にうつされた場合、神奈川の中等教育がたどる運命は明らかです。私学と公立間の競争、公立高校間の競争は今とは比較にならないほど煽られ、受験生と中学校はその競争の中に投げ込まれます。受験生に安心感を与えることができない公立高校はみはなされます。そして、入学してくる生徒の多くは傷つき、不本意入学の思いにとらわれています。しかも、公立高校間の格差は今以上に拡大し、教育現場は荒廃します。普通の知識、想像力があればだれもがこうした不安を感ずるはずです。県教委は不安を感じていないのでしょうか。それとも不安を感じていても、この案を押し通そうとするのでしょうか。 また、今回の『改善案』の中に盛り込まれている、推薦制度、調査書の評定以外の記載事項の利用、複数受験機会、傾斜配点、受験科目の弾力化等はすでに全国各地でおこなわれ、多くの問題点が指摘されてきたものです。しかし、これらの項目を全部一度に導入しようとした県はありません。しかも、今回の『改善案』を一見するだけで、整合性を欠く部分、実施可能性を疑わせる部分を随所にわたり指摘することができます。全国各地の実践に学ぶこともなく、しかも不完全な内容のこの『改善案』は、他県に例をみない『比類なき、最悪、最低の改善案』と言わざる得ません。