高総検レポート No 56

2001年10月12日発行

検証「求められる教員像」(教育制度グループ1)

上を向いて歩こう・人事評価制度導入の行方

 

はじめに

 神奈川県教育委員会は、昨年(2000年)6月、教職員に関する人事評価について教職員人事制度研究会(以下「研究会」)へ検討を依頼した。これを受けた同研究会は、2000年12月25日、「人材育成及び能力開発を目指した人事評価のあり方について」(以下「あり方」)と題する中間報告をまとめ、各教育関係諸団体へ送付した。同研究会は、2001年秋を目途に最終報告を行う予定で、現在、教職員の人事評価の方法を検討中である。このレポートでは、東京都教育委員会における「人事考課」、神奈川県一般行政職で試行されている「新たな人事評価システム」を参考に「研究会」の発表した「あり方」にみられる教職員の人事評価について検証を試みる。


1 なぜ人事評価か

1)信賞必罰の人事管理
 2000 年9月、教育改革国民会議から四つの柱による17の提言がなされ、教職員の資質向上に関して、努力し顕著な効果を上げた教員に対する給与や人事上の措置、改善がみられない指導力不足教員に対する他職種への配置転換や免職などの適切な措置、免許更新制の検討などがあげられた。
 神奈川県内においては、1999年6月に策定された「人材育成マスタープラン」により新たな時代に適応する職員の育成が掲げられ、その人材育成と成績主義に基づいた人事管理を柱とする「新たな人事評価システム」が一部の一般行政職において2000年8月より試行されている。両者に共通するのは能力、業績の数値化と信賞必罰の人事管理である。

2)教職員はどのようにとらえられているか
 「あり方」は、現在の学校現場には、「いじめ、不登校、薬物乱用、暴力行為等、様々な不適応や問題行動の増加などの課題が山積みしており、その解決に向けた緊急の対応が求められて」おり、こうした中で、これからの学校は「自主性・自立性を確立し、家庭や地域と連携・協力して、地域に根づいた独自性や特色を持った学校として生まれ変わり、児童・生徒がいきいきと学校生活を送り、豊かに成長するための支援をしていくことが求められている」とする。そして、そのために教員は「高い教育力と新たな学校づくりへの主体的な参画が重要であり、その資質向上が不可欠である」と述べている。以上のように「あり方」は学校現場における課題とこれからの学校のあり方を指摘したあと、その実現にむけて求められる教員像と現状の問題点として以下のことをあげている。

*「あり方」より一部抜粋

<求められる教員像>

 教育者としての使命感や教育への熱意、実践的指導力などとともに、社会の動きに敏感に反応し、地域社会との連携、協力関係を構築しながら児童・生徒の豊かな成長を支援していくことができる資質・能力を持ち、校長を中心に有機的、組織的に連携、協働し、教育力を高めながら教育活動を展開し、学校を活性化していく者

<教員・学校のあり方について>
  1. 教員の活動は、相互に干渉せず、前例踏襲的・画一的になりがち。学校自体が社会の変化に対応できず閉鎖的。
  2. 教員間には、横並び意識が強く、社会に即応した意識改革がなされない。改革への取組も滞りがちで、学校の活性化が進まない。
  3. 教員は、切瑳琢磨する契機が少なく職務活動がマンネリ化しやすい。

<現行勤務評定について>
  1. 評価手法の点で工夫の余地があり、自己評価を基調とする制度趣旨が生かされておらず、教職員の能力開発にあまり寄与していない。
  2. 評価結果が人事配置などの処遇面に積極的に反映されていない。
  3. 「指導力不足教員」に対する人事管理上の対応も求められている。
 以上のことから、「あり方」では人事評価導入よって次の点につなげたいとしている。

<人事評価のねらい>
  1. 教職員の意識改革・人材育成・能力開発
  2. 教職員の自己啓発・自己改革の効果的支援
  3. 教職員の適材適所の人事配置・給与への処遇

