高総検レポート No 85

2006年9月19日発行

「国家戦略としての教育」を強制する教員免許更新制


 

〈レポートの内容〉

1.教員免許更新制が導入される。
教員免許状の有効期限が一律10年とされ、最低30時間程度の更新講座受講によって更新されることとなる。この制度は現職教職員にも適用され、講習を修了しない場合は、免許状が失効し、失職となる。

2.世論は教員免許更新制を支持していない。 │
ワーキンググループ中間報告・報告後に、新聞各紙社説は、一斉に批判・疑念を報じている。

3.更新制ではなく、教員免許制度の弾力化が政策化されたはずである。
02年の中教審答申では、制度上の問題から教員免許更新制導入を実質否定し、むしろ、特別免許状の活用促進等による教員免許制度の「弾力化」が必要性であることを指摘している。

4.中教審は説明責任を果たしていない。
今回の中教審答申は、制度上の問題に対する合理的な説明を何らおこなわないまま、強引に教員免許更新制導入を図ろうとしている

5.目的は「国家戦略としての教育」の強制である。
文科省は、「国際的な競争力の維持」を目標とした「国家戦略としての教育」「競争意識の涵養としての教育」に、スタンスを変えつつある。教員免許更新制は、子ども不在の「国家のための教育」を保障する、恣意的な首切り可能の制度と して措置されている。

6.とりくむべきこと。
法的な側面から、また、条件整備の非現実性追求の側面から、教育職員免許法改悪反対の運動にとりくむべきである。



1.教員免許更新制が導入される。

 06年7月11日、中教審は、 横山洋吉・東京都教育委員会教育長らを委員とする教員養成部会教員免許制度ワーキンググループの報告を踏まえて、「今後の教員養成・免許制度の在り方について」(以下、「答申」)について答申した。
 その概要は、以下の通りである。(要約は筆者)

(1)意義
○ 教員として必要な資質能力は、時代の進展に応じて更新が図られるべき性格を有しており、その時々で求められる資質能力がすべての教員に保持されるように、刷新(リニューアル)を行うことが必要である。

(2)基本的性格
○ いわゆる不適格教員の排除を直接の目的とするものではない。
○ 講習を修了できない者は、免許状は失効するため、問題のある者は教壇に立つことがないようにするという効果がある。
○専門性の向上や適格性の確保に関わる他の教員政策と一体的に推進することにより、教員に対する信頼を確立する。

(3)制度設計
○ 教員免許状の有効期限は、一律に10年間とする。
○ 有効期限内に、免許更新講習を受講し、修了の認定を受けることにより更新する。免許の更新は、免許管理者である都道府県教育委員会が行う。
○ 有効期限の満了前の直近2年間程度の間に、最低30時間程度、受講する。
○ 更新制は、すべての普通免許状に、同等に適用するが、複数免許状の保有者については、原則として、一の免許状について更新の要件を満たせば、他の免許状の更新も可能とする。
○ 講習内容は、以下をを中心とする。
@「教職実践演習」に含めることが必要な事項と同様の内容。
Aその時々で求められる教員として必要な資質能力に確実に刷新(リニューアル)する内容。
B学校種や教科種に関わらず、およそ教員として共通に求められる内容。
○ 教員としての研修実績や勤務実績等が講習に代替しうるものと評価できる場合には、受講の一部又は全部の免除を可能とする。
○ 免許更新講習の開設主体は、課程認定大学のほか、大学の関与や大学との連携協力のもとに都道府県教育委員会等も開設可能とする。あらかじめ国が認定
基準を定めて認定し、定期的にチェックを行う。
○ 失効した場合、免許更新講習と同様の講習(回復講習)を受講・修了すれば、再授与の申請を可能とする。
○ 制度導入後に教員となる者を主たる対象者として想定した制度である。ペーパーティーチャーは、免許状の再取得が必要となった時点で、回復講習を受講
・修了することが必要とする。

(注)「教職実践演習」…「答申」が、教職課程の中に設定するべきとしている新たな必修科目。教員として最小限必要な資質能力、@使命感や責任感、教育的愛情等に関する事項、A社会性や対人関係能力に関する事項、B幼児児童生徒理解や学級経営等に関する事項、C教科・保育内容等の指導力に関する事項、を含む内容とする。

