1 習熟度別指導の「強制」
昨年度、県教委は、05年度加配措置について、小集団加配(英語・数学)の一部を「習熟度別授業加配」(教科限定なし)に移行させるとし、04年10月22日締切りの、教職員需給調査票に付した「平成17年度法による加配の要望書」に「習熟度別学習担当教員加配(全日制普通科・専門学科)」の欄を設けて「H17年度の要望数」を書き込ませた。神高教の追求に対して、県教委は、@現在行われている生徒の希望によるものなど習熟度別の内容は弾力的に対応する、A習熟度別授業を強制するものではない、としていた。
しかし、04年10月29日に県教委が発表した05年度募集計画では、約2,000人のカラ枠がある私学枠を600人削減して16,100人としたものの、計画進学率を昨年度に引き続き引き下げて93.5%としたために、全日制では67学級の減となった。その結果、17学級以下の「標準」(生徒数720人から960人『県立高校改革推進計画』)に満たない学校を31校生み出し、4校が昨年度来17学級以下となっている(専門高校等従前からの小規模校を除く)。その中には、後期再編対象校が8校含まれる。学級減はすなわち教員配当数の減を意味する。この状況下で、加配数の増ではなく小集団加配からの移行をおこなうということは、習熟度別指導の「強制」に他ならない。
本レポート記載現在、分代情報等で06年度加配措置の詳細は公開されてないが、05年度と同様となることが予想される。
06年度募集計画については、公私立高等学校協議会が、私学協会が公立定員数決定の差し止めを求めて県教委を横浜地裁に提訴するという騒動に端を発して県知事の仲介で設置されたが、私学カラ枠(05年度2,571人)の解消には何ら機能せず、県教委は、計画進学率・私学枠を明示しないまま、06年度公立高全日制入学定員計画を38,000人(40人標準950クラス)と策定した。これは、「平成17年度公立定員入学実績を基礎とし、そこから公立中学校卒業予定者の減少分の一定割合を引く。そこに定時制二次不合格者等の対応分を加えたうえで、さらに、公私が努力して進学実績を上げていくための『公私協調』の考え方を含ませる。」(05/9/5協議会)という提案をそのまま反映したものだが、公立高開門率低下のために実績進学率が90.0%(小数点第二位での四捨五入では80%台)と全国でも下位に落ち込んだ中での、県内公立中学校卒業者の県内公立高進学者数38、257人を基準としたものである(県内公立中学校以外卒業者の県内公立高進学者数431人は策定外)。
06年度募集計画は05年度と比して、1,320人(33クラス)の減となる。さらに移行期に入る後期再編対象校では、1,040人(26クラス、募集停止を含む)の減となる。教員配当数の減に直結して、習熟度別指導がさらに「強制」されることとなる。
高総検は、「各校の多様なとりくみに対応できる加配のあり方を追求する」という神高教方針の一助として、習熟度別指導の実態調査を05年4月に行った。以下、その集計と分析結果及びこれまでの国や県の教育行政の施策から習熟度別指導の問題点を検証する。
2 習熟度別指導に関する実態調査の結果
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3 学力問題論争と習熟度別指導
矛盾だらけの文科省施策----「ゆとり教育」と学習指導要領の矛盾
「ゆとり教育」論に対する批判や「学力低下」に対する議論を受けて、文科省は、新学習指導要領について解説した教員用のパンフレットにおいて、「学習指導要領は、全国どこの学校でも、必ず児童生徒に指導する必要のある最低基準である」ことを強調する姿勢を示している。そして、学習指導要領の内容の理解が十分でない児童生徒に対しては「補充的な学習」を行い、他方、十分に理解している児童生徒に対しては個別指導や習熟度別のグループ指導などを通じて、その理解をより深める「発展的な学習」を行うことが必要であるとしている。学習指導要領はあくまで最低基準(ミニマム・エッセンス)であり、能力と関心のある児童・生徒には、これに限定されず発展的な学習で力を伸ばすことができるという解釈を行い「ゆとり教育」の批判をかわそうとしている。
しかし、発展学習の内容や程度については学習指導要領そのものには明記されていない。「ゆとり教育」批判を学校や教職員に押しつける方式は、無責任であり教育現場に混乱をもたらすことは言うまでもない。
過去の文科省(文部省)施策----学習指導要領の変遷からみた習熟度別指導
(1)時代背景は異なるにせよ、これまでにも「学力低下」論を受けて「能力別指導」や(表現を変えての)習熟度別指導は行われてきた。以下、大きな流れを概観しながら問題点をみていくことにする。
1947年 | 学習指導要領(試案) |
1949年 | 学習指導要領(試案)の改訂 「生活単元学習」(「問題解決学習」)と呼ばれる現在では失われている教育方法が選択されていた。(「総合的な学習の時間」のルーツと考えられるか?) |
1950年代 | 当時行われた学力調査が学力の低下を示すものが多かったために、生活単元学習は「基礎学力の低下をまねいた」として厳しい批判を受けた。結果、「能力別指導」が広範に行われることとなる。 |
1958年 | 学習指導要領を全面改訂する。正式に官報に告示される。また戦後、米国から導入された新教育の隆盛により児童生徒の学力が低下したという批判から、特に理科や数学で生活単元学習を廃止し、系統的学習を取り入れた。 |
ここでは、生活単元学習と系統学習の関係を述べる余裕はないが、現在の「総合的な学習の時間」と「学力低下論争」の関係をすでに見ることができるといえる。
1968年 | 教育課程審議会答申「生徒の能力に応じた適切な指導を行うため、一般生徒とともに学習が困難な生徒の指導について、教育課程の編成に特例を認める」。 |
