高総検レポート No 71

2004年12月10日発行

何のためのシラバスか?

 1 シラバスとは何か。
現在、シラバスという言葉は、「各学校の教育活動に関する詳細な計画書」という意味で用いられることが多く、「教科・科目をはじめとする様々な教育活動について、目標と内容、使用教材、指導計画、指導方法、評価方法等が記載される」場合が多い。

シラバスの語源…ギリシャ語のsittuba、「羊皮紙製の書籍のラベル」、または「標題紙」という意味の言葉。和訳する場合は「教授(講義)要目」。

シラバスの作成については、各高校で、生徒への1年間の授業展開の説明として、少しずつ定着しつつあった。また大学では後に示すようにほぼ100%実施されるようになってきている。シラバスは生徒の授業理解を促す資料として否定すべきものではないが、作成のきっかけが「管理職の一言」だったり、その内容が教科書会社等の提供する見本の丸写しだったりする現状は、必ずしも肯定できない。

シラバスについて、総合教育センターのホームページにはこう書かれている。

また、神高教と県教委の間でも以下のよう確認がなされている。

しかし、2004年3月22日の高校教育課長通知「生徒による授業評価の試行について」
の中で、シラバスの作成が当該試行校に義務づけられた。また、その他の高校も、教務担当者への説明会等を通じて、県教委モデルなどを所定の書式だとするシラバス作成の強制が始まっている。
試行実施の方法として

画一的シラバスの作成とそれに基づく「生徒による授業評価」は、教育現場の多忙化をさらにすすめることになるばかりか、「主体的な学びを促す授業改善」にも「開かれた学校づくり」にも全く逆行するものになる。
そこで、大学におけるシラバスの実体とそれに関する研究をもとに、高校のシラバスについて考えたい。

 2 大学におけるシラバス
@ 現状
 現状
 日本の大学においてシラバスは1990年代に急速に普及し、その結果、2002年現在、全国で669大学(全大学の約97%)においてシラバスが作成されている。統計データを見る限り、シラバスは日本の大学にすっかり定着しているように思えるが、実体は全く異なっているようだ。日本の大学では、教員も学生も多くが、シラバスの役割を適切に理解していないし、その結果として、シラバスを効果的に活用出来ないようだ。
 この状況は、1991年に大学設置基準の一部改正を契機として始められた「大学改革」以降顕著になった。

 大学設置基準の大綱化を受けて、
 (1) 必修・選択の見直し等のカリキュラム改革、
 (2) 学校自己点検評価の導入、
 (3) シラバスの作成等の授業内容・方法の改善、
 (4) 大学教員の資質・教授能力の向上、
 (5) AO入試の導入等の入試制度の改革  等が行われた。

その背景には、
 少子化の流れを受け、大学全入時代を間近に控え、大学が顧客のニーズを考慮せざるを得なくなった事情がある。
 高校教育を取り巻く状況や、各県教育委員会の学校評価・人事評価・生徒による授業評価・シラバスの作成・観点別評価規準等の動きと酷似している。

A シラバスに対する誤解…「電話帳」?
 シラバスに対する日本の大学関係者の誤解を端的に示すにが、悪名高い「電話帳」という言葉である。その電話帳のようなシラバスは、次のように皮肉られている。
 「…1990年代半ばから、ニホン国全域で大学の一般教育科目の講義要綱(どういうわけか『シラバス』と呼ばれた)の類が軒並み肥大化するという奇妙な現象が生じた。学生数の多い大学では、それはゆうに600ページを超え、もち運びに支障をきたしたばかりではなく、必要な情報を引き出すためにも、どこをどう読んだらよいのかわからないという事態を引き起こした。…問題は、その不合理なまでの厚さにあった。これら『シラバス』はその分厚さのゆえに『デンワチョウ』と呼ばれるようになった。しかも、中身の『授業内容』の項目などは、判で押したように毎回の授業のテーマが個条書きになっているという不気味な共振現象も同時に存在した。原因はどうやら、誰かが、北アメリカ地域の大学で当時『シラバス』(syllabus)と呼ばれていた、コースの初めに教員が受講者だけに配布する詳細な文書と、『bulletin』(大学要覧)とか『course description』と呼ばれる、その年度に大学で開講されるすべての授業の内容を簡潔にまとめた冊子とを取り違えたことによるものらしい。」−池田輝政ほか「コラム SF『電話帳の謎』」『成長するティップス先生―授業デザインの ための秘訣集』(玉川大学出版部2001年)から−

