神高教討議用資料

1990.11.24

ああせい こーすせいは 大きなお世話

−教育課程の自主編成を追求しよう−

神奈川県高等学校教職員組合
高校教育問題総合検討委員会(高総検)
教育課程グループ

はじめに
 県教育委員会教育長の諮問機関である,神奈川県後期中等教育検討協議会(略称:後中検)は,1989年3月に『高等学校教育の充実について−第1次報告−』を出し,「生徒の個性の伸長を図るための特色ある教育課程」として,(ア)型等の設置による特色ある高校づくり,(イ)専門コース設置による特色ある高校づくり,という方向性が出されました。
 この『報告』を受けた県教育委員会は,「専門コース」設置に向けての施策を積極的に推し進め,91年4月には,磯子高校で「国際ビジネス・コース」が導入されることになりました。また,現在いくつかの学校で,「専門コース」導入に向けての動きが見られるということも聞いています。まさに予断を許さない状況と言えましょう。
 この討議用資料では,そもそも「コース制」「専門コース」とは何か,「コース制」「専門コース」の問題点はどこにあるのかということを中心に,自主編成のための教育課程のあり方についても触れる予定です。

.「類型」「コース制」「専門コース」というように,いろいろな用語があリますが,どうも,いまひとつ言葉の意味がよくわかりません。わかりやすく解説してください。
.教育学の事典には次のように定義されています。「わが国において固有に使われる教育用語。1960年に告示(56年に改訂)された高等学校学習指導要領により設定された,科目の組合せによってできた類型を,便宜上コース制と呼ぶようになった。」(『増補改訂・世界教育事典』)  つまり,現在多くの学校でおこなわれている「文系・理系・文理系」などの,学校内での進路別コースを,「類型」とか「コース制」と従来呼んでいました。
 それに対して「専門コース」とは,音楽コース,美術コース,体育コースなどのようなコースを入学時から設定し,専門コースに関する科目を18〜28単位履修するものを指しています。具体的には,弥栄東(音楽・美術)弥栄西(体育・外国語)六ツ川(情報科学)など,現在3校設置されています。これらのコースは,入学試験に際して学区が外されるという問題点があります。
 もう一つは,『後中検報告』にある「類型の設置による特色ある高校づくり」のような,2年〜3年にかけて,芸術,語学,体育などの「特色ある科目」を6〜8単位履修するというタイプのコース制もあります。柿生西(芸術・語学)荏田(体育)大原(体育・美術)などでおこなわれています。これらも「類型」「コース制」と呼ばれるものですが,従来の進路別コース制とは,やや性格が異なっていますので「個性化推進用選択コース」として区別しておきましょう。
 以上のように,「コース制」といわれるものには,3つのタイプがあることがわかりました。ここで押さえておきたいことは,「コース制」(類型)というものが「選択制」とは異なった原理に立っているということです。「選択制」は生徒の意思と希望にもとづいて,履修の内的動機を自覚的に形成していくことに特徴がありますが,「コース制」では,学校が学習指導要領の示す選択科目をあらかじめ“選択”し,それを組み合わせて複数のパターンを設け,生徒に「コース」を選択させるわけで,選択の意味がそもそも異なっている点に注意しなければなりません。

.「コース制」「専門コース」と言われるものは,いつごろから出てきたものてすか。歴史的背景を教えてください。
.「コース制」「専門コース」は,突然出てきたものではありません。その,背景となっている歴史的,政治的なことがらを知っておくことは,「コース制」「専門コース」を理解する上で避けては通れないことだと思います。
 1950年代から60年代にかけて,日本の教育は大きな曲がり角を迎えます。教育の政治的中立に関する法律(54年),地方教育行政の組織と運営に関する法律(任命制教育委員会56年),勤務評定の実施(57年),指導要領の改訂と教科書検定の強化(58年),全国一斉学力テストの実施(61年)というように,戦後民主教育に対する攻撃が矢継ぎ早におこなわれました。
 その根底にあったのは,占領軍指令官の声明に応じて設置された政令改正諮問委員会の「教育制度の改革に関する答申」(51年)でした。この答申の具体的内容は,@中学校からの普通コースと職業コースの分離A総合制高校の分解と職業科単独校の増設B通学区制の廃止C普通課程・職業課程問の格差の拡大D六年制高校・高等専門学校の設立E教育委員会の公選制から任命制への切替えF教科書検定制度の設置G定時制高校と企業訓練との提携H教員養成制度の改悪,というもので,その後中教審や臨教審などを通して具体化しているものも多く,政府の文教政策の基本というべきものでした。
 こうした流れの中で,1956年に高等学校学習指導要領が改訂されました。この指導要領の特徴とその影響をまとめると次のようになります。

  1. 学習指導要領の国家基準化と「法的拘束制」の強化
  2. 共通必修を基礎とし,単位制・自由選択制・大教科制(国語・社会・数学・理科・…)で構成された教育課程から,コース制による教育課程への転換
    @総合制の解体(職業科と普通科の完全分離)
    A自由選択制の衰退
    B単位制の形骸化と学年制への移行
    C大学進学準備クラス導入にともなう高校の実質的「複線化」と高校間・コース間格差の拡大(職業・就職課程の「袋小路化」)
    D入試の理念と方法の変更(希望者全入の否定)
    E小学区制(一学区一校)から中学区・大学区制への切替え
    F男女別学の拡大
  3. 「大学受験体制」の成立と強化
 これらはまさに,新制高校発足当初の理念である高校三原則(男女共学・小学区制・総合制)を根底から否定するものでした。そもそも高校教育には,大衆的・民主主義的理念に支えられた,「人問形成の完成教育」という位置付けがなされていましたが,コース制の導入にともなって大学進学準備課程の設置が正当化され,高校教育の中に能力主義政策による差別と分断が持ち込まれるようになったのです。