1969年 | 中学校学習指導要領「学業不振のため通常の教育課程による学習の困難な生徒 について、各教科の趣旨を損なわない範囲内で・・・内容の一部を欠くことができる。」 |
1977年 | 学習指導要領の一部改正 上記の文章が削除された。 |
1978年 | 高等学校学習指導要領(告示) 高校に「習熟度別学級編成」を導入。「生徒の学習内容の習熟の程度などに応じて弾力的な学習編成を工夫するなど、適切な配慮をする」。翌年(1979)と合わせ、全国の文部省学習習熟度別指導研究指定校で習熟度別学習についての研究報告がある。 |
1982年 | 移行措置を経て上記の高等学校学習指導要領が全面実施される。 |
(2)当時、学力低下批判の端緒となった1950年代の学力調査の結果を受けて、1960年代以降は「能力別学習」が広範に行われることとなったが、これはいわゆる差別学習と誤解されるおそれが多分にあるとの考えから文部省では「能力別指導」にかわる考え方(表現)を検討していたようである。その後、当時(1978年当時)の文部省高校教育課長は教育委員会等行政向けの資料で「当時、私は文部省の高校教育課長の職にあり、学習指導要領改訂の責任者だった。中教審答申を取り入れるにあたって、できるだけ反発を少なくするため、『能力別』という言葉を避け、『習熟度別』というソフトな言葉を用いた。」と述べている。(教育開発情報センター「教職研修資料」菱村幸彦)
このことからも分かるとおり、当時文部省は「習熟度別指導」と「能力別指導」の区別に懸命であった。特に、高等学校では1982年の高等学校学習指導要領が全面実施されるのを前に、1978・79年に全国の43校が文部省学習習熟度別指導研究指定校に指定され、習熟度別指導についての研究がされた。その研究内容は先の分会アンケートの結果から浮かび上がった課題を既にほぼ含んでいるといえる。この結果についは後に掲載する資料で確認されたい。
ところで、最近の特徴的な側面としては、学習指導要領そのものには「習熟度別学級編成」について明記されていない義務制の学校でむしろ進んだ(?)実践例が多いことがあげられる。
(3)さて、話を少し戻すとことにする。広島県教育委員会は、「授業改造への模索(試案)」の中で過去の能力別学級編成について強く反省し、次のように述べている。
本県においては、昭和40年の初めごろまで中学校の一部と、高等学校の多くで、能力別学級による学習を実施してきたが、これには、次のような問題がある。
習熟度別学習の動機が、以上の点にあるとすれば、その方法は、いわゆる「学力遅進の生徒」をなくすための学習指導法の改善として、学校経営の全体にかかわる体系として、多面的にアプローチすることが必要となります。能力別学習が、このような体系としてとられなかったのは、その動機が、進学対策といった学校経営の一部門と、とられていたからであると思われます。
習熟度別学習はまた、従来の能力観や学力観の変革を迫るものでもあります。学習指導要領が、「能力別」という言葉をさけて、「習熟の程度」という言葉を用いたのは、いわゆる能力を固定したものとはとらえず、生徒の努力次第で向上する余地のある、流動的な知識や技能の習得、理解、熟練の程度とする視点からです。』(下線は筆者の加筆)
(1981年「習熟度学習の手引き」福島県教育センター による)
文部省が「習熟度別学習」を「能力別学習」からのすり替えのための方策として利用しようとしたことは明らかである。そして、各県教委がこの区別に躍起になったが、実態は能力別クラス編制であったといえる。これは「学力」の捉え方に変化がなかったことが大きな理由であり、現在とは状況が異なるといえる。
しかし、習熟度別指導は「学力遅進の生徒」をなくすための学習指導法の改善であり、受験競争の過熱・エリート教育という従来の反省の上に立って考えるべきであるならば、「学習指導要領はあくまでミニマム・エッセンスであり、能力と関心のある児童・生徒には、これに限定されず発展的な学習で力を伸ばすことができる」という文科省の新たな解釈に基づいて行われる現代版習熟度別指導が、下位(基礎)クラスの生徒を切り捨てることにならないようにしなくてはならない。
4 行き当たりばったりの教育施策のひとつ
新学力観と旧学力観を無視した施策
03年6月 松沢知事は県議会本会議において「学力低下」に関する質問に対する回答の中で「県立高校の学力調査」の実施についてふれた。これを受け、県教は04年8月2日「県立高等学校における『確かな学力の育成』のための取組について」を記者発表し、「生徒による授業評価」の05年度本格実施と「県立高等学校学習状況調査」の04年度実施(11月実施)を決定するとし、実施した。
「生徒による授業評価」は「観点別評価規準」と一体化したシラバスに照らして行われることになり、県教委は「授業の質の向上に生かす取組み」と述べている。
「県立高等学校学習状況調査」は、高等学校学習指導要領(99年告示)の目標、内容に照らした学習の達成状況を把握するためとしている。
「ゆとり教育」への批判は旧学力観に基づいた「学力不足」を批判したものである。県議会での「学力低下」に関する質問は明らかに「学力」を旧来の「知識・理解」のみの観点からのみ捉えているのである。ところが07年度からの「学習テスト復活」をもくろむ文科省同様、県教委は明らかに「ゆとり教育」「総合的な学習の時間」「観点別評価」(生徒による授業評価)といったいわゆる新しい学力観に対して、旧学力観的な「学習状況調査」や「習熟度」で対応しようとしている。学習状況調査はどのように問題を工夫しても所詮はペーパーテストである。そこからは到底「興味・関心」や「意欲・態度」を十分に捉えることができるとは言えない。「観点別評価」を求めてきている県教委自らが旧学力観的な物差しで学力を捉えているのである。
能力別は×? 習熟度はOK? 「評価」は?
