高総検レポート No 17

1994年6月23日発行

高校入試『改善』案を考える

――――熾烈な受験競争へ通ずる危険な道――――

 今回、県教委がしめした『公立高等学校入学者選抜制度の改善案について(中間報告)』は様々な問題を含んでいます。もし、この案がこのまま実施されたとするならば、神奈川県の中学生は、いまよりもさらに厳しい受験競争を強いられることになり、多くの生徒が心に深い傷を負うことになるでしょう。この予想が杞憂であればよいのですが、この『改善案』を読めば読むほど、心配はつのってきます。そこで、この『改善案』の中心になるとも言える、『複数希望制』と『推薦制』、そして『特色ある学校づくり』について、限られた時間の中での不十分な検討ですが、以下のように問題点をまとめてみました。

I.『複数希望制』について

 『複数の学校に希望が出せる』と言われると、多くの受験生は目を輝かすでしょう。また、受験生を抱える保護者の多くもホッと安心するかもしれません。しかし、よく考えてください。ひとりの受験生が複数の希望を出せば、見かけの倍率は必ず上がります。それによる不安が広がるでしょう。もちろん『見かけ上あがっても、全体の倍率は変わらない』と説明されれば、なるほどと、再び納得するかもしれません。だが、もう少しよく現実を見てみましょう。

1.入選の各段階の倍率は高くなる

 『中間報告』によると定員の20%が第二希望枠とされます。受験生は第一希望出願と同時に第二希望を提出することができます。ところで、定貝の10%程度が推薦枠とされますから第一希望の枠は、100−20−l0→70% となります。単純に現在の公立高校の平均倍率1.1そのままで考えると。その中の0.1が推薦で決まります。すべての受験生が推薦を受けるわけではありませんが、わずか10%の枠を争うのですから、当然高い倍率になるでしょう。そして残り1.0が70%の第一希望枠を争います。したがって第一希望の倍率は約1.4になります。そして第二希望は残り0.3の受験生が20%の枠を争います。したがって第二希望の枠は1.5倍となります。平均的に考えても、第一希望の倍率、第二希望の倍率はともに現在の1.1倍よりもはるかに高い倍率になってしまいます。倍率が高くなればなるほど、ちょっとした失敗が不合格につながることも起こります。これで安心でしょうか。

2.第二希望の倍率は不明

 受験生の立場になってもっと検討してみましょう。第一希望はたしかに倍率が発表されます、あるいはできます。しかし、第二希望の倍率は発表できるでしょうか。第二希望は第一希望で不合格になった受験生だけが、選考の対象となります。だから、いったいどの受験生が実際に第二希望にまわってくるかは、第一希望の選考が終了するまでは分かりません。ですから、もし発表したとしても、実際には意味のない数字となってしまいます。それでも無理に第二希望を発表したとすれば、おそらくその倍率は平均5倍以上の高倍率になるでしょう。いたずらに受験生の不安をあおるだけです。では受験生は何をたよりに第二希望を出願したらよいのでしょうか。ほとんど賭に近いものになってしまいます。こんな第二希望が受験生に安心を与えるものになるのでしょうか。

3.不本意入学の多発

 そして、また別の大きな問題は、第一希望でその学校を受験していた生徒を、第二希望で回ってきた受験生がはじき出してしまうという問題です。A高校を第一希望にしていたある受験生が、第二希望はB高校に出したとします。そして、その受験生がA高校は不合格でB高校に合格したとします。そうすると、その生徒が回ってきたために、B高校に是非入りたくて、第二希望もB高校を受験していたある生徒が第一希望ばかりか、第二希望まで不合格になるというようなことがおきます。それを避けようとすれば、第二希望は不本意ながらあらかじめC高校にするということも必要になります。いわゆるトップ校以外の学校ではこの現象が必ず発生するでしょう。こうして次々に不本意志願の鎖ができあがります。
 そして、高校に無事合格したとしても、それが第一希望の高校でない場合はどうなるでしょう。もちろん合格は嬉しいものです。しかし、『自分はもともとここに来るつもりはなかった』『第二希望も第一希望と同じ高校にすればよかった』・・・。第二希望はあくまでも第二希望です。第二希望の合格は裏返せば第一希望の『不合格』です。不本意入学の意識にとらわれたまま入学式を迎えることにならなければよいのですが。