(4)現職教員への適用
○ 現職教員についても、一定期間(10年間)ごとに免許更新講習と同様の講習(定期講習)の受講を法的に義務付け、当該講習を修了しない場合は、免許状が失効し、失職となる。

06年7月27日、文科省は、06年8月1日から07年3月31日を任期とする「教員免許更新制の導入に関する検討会議」を立ち上げ、免許更新講習のモデルカリキュラム他についての検討を急ピッチで進めている。来年度には、教育職員免許法の改悪案が国会に上程されることが必至の情勢である。 
 教職員の雇用に直接関連する案件であるにも関わらず、ワーキンググループ委員山極隆・玉川大学学術研究所教授を主査とする同委員会の23名の委員には、第3期中教審委員、ワーキンググループ委員と同様に、教職員組合の代表は含まれていない。
(注)05年6月17・23日にワーキンググループによるヒアリングはあり。


2.世論は教員免許更新制を支持していない

 05年8月5日のワーキンググループ中間報告後、また、06年5月26日のワーキンググループ報告後の段階で、新聞各紙社説は、その報告内容に対しての批判・疑念を提示している。以下、その要旨を列挙する。(要約は筆者)

〔日本教育新聞05/8/11〕「現場に無用の混乱を招き反対」
・免許の更新が「成果主義」に左右され、教員同士の協力といった横の連携ができなくなることが心配。
・免許の更新よりも、研修の充実を優先させたほうがより効果的。
・指導力不足教員の解消は、別の問題。

〔毎日06/6/19〕「意欲そぐ排除の発想/喜多明人・早大教授」
・更新制は不適格教員排除というマイナス思考の発想。
・今なぜ必要なのか。90年代教養審答申の教員養成制度の充実と研修制度の強化はなされているのか。
・誰が適否の判断や研修をするのか。
・画一的な教員が増加する。
・子ども等と向き合うことのない研修よりも校内研修を充実させるべき。
(注)両論併記の特集記事「闘論」の反対論。賛成論は、ワーキンググループ委員の甲田充彦・東京都教育庁体育健康指導課長。

〔毎日06/6/28〕「信頼される先生になれる?」
・10年に1回の講習で質の向上につながるという考えは安直。
・免許更新のためにどのような講習がおこなわれるか、時代の流れに即応したも のとなるか、その内容が問題。
・教員の養成、採用、研修のあり方全体を見直した改革がおこなわれなければ、
指導力不足教員566人(04年度)という状況に対する信頼は取り戻せない。

〔朝日06/6/28〕「更新制までは必要ない」
・不適格教員を排除するためではなく、社会の変化にあわせた能力向上が目的だが、排除の効果も持つというちぐはぐな説明。
・中山前文科大臣の諮問を無視できず、02答申の結論も否定できないまま、中途半端にひねり出された答申。
・教委が気に入らない教員を落としてしまう危険性がある。
・人確法廃止の検討とあいまって教職志願者の士気を削ぐ危険性がある。
・指導力不足教員判定基準を厳しくする方が現実的。
・研修を強化するべき。
・学校評価制度を活用するべき。

〔読売06/7/3〕「更新制にする意味はない
・制度の導入の目的、意義が曖昧模糊としている。
・講習を聞いただけで更新される免許に「自信と誇り」を感じるか。
・社会や子どもの変化に対応し資質能力の刷新を図る研修は、すでに様々な機会に実施されているのではないか。従前の研修とどこが違うのか。
・現行の懲戒分限処分の厳格化を図り、研修制度を充実させれば十分。
・教員志望の優秀な学生が減ることを危惧する。

〔神奈川06/7/3〕「問題点をさらに論議せよ」
・現行制度での教員免許取得者は109万人おり、事後の更新制適用は法的に問題がある。
・ペーパー教員は400万人おり、失効した場合の取り扱いに問題が生じる。
・制度導入は教育問題の解決との結びつきが薄い。
・大学の講習だから合理性があるとするのは説得力に欠ける。どのように教員と しての適格性、専門性、指導力、社会性などを判定するのか。