 日本の多くの大学では、シラバスと大学要覧という性格・役割の異なる二つのものを一つで済ませようとしたため、シラバスはどちらの役割も中途半端にしか果たせずにいる。
 つまり、学生の科目選択を決定するためには詳しすぎるし、不便であり、一方で、本来のシラバスの機能を果たすには、量的に不足である。製本するための制約から、1ページ程度の割り当てで、十分な情報は書き込み切れない。

B シラバスの本質とは
 シラバスとは、受講生が授業科目の単位を取得するために必要な情報をまとめた“学習の手引”であり、3つの役割があると考えられる。

  1. 事務連絡文書…研究室の所在、レポート提出期限・提出場所など
  2. 契約書…教員と学生の双方を拘束する契約書としての役割。教員はシラバスに書かれたように授業を進め、学生を指導し、評価を行なう責任を負う。一方、その科目の学生は、シラバスの指示に従って授業時間内外の学習を進め、教員から指導と評価を受ける責任を負う。
  3. 学習手引書…各回の授業のテーマや扱う文献、課題などが記され、授業全体の構成が示される。学生はそれをもとに主体的に授業内外の学習を進める。 そして、その役割を果たすために、シラバスの配布は、初回の授業で受講生に配布されるもべきで、全開講科目のシラバスを集めて冊子として、全学生に配布する必要なない。 今の大学のシラバスは、冊子化の都合上、その作成から授業実施までの期間に起こる状況の変化を見越して、ある程度曖昧な書き方をする等の対応をせざるをえない。これが、シラバスと実際の授業との乖離を招くことになる。

 受講科目を選択するために資料は、前に記した「大学要覧」や「授業科目概要」で、これは各科目の概要が短い文章で記述たものであり、受講すべき授業科目を選択するための情報としては、これで十分なはずである。
高校でも、選択科目説明会(1年次あるいは2年次の秋頃に設定されてる)で、作っている各選択科目の簡単な説明文書と説明会の説明で選択科目を決めているのが現状では。

C シラバスの公開
 アメリカでは、大学要覧等を公開し、その大学がどのような授業科目を開講しているか社会一般に示しているそうだ。日本では大学要覧等とシラバスとが混同されており、いきなりシラバスの公開という状況が目立つ。公開を強制された教員は、実態を必ずしも反映していない公開用のシラバスを提出することで対応することになる。公開の強制は乖離を一層拡大し、結局「シラバス」の形骸化を招く。
まさに、高校でもこうなりそうである。さらに、高校では、学習指導要領への準拠という条件?、「教科書を教える。」といった方向性の中で、形骸化・硬直化がますますひどくなりそうだ…また、そのシラバスに沿っているかが、管理職の授業観察の中心目的だったりすると、ますます本来のシラバスの目的とかけ離れてくる。

 一般的にシラバスと呼ばれてきたものを、その役割に従って次の2つに分けることが必要性があると思う。
「Course Description(授業概要)」←公開
役割
(1)学生が科目選択する際に参考になる情報を提供する。
(2)社会に対する大学の説明責任を果たすための情報を提供する。

「Syllabus(シラバス)」←授業で配布・学内で活用
役割
(1)学生がその科目の学習を進める際のガイドになる。
(2)大学教員の資質・教授能力の向上のために、その科目を検討したり、他の科目との連携を図ったりするための資料となる。

D シラバスの活用・大学教育の質向上
 1998年の大学審議会答申の中に、次のような認識が記されている。
 今後、高等教育の普及が一層進むことを踏まえると、卒業時における質の確保を重視したシステムへの転換が必要である。このために「課題探求能力の育成」を重視するとともに、専門的素養のある人材として活躍できる基礎的能力等を培うことを基本として、教育内容の再検討を行い、あわせて教員の意識改革、責任ある授業運営と厳格な成績評価の実施などを推進するための具体的仕組みを整備する必要がある。
 …例えばシラバスに明記する等の方法により学生が事前に行う準備学習や事後の復習、 レポートの提出などについても十分な指示を与えることが教員の務めであることを十分 に認識し、自覚して授業の設計を行うことが必要である。
「授業改善・学生の質の確保のためには、教員の意識改革・教員の質?の向上がもっとも重要。」と言っているようである。

E こんな分析もある。教育を生産工程に当てはめて…
シラバスで商品(教育・生徒・学生)の品質管理??