II.『推薦制』について

 『推薦を受けて早く合格が決まればいいなあ』。こう思うのは、ごく自然な感情でしょう。今回の『中間報告』では各高校は、その『特色』に応じて推薦制度をとりいれることができます。そして推薦においては、かならずしも学力だけではなく、様々な個性が評価されるとも伝えられています。しかし、そううまくいくでしょうか。
 今回しめされている推薦の枠は定員の10%にすぎません。そして、ほとんどの受験生は推薦を受けたいと願うでしょう。当然、倍率はかなり高いものになり、学校によっては10倍をこすようなところもできるかもしれません。今後、多少推薦の枠が広がったところでこの事態は変わりません。推薦入試は激しい競争の場になってしまいます。
 そして、推薦で合格したいと願えば、中学校の三年間はつねに推薦を意識した生活になってしまいます。自分がどこの高校への推薦を受けられるか、あるいは受けても合格できるか。その不安は受験が近づくにつれてますます大きくなっていくでしょう。推薦制の導入により、入試競争はけっして緩和されることなく、ますます熾烈な、しかも長期にわたるものになってしまうでしょう。

III.『特色ある高校づくり』について

 『特色ある高校』がつくられ、そして受験生が自分の個性にあわせてさまざまな『特色』をもった高校を受験することができれば・・・。こう願うのは自然かもしれません。しかし、よく考えてください。
 受験生のもつさまざまな個性にあわせて、それに応じた『特色』を用意することがはたして可能でしょうか。どのような『特色』をどれだけの枠でつくればよいか、調べた上で『特色ある高校』をつくる。こんなことがはたしてできるでしょうか。受験生のニーズと『特色』が一致することはほとんど不可能。これはだれでも想像できるところではないでしょうか。生徒をむりやり、『特色』の枠のなかに押し込む結果になる心配があります。
 また、10代の生徒は成長の過程にあります。その個性も、希望もしだいに変わっていきます。それが当然であり、それが成長というものでしょう。15才という年齢で一律に個性を決め、振り分けてしまうことが正しいやり方でしょうか。むしろ、それぞれの生徒の個性の成長にあわせて、それに応えていけるような高校こそが求められているのではないでしょうか。
 さらに、今回の『中間報告』の中には、いくつかの『特色』の例が上げられています。しかし、その中にある『多様な選択科目の設定』などは特定の学校の『特色』として限定してしまってよいものでしょうか。むしろ、多様な個性を持つ生徒に対応するために、すべての高校の『特色』として位置づけられるべきものではないでしょうか。実は他の『特色』の例の多くもそうです。ほんとうに必要な『特色』であるならば、すべての高校がそなえるようにならなければならないはずです。そうなれば、もはやそれは『特定の高校の特色』ではありません。こう考えると、『特色ある高校づくり』は大きな矛盾をはらんでいると思わざるを得ないでしょう。
 そして、一番恐れなければならないのは、限られた数の『ある特色を持った高校』をめざして、受験生が熾烈な競争を繰り広げなければならなくなることです。それだけは、避けなければならないと思うのですが。


―――『改善案』そのものの抱える疑問点―――

1.複数希望制が抱える矛盾   第2希望提出に関わる問題

  1. 第1希望の倍率は発表されるが、第2希望の倍率は発表されない。
    (実際、第2希望の倍率は発表しても意味をもたないであろう)
    第2希望は完全にブラック・ボックスとなってしまい、事実上、受験生の目には定員減と映るであろう。そして第1希望の倍率は1.3〜2.0程度の高倍率となる。
    また、第1希望の数で『人気』の度合いは明白になり、学校間格差は白日のもとにさらされるであろう。

  2. 第1希望の合否判定後、取消者が出た場合。
    第1希望不合格者は第2希望校で選考に入っている。
    したがって、取消者分は第1希望の欠員とならざるをえない。
    つまり、第1希望から第2希望へまわらざるを得ない受験生がいる一方で、第1希望の欠員が生じている。
    そして、第1希望欠員は第2希望の枠にまわる。