 「答申」は、これらの批判・疑念に触れてはいる。例示すると、教職員間の連携への阻害という批判について、教職員の多忙化と同僚性(教職員間の学び合いや支え合い、協働する力)の希薄化を指摘し、学校における同僚性の形成を免許更新講習の内容とし、さらに、それを含めた校内研修の充実が必要としている。また、教職員の画一化の批判に対して、自己研修への取組の評価と処遇への反映が必要、などとしている。
 同僚性の重要性を研修すれば、その原因である多忙化が解消するのか、自己研修までもが学校や各教育委員会の奨励・支援の下に処遇への反映の要素とされれば、より一層教職員の画一化が進展するのではないか、等々、この内容には疑問を禁じ得ない。
 「答申」は、「はじめに導入ありき」で構築されており、教員免許更新制の導入に対する世論の批判・疑念に対してのアンサーにはなっていない。人確法廃止の検討等とあいまった教職志望者減少の危惧に対して、「採用スケジュール全体の早期化」とともに「採用選考の受験年齢制限の緩和・撤廃、特別免許状や特別非常勤講師制度の活用による社会人経験者の登用促進、退職教員を含む教職経験者の積極的な活用、任期付任用制度の活用等」の採用段階の改革を措置している点などは、噴飯ものである。



3.更新制ではなく、教員免許制度の弾力化が政策化されたはずである。

 中教審は、02年2月21日に「今後の教員免許制度の在り方について」(以下、「02年答申」)を答申しており、教員免許更新制の導入を見送っている。
 その概要は、以下の通りである。(要約は筆者)

(1)教員の適格性確保のための制度としての可能性
○ 現行教員免許制度において、免許状授与の際に人物等の適格性を判断していないことから、更新時に教員としての適格性を判断するという仕組みは制度上 とり得ない。

(2)教員の専門性を向上させる制度としての可能性
○ 一般的な任期制を導入していない公務員制度全般との調整の必要性等の制度上・実効上の問題がある。
○ 科学技術や社会の急速な変化等に伴い、資格制度全体について、一度取得した資格が生涯有効でよいかという議論も生じる可能性がある。その際には、以 下の検討が必要となる。
@資格制度や公務員制度との調整
A一定の単位の修得のみをもって一般大学・学部においても教員養成を行っている現行の開放制を含めた教員免許制度全体の抜本的見直し

(3)教員の資質向上に向けての提案
○ 教員の適格性の確保
@指導力不足教員等に対する人事管理システムの構築
A教員免許状の取上げ事由の強化(懲戒免職)
B人物重視の教員採用の一層の推進 (面接試験重視、様々な社会体験・ボラ ンティア経験や教育実習以外の学校現場体験の評価)
○ 教員の専門性の向上
「新たな教職10年を経過した教員に対する研修の構築」、など
○ 信頼される学校づくり │
「学校評議員制度等の活用」「学校評価システムの確立」「新しい教員評価システムの導入」、など

(4)特別免許状の活用促進
○ 総合的な学習の時間の導入など「生きる力」の育成を目指す新しい学習指導 要領の実施に向け、学校外の優れた社会人の力を借りることが不可欠となってきている。
○ 社会人活用のための制度(特別免許状制度・特別非常勤講師制度)を、@授与要件の緩和、A授与手続の簡素化、B有効期限の撤廃、C臨時免許状の授与要件の改善、の制度上の改善から、また、 @社会人特別選考の実施の促進A分野を限定した活用の促進 、B特別免許状を授与した非常勤講師の活用の促進 の運用面での改善から、促進する。

(注)「特別免許状制度」…大学での養成教育を受けていない者に、都道府県教育委員会の行う教育職員検定により免許状を授与する制度。
「特別非常勤講師制度」…英会話等の教科の領域の一部又は小学校のクラブ活動等を担任する非常勤講師について,都道府県教育委員会にあらかじめ届け出て,免許状を有しない者を充てることができる制度。

