高総検レポート No 24

1996年2月1日発行

 それでも専門コース制ですか?

  はじめに

 高総検では討議用資料としてパンフレット、コース制を考える「ああせいこーすせいは大きなお世話」(1990年11月)等を提示し、専門コース制の問題点を指摘してきた。それらにもとづいて何回かの教育討論集会を開いてきた。しかし、1983年弥栄東西校にはじまった神奈川県における専門コース制設置校は1989年3月に『高等学校教育の充実について−第一次報告−』の「生徒の個性の伸長を図るための特色ある教育課程」として(ア)類型等の設置による特色ある高校づくりとともに(イ)専門コース設置による特色ある高校づくりという方向性に後押しされながら、89年六ッ川高校の情報科学コース、91年磯子高校の国際ビジネスコースが設置され、今日までに17校19コースが設置されている(<資料1>参照)。94年10月4日におこなわれた専門コース制対策会議では、当該校から率直に問題点が提起され、この制度がもはや行き詰まっていることが明らかになった。しかし、県教委は、その後、多様化をさらに推し進め、単位制高校や総合学科等をくりだして来ており、さらに「入試改革」をこれにリンクさせて、各学校の「特色づくり」を無理やり掘り起こそうとしている。多様化にのった学校に対して、推薦入試を導入し、ある程度の教育条件整備を見せ金的におこなって行こうというものだ。
 ここでは専門コース制を含む多様化の問題点を論じ、あらためて本来、新制高等学校というものがどのような意図で作られたのか、ふりかえりつつ、高校教育の本来あるべき姿を確認したい。

1.普通高校に「特色」はいらない
 そもそも普通教育とは、「国民あるいは社会人として、また人間として、一般共通に必要な知識・教養を与える教育」(「広辞苑」)である。現在の小学校・中学校・高等学校までをさし、専門教育に対応する用語である。このうち高等学校では普通科が普通教育・一般教育をおこなう課程として設置されている。したがって国民的共通教養や共通基礎が重要視されてきたはずである。(この内実を問うことが大切であり、これこそが自主編成なのだが、)しかし、現在の学習指導要領は、共通基礎をほとんど無視している(共通必修はすべての高校生がその課程ににかかわらず共通に学ぶ科目のことで、現行指導要領では戦後最低の17単位になった)。またそのうえ普通科に教育課程上の「特色」をもたせて、専門コースを置くということは、普通課程の意義を無に帰する行為である。個々の生徒の個性や能力の開花は普通教育の基礎の上にはじめて可能なのであって、生徒の可能性の枠をあらかじめ専門コースという「特色」でせばめてはいけないだろう。つまり、普通高校に「特色」というのは形容矛盾であり、いらないのである。

2.多様化は単線型学校体系をくずす
 高等学校は中学校教育の基礎のうえに、高等普通教育および専門教育を施すことを目的としている(「学校教育法」)。

高等学校の制度は、第二次大戦後の教育改革の一環として、新制中学校とともに、教育の機会均等をめざす新しい大衆的な中等教育制度として創設された。すなわち、選抜された一部のもののみを進学させていた中学校、高等女学校、実業学校という3種の中等学校を廃止し、義務制の中学校のうえに、「さらに学校教育を継続しようとする者を全部収容することを理想」(「新学校制度実施準備の案内」47年)とする学校として、48年から発足した。(「現代教育学事典」労働旬報社より)

 これらの戦後民主教育の理念の下に、総合制、男女共学制、小学区制(高校3原則)が指標となり、普通科と職業科を合わせた総合制高校が各地に誕生した。しかし、文部行政はこれに十分な教育条件を与えることなく、やがて―部の地域をのぞいて解体されていった。
 1960年代前半から始まる中学校卒業生の激増に応えるべく大衆的中等教育の確立に向けての理念と構想を追求した日教組教育制度検討委員会の最終報告(74年)は地域総合高校構想として3原則の再構築を提示した。しかし、現実はこれに反して1960年代には高校における職業学科の比重を増加させ、学科構成の多様化をねらった教育政策(多様化政策)が行われた。これは普通教育と専門教育を分断し、選別的な学校制度に改変をするものであった。それが今日さらに「特色ある高校づくり」「新しいタイプの高校づくり」という名の下に新多様化政策が推進され、専門コース制をはじめとして、単位制高校、総合学科等さまざまな形の高校がつくられている。その結果、高校はもはや単線型の体系を逸脱し、複線型に近づこうとしている。それらが教育現場を混乱させ、さらに多くの問題点をかかえるようになった。これらのうちあたかも最後の切り札のごとく登場したのが総合学科である。全国の高校の60%を総合学科に改変し、20%のエリート普通高校と残り20%の高度な職業科高校という行政側の目論見なども話題になっている。ここにはどういう意図が隠されているのか。
 日本経営者団体連盟は「新時代の日本的経営」(95.5.17)の中で、終身雇用「終焉」宣言を出し、今後の雇用システムの方向を三つのグループに分けようとしている。まず従業員のうち、管理職や総合職、技能部分の基幹職などの一部だけを「長期蓄積能力活用型グループ」として長期継続雇用にし、他の2つのグループは短期雇用労働者にしてしまおうとするものである。そのうち一つは「高度専門能力活用型グループ」である。これは企業に専門職として迎え入れられるものの、一定の役割を果たした後お払い箱となる労働者である。他の一つは「雇用柔軟型グループ」で普通の労働者の大部分、一般職、技能職、販売職などをさす。企業が好不況の状態に応ずることができるようする安全弁の役割を果たす。文末の<資料3>を参照すればわかるようにまったく企業の身勝手で好都合な雇用形態である。これが上記の後期中等教育の多様化とぴったりと一致している。単純に考えれば、「長期蓄積能力活用型グループ」=エリート普通高校、「高度専門能力活用型グループ」=高度な職業科高校、そして「雇用柔軟型グループ」=総合学科となるのではないか。
 こうした多様化の総決算として高校は同一の像を結ばず、生徒たちが個人としてバラバラにされ、学校間格差とあいまってますます不安定な閉塞的な青年期をおくらざるをえなくなっている。単線型学校制度のもつ利点である国民の社会・経済的条件による教育上の差別の解消(教育の機会均等)やより多くの国民に対する共通課程の提供を不可能にするものである。民主主義の形成者の育成はますますおぼつかなくなるのである。