  3. 受験番号と合格発表の関係
    第1希望と第2希望の受験番号を変えた場合→発表時点で第2希望合格が明白になってしまう。(第1希望不合格が明白になる)
    第1希望と第2希望の受験番号を統一した場合

    1. 受験作業上のミスが起こりやすい。

    2. 発表後、書類を受け取ってはじめて、第2希望合格を知る。

  4. 受験校と合格校が異なる。
    第1希望校で受験したにもかかわらず、結果的に合格した学校が異なることになる。生徒の意識に多大な影響を与えることになる。

そもそも、複数希望制は統一試験方式、統一管理方式をとってはじめて可能なものである。各校単独入試方式をとる限り、第2希望方式は数々の矛盾に出会うであろう。そして、第2希望の不透明さ、第1希望枠の縮小により、受験生の公立離れは確実になるであろう。また、受験生を長期間不安定なままに放置することは、受験生の人権上も大きな問題を残すであろう。

2.入選作業に関わる問題(モデル 8 クラス 320 定員校 総希望数 352 倍率1.1倍)

入選作業の見通し

 出願開始から発表まで1ヵ月以上は必要、しかもほとんど1日も欠かさずに入選日程を入れることになる。この時期には3年生の学年末試験、卒業判定会議、卒業式予行等の行事の多い時期である。これらの行事を含めると、1か月では済まず、現在よりも合格発表を後ろにずらすことになるであろう。(卒業判定会議、卒業式予行、職員会議2回さらに卒業式、各1日は必要)
 この間、目を通し比較検討しなければならない調査書は延べ400通を越える。そして1回、目を通す調査書から3回、目を通す調査書まである。公平であろうか?そして、この見通しは普通科の場合であり、面接、実技試験を取り入れ、しかも一次選考段階から調査書の記述部分を使用する専門コース、専門学科の場合はさらに作業量は増える。そして、入試日程は一番遅れる学校にあわせざるを得ない。学力検査を2月20日前後におこなったとしても発表は3月15日前後にずれ込むのではないか? 入選委員はこの間ほとんど選抜業務に張りつかなければならず、また事務も卒業業務、進学用調査書の発行業務を抱えながら、この作業を行わなければならない。そして3月初めにはほとんどの学校が1・2年生の学年末試験に入っている。
 参考までに現在の入選作業をあげれば、学力検査に1日、採点・データ処理に1日、原案作成に1日、判定会議に1日、合計4日(多くて5日)ではないか。おそらく現在の4〜5倍程度の日数を必要とすることになるだろう。
 また、受験生は出願から発表までの、この長い期間、合否、さらに第1希望か第2希望かが決まらないまま不安な毎日を過ごすことになる。

3.その他の問題

  1. 移行措置
     97年度から始まる新方式に対し、95年、96年を移行措置年度としている。95年は専門学科、専門コースのすべてに推薦制度が導入される。さらに96年度から推薦制度は普通科にも導入され、専門学科、専門コースには傾斜配点が導入される。また、選考IIにおける調査書の評定以外の記載事項の使用と、ア・テストの比率の20%から10%への引下げがおこなわれる。これらは大きな変更点であり、受験生、保護者、現場に大きな戸惑いをもたらすであろう。しかし、97年からは学習検査はまったく消え、複数希望制が導入され、しかも選考IIにおいて全面的な傾斜配点、さらに教科数の弾力化が導入される。
     変更点を整理すると、(1)ア・テスト(2)推薦制度(3)傾斜配点・教科数の弾力化(4)学力検査と調査書の比率の弾力化(5)複数希望制となる。この中、ア・テストについてはたしかに段階的比率の引下げがおこなわれ、激変緩和になっているが、推薦制度は96年から事実上全面的に導入される。また、傾斜配点・教科数の弾力化、学力検査と調査書の比率の弾力化、複数希望制は同時に導入されることになる。移行措置と名をうってあるが、ア・テストの比率に以外の配慮はなく、しかも推薦制は他から切り離して前倒しで実施されることになっており、混乱を防ぐものとはなりえない。

  2. 再募集
     これだけ大きな入選制度の変更を提起しながら、再募集については『現行どおり実施する』という言葉だけで済ませている。制度が大きく変わるときは欠員が多数発生することが予想される。隣接する東京都では欠員が発生した高校数は新制度導入前と比較し、ほぼ二倍であった。また、埼玉県でも多くの高校で欠員が発生した。再募集制度も当然、新制度導入に対応したかたちで検討されるべきである。