 つまり、「02年答申」は、教員免許更新制導入を実質否定、ことに現職教職員への適用は不可能と判断して、教職員の資質向上に対しては、現在すでに措置されてる、指導力不足教員等のシステムや10年経験者研修等によって対応するべきとしている。
 のみならず、小中高の教員免許状の「総合化」とともに、学校外の社会人活用のための教員免許状の「弾力化」の必要性を指摘している。
 教員免許状の「弾力化」については、すでに、「今後の地方教育行政の在り方について」(98年9月21日)の中教審答申にもとづいて、00年に学校教育法施行規則が改訂され、@校長・教頭について、教員免許状がなくても、教育に関する職の経験が10年以上あれば登用できる、A校長については、教員免許状も教育に関する職の経験もなくても、学校運営上特に必要な場合には登用できる、こととされている。「文部科学省規制に関する評価書−平成17年度−」(文科省、平成06年3月)によれば、民間人校長については、05年4月現在、38都道府県市で累計100人が登用されている。
 「答申」は、こうした経緯・状況を全く無視している。現職教職員については、06年5月26日のワーキンググループ報告の段階で、教員免許更新制の対象外としていた(中教審中間報告〔05年12月8日〕においては、「法制度上や実施上の課題などについて、さらに検討」)にも関わらず、一転して対象とすることとしている。
中教審史上、まれにみる朝令暮改であり、05年6月17・23日のワーキンググループによる関係26団体に対するヒアリングでは、その過半数が「答申」の内容に反対・疑問の意見を呈している。

・教員免許更新制の導入に反対・疑問
全国高等学校長協会、全日本私立幼稚園連合会、全国都道府県教育長協議会、日本教職員組合、全日本教職員連盟、全日本教職員組合、日本私立大学団体連合会
・ 現職教職員を更新制の対象とすることに反対
全日本中学校長会、全国市町村教育委員会連合会、指定都市教育委員・教育長協議会、全国都市教育長協議会、中核市教育長連絡会、全国町村教育長会、日本高等学校教職員組合



4.中教審は説明責任を果たしていない。

 「答申」は、教員免許状の「弾力化」との矛盾には全く言及していない。校長・教頭や特別非常勤講師には、専門性の向上や適格性の確保は不必要なのであろうか。
 また、「02年答申」の制度上の不整合から導入不能との判断に対しては、教員免許更新制が「制度導入後に教員となる者を主たる対象者として想定した制度」であることを明記し、教職課程への「教職実践演習」新設・必修化等をおこなうことから、これらをもって「(授与時の)人物等の適格性の判断」とし、整合性が図れるとしているものと考える。
 しかし、現職教職員への適用については、@「今後新たに教員免許状を取得する者についてのみ更新制を適用することでは、公教育に対する保護者や国民の信頼に十分応えることができず、更新制の導入の目的そのものが実現し得なくなる」、A「(終身有効の)権益は必ずしも絶対不可侵のものではなく、公共の要請により、合理的な範囲内で新たに制約を課すことは許容し得る」、B「教員免許制度は、その本来的在り方として、時代の進展に応じて必要な資質能力を担保する制度として構築されるべきものである」ことを、その根拠としている。制度的な整合性についてなんら説明をしておらず、「法制度上や実施上の課題などについて、さらに検討」をした上での結論とはとうてい思えない。
 「答申」には、別添資料として「平成14年の答申において指摘した課題との関係」(以下「別添資料」)が添付されている。(以下、「別添資料」要約は筆者)

1.分限制度との関係
○ 適格性に欠ける者については、指導力不足教員に対する人事管理システムや分限制度等の厳格な運用により、対応することが適当である。
○ 更新の要件を免許更新講習の受講・修了とする場合、それが修了できない者は、その時点で教員として最小限必要な資質能力を有していないこととなり、 教員免許状は失効するため、更新制は、結果として、教員として問題のある者は教壇に立つことがないようにするという効果を有している。

「資格制度」は「個人が身に付けた資質能力を公証するもの」であり、「任用制度」は「個人の素質や性格等に起因するような適格性が確保されているかどうか」を計る制度である、とした上での説明である。教員免許更新制は、「資格制度」であって、不適格な教職員を排除するためのものではないが、「任用制度」と同じく、排除の効果も持つという意味不明な説明となっている。