下の表:高文研 月刊「ジュ・パンス」1995年2・3月号より。1994年10月1日、埼玉県内の中三生を対象に希望校(希望コース)を調査したもの。職業高校、学科系列分はのぞく。定員以上に希望者がある学校(1〜80番)は、すべて普通科。逆にコースは軒並み定員割れしている。
    95年度希望 94年度       95年度希望 94年度
学校 学科等 募集 希望 倍率 倍率   学校 学科等 募集 希望 倍率 倍率
1 普通 360 1393 3.87 3.18   113 普通 319 184 0.58 0.55
2 普通 390 1182 3.03 3.12   114 普通 199 115 0.58 0.49
3 普通 198 573 2.89 2.83   115 普通 319 180 0.56 0.58
4 普通 278 746 2.68 2.83   116 普通 199 111 0.56 0.38
5 普通 429 1119 2.61 2.38   117 外国語コース 40 22 0.55 0.68
6 普通 429 1116 2.6 2.48   118 外国語コース 80 42 0.53 0.54
7 普通 278 721 2.59 3.13   119 外国語コース 40 21 0.53 0.58
8 普通 279 707 2.53 2.42   120 普通 279 146 0.52 0.4
9 普通 278 696 2.5 2.71   121 普通 119 58 0.49 0.57
10 普通 398 978 2.46 2.28   122 普通 199 95 0.48 0.56
:           123 普通 319 154 0.48 0.44
: No 11〜No 73 は略。           124 理数コース 40 19 0.48 0.15
: この63校は           125 普通 319 151 0.47 0.5
: すべて普通科。           126 普通 279 131 0.47 0.5
:           127 普通 239 110 0.46 0.53
74 普通 358 405 1.13 1.08   128 外国語コース 80 37 0.46 0.63
75 普通 319 361 1.13 1.16   129 普通 239 107 0.45 0.55
76 普通 319 340 1.07 1.1   130 美術工芸コース 40 18 0.45 0.7
77 普通 239 254 1.06 1.13   131 情報コース 80 36 0.45 0.25
78 普通 239 252 1.05 1.15   132 普通 319 145 0.45 0.64
79 普通 358 369 1.03 1.03   133 普通 279 120 0.43 0.37
80 普通     319  320  1.0  0.93    134 普通 160 69 0.43 0.58
81 普通 429 423 0.99 0.99   135 普通 279 117 0.42 0.37
82 普通 319 316 0.99 0.75   136 普通 279 114 0.41 0.52
83 普通 319 309 0.97 0.65   137 国際文化コース 80 32 0.4 0.39
84 普通 319 306 0.96 0.73   138 情報コース 80 32 0.4 0.38
85 理数コース 40 38 0.95 0.75   139 普通 119 46 0.39 0.27
86 普通 199 190 0.95 1.01   140 情報コース 40 15 0.38 0.41
87 普通 199 189 0.95 0.94   141 情報コース 80 29 0.36 0.26
88 普通 239 223 0.93 0.93   142 普通 239 84 0.35 0.4
89 情報コース 40 36 0.9 0.41   143 普通 319 105 0.33 0.48
90 普通 358 313 0.87 0.85   144 普通 358 111 0.31 0.5
91 普通 279 240 0.86 0.85   145 普通 199 62 0.31 0.36
92 普通 279 238 0.85 0.7   146 情報コース 80 24 0.3 0.21
93 体育コース 80 68 0.85 0.54   147 普通 199 60 0.3 0.34
94 普通 319 266 0.83 0.99   148 体育コース 40 11 0.28 0.15
95 普通 199 165 0.83 1.05   149 普通 159 43 0.27 0.49
96 普通 240 196 0.82 0.66   150 普通 159 43 0.27 0.39
97 普通 119 97 0.82 0.87   151 日本文化コース 80 21 0.26 0.19
98 普通 239 196 0.82 1   152 国際文化コース 80 19 0.24 0.13
99 普通 319 259 0.81 0.88   153 外国語コース 40 9 0.23 0.1
100 外国語コース 80 64 0.8 0.94   154 外国語コース 80 18 0.23 0.23
101 普通 239 179 0.75 0.62   155 国際文化コース 80 17 0.21 0.19
102 理数コース 40 30 0.75 0.7   156 情報ビジネス 40 8 0.2 0.38
103 普通 239 178 0.74 0.98   157 日本文化コース 40 7 0.18 0.08
104 普通 319 231 0.72 0.8   158 体育コース 40 6 0.15 0.08
105 普通 239 162 0.68 0.91   159 外国語コース 80 10 0.13 0.14
106 普通 119 76 0.64 0.53   160 情報コース 80 9 0.11 0.25
107 普通 239 151 0.63 0.59   161 情報コース 80 7 0.09 0.1
108 体育コース 80 49 0.61 0.68   162 国際文化コース 40 3 0.08 0.08
109 普通 159 95 0.6 0.35   163 国際文化コース 80 4 0.05 0.06
110 普通 279 168 0.6 0.63   164 国際観光ビジネス 40 1 0.03 0.05
111 普通 239 144 0.6 0.51   165 国際文化コース 40 1 0.03 0.03
112 体育コース 80 48 0.6 0.9   166 国際文化コース 40 1 0.03 0.05