教育財生産工程のメカニズム アセンブリーライン…最終組立てライン
−教員と学生の契約的関係(アセンブリーライン現場での就業原則)
*教員(アセンブリーライン担当者)はカリキュラム(製品仕様書)に沿ってある水準の学 力・知力・人間力(製品性能)をもった学生(製品)を世に送り出す(市場に出荷する)責任 (製造物責任)がある。
−品質保証のための仕組み
・入学試験→原材料の品質検査
・シラバス→アセンブリーライン各工程での作業進捗度チェック表
・期末試験→アセンブリーライン各工程での定期的品質検査
・授業評価→仕掛品によるアセンブリーライン担当者に対する技能評価
*三位一体セット(シラバス+試験+授業評価)を学期毎に繰り返して、4年間を掛け て完成品にいたる。
*この三位一体セットは学生と教員の間の一種の契約関係を構造化したものである。
*この三位一体セットに盛られた契約内容を毎学期履行し、4年間続けることによって 学生と教員の契約関係は完了する。
*大切なことは、この(シラバス+試験+授業評価)の三位一体が当該学期に十分機能し たか否、を教員と学生が話し合う機会を設けることである。
『自己点検評価の構造と活動−認証評価にどう臨むか』国際基督教大学 鈴木 典比古

3 高校におけるシラバス
神奈川県総合教育センターホームページにはこんなことが書かれている。

@ シラバスの意味と意義    便宜的にa〜cの3つ分けた
a 主体的な学びを促す
  学習者にとって、履修科目を選択する際の重要な資料であるとともに、「学びのナビゲーター」として、学習者を主体的な学びに導くものでもある。
a 学習意欲を高める
  学習者が計画的かつ主体的に学んでいくための重要な情報であり、学習意欲の向上に役立つ。
a わかりやすい説明に役立つ
  教育目標を明示することで、各学校の「生きる力」の育成に向けた取組を、総合的に、分かりやすく説明することができる。
b 開かれた学校づくりに役立つシラバス
  教員相互の授業内容の調整、さらには家庭や地域社会への情報提示方法の一つとして、開かれた学校づくりに活用することができる。
b 学校への理解と信頼につながる
  教育内容を公開することは、生徒・保護者や地域社会からの、理解と信頼を得ることにつながる。
b 積極的な情報提供になる
  「高等学校設置基準」の一部改正(2002年4月1日施行)により、各高校には、自己点検・自己評価結果の公表に努めることや、積極的な情報提供を行うことが求められ  ている。シラバスを公開することは、各高校にとって、有効な情報提供の一つとなる。c 学校改善に生かす指標となる
  各高校が計画的に教育活動を推進するための一つの指標である。シラバスを評価し、改善することは、学校改善の手がかりとなる。
c 授業改善の目安になる
  教員にとっては、自らの授業方法や学習評価方法を改善するための重要な判断材料の一つであり、教育活動の質的向上を図る手がかりとなる。

それと、 
 学校の説明責任
 シラバスの中に教育目標や教育内容を明示し、それを公開することは、生徒・保護者に対する説明責任を果たす上で、重要なことです。

A 活用の仕方(例示)
・新入生に配布し、高校での学習の全体像を示す。
・履修科目の選択時期に合わせて配布し、各科目の授業内容に関する資料とする。
・進路指導の内容と合わせ、教育課程の説明や進路学習の際の資料とする。
・各教科・科目の学習内容の紹介に特化した冊子とする。          等