2.専門性向上との関係
○ 基本的に教員としての専門性の向上は、自己研鑽や現職研修により図られるべきである。他方、免許更新講習が、およそ教員として共通に求められる内容 を中心に、その時々で教員として必要な資質能力に刷新(リニューアル)するものとして構成されるのであれば、当該講習の受講により、教員としての専門 性の向上も期待できるものである。
○ 免許更新講習はあくまで、その時々で教員として最小限必要な資質能力の保持を直接の目的とするものである。これに対して、現職研修は、更新制の導入 により保証される、このような基盤的な資質能力を前提として、個々の教員の能力や適性、経験等に応じた、より多様な研修が行われることにより、専門性の一層の向上を期待するものである。

免許更新講習は、「基礎基本」の研修であり、現職研修は「選択多様化」の研修であるとする説明であるが、「免許更新講習と現職研修の目的及び内容面での類似性」を整理した説明とはなっていない。後述のように、「別添資料」は、教員免許更新制再検討の理由を「科学技術や社会の急速な変化」によるものとしている。10年スパンで、それに対する資質能力を刷新する講習内容を「必履修科目」として成立させ、あわせて「選択科目」としての現職研修の内容を整えていくというのは、現実性がない。

3.一般的な任期制を導入していない公務員制度との関係
○ 更新制は、資格制度上の制度であり、いわゆる不適格教員の排除を直接の目的とするものではなく、教員として日常の職務を支障なくこなし、自己研鑽に努めている者であれば、通常は更新されることが期待されるものである。
○ 任期制は、あらかじめ一定の任用期間を定めて職員を採用するという任用上の制度であり、一定の要件を満たせば、再任用されることを前提とする制度ではない。したがって、今回の更新制の導入により、任期制を教員についてのみ一般的な制度として導入する結果とはならない。

 「答申」は、「講習を修了しない場合は、免許状が失効し、失職となる」ことを明記し、また、「別添資料」は、前述のように、教員免許更新制は「任用制度」と同じく不適格な教職員を排除する効果も持つと記している。つまり、教員免許更新制は、実質的に教職を10年間の任期制とさせることに機能するものである。
 上記の説明は、言葉の遊びの域を出ていない。

4.我が国全体の資格制度との関係
○ 本来、資格制度の在り方は、当該制度の特性や業務の性質等を踏まえて検討されることが基本である。
○ 子どもに対して、その発達段階に即して、国民として必要な知識、思考力等を培うことを職責とする教員の資格を定める教員免許制度においては、当該制 度の本来的な在り方として、教員として必要な資質能力の更新を制度的に担保 する更新制を導入する必要性が高い。

 講習受講を条件とする更新制がある資格は、販売士(日本販売士協会)、学会専門医(社団法人日本呼吸器学会)など、民間資格である。公的資格で更新制があるのは、運転免許と船舶免許であるが、前者では視力、後者では視力聴力等の身体検査、つまり身体条件が更新可否の判断要件である。講習・試験については、運転免許は、やむを得ない事情により失効後3年を超えた場合の学科試験が、船舶免許は、約2時間のビデオ講習が課せられているだけである。例外として、タンカー船長又は海員に必要な危険物等取扱責任者の更新に、資格認定基準を満たしたことを証する書類の提出(申請日5年以前までに消火・タンカーの安全確保・海洋汚染の防止等の講習履修者であること)が義務づけられている。
 「別添資料」に記載されているように、「教員が心身の発達段階にある子どもに対して強い影響力を有する」ことは確かである。しかし、比喩的な意味ではなく、タンカー乗務員と同じく、教職員が大惨事に対して日常的に向き合っているというのでなければ、上記の説明は、「はじめに導入ありき」の開き直りとしか読めない。



5.目的は「国家戦略としての教育」の強制である。

 「別添資料」は、教員免許更新制再検討の理由を以下のように説明している。

○ 平成14年の本審議会の答申は、将来的な更新制の導入を否定しているもので │はなく、科学技術や社会の急速な変化等に伴い、再度検討することもあり得ることを示している。近年の学校教育をめぐる状況は、従来とは大きく変化して おり、これらの変化の萌芽は、平成14年の答申当時も一部現れていたが、現在、こうした変化が、より明確に、かつ複合的に生じてきており、そのことが学校に対する保護者や国民の信頼を揺るがす主な要因となっている。

