1.退学率2.29%過去最高に
八月の初め、新聞紙上に県教委による「異動状況調査」の結果を報じる記事がのった(98年8月4日)。見出しにかかげた「退学率2.29%過去最高に」という文言は、神奈川新聞のものである。県教委の「異動状況調査」によれば、97年度の全学年の退学者の合計数は、前年を392人上回り、3516人に達するものであった。率としては、前年度の1.93%から2.29%への上昇であった。その中でも、1年生の退学者は、1991人にのぼり、前年度と比較してみると467人の増加であった。結局、1年生の退学者の増加が、全体の退学者の数を押し上げていたのである。そして、この1年生こそ、「新神奈川方式」実施初年度の入学生であった。
97年度の入選では、定員割れをおこした学校が多数発生したが、この事態について県教委はこう分析していた。
「入れる学校から行きたい学校へ」という今回の改革を受けて、生徒たちが選択した結果だと思う(朝日新聞 97年3月6日県教委指導部長の言葉)。 |
もちろん、この分析はまったくの的外れであった。私学の倍率が、前年の2.91倍から4.02倍に上昇していることをみるならば、「新神奈川方式」導入により不安になった受検生が、大量に私学に流れ、大幅な公立離れが起こったことに、定員割れの原因を求めるのが妥当な分析と言えるであろう。
さて今度は、「新神奈川方式」初年度の入学生から、多数の退学者を出してしまった。この事態を、県教委はどう説明するのだろう。県教委高校教育課はこう説明している。
進学率アップという県民のニーズにこたえて、入学定員枠を広げてきたが、不本意入学が増えていることが一つの要因。必ず高校を卒業しなければいけないという価値観が薄れていることも一方にはある(神奈川新聞 98年8月4日)。 |
繰り返しになるが、この年度は、大幅な公立離れが生じた年であり、こと公立高校に関して言えば、進学率アップという事実はなかった。もし、高校教育課の担当者が、「入学定員枠を広げ、進学率が上がったので、この年の入学生には、高校生活に不適応な生徒が多かった」と説明しようとしたのであれば、まったくの見当違いである。そして、97年度は「入れる学校から行きたい学校へ」というキャッチコピーの下で入選制度が変えられた年であり、「生徒たちが、学校を選択した」年度だったはずである。だから、県教委の理屈にしたがえば、「不本意入学」はこれまでよりも、大幅に減少していなければならないはずである。「不本意入学が増えていることが一つの要因」と言うならば、「新神奈川方式」そのものの失敗を、みずから認めることになってしまう。
別の新聞によると、県教委はこんな分析もしている。
目的意識や学習意欲を欠いた生徒の増加や、価値観が多様化して再入学や大検などの選択肢も増えたことが原因ではないか(朝日新聞 98年8月4日)。 |
ところが、97年度の退学者について、その理由を見るならば、いわゆる「進路変更」の占める割合は、むしろ低下している(下のグラフ)。「選択肢も増えたことが原因」などという分析は、県教委の調査そのものによって否定されているのである。さらに言えば、「県民のニーズにこたえて」「目的意識や学習意欲を欠いた生徒の増加や、価値観が多様化して」と、行政の責任にふれることなく、県民や生徒に責任を転嫁しようとしたり、あたかも自然現象であるかのように分析する姿勢は、分析者の問題意識を疑わせるものである。そして、「今後の対応」として上げているものを見ると、ひとつは「中学段階での生徒に対する適切な進路指導を徹底する」であり、二つ目は「分かりやすい授業の進行を心掛ける」である(神奈川新聞の記事)。もちろん、二つとも必要なことである。しかし、この対策の立て方では、退学者の増加の原因は、中学校の進路指導と高校の授業の不十分さにある、と言っているようなものである。主たる原因がここにない以上、これでは問題は解決しない。そして、県教委自身の対策は、ここにはしめされていない。
いずれも神奈川新聞8月4日から転載
今後、中退率がどのように推移していくか、注意深く見ていく必要がある。制度改変にともなう混乱から生じた一過性のものなのか、それとももっとも根の深い問題なのか。不気味なのは、中退の理由に現れた変化の兆しである。「進路変更」「学校生活・学業不適応」「学業不振」「家庭の事情」「その他」と分類した場合、96年度までは、その比率には、それほど大きな変化はなかった。だが、今回の調査では、「進路変更」の比率が低下し、「学校生活・学業不振」の比率、いわゆる不適応に分類される内容の比率が、顕著に上昇している(9.4ポイント増)。この点では、先の高校教育課の「不本意入学が増えている」という分析も、―応の妥当性を主張できるかもしれない。それならばなおさら、不本意入学者を増加させた「新神奈川方式」の意味が、問われることになるだろう。
もともと「新神奈川方式」とは、「行きたい学校」に積極的にチャレンジできることを趣旨として、つくられたはずである。そのための「複数志願制」、「総合的選考」だったはずである。この新制度導入のために、高校、中学の現場が払った犠牲、受検生自身が払った犠牲は大きい。それが、この結果では、何も救われない。しかも、県教委の担当者の分析は両年度でまったく矛盾している。行政としての責任感を伝えるような声も、いまのところ聞くことができないままである。