.今の説明で,「コース制」が生まれてきた歴史的背景はなんとなくわかりましたが・文部省や教育委員会は,なぜこれほどまで「コース制」にこだわり,「新しいタイプの高校」と称して「専門コース」を導入したりするのでしょうか。その辺りを説明してください。
.「コース制」導入の根底には,政府・財界・文部省合作のきわめて独特な能力観が存在しています。特に1950年代から,財界の教育要求は強まるわけですが,とりわけ60年の「所得倍増計画にともなう長期教育計画報告」(経済審議会),63年の「人的能力政策に関する答申」(経済審議会)などでは,「教育における能力主義の徹底」を露骨に打ち出し,経済発展をリードするハイタレント・マンパワーの養成を推し進める一方で,産業や職業の分化に対応させて高校教育(主として職業教育)を極端に細分化し,できるだけ早期に職業訓練を施すことを目的に,「高校多様化政策」を推し進めました。こうした極端な細分化は,その後の産業構造の転換に対応できず,破綻していきましたが,政府・財界・文部省はその誤りを認めようとはしていません。
 また,自民党文教部会は,1975年に教育学・心理学の成果を全く無視した特殊な能力観にもとづいた「新たな高校多様化政策」を発表しています。
 「競争原理は,自由主義杜会の原理であるとともに,人間の原理でもある。・・・・現実の人間には差がある。よくできる子どもとできない子どもは,遺伝によってある程度まできまっている。・・・・世界の教育界の趨勢は,単線型に向かって動いているが,同じ単線型であっても,複線的要素を取り入れ,志望と能力の多様化に応じて教育を施すことが肝要である。・・・・(そのためには,高校に)できるだけ多様なコースを設置すること。・・・・各高等学校は特色をもつように指導すべきである。」(自民党文教部会『高等学校制度および教育内容に関する改革案−中間まとめ−』)  つまり,能力は遺伝によって決まっているので,いくら努力しても無駄である。自己の能力の限界を自覚して,それ相応のコースを選びなさいというもので,まさに人間を侮辱した内容と言えましょう。人間の能力・学力,あるいは個性というものは,こんなに安易に論じられる内容ではありません。こうした能力観が下敷きになって,「コース制」が生まれてきたということを,私たちは再度確認する必要があります。
 さて,自民党文教部会の報告が出された翌年,1976年には都道府県教育長協議会高校問題プロジェクト・チームが『新しいタイプの高等学校』の構想を発表し,さらに,79年には,教育課程の弾力的編成(類型制・習熟度別指導)の推進を打ち出します。60年代の多様化が,前述のように職業高校を中心としたものであるのに対して,80年代の多様化のターゲットになったのは普通科でした。これを60年代とは区別して,「新・多様化政策」と呼んでいます。神奈川における『後中検報告』もこうした流れの中でまとめられたものであることは言うまでもありません。
 以上述べてきたことをまとめるならば,「専門コース」のねらいは,結局のところ学校ごとに能力別・進路別格差をはっきり付け,入試の時点で将来の展望を狭く限定し袋小路化する早期分化を強制することにほかなりません。また,「専門コース」は広く県民に開かれなければならないとして,県当局は「専門コース」の学区はずしを正当化しています。まさに,これは臨教審の「学校選択の自由」にもとづく学区拡大への布告としてとらえる必要があります。「専門コース」をテコに学区がくずされていけぱ,学校間格差はさらに拡大し,今まで以上に困難な学校が出てくることは必至です。「学校選択の自由」を行使できるのは,上位の学校に入れる一部の生徒だけで,多くの生徒は今まで以上に細分化した偏差値によって輪切りされていくことになります。こうした現場の混乱を無視して,文部省や教育委員会が,これほどまでに「専門コース」にこだわるのは,進学率の向上によって国民的教育機関化した高校教育を,能力別にどう再編するかという彼らにとっての切実な課題があるからと言えましょう。

.「専門コース」導入の全国的な動きはどうなっているのでしょうか。また,職業学科の細分化の動きはどうなっていますか。
.「新・多様化政策」の実施にともなって,全国的規模で「専門コース」の導入が進んでいます。東京を例にとると,国際高校(仮称)のほか,既設の羽田(外国語,情報・理数,美術)田柄(外国文化,日本文化,理数)松ヶ谷(外国語)などで「専門コース」が導入されています。埼玉では,和光国際高校(情報処理,外国語)狭山経済高校(流通経済,会計,情報処理)などの動きが見られます。
 神奈川は基幹学科への統合が進んでいますが,全国的には学科細分化への動きが進んでいます。1973年には学科の数が277種類に及んだわけですが,現在417種類とピーク時を越えています。国際経済科,情報管理科,情報電子科,情報技術科,電子電気科,電子情報科,園芸経営科,林業技術科,・・・・etc。学科細分化の弊害はすでに明らかになっているはずですが,それに対する反省もなくこうした動きが出ていることに注意する必要があります。

(つづく)