「科学技術や社会の急速な変化等」とは何だろうか。
 免許更新講習の内容、ことに、「その時々で求められる教員として必要な資質能力に確実に刷新(リニューアル)する内容」に、それが反映されていなければならない。別添資料「免許更新講習の講習内容について(イメージ)」には、「教職実践演習の授業内容例と同様のもののほか」として、それが例示されている。

○ 学校教育を取り巻く変化と教員の役割
・学校や教員を取り巻く社会状況の変化
・子ども観、教育観の省察
○ 学校における同僚性の形成と組織的対応
・子どもをめぐる問題やその教育に対する組織的対応の有り方
・学校組織の一員としてのマネジメント・マインドの形成
○ 社会の変化に対応した学校の役割と、家庭や地域社会との連携
・保護者との円滑なコミュニケーションの形成
・保育内容等の指導力に関する・地域社会の把握・分析と地域を生きる子どもの理解
・地域社会との連携の理論と実際
・脳科学に関する研究の成果に立った子どもの発達の理解
・LD(学習障害)・ADHD(注意欠陥/多動性障害)などの新たな課題の理解と 対応
○ 子どもの変化や特性に対応した学級経営の在り方
・個々の子どもの居場所づくりを意識した学習集団、生活集団の形成
・子どもの多様化に対応した学級づくりと学級担任の役割
○ 子どもの今日的課題と生徒指導、進路指導、教育相談の理論及び方法
・子どもの生活習慣の変化に対応した生徒指導の在り方
・社会的・経済的環境の変化に対応した各学校段階におけるキャリア教育の意味と進め方
・子どもの発達段階に応じた進路指導、教育相談の基本となるカウンセリングの理論と技法(スクールカウンセラー等の学校外の支援者との連携を含む)
○ 学習指導要領や各学校の教育課程の動向と、教科や道徳、特別活動、総合的な学習の時間の授業づくりの理論及び指導の在り方
・学習指導要領の改訂に対応した教育課程の編成・実施
・学習意欲を喚起し、学習習慣を身に付けさせる指導の在り方
・現代の多様な価値観との関係を考えさせる道徳の指導の在り方
○ 今日的な課題に対応した学校や教育の在り方
・環境、人権、法や経済などに関する教育
・子どもの安全確保と危機管理
・学校における情報セキュリティの実際

「変化」という名詞や「今日的」という修飾語が多用されているものの、ここに例示されているのは、現在の現職研修などで十分にとりくまれている内容ではないだろうか。これらを、「科学技術や社会の急速な変化等」に対する「刷新(リニューアル)」の内容とするのは、牽強付会に過ぎる。確かに学校教育をとりまく状況は従前より大きく変化をしてきているが、ここ数年間で、免許更新を措置しなければならないほどの急変があるとはとても思えない。
 「02年答申」と「答申」との学校教育をとりまく状況についての記述を比較すると、強引な教員免許更新制導入の意図が明確となる。


◇ 「02年答申」

学校には新しい学習指導要領のもと、基礎・基本を確実に身につけさせ、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」を育成し、「心の教育」の充実と「確かな学力」の向上を実現することが求められている。今の子どもたちは、概して、自分に自信がない、やりたいことが見つからない、自己実現の喜びを味わう機会がないと言われている。子どもたちのやる気を引き出し、良い点を伸ばすことにより、単なる知識の詰め込みではなく、基礎・基本をきちんと身に付けさせ、自ら考える力をはぐくみ、確かな学力を育てることによって、すべての子どもたちがのびのびと多様な個性を発揮できるよう教育していくことが期待される。
(U教員免許更新制の可能性・1.教員免許更新制をめぐる背景と検討の視点)