2 人事評価は人材育成ができるのか

 現代の学校教育における困難な状況は、生徒にかかわる問題行動を、家庭や地域を含めた社会問題ととらえる以前にもっぱら学校教育における問題にすりかえ、教育条件整備に目を向けず、教員のあり方を批判することで解決が図られるとするところにある。また、これからの学校づくりをすすめる中でもクラス定員、教職員定数、自主研修をはじめとする制度上の問題を棚上げにしたままの「人事評価」導入によって学校の活性化や人材育成がはかられるのであろうか。基本的な疑問点を指摘しておく。
  1. 能力開発型の人事評価を標榜するが、現実には、県が「指導力不足教員への対応について」なる通知を出したほかは、各教職員が主体的に能力開発を行えるための研修の機会・環境について方向性が示されていない。
  2. 適材適所の名の下で実際に行われるのは、点数、序列を賃金に反映させる教職員の賃金差別化、階層化である。これは教職員間に序列意識を生むだけで、相互に連携・協力する体制の確立とは遠いものである。
  3. 人件費の総枠は決まっているので、現在の教職員が全員優秀な評価を得てしまうと給与が払えなくなってしまう。よって評価結果を給与へ反映する仕組みを維持するには、上位評価者と同じ数だけ下位評価者をつくらなくてはならず、結局割合があらかじめ決まっている「相対評価」にならざるを得ない。つまり欠点がなくても誰かが「割を食う」ことになる。

3 「あり方」における人事評価とは

 評価の具体的な方法について検証を続ける。「あり方」における評価の骨格となるのが以下のものである。

<評価の対象>
  1. 職務上発揮された「能力」
  2. 仕事への取組姿勢としての「意欲」、
  3. 仕事の成果である「実績」
<評価の方法>
 目標管理手法
目標の設定(被評価者が設定)← 達成度を評価(評価者=管理職)
数値的評価・記述的評価
○目標管理手法とは
 今回の人事評価に新たに利用されようとしているのが「目標管理手法」である。同じ教育職で導入されている東京都を例に取ると大きな流れは以下の通りである。

  1. 被評価者(つまり私たち)が年度当初、以下の各項目について自己申告書へ目標、課題を設定し記入する。この際、管理職と面談を行い設定が適当なものであるか相談をする。
    1. 学校経営方針に対する取組目標
    2. 昨年度の成果と課題
    3. 担当職務の目標と成果(次のア〜エについて)
      (ア)「学習指導」 (イ)「生活指導・進路指導」 (ウ)「学校運営」 (エ)「特別活動・その他」
  2. 年度末に上記の各項目について「能力」「情意」「実績」(神奈川では「情意」が「意欲」)の面から目標への達成度が評価される。その評価は客観性を高めるためにS(特に優れている)A・B・C・D(劣る)の5段階の数値的評価で行われている。

4 人事評価制度の疑問点

 以上が教職員における人事評価の大略である。都の「人事考課」、県の「新しい人評価システム」の現状から私たちに導入されようとしている人事評価制度の疑問点を探る。

1)評価された数値(段階評価)は信頼できるか
 次の表は、都の「人事考課」における5段階の評価内容である。都では教職員の職務における目標への達成度がこの評価基準によって5段階に分けられる。


S 特に優れている A 優れている B 普 通 C やや劣る D 劣 る




当該要素について、優れているもののうち、特にそれが顕著な水準である。 当該要素に優れており、職務を円滑に遂行することのできる水準である。 当該要素について、期待し、要求した水準をほぼ充たし、職務を遂行できる水準である。 当該要素についてやや劣る部分や問題点があり、職務遂行に時には支障をきたすことがある水準である。 当該要素について劣る部分や、問題点が顕著であり、職務遂行に頻繁に支障をきたすことがある水準である。
 各段階の違いは、表現の言い換え、語句の付け足しなどでを表しているに過ぎず、感覚的・抽象的で各段階ごとの違いが明確でない。このような感覚的・抽象的基準で現実の教職員の活動を5段階に評価したところで、客観的な評価は可能なのであろうか。

(1) こんなことが段階評価される

  着眼点 着眼点の例

意義や背景の理解、児童・生徒理解、応対・折衝力、校務処理、企画力、学級経営案作成
  • 分掌・学年・学級等の年間計画を作成し、適切な進行管理を行っているか。
  • 分掌した校務の遂行に際し、管理職や同僚と連絡をとり、適切な企画・計画に努め、正確且つ積極的に校務を処理しているか。
  • 学校教育目標や生徒の実態を踏まえた学級経営案を作成し、学級経営に具現化しているか。

