最近の文部科学省の動向だが、小泉内閣になり文部科学大臣として遠山敦子氏が起用された。民間からの女性閣僚と報じられたが、実際は純粋の民間出身ではなく文部省から民間を経てまた戻ったというものである。この人事については、先の町村文部大臣、森前首相の２人の意向がはたらき、町村氏の進めてきた教育改革をそのまま引き継ぐ人という大前提のもとで後任選びが行われた。この前提のもと残ったのが遠山氏とのことである。前町村大臣の傀儡という人もいる。実際に就任後の政策に遠山氏独自の政策、考えはうかがえず、すべて、前大臣が敷いたレールの上を走っているといえる。
　ただ一つの変化としては、教育基本法の手直しの問題がある。町村氏のもとで、６月半ばに中教審に諮問、１年の審議の後に結論、といわれていたものが遠山氏の就任以来、この６月説が出てこなくなった。
　担当大臣でありながら語れない背景には、今後の選挙の動向をきちんと見極めたい、という官邸の意向が見え隠れする。小泉内閣の誕生、８割以上というほとんど空前絶後の支持率。自民党の復権が期待できる。つまり、７月にある参議院選挙の動向を見極めて、基本法の諮問ができるのかどうかをさぐっているのではないかと考えられる。参議院選挙に突入して、自民党が現状より少しでも上乗せすることができれば、その後で基本法の諮問があるのではないかと考えられる。
　一方で注目されるのが文部科学省の動きだ。現在、文部科学省内で、改訂後の基本法の法案作成が急がれており、それも事務方が前文から最後の条まで、全部書きなおす勢いで新案文を作成中ともいう。
　基本法の諮問が選挙の前になるのか後になるのかというのは、文部科学省が進める教育改革政策に国民がついてきてくれるかどうかが、流れを決める可能性も大きいようだ 　文部科学省はパンフレット持参で地方に出向き、ＰＴＡの会合で、｢国民会議」の提言がベースとなっている『２１世紀教育新生プラン』の中身を懇切丁寧に説明して、いかに素晴らしいものであるかを訴え、ＰＲ活動を続けている。そして、この教育新生プランはかなり支持を受けている。例えば、義務教育段階では理解の得られなかった習熟度別授業にしても、分からない授業のまま進めていかれるよりは、分かるように少しレベルを落として、やってくれたほうが遥かにいい、という声が少なからずある。また、問題を起こす子どもの出席停止というのも今回の法案に入っているが、新聞社への投書からは７割くらいの方が“断固やるべきだ”という感触がある。｢出席停止｣にしても｢習熟度別授業｣にしても、自分の子ども、あるいは自分がその立場だったらと置き換えて考えて、“いい”と判断していると考えられる。
　『２１世紀教育新生プラン』に対する声は、問題点を指摘するよりも、多くは改革賛成の方向に向かっているようだ。日教組をはじめ組合の皆さんの指摘する問題点が果たしてどのくらい保護者の側の耳に届いているのか、そして、やっぱり違うんだと理解をされるのかについては、あまり見通しが明るくないのではと感じる。非常に状況は厳しいのではないだろうか。
　もう一つ、｢奉仕活動｣の問題。１７歳の少年の事件が相次いだということが非常に印象深かったせいか、奉仕活動を学校レベルに取り入れた方が子どもがおとなしくなってくれるんじゃないか、というふうに感じている方が多いのではなかろうか。取材現場においても、基本法の話より奉仕活動の方が議論になる。印象としては、強制はよくないけれど、奉仕する心は大事だ、と理解を示す方が多いようだ。
　全員参加についても、文部科学省は、奉仕活動のアイテムをたくさん作り、その中から子どもたち自身が自分のやりたいことを選択すれば、それは決して強制ではないという説明をＰＴＡの会合で行い、文書でも配る。あるいは、記事でもそういうのを流させようとしている。こういう話を聞けば、保護者の方が、学校でそれをやってくれるんなら、これはありがたいと思うのも不思議ではなくなる。言葉や説明が取っつきやすい分、理解を示す方が多いようだ。
　道徳教育については、国立教育政策研究所で現在の副読本の見直しが本格的に行われている。
　基本法の話に戻ると、小泉政権の高い支持率を背景に現在の勢いである程度進められるのではないか。７月の参院選を受けて秋頃までに諮問がなされるのではないか。一方で基本法の問題はあまり国民の議論になっていない。関心を持っているのはマスコミと先生方の一部で国民のレベルではほとんど話題にならない。文部省の役人は、学校の先生だって読んでいないじゃないかと言う。もちろん保護者の方にしても基本法を全文読んで、それが一体どういう意味をなすのかというのを逐一知っているという状況にはない。しかし、国民的関心がないからといって、その問題をマスコミと先生だけで議論しているのは問題ではなかろうか。基本法が何を目指しているのか、理念的な枠は、私は大賛成であり、変える必要はまったくないと考えている。