◇ 「答申」

近年、我が国の社会は、いわゆる「知識基盤社会」の到来や、グローバル化、情報化、少子化、高齢化、社会全体の高学歴化等を背景に、社会構造の大きな変動期を迎えており、変化のスピードもこれまでになく速くなっている。これからの社会は、政治・経済・文化等のあらゆる分野において、人材の質がその有り様を大きく左右する社会であり、教育の質が一層重要となる。特に我が国のように、天然資源に恵まれず、少子化や高齢化の進展が著しい国においては、生産性の高い知識集約型の産業構造に転換し、国際的な競争力を維持していく上で、既存知の継承だけでなく未来知を創造できる高い資質能力を有する人材を育成することは、極めて重要な課題である。
(T.教員養成・免許制度の改革の基本的な考え方・1.これからの社会と教員に求められる資質能力)

「02年答申」には、「道徳教育の充実」「社会奉仕体験活動・自然体験活動」「発展的学習や補充的学習」等の文科省政策も網羅的に記載されているが略した。要は、新指導要領方針の「生きる力」が求められているというのが、状況認識である。
 しかし、「答申」では、同様の記述はあるもののそれは後退し、「国際的な競争力の維持」が前面に押し出されている。状況認識が、子どもの状況を基盤としておらず、「知識基盤社会の到来」「生産性の高い知識集約型の産業構造への転換」といった経済戦略に立脚している。従前の「生きる力」を、「高い資質能力を有する人材の育成」にシフトしない「負け組」のための教育と位置付けているとも読み取れる。
 教員免許更新制再検討の理由である「科学技術や社会の急速な変化等」とは、子どもをとりまく状況ではなく、財界をとりまく状況を指す。
 「答申」は、04年10月20日に、中山成彬前文科大臣によって諮問されたものである。中山前文科大臣は、中教審答申「新しい時代の義務教育を創造する」(05年10月26日)で答申された「全国的な学力調査の実施」、すなわち学テの復活を就任時から強固に主張している。答申内容に「学校間の序列化や過度な競争等につながらないよう十分な配慮が必要である」との記述が盛り込まれているが、そのように展開してはいかないことは、中山前文科大臣が、04年11月4日に臨時議員として経済財政諮問会議に提出した教育改革私案「甦れ、日本!」や、就任時の発言から明白である。

「甦れ、日本!」項目(抜粋)

1.危機的な日本の現状  
  ◎このままでは東洋の老小国へ
2.諸改革の基盤となるのは人材 −教育改革の重要性−
  ◎〜知力、体力、品格、教養〜 日本は人材こそが資源
3.国家戦略としての教育
  ◎国際的「知の」大競争時代、各国とも国家の命運をかけて教育改革を推進
4.教育改革の方針
(1)頑張ることを応援する教育
  ◎確かな学力、豊かな心、健やかな体、挑戦する精神
(2)義務教育の改革 −2年で仕上げ−
@教育基本法の改正 〜新しい時代の日本人像〜
A学力向上 〜 世界のトップへ 〜競争意識の涵養、全国学力テスト実施
B教員の質の向上〜教員免許更新制、専門職大学院
C現場主義〜人事・予算など、市町村(広域)の権限強化、学校評価制度の確立
D義務教育費国庫負担制度の改革
義務教育は国が基本的な基準の設定、水準の確保、機会均等を実現 地方の自由度を高め財源を保障する

中山前文科大臣就任時の発言に関する報道

■「教育現場に競争原理を」   時事通信(04年10月4日)より
 中山成彬文部科学相は4日、大臣就任のあいさつのため訪れた地元の宮崎県庁で記者会見し「学校の中では競争してはいけないと言われ、(社会に)出ると競争、競争では、ギャップについて行けない」と語り、教育現場への競争原理導入が必要だと強調した。具体的には「学力テストの結果を公表するようにして、各校で競い合う」などの方策が考えられるとしている。また、「先生にも自分の資質や技術を問い直し、緊張感を持ってもらうのはいいことだ」として、教員免許の更新制度導入を「前向きに考えて行きたい」と述べた。