経営参加意欲、責任感、協調性、情報収集、家庭との連携、研修意欲、公平な姿勢・態度
  • 学校経営上の課題に対し、建設的な改善策を提案するなど、学校運営に積極的に参加しているか。
  • 担任間で経営上の課題を共有し、相互理解に努めるとともに、「開かれた学校づくり」のため、保護者、地域住民等と連携・協力に努めているか。
  • 学校経営上の課題の解決を図ろうとするとともに、課題解決のために研究・研修に努め、実践に生かそうとしているか。

学級経営案の実施・評価、教室環境の確保、渉外、広報の成果、分掌の成果、教育目標の達成
  • 学校経営方針に沿って、分掌した校務や学級経営上の課題についての改善策を示すなど、学校運営の改善を進めたか。
  • 広報活動や保護者会等を通じ、家庭や地域の理解や協力を得ることができたか。
  • 危機管理に際して、関係機関との連携を図り、生徒管理、教育課程の管理、施設設備の管理等を適切に行うことができたか。
 評価項目の一つ「学校経営」の例である。「着眼点の例」には、学校運営への参加度、保護者・地域との協力度、学校運営の改善度などが挙げられているが何を基準にしてどのように数値化するのか首を傾げるものばかりである。学級経営にしても受け持った生徒にはそれぞれの家庭環境や自分の個性があり、実態は、クラスや学年によりさまざまである。一つの目標に対して努力しても実らなかった生徒もあろうし、生徒に働きかけても数字に結びつかなかった教員もあろう。「目標管理手法」では、そのような場合は「情意・意欲」の面からも評価するというが、そもそも「情意・意欲」を5段階で分けること自体に評価者の主観の入り込む余地が生まれるのではないだろうか。

(2) 数値ではかれるものとは
 「着眼点の例」ではこの疑問に対して「改善策を示す・提案する」「計画」の「作成」などにより「情意・意欲」がはかれるかのようにしているが、書類や発言の数に頼るほどますます教員の仕事が形式だけで判断されることにつながる。数値化は評価の際ばかりでなく4月の「自己申告書」提出時の目標の記述にも利用される。目標達成のための「具体的手立て」「可能な限り数量化を図」ること、「期限を明示する」ことが求められるのである。私たちの仕事で数値化できるものとは、生徒に関してはクラスの遅刻欠席数、テストの平均点、検定の合格者数、特別指導の発生数、教員に関しては、会議での発言数、会議の開催数、公開授業の数、校内校外巡回の数などいずれにしても仕事を表面的にとらえるものばかりである。遅刻の数を減らせたり、会議で発言できる教師ばかりがそのまま立派な教師なのだろうか。表面的な数字を最優先する学校では生徒の成長を数字ではかることしかできない教育がなされるであろう。生徒を伸ばすという教員の仕事を無理に数値化しようとする矛盾が現れている部分である。

(3) 損をしないために
 一般的に私たちの仕事とされているものには教科指導、分掌から部活動指導、校外指導など、中には県ですら職務と明言できないものまでさまざまである。人事評価とは当然、職務にかかる個人の評価である以上その評価の対象とされる職務を明確にすることが大前提である。分掌などは個人の所属が明確なので、仕事の割り振りも単純であるが、対生徒となると受け持ちの生徒ばかりではなく、他の部活の生徒の対応、問題行動など突発的な事柄の場合に、その場に居合わせたものが対応を迫られる場合もある。
 私たちはこれらの数々の場面で「能力」「意欲」「実績」を問われのだが、評価結果が人事、給与に反映される制度では、評価を気にするあまり、多くに関わらない方がよいとする傾向が強まることを危惧する。8年前「社員のやる気を引き出し、競争力を強化する」とうたって成果主義に基づく賃金・人事制度を先駆的に導入した富士通は、今年3月になり成果主義賃金見直しを発表した。その理由は、新聞報道によると、失敗を恐れるあまり長期間にわたる高い目標に挑戦しない・自分の目標達成で手いっぱいになり、問題がおきても他人におしつけようとする社員が増えたからというものであった。