　昨年の「国民会議中間まとめ」の発表前後、基本法の改定という文言を盛る盛らないで、官邸と委員の間にかなりの軋轢があったようだ。毎日新聞は委員からの取材をもとに「基本法の改定はない模様」と新聞で報道を行った。ところがその後、新聞報道に対して「中間まとめ」に「基本法の改定」が盛られないのではという焦りを抱いた官邸が、元文部大臣を使って、“何とか盛ってほしい”という説得を２時間、３時間続けるということまでやっていたようだ。
　結局、「最終まとめ」が出されるときに、｢改正が好ましい｣という文言に変わっていったのだが、中間まとめが出される直前の委員の雰囲気が、おそらく国民会議のスタンダードなあり方を示していたのではないか。「最終まとめ」が出される段階で、「このままでは国民会議を設置した意味がない」とまで言って官邸がかなり強引に脅しをかけるという険悪なところまで行く場面もあったそうだ。
　このような経過をたどって生み出されたのが国民会議の報告である。この状況の中で、基本法の改定があまり国民に議論されていないというのは、マスコミとしての責任もあるかもしれないが、国民全体に基本法が何を持っているのかということがあまり伝わっていないのではないか感じる。
　組合の皆さんにお願いしたいが、今回の別冊のレポート（筆者注：高総検レポート別冊『教育基本法は古くない！！』。討論会会場で配布。また、同日の中央委員会にて、各分会１冊配布。）のような分析がまとめられているのであれば、これをもっと、マスコミ、集会などで一般の方に説明するなりの仕組みを作り上げるべきではないだろうか。もっと広める努力をしていただきたい。それによって、保護者の方が一人でも多く基本法について関心を抱いて、「あ、これは変える必要がないんだ」という思いを持っていただけるのであれば、と思うが、いかがであろうか。

高校における習熟度別授業

• 公立高校のありようが、学区の中で“習熟度別”になっている。そのぶつ切りにされた学校の中での話ということになる。授業の中で、習熟度別学習のシステムがうまく行くには、生徒自身が納得し、自分の意志によって、ステップアップやステップダウンができなければならない。教育政策の側から打ち出されてきているのは、そういう保障がなされていないのではないか。例えば、国会答弁の中で小泉首相は、“できないものはいくら教えてもしょうがないんだから”と発言している。保護者の意向は、これとはイコールではないのではないか。

• 公立高校学区規制自由化は、東京が最初に大きく打ち出したのを国が受けたことによる。東京が導入したのは、それが規制緩和の流れで幅広く受け入れられているということ、私立が台頭して公立高校の地位が落ちていることのためだが、東京はそうかもしれないが、全国レベルで見れば、公立のほうが遥かに私立より上位であるところが多い。大都市だけの特化した現象である。
• 「通学区の一層の弾力化」と、「地域の信頼に応える学校づくり」のような地域の重視は矛盾する。が、文部科学省は、学校に入ってそこで勉強する時間は、その地域の人間になれる、という論旨の進め方をしている。地域というのは、住んでいて朝出てくるところではなくて、移動したところも地域ではないかということだが、それが、私たちが考える、イメージしやすい地域に結びつくとは思えない。こういう飛躍した解釈で自由化・規制緩和を乗り越えようとしている。
• 学区がなくなれば、特定の学校に受検生が集中して、片や、一生懸命頑張っている学校が割れていくのではないか。巷には、どこにも入れない生徒が溢れることとなる。学校を選択できる子というのは実はごく一部であって、大半の子は今まで通り、選択してもその学校に入れる保障はない。学区がなくなったら誰もが自分の行きたい学校に行ける、という幻想を抱かされているのではないか。
• 今、神奈川では１学区１０校ぐらいあって、その中で学校間格差がある。学校間格差がいわゆる階層化と結びついて、社会の生活レベルを反映したものがもろに学校の中に入ってきている。例えば、ある学校では、授業料は一括納入がそのまま行われているが、一方の学校では、授業料はほとんど一括では入ってこない。生活を含めて大変な状況の学校もある。そういう意味で、学区撤廃がなされれば、ますます階層化が学校の中に入り込んでくることとなる。しかし、親の段階で、学区をはずすことに反対する人は、まずいない。「学区外枠２５％なんてケチなことは言わないでくれ。もう全部広げてくれ。」という要請に対抗できる言葉が、私たちにはないというのが現状だ。