■「子どもにも競争原理を」   共同通信(04年10月5日)より
 中山成彬文部科学相は5日の会見で「もっと子どもたちが切磋琢磨(せっさたくま)する風潮を高めたい」と、子ども同士にも競争原理が必要との認識を示した。その上で、文科省が実施している教育課程実施状況調査(学力テスト)について「全体の中で、自分がどういう位置にあるのかを自覚しながら頑張る精神を養うよう検討していったらいい」と、見直しが必要との考えを明らかにした。文科相は「前回、政務次官を拝命してから13年がたつが、日本人が外国人に負けていることを痛感した。頑張らないと日本は大変なことになる。これまでの教育は競争しない方がいいという風潮があった」と強調。教育基本法の改悪をとめよう!全国連絡会HPより
http://www.kyokiren.net/_recture/nakayama

答申「新しい時代の義務教育を創造する」は、「義務教育の目的・理念」を「変革の時代であり、混迷の時代であり、国際競争の時代である。このような時代だからこそ、一人一人の国民の人格形成と国家・社会の形成者の育成を担う義務教育の役割は重い。」(第I部総論(1))と規定し、教員免許更新制についても、「導入する方向で検討することが適当である」と記載している。
 文科省は、子ども不在の「国際的な競争力の維持」を目標とした「国家戦略としての教育」「競争意識の涵養としての教育」に、あからさまにスタンスを変えつつある。教員免許更新制の導入、またそれを契機とした現職研修の再編成や教員養成制度の変革は、その文脈の中におかれている。すなわち、教員免許更新制は、国家のための教育、教育の国家統制を保障する、恣意的な首切り可能の制度として措置されている。
 これらが、教基法改悪とリンクした動向であることは、言をまたない。安倍官房長官は、自民党総裁選に際して、憲法改悪と教育「改革」を政権公約の柱に掲げる方針を決めており、教育「改革」は、教基法改悪と公立学校間の競争を促す「教育バウチャー」制度の導入等をその内容としている(朝日06年8月23日)。文科省は、すでに05年10月31日から07年3月31日までを任期とした「教育バウチャーに関する研究会」を立ち上げている。未曾有の危機と言わざるを得ない。

注)「教育バウチャー」制度…公立学校の「バウチャー(利用券)」を子供のいる家庭に配り、より多くの児童を集めた学校がバウチャーをもとに財政力を強める仕組み。92年に導入したスウェーデンでは、翌93年の調査で、バウチャーを利用して自由に学校を選択した家庭は7%に過ぎず、メイジャー政権がロンドンの一部の地域で保育バウチャーを試行したイギリスでは、特定の小学校付属の幼児クラスに希望が殺到したために、倒産する保育施設が続出し、政権の交代と共に構想が消滅した。
(「保育通信」No.528,社団法人全国私立保育園連盟,99年6月、より)



6.とりくむべきこと

 教育職員免許法改悪を無傷で成立させることを許してはならない。以下、2点にとりくむ必要がある。

1)状況によっては裁判闘争をも措置するなどして、法的な側面から、教育職員免許法の改悪に反対するべきである。

 公務員制度との関係において、「任期制を教員についてのみ一般的な制度として導
入する結果と」なること、他の資格制度との関係において、教員資格のみに更新制を導入する説明が明確な法的根拠にもとづいていないことから、とりくむべきである。

2)全国都道府県教育長協議会の動向も踏まえつつ、条件整備の側面から、教員免許更新制導入の実現性の無さを追求するべきである。

 全国都道府県教育長協議会は、更新制の事務が都道府県の担当となった場合、関係事務が膨大であり、費用対効果の点からも疑問としている。例えば、神奈川県においては、教員免許更新制が導入された場合に、以下が大きな課題となる。

@ 10年以上の在職者全員に対する免許更新講習・定期講習(30時間以上の講習)を準備しきれるのか?
A 失効者に対する回復研修を、ペーパー教員も含めて、準備しきれるのか?
B 初任研に措置されている非常勤加配(*)とバランスのとれた加配措置が当然なされるべきだが、準備しきれるのか?
*新採用1名配置校に14時間、新採用2名配置校に定数1+6時間(上限)
C 上記が措置されない時、学校への負担が過大なものとなり、生徒が犠牲になる本末転倒の醜態を演じることとなる。特に、少数教科や養護教諭。
D 03年度から導入されたばかりの「ライフステージに沿った在職者研修」(初任研、5年経験者研、10年経験者研、15年経験者研)との整合性をどうとるのか?とりきれるのか?



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