B 年間プランの例
2月 ・シラバス完成・シラバス評価(生徒・保護者の評価)
   ・教育課程評価(全体の構成や授業内容等についての生徒評価、自己評価)
3月 ・シラバス評価に基づく改善の方向性の明確化
   ・教育課程の評価に基づく改善の方向性の明確化・合格者説明会
4月 ・シラバスの配布・シラバス改善・入学式
5月 ・シラバス改善・次年度入学生の教育課程及び在籍生教育課程の微調整  
6月 ・シラバス改善・教科書選定・次年度入学生の教育課程及び在籍生教育課程の決定
7月 ・次年度入学生用シラバスの作成手順(日程、体裁等)の決定
9月 ・シラバス原稿作成→11月
1月 ・シラバス校正

4 何のためのシラバスか?

以上に見られるように「シラバス万能主義」というか、「シラバスこそが特効薬」といった内容が踊る。また、大学で見たれた、シラバスと学校要覧・授業概要の混同がより色濃く現れている。
 「主体的な学びを促す」・「学習意欲を高める」といった本来のシラバスが果たすべき役割と、大学改革でも「改革に資する役割」として求められていた「学校改善に生かす指標となる」・「授業改善の目安になる」。さらには本来、学校要覧等に期待すべき「 開かれた学校づくりに役立つ」・「積極的な情報提供になる」をといった内容まで、まさにてんこ盛り状態である。
さらに、学習指導要領やその解説を参考にして、書式は自由で良いとしながら、「学校の説明責任」を強調し、活用例として「新入生配布」・「選択時配布」・「冊子化」等を示し、目的が定まらない。
 シラバスの年間スケジュールを見ても、内容を曖昧なものにするか、教科書会社等の提供する見本を丸写しするか、になってしまう。作成が9月〜11月では、誰がその教科・科目を担当するかも決まっておらず、これではシラバスと実際の授業との乖離を招くだけである。
 教科・科目の内容は、学習指導要領に沿って、その学校の学習到達目標にそって決めるものであるとしても、シラバスは「その担当者の生徒との約束」であり、「指導の手引き・授業の進め方」である以上、担当者あるいは担当者グループが直接書く必要がある。
 現在のシラバスの強制的導入は、本来の「授業改革」「教育の質の向上」「生徒の主体的学びのシステム」とは全く逆の動きである。学習指導要領に沿い、教科書に準拠した、そして教育委員会等の示すフォーマットにのっとた統一的なシラバスの作成とその公開。これは、「教育内容の統制」・「教育における成果主義の強制」につながるる。
 さらに、統一テスト・人事評価と「生徒による授業評価」が連動する可能性など見ると、今こそ、何のためのシラバスかをしっかり考える必要がある。
この多忙化状況で、「シラバスなんか真剣に考えて時間をかけるのは無駄だ。それよりは、インターネットからすぐにダウンロード出来る見本をそのまま貼り付けて作成をしておく。授業は今まで通り、生徒の状況・理解度にあわせて、きちんと丁寧にやる。それでいいんだ。」という声をよく聞く。本当にそれでいいんだろうか。シラバスとかけ離れた授業展開は、かえって教育内容の統制強化へのきっかけを与えることにならないだろうか。

5 形骸化ではなく、生徒にとって意味あるシラバスで、学習指導要領を越えよう。

−神奈川県総合教育センターのシラバス見本と○○高校のシラバスをもとに考える。−
教育センターのシラバス見本には以下の事項が2ページ立てで記載されている。
 1ページ目…科目名・単位数・学年・使用(副)教材・(学習系統科目)・学習目標・学習方法・学習評価・ 学習サポート
 2ページ目…年間学習計画(学習内容・学習のねらい・学習活動・評価方法を記入)
 他の県の案もほぼ同様なものが多いが、1ページ立て(内容が多くて2〜3ページになる場合もあるが)や、学習計画(年間計画)に使用教科書の項目を記入している例もある。
こんな風にしてみたら・・・
1ページ目 …教科・科目毎に共通に記入・各学校ホームページ公開
大学のCourse Description(授業概要)的な部分をイメージ

※上記の「神奈川県総合教育センターのシラバス見本と○○高校のシラバスをもとに考える」の図(pdfファイル)







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