3.多くの子どもたちは普通科を志望しているのだが…
 前の表は95年度の埼玉県の入試希望動向、競争率順である。
 これによれば、希望者が募集定員を上回っているのは1から80番までの学校で、すべて普通科で占められている。圧倒的に定員に満たない学校はコース制をとっている学校であり、最下位の方では80人の定員に応募4人とか、40人の定員の1人しか希望がないということである。これもけっして座して待った結果としての定員割れではなく、学校案内のパンフを作り、著名なデザイナーによる制服をつくり、生徒募集のためにほとんどの職員が中学校まわりをやった結果であるということだ。生徒は圧倒的に普通科を希望したのである。これは埼玉県に限ったことでなく、東京都でも同様の傾向が見られるし、本県においても、学区外からの定員をうめるために教職員が中学校を訪問してなんとか定員をうめている現状である。一方で受験生が多くても中学校側に迷惑がかかるというので定員ピッタリにするのは至難のわざであるという報告があった。専門コース制には「二ーズ」がないのである。なぜならば、中学3年生の段階で自分の適性を見極めるのは非常に困難であることだ。専門コースを設置した側では、適性ややる気のある生徒を欲しているのであるが、選ぴ直しのきかない多くの中学生は専門コースをえらぶことに二の足を踏んでしまうのであろう。いきおい競争率は低率になり、高校側の意図したところとは反対に、入りやすいということで当該専門科目の成績が悪いにもかかわらず、専門コースを選んでしまうというようなことが起こる。体育が不得手なのに体育コースに入る、アルファべットもおぼつかない生徒が外国語コースに入ってしまい、第2外国語まで学ばなければならないというのは悲惨である。

<つづく>

資料1

神奈川県立高等学校の専門コース
1983年 弥栄東 音楽 コース
    美術 コース
  弥栄西 体育 コース
    外国語 コース
1989年 六ッ川 情報科学 コース
1991年 磯子 国際ピジネス コース
1992年 岩戸 外国語 コース
1993年 荏田 体育 コース
  有馬 外国語 コース
1994年 釜利谷 体育 コース
  高浜 福祉 コース
1995年 山北 体育 コース
  綾瀬西 福祉教養 コース
  上矢部 美術陶芸 コース
  ひばりが丘 国際教養 コース
1996年 秦野南ケ丘 生涯スポ-ツ コース
  津久井 社会福祉 コース
  白山 国際教養 コース
  厚木北 スポ―ツ科学 コース

資料2> 専門コースとは?
(a)「特色」用科目の10〜28単位の組合せ  (b)1〜3年までのコースを固定(コース間の移動の機会なし)  (c)コース別に募集・入試選抜  (d)学区外からの募集(学区はずし)
 上記(a)(b)の条件の下につくられた普通科の類型で、県教委の指導により(c)(d)によ って生徒の募集が行われている。

資料3>グループ別にみた処遇の主な内容
  雇用形態 対象 賃金 賞与 退職金・年金 昇進・昇給 福祉政策
長期蓄積能力活用グループ 期間の定めのない雇用契約 管理職・総合職・技能部門の基幹職 月給制か年俸制 能力給 昇給制度 定率+業績スライド ポイント制 役職昇進 職能資格 昇格 生涯総合施策
高度専門能力活用グループ 有期雇用契約 専門部門(企画、営業、研究開発等) 年俸制 業績給 昇給なし 成果配分 なし 業績評価 生活援護施策
雇用柔軟型グループ 有期雇用契約 一般職 技能部門 販売部門 時間給制 職能給 昇給なし 定率 なし 上位職務への転換 生活援護施策

日経連「新時代の日本的経営」(95.5.17)