2.教育活動を圧迫する「新神奈川方式」
ここで取り上げた退学者の増加など、現場が早急に対応していかなければならない課題は増えつづけている。ところが、学校規模縮小にともない、教職員一人当たりの負担は、増加する方向にむかっている。また、いわゆる「改革」「特色づくり」の掛け声のもと、現場はいわゆる「学校づくり」に追われている。その上さらに、「新神奈川方式」の導入による入選作業の重圧が増しているのである。
昨年度、今年度と実施した高総検のアンケートでも、現場の入選担当者の多くが、作業負担増加に悲鳴をあげていた。「新神奈川方式」が続くかぎり、この負担は、現場がどう工夫しようとも、どれほど習熟しようとも、それによって軽減されるものではない。というのも、作業負担を増大させた原因が、「複数志願制」と「総合的選考」という「新神奈川方式」の二本の柱にあるからである。しかも、さらに作業が複雑になり、負担が増加する可能性さえ見えている。
この事態は、通常の教育活動を圧迫し、教育現場にとって、もっとも重要な業務に支障を来す結果にならざるをえない。多少でも現場の危機感、苦悩を共有する手だてになればと思い、アンケート調査に寄せられた声の―部を、次にまとめておいた。もちろん、アンケートで現場の切実さが伝わるものではない。また、整理をしていく中で、誤解、読み誤り等あると思う。不十分なものではあるが、とくに「入選作業について」と「入選制度全体について」という項目を中心にまとめておいた。
1. 総合的選考について 「重視する内容」を変更した分会は、28分会であった。地域的偏りがあり、県北 地区では変更した分会が、回答10分会中7分会にのぼった。 2. 志願状況について気づいた点 概ね大きな変化はなかったというところであるが、定員割れの不安を訴える分会、 同一校希望者の多さを指摘する分会等がめだった。 3. 第一希望選考について気づいた点等 障害を持つ受検生、不登校の受検生、資料欠の受検生等の扱いについて苦慮した ことを伝える分会、総合的選考に問題があると指摘する分会、定員割れが予想され ながら、第一希望選考で不合格者を出す矛盾を指摘する分会、等があった。 4. 第二希望選考について気づいた点等 概ね第一希望選考において指摘された問題と同じことがおこっているが、複数志 願制による不本意入学者の発生を懸念する分会、同―校希望者が合格できない矛盾 を訴える分会がめだった。 5. 入選作業について 複数の分会からあった回答 (ただし整理の仕方によるので、分会数は参考ていど) ・現場担当者の負担が大きすぎる(15分会) 他に、複数志願制による負担の増加という指摘 (2分会) ・日程がきつすぎる(10分会) ・マニュアル・ソフトの不備、疑問、改善の提起(6分会) ・支援システム・ソフトへの不満(6分会) ・志願変更の方法、日程等の問題(3分会) ・中央コンピュータにデータを集中すべきである(2分会) ・データ送受信の時間等の問題(2分会) ・トラブルに対する不安(2分会) ・二回の試行は不要(2分会) ・パソコン通信でやる意味がない(結局は紙で確認)(2分会) 以下はひとつの分会からの回答 ・チェックリストの改善 ・合格通知書の改善 ・補欠合格を出す時期の問題 ・昨年よりは改善されたかもしれない ・事務と教員の作業分担が不明確 ・データの不備(男女の明記) ・受検生の住所は不要 ・PCの不備 ・説明会のレべル設定の問題 ・システム上様々な問題あり・FAX回線の混乱 ・組合本部の対応が不十分 ・二次募集のソフトに問題あり ・通信時間の問題 ・土日のデータ通信の問題 ・総合的選考で重視する内容にもとづいた校内規定がない 6. 入選制度全体について 複数の分会からあった回答 ・複数志願制は無意味、矛盾している(9分会) ・現場ヘの負担が大きすぎる(6分会) ・日程に無理がある(6分会) ・学校間格差がより明確になった、助長している(4分会) ・生徒のためになっていない(2分会) ・不本意入学者の増加は大問題(2分会) ・公立離れ、私学志向を強めている(3分会) ・開示作業の改善(日程等)(2分会) 以下はひとつの分会からの回答 ・選別主義を批判 ・システムの改善が必要 ・面接、推薦導入の提起 ・小学区の提起 ・進学塾の問題ある対応 ・当面動向に注意すべし ・合格通知の改善 ・定員割れの不安 ・日程圧縮は止むを得ない ・中学校側が読み切れない。受験競争が激化 ・志願変更は―回に ・学力検査用紙の改善の提起 ・中学校側にデータを開示してはどうか ・作文試験の採点基準の問題 ・労多くして実りない入試制度 ・第二希望の志願変更が機能しない ・内中重視により功利的人間が生まれる ・各学校の独自性を認めては ・C値のみでの合格者の枠が少なすぎる ・調査書記入状況調査の目的が不明 ・推薦入試の比率を高めてほしい ・県教委の見解の変更が問題 ・学校行事との関係が大変だった ・特色ある学校づくりは問題を抱えている ・第一希望と第二希望を切り離すべきである ・第二希望者に合格通知を渡すとき、8割近くが泣いていた ・総合的選考と教育内容が一致していない ・第―希望で不合格を出しながら、再募集をする矛盾 |