  3. 中学校の進路指導
     『個を生かすため』として『長期的な視野に立った個人資料の作成と活用』がうたわれている。『3年間を通じた資料(将来の希望、学校生活の様子、興味・関心、学習の記録の収集、蓄積を行う』とされている。中学生の生活すべてが、進路指導の名のもとに監視、記録される恐れがある。『生徒自らがその資料を活用するようにする』とされているが、全面的公開がなされる保障はない。また、生徒自身の見方と教員の側の見方は当然ことなったものになるはずである。そして、入選には推薦制が導入され、また調査書の評定以外の記載事項も活用される。この資料を『活用』した場合深刻な問題が発生することは十分予想できる。
     また『進路指導についての教職員の共通理解と協力体制の確立を図る』とあるが、これにより中学校における個々の教員の進路指導に対する、管理職(その代行組織)の統制が現在以上に厳重になる可能性がある。『校内研修の充実』『校内体制の整備』『綿密な指導計画の作成』の持つ意味をよく考える必要があるであろう。とくに、推薦制度、調査書の記載内容の調整と絡んだ場合には深刻な事態を引き起こすことが予想される。

  4. 特色ある高校づくり
     『全ての高校で特色ある高校づくりを推進する』としているが、これまで『特色ある高校づくり』が専門コースの設置をさしていたことを考えると、『特色』という語の一方的拡大解釈が行われていると見ざるをえない。
     さらにその『具体的内容(少しも具体的ではないが)』を整理してみる。

    1. 教科活動に係わるもの
       ここにあげられているものの中、『単位制の弾力的連用』以外は、すでに百校計画の過程で『特色』として、様々な試みがなされてきたものである。そして、それが『特色』として位置づいてこなかったことも、実践的に証明されているといってよい。それをここでもう一度、新たな試みであるかのように持ち出したのはなぜであろうか。また、『単位制の弾力的運用』については、はたして特定の学校の『特色』として限定することで終わってよいと言うのであろうか。さらに、この『特色』と入選制度を結び付けた場合、『弾力的に単位制を運用している学校に相応しい生徒』とはいったいどのような生徒なのであろうか。

    2. 教科外活動に係わるもの
       学校行事、ホームルーム活動、委員会活動、また部活動を、各学校ごとに『特色』あるものに育てていくことは、当然である。そして、それを可能にする環境を整えることは、教育行政の責任だともいえるであろう。しかし、その『特色』を固定化し、生徒をその枠にはめることは、はたして『多様な特色をそなえた生徒』を受け入れていかなければならない公立高校として、適当なやり方なのであろうか。

    3. 各学校独自の主体的な取り組み
       地域との交流、学校間交流、奉仕活動等が公立高校にとり必要なものであるならば、どうして特定の学校の『特色』として限定することになるのであろうか。これらの『特色』が望ましいものと考えるならば、すべての学校にその『特色』を広げる方策を考えるべきではないだろうか。

     『具体的取り組み計画』
     まず第一にこのような項目が入選改革の中にかんたんに位置づけることが許されるものであろうか?この計画によれば、すでに今年度中に各学校は『特色ある高校づくりプラン(特色プラン)』計画を策定しなければならない。年度途中にこのような重大な内容のものを出させるとういのは、無謀である。また、新カリキュラムがやっと実行に移されたばかりの時期に、このような計画をつくらせようとするのは、凡そ正常な感覚を具えている人の提案とは思えない。まして、来年度には、実施計画を作成し、PRまで始めるとあっては、まったく言語道断と言わざるを得ない。そして、再来年度には実施という計画である。予算的裏付けもないまま、計画だけを押し進めようとするのはまったく無責任な姿勢である。そして、この『特色』づくりが進まなければ、今回の入選『改善案』は意味を失うのである。

  5. 障害を持つ生徒、日本語以外の言語を母語とする生徒への配慮
     入選制度の『改善案』であれば、当然位置づけられるべき項目である。しかし、この項目は存在しない。この点には、まったく触れていない。軽視しているのか、考える意思がないのかは不明である。