• 教員というよりは、あと２、３年後に子どもが高校受検を控えている父親として言わせてもらうと、入れるところに入れてほしいのが実情だ。ごく一般的な家庭の親は、子どもを私立に行かせることはできない。トップ校を目指すわけではなく、普通の県立高校には入れたらいいと願う親は、決して少なくない。親からすれば、クラスの担任の先生に媚びへつらったり、いい子仮面であったりするのではなくて、普通に中学校で学んで、「そのくらいだったら、大体この辺の学校に入れるよ」という安心感を中学３年の２学期か３学期に欲しい思う。本当に“学校を選ぶ”ことがいいことだという世論があるのか。
• 教育のことを議論している人たちというのは、常に、“教育強者”である。“教育弱者”が教育を語るということは絶対ない。教育改革などと言っているのは、一流の大学を出て、成功した人だけだ。教員もどちらかというと“教育強者”の立場に立つ。つまり、教育を語る人というのは一部である。“教育弱者”は、差別・選別によって教育からあまりいい思いを受けていないから、現実の教育や現場を否定する言葉に対して反応をする。そうした“弱者”を作り出してきたのは、私たち自身である。そういう教育システムに加担してきたというところが最大の問題である。教員が、自分たちは、まだ、あそこの学校よりいいとか、オレたちは勝ったとか、そういう感覚を持つことに問題がある。

• 今、大学が非常な危機に瀕している。国立大でも独立行政法人化が早ければ２年後から始まる。私立は定員割れを起こす大学が出始めている。２００９年には、理論上は、イーブンの全入時代が来ると言われている。各私立大学は、入った学生を４年間の学部教育で、何を身に着けさせて、どういう学生に仕上げて、社会に送り出すのか、という所を集中的に考えて、カリキュラム改革に取り組んでいる。県立高校の学区が撤廃になって、競争社会を強いられた時に、同じことが問われるのではないか。自分の学校で受け入れる生徒は“３年間でこういう教育をします”、“こういうものを身に着けてもらいます”、というものを出して、それが保護者に受け入れられて、“じゃあ、あの学校に行きたい”という関係になるのではないか。“自分の学校の教職員はこういう考えを持っていて、こういう生徒づくりを目指すんだ”というものが今、果たしてあるのか。
• まず「教育目標」を作ることからカリキュラムを考えている。｢人権教育」や｢平和教育｣、｢地域に開かれた学校｣というものをみんな入れて、“心身ともに健康な市民の育成を目指す”というものを打ち上げようとしている。「教育目標」ができない限り、カリキュラムは作れないと考えている。
• 本来、高校には｢特色｣は要らないと思う。子どもたち一人ひとりに「特色」を持たせられるような、子どもたちの個性がより一層発揮できるような学校であれば、みんな同じような学校でいいのではないか。地元の近い高校に行って、そこには、色々の教科・科目があって、将来自分の進みたい道などを考えながら、選んで行く。本来、高校とはそういう形を想定しているのであり、あちこちの高校があってあすこに行けば何かいいことがある、というのではない。ところが、何時の間にか、そうではなくなってきたので、学区が存在するようになった。その学区を外すということは結果的に、戦後最初に発足したような高校とは離れたところに行こうとしていることだ。学区について議論していけば、高校のあり方がどういうものなのか、分かってくると思う。
• 情報科の免許取得者を出すために、数学と理科と家庭科で協議が行われたが、その中の一人が非常に憤るということがあった。その人が憤っていたのは、情報科には、インターネットを使っての情報検索というものが含まれており、インターネットの世界というのは、現在エロもあれば差別もある無法地帯である。そういうものに接しても、差別を見て差別だと認識できるような教育をすることが情報の教育である。だから、数学・理科・家庭科の教科限定はおかしい、ということである。現場ではそういう発想が出てきている。指導要領が用意したものを少しずつ乗り越えた、＋アルファの発想が、新カリシフトの中で固まっていきつつある。
• 学校選択自由化を乗り越えるためには、父母や地域住民の参加、生徒たちの参加の重要性が増す。その根本には、教育基本法の精神がある。教育基本法の再認識が必要だ。