(4) 民間では疑問の声も
 「あり方」では「評価結果に対する不服、苦情に対応するシステムについても、慎重に検討していく必要がある」とするが、県行政職では本人への開示は一部の情報にとどまっている。日本労働研究機構(以下「JIL」)が97年に行った人事評価システムに関するアンケート調査(24社の中間管理職・部課長2.178人を対象)によると評価結果を原則として本人に知らせているのは約54%で、評価結果を本人に知らせない理由として最も多かったのは、評価基準の曖昧さなど評価技術上の問題が明らかになるおそれがあること(38%)という結果が出ている。

2)評価者と私たちの関係
(1) 評価者の意向が反映される
 人事評価では、評価者が高い評価をつけた「能力」「情意・意欲」「実績」のあり方が、教員に求められる「能力」等の具体例となる。評価者の個人的な経験に基づく主観的評価を防ぐためには、評価者に教育全般に関わる幅広い見識、評価能力が必要とされる。しかし、 現行の勤務評定おいて、特定の運動部部活動の顧問には評価の言動を厚くしたり、分掌・係の代表者をその「代表者」という役割一つをもって高く評価する管理職など、評価者として資質を疑わざるを得ない者がいる事実からすると、評価自体の信憑性が疑われる。私たちからの管理職評価の導入も検討の対象としたい点である。
 今まで私たちは、民主的な職場運営を追求する中で、職務の多くの場面において個人の恣意的判断が入る余地をを出来る限り狭め、客観的で透明性のある校内組織を確立してきた。個々人が主体的に職務に参加し、建設的な意見を臆することなく述べられるのは管理職以外が同一職であるという職階の均質性によることがある。つまり、反対意見を述べたとしても、賃金・昇進には影響しないという安心感があるからこそ、自由闊達な意見交換ができるのである。建設的な意見が常に、管理職・主任等の評価者と一致するとは限らない。自分が反論しようとする相手が自分の給与・昇進にかかわる権限を持つとするとどのような心理が働くか。評価者の顔色をうかがい、その意におもねる教員が出てきても不思議ではあるまい。

(2) 公平・公正性・客観性は保てるか
 評価者はどこまで客観的な評価を下すことが出来るか。先の「JIL」のアンケート調査では「管理職の約7割が評価制度に問題を感じており、その理由として、制度の運用が統一されていないために部門間で不公平が生じていること(56%)や評価基準があいまいなために部下に対して評価結果を明確に説明できないこと(45%)をあげている。」「同じ部下を評価する場合でも、評価者が変われば5段階評価で2ランク以上の差がつくとする管理職が35.5%いる。評価は変わらないと答えた管理職は、わずか4.2%にとどまった。」という指摘がある。制度の問題点の是正・評価の公正の確保は数値的評価がなじみやすいとされる民間企業においても難しいことがうかがえる。

(3) 第2の評価者、主任の位置づけ
 評価結果の数値化によって、私たちの業績は段階として順位づけられる。順位付けに続くのが、給与・処遇などの制度における順位の反映であろう。
 都では、業績評価にあたり、「管理職だけでカバーしきれない部分において主任の意見が参考にな」るとして、「管理職が組織として主任から意見を得られる状況作りや、学校における主任の位置づけ」が一層望まれ、「業績評価の面からも主任の職層化等、主任の職責の明確を早急に確立する必要がある」を説いている。職階が均質化されている中では、評価を人事に反映するためには新たなポストが必要となる。神奈川でも危惧されるのが主任の位置づけである。職員の階層化による新たな管理制度ともとらえられる。そしてこの主任とは評価の公正性、客観性が疑われる「人事評価」における高得点者、つまり管理職のお気に入りがなるのである。学校の独自性は管理職が作っていくのだろうか。

終わりに
 今回の人事評価制度は、管理職による評価が直接に数値・給与となって職務・生活へ影響をあたえるものである。適正に制度が運用されていくためには、上記の疑問の解決のみならず、不断のシステムに対する検証が必要である。県は、東京都や県行政職職の現状から導き出された矛盾点をどのように受け止め、どこまで明らかにできるであろうか。待ったは許されない。