小集団加配(英語・数学)の一部を「習熟度別授業加配」(教科限定なし)に移行させるとした05年度の加配措置により、現場ではどのような問題が起きているのか。教員配当数を求めた、形だけの習熟度編成となっていないだろうか。
先に示した「習熟度別指導に関する実態調査の結果」から、学習集団の編成については多くの学校で編成のためのテストを実施している。02年度から中学校に導入された観点別評価により中学時代を過ごしてきた生徒が今年度から高校へ入学してきている。また、現在の(前期・後期式)入試制度では各校において(旧来の意味での)「学力」に大きな幅があるという実態がある。学習集団の編成のためのクラス分けを旧学力観的な物差しで行えば、我々教職員自らが矛盾をかかえることになる。さらにクラス(学習集団)ごとの「評価」の在り方=評価の公平性の点で、保護者・生徒へ説明責任は果たせるだろうか。習熟度別指導の「強制」が様々な矛盾を引き起こしてはいないだろうか。
5 まとめ----習熟度別指導のためには計画的な条件整備が必須である
先に示した各分会からのアンケート結果と過去の例(次項6.)を比較検討すると、すでに以前の研究結果(78・79年当時)が今日の習熟度別指導のかかえる現状と同じような課題を示していることがわかる。(以下、高総検会議討議より)
(提言)すべての生徒の学力を保障するという視点を! 教育条件整備のないままの場当たり的な教員配置では習熟度別指導によってすべ ての生徒に学力を保障することは不可能である。弾力的な教育課程編成に係わる重 要事項として計画的な教員の加配計画を要求していくことが必要である。現場にだけ負担が強いられることのないよう、教育条件備を求めて現場からの議論を活発に行うと同時に、各校での習熟度別指導の実施状況を今後検証していく必要がある。 |
6 (資料)文部省学習習熟度別指導研究指定校(1978・1979)「習熟度別学習についての研究報告」
(81年福島県教育センター「習熟度学習の手引き」p.90 より)
1 科目別選択学級実施校における生徒の意識
<実例1> (東京都立小平西高等学校の実践報告)
(1)実施概況
1)対象教科 数学
2)学級編成 4学級を2段階5講座に展開(習熟度の高い学級1,低い学級4,ただし,低学級の人数を少なくする。)
3)編成替え 定期考査後に行い生徒の希望を加味する。
(2)意識調査の概要(%)
1)習熟度別学級についての意識
習熟度の高い学級 | 習熟度の低い学級 |
2)授業内容についての意識
ア 進度について
習熟度の高い学級 | 習熟度の低い学級 |
イ 理解度について
習熟度の高い学級 | 習熟度の低い学級 |
研究校の意識調査の結果はかなり類似しています。すなわち,科目別習熟度学級については習熟度の高い,低いに関係なく肯定的であり,とくに習熟度の低い学級についてその傾向が強いようです。これは習熟度別学級に対する教師間の共通理解が十分なされ,生徒の学習意欲や成就感が劣等感を上まわったものと考えられます。
授業内容については習熟度の高い学級の進度については理解度が,生徒にとっては,厳しいものとなっています。習熟度の高い学級に対する教師の期待が大きすぎたためと思われます。2段階に分けてもそれぞれの学級で,習熟度の差に対する配慮が必要でしょう。
2 表記法による習熟度別等質学級編成に対する生徒の意識
文部省研究指定校の中間報告の中から,表記法による習熟度別等質学級編成に対する生徒の意識を概括すると,次のようになります。
(1)習熟度別学級をよいとする理由
(2)習熟度別学級でない